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第六話
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小雨程度なら決行することになっていたのだけれど、花見当日は天気に恵まれた。
雲ひとつない青空が広がっていて、絶好の花見日和だ。
でも、そうして天気がよかったことと、「トントン」のメンバーたちが常識に従ったことで、思わぬ事態に陥ってしまった。
「場所、あんまりないですね……」
星奈たちが訪れたのは、大学の近くの広い公園。
公園といっても遊具があるわけではなく、広い敷地の中に様々な木々が植えられ、ベンチが点々と設置されているだけだ。それでも、その木々の多くが桜のため、ちょっと花見スポットとして知られている。
そのため、多くの人が同じことを考えたらしく、公園内のあちこちにレジャーシートが敷かれていた。
「あー。こんなことなら俺、昨日の夜に場所取りを引き受けとくんだったなー」
「いやいや。こういうの、普通はしちゃだめだから」
悔しがる篤志を前川はなだめた。彼なら夜通し場所取りをしてくれそうだなと、そばで聞いていた星奈は苦笑した。でも前川の言う通り、せっかくみんなで楽しく花見をするのに社会のルールを破るのは嫌だなと思う。
「この近くの別の場所、調べてみますか?」
「いや、いいよ。全くスペースがないってわけじゃないし、何より、夏目さんが言ってた条件に合うのって、このへんじゃここくらいだろうし」
「すいません」
列の最後尾を歩いていた夏目という女子が、前川に話題を振られ嬉しそうに笑った。大きなリュックを背負って、ひとりだけ遠足みたいだ。
「夏目ちゃん、今日は金子くんは?」
彼女がいつも一緒に働いている金子という男子がいないことに気がついて、星奈は尋ねた。すると、嬉しそうだった顔が一転、不機嫌そうになった。
「あいつは寝坊です。電話しても家に行ってピンポン鳴らしても起きないから、もう置いてきました!」
「そっか。彼、寝坊が多いもんね」
「何も今日まで寝坊しなくたっていいのに……」
金子と夏目は中学の頃からの同級生で、今は同じ専門学校に通っているのだという。この怒り方してよほど金子と一緒に花見をしたかったのだと思って、星奈は微笑ましくなった。
「あ! あのゆるい斜面なら座れそうじゃないですか? 私、レジャーシート敷いてきますね!」
ちょうどいい場所を見つけたのか、夏目はリュックを揺らしながら駆けていった。星奈たちも、そのあとに続く。
「このレジャーシート、ペグ付きだから風に飛ばされる心配がなくていいんですよ」
夏目は嬉々として、リュックから取り出したネイビーブルーのチェック模様のシートを広げていく。二畳くらいの大きさがあって、五、六人は余裕で座れそうだ。
「ペグって何?」
それまでずっと黙っていたエイジは、夏目の作業に興味をひかれたように近づいていった。
「ペグっていうのは、この金属の棒のことです。これをシートの隅のループに通して地面に打ち込んでおけば、風が吹いても大丈夫ってわけです」
「やってみたい」
「じゃあ、あっちの隅をお願いします」
夏目もエイジに興味を持たれたのが嬉しかったらしく、てきぱきと指示して、あっという間に座る場所を整えてくれた。
「私のほう、準備にちょっと時間がかかるんで、先に広げて食べ始めていただいて大丈夫です」
夏目は元気よく言うと、今度はリュックの中から金属製の箱のようなものを取り出して組み立て始めた。
「夏目ちゃん、それはなあに?」
「焚き火グリルです。これで焼き鳥をします!」
「負けた……」
気になった様子の幸香は尋ねるも、夏目の持参したものの正体を知ると、へにゃへにゃと座り込みそうになっている。
「これがやりたかったからか。どうしても『火気厳禁じゃないところがいいです。ちょっとだけ火を使いたいんです』って言うから、何なんだろうとは思ってたんだけど」
納得している前川の隣で、幸香は口から魂が抜け出ていったかのような顔をしている。盛り上がっている夏目たちに水を差さないよう、星奈はコソッと幸香のそばまで行った。
「幸香、大丈夫?」
「うー……張り切ってめっちゃ早起きで用意したからさあ」
「今日のテーマは何なの?」
「デパ地下デリ風弁当」
「早く! 早く見せて!」
最初は幸香を励まそうと思っていた星奈だったけれど、弁当の中身を知るとそれどころではなくなった。他の誰も興味を持っていなかったとしても、幸香の料理の味を知っている星奈はそうではない。
「ラップサンドとサラダとハニーマスタードチキンだよ」
「わあ……どれもおいしそう」
エビとアボカド、キャベツとソーセージという二種類のラップサンド、透明カップに小分けにされた色とりどりのサラダ、こんがり焼き色のついたチキン――幸香の作ってきた弁当は、そんな豪華なものだった。
そのあまりのすごさに見とれつつも、星奈は自分の作ってきたものを出すのが恥ずかしくなってきた。
「サチのと比べると、かなり見劣りしちゃうんだけど……」
そう言って星奈が取り出したのは、二つの大きめのフードコンテナ。
「こっちが鶏の唐揚げとフライドポテトで、こっちがライスコロッケ。……全部、揚げ物になの」
「すごいよー! 揚げ物、怖くなかった?」
「ちょっとね」
「ただの唐揚げだけじゃなくて、中にうずらの卵が入ってるのもあるんだね。これ、可愛い!」
小雨程度なら決行することになっていたのだけれど、花見当日は天気に恵まれた。
雲ひとつない青空が広がっていて、絶好の花見日和だ。
でも、そうして天気がよかったことと、「トントン」のメンバーたちが常識に従ったことで、思わぬ事態に陥ってしまった。
「場所、あんまりないですね……」
星奈たちが訪れたのは、大学の近くの広い公園。
公園といっても遊具があるわけではなく、広い敷地の中に様々な木々が植えられ、ベンチが点々と設置されているだけだ。それでも、その木々の多くが桜のため、ちょっと花見スポットとして知られている。
そのため、多くの人が同じことを考えたらしく、公園内のあちこちにレジャーシートが敷かれていた。
「あー。こんなことなら俺、昨日の夜に場所取りを引き受けとくんだったなー」
「いやいや。こういうの、普通はしちゃだめだから」
悔しがる篤志を前川はなだめた。彼なら夜通し場所取りをしてくれそうだなと、そばで聞いていた星奈は苦笑した。でも前川の言う通り、せっかくみんなで楽しく花見をするのに社会のルールを破るのは嫌だなと思う。
「この近くの別の場所、調べてみますか?」
「いや、いいよ。全くスペースがないってわけじゃないし、何より、夏目さんが言ってた条件に合うのって、このへんじゃここくらいだろうし」
「すいません」
列の最後尾を歩いていた夏目という女子が、前川に話題を振られ嬉しそうに笑った。大きなリュックを背負って、ひとりだけ遠足みたいだ。
「夏目ちゃん、今日は金子くんは?」
彼女がいつも一緒に働いている金子という男子がいないことに気がついて、星奈は尋ねた。すると、嬉しそうだった顔が一転、不機嫌そうになった。
「あいつは寝坊です。電話しても家に行ってピンポン鳴らしても起きないから、もう置いてきました!」
「そっか。彼、寝坊が多いもんね」
「何も今日まで寝坊しなくたっていいのに……」
金子と夏目は中学の頃からの同級生で、今は同じ専門学校に通っているのだという。この怒り方してよほど金子と一緒に花見をしたかったのだと思って、星奈は微笑ましくなった。
「あ! あのゆるい斜面なら座れそうじゃないですか? 私、レジャーシート敷いてきますね!」
ちょうどいい場所を見つけたのか、夏目はリュックを揺らしながら駆けていった。星奈たちも、そのあとに続く。
「このレジャーシート、ペグ付きだから風に飛ばされる心配がなくていいんですよ」
夏目は嬉々として、リュックから取り出したネイビーブルーのチェック模様のシートを広げていく。二畳くらいの大きさがあって、五、六人は余裕で座れそうだ。
「ペグって何?」
それまでずっと黙っていたエイジは、夏目の作業に興味をひかれたように近づいていった。
「ペグっていうのは、この金属の棒のことです。これをシートの隅のループに通して地面に打ち込んでおけば、風が吹いても大丈夫ってわけです」
「やってみたい」
「じゃあ、あっちの隅をお願いします」
夏目もエイジに興味を持たれたのが嬉しかったらしく、てきぱきと指示して、あっという間に座る場所を整えてくれた。
「私のほう、準備にちょっと時間がかかるんで、先に広げて食べ始めていただいて大丈夫です」
夏目は元気よく言うと、今度はリュックの中から金属製の箱のようなものを取り出して組み立て始めた。
「夏目ちゃん、それはなあに?」
「焚き火グリルです。これで焼き鳥をします!」
「負けた……」
気になった様子の幸香は尋ねるも、夏目の持参したものの正体を知ると、へにゃへにゃと座り込みそうになっている。
「これがやりたかったからか。どうしても『火気厳禁じゃないところがいいです。ちょっとだけ火を使いたいんです』って言うから、何なんだろうとは思ってたんだけど」
納得している前川の隣で、幸香は口から魂が抜け出ていったかのような顔をしている。盛り上がっている夏目たちに水を差さないよう、星奈はコソッと幸香のそばまで行った。
「幸香、大丈夫?」
「うー……張り切ってめっちゃ早起きで用意したからさあ」
「今日のテーマは何なの?」
「デパ地下デリ風弁当」
「早く! 早く見せて!」
最初は幸香を励まそうと思っていた星奈だったけれど、弁当の中身を知るとそれどころではなくなった。他の誰も興味を持っていなかったとしても、幸香の料理の味を知っている星奈はそうではない。
「ラップサンドとサラダとハニーマスタードチキンだよ」
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エビとアボカド、キャベツとソーセージという二種類のラップサンド、透明カップに小分けにされた色とりどりのサラダ、こんがり焼き色のついたチキン――幸香の作ってきた弁当は、そんな豪華なものだった。
そのあまりのすごさに見とれつつも、星奈は自分の作ってきたものを出すのが恥ずかしくなってきた。
「サチのと比べると、かなり見劣りしちゃうんだけど……」
そう言って星奈が取り出したのは、二つの大きめのフードコンテナ。
「こっちが鶏の唐揚げとフライドポテトで、こっちがライスコロッケ。……全部、揚げ物になの」
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