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第七話
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「別に、いいと思いますけどね。大丈夫でしょう、そのくらい」
夏目に合コンのことをお願いされた次の日は、エイジのメンテナンスだった。
手首や肘などの関節のメンテナンスを終えて長谷川に作業をバトンタッチした真野に話すと、悩むことなく即答された。
「でも、エイジの事情を知っているのは私だけの状態で他の多くの人間と接するので、少し不安で。この前のお花見のときとは状況が違いますから」
篤志も夏目もエイジと顔見知りだし好意的だけれど、彼らはエイジを謎の多い留学生だと思っている。週に一度こうしてメンテナンスが必要なロボットだなんて思っているはずがない。
「そんなに神経質になることもないと思いますよ。もし困ったことが起きたら、そのときは我々に電話してもらえばエイジを救出しに向かいますから」
「それは、心強いですけど……」
「他に何か気になることはありますか?」
「その……エイジは、嫌がらないかなって」
あの花見の日、篤志にあの宣言をされたとき、エイジはあまり面白くなさそうな顔をしていた。というより、表情が消えていた。
笑顔を獲得したあとの無表情とは、不機嫌顔と同じだろう。そう感じたから星奈は気になって帰宅後エイジに尋ねたけれど、「別に何もない」と言う。
おまけに「アツシは良いやつだと思う」などと、まるで前川や幸香みたいに篤志とくっつけようとするかのような発言をするようになったのだ。
その顔には、はっきりと「面白くない」と書いてあるのに。
「それは、子供の独占欲みたいなものでしょう。牧村様にもなかったですか? 幼稚園や小学校くらいの頃、自分だけのお友達だと思っていた子が他の子と仲良くしたら、寂しいようなむしゃくしゃするような気持ちになることが。あれと、同じようなものです」
真野は、何でもないことのように言う。つまりは、エイジの情緒面は幼児か低学年の子と同じくらいということだろうか。
「たとえそうだったとしても、エイジが嫌な気持ちになるのなら、どうしようかなって考えてしまうんです」
言いながら、少し違うなと星奈は感じていた。というよりも、この言い方は何だかずるい。
そして、エイジのメンテナンスをしていた長谷川は、そのずるさを聞き逃さなかった。
「牧村様、エイジに遠慮することなんてないんですよ? 牧村様はあくまでヒューマノイドロボットであるエイジのモニターで、恋人役を頼んだわけではないんですから。牧村様自身が気乗りがしないのであれば別ですが、行きたい気持ちがあるのならエイジのことを気にする必要はありません」
言外に、合コンに参加したくないのをエイジのせいにするなと言われて、星奈は閉口した。確かにその通りだ。もし星奈自身に行きたい気持ちが強ければ、エイジを説得したりなだめたりするだろう。
結局は、まだ積極的に出会いの場に行くのに戸惑う気持ちを、エイジに仮託しようとしていただけだ。
「長谷川の言い方はきついですが、ようは楽しんできてくださいと言ってるんですよ。学生のうちにそうしてワイワイしておくことも必要ですから」
「そうだ、セナ。楽しんだっていいんだ。俺はセナに楽しんで欲しい」
真野が場をとりなそうとしていると、メンテナンスから目覚めたエイジがそう口を挟んできた。
いつから起きていたのだろうか、あのずるい言葉を聞いたのだろうか――そんなふうに思って、星奈はすぐに言葉を返せなかった。
だからか、星奈を安心させるかのようにエイジは微笑みを浮かべてみせた。
「セナ、すねてごめん。俺、セナには笑っていて欲しい。俺が来たばかりの頃、セナはいつも泣いてた。今も時々、泣きそうになってる。だから、楽しめるところにはどんどん出向いていって欲しいんだ。無理して元気になって欲しいわけじゃ、ないけど」
エイジが言葉を選び、慎重に言っているのが星奈には伝わった。そして、心配されていることも。
「エイジ……わかった」
エイジにそう言われるのなら、合コンにも行ってもいいかなと星奈は思えた。
新しい恋をしろとか、そのために前向きになれとかいうことではなく、楽しんで欲しいというのなら応えられそうだ。
というより、応えたいと星奈は思ったのだ。
「別に、いいと思いますけどね。大丈夫でしょう、そのくらい」
夏目に合コンのことをお願いされた次の日は、エイジのメンテナンスだった。
手首や肘などの関節のメンテナンスを終えて長谷川に作業をバトンタッチした真野に話すと、悩むことなく即答された。
「でも、エイジの事情を知っているのは私だけの状態で他の多くの人間と接するので、少し不安で。この前のお花見のときとは状況が違いますから」
篤志も夏目もエイジと顔見知りだし好意的だけれど、彼らはエイジを謎の多い留学生だと思っている。週に一度こうしてメンテナンスが必要なロボットだなんて思っているはずがない。
「そんなに神経質になることもないと思いますよ。もし困ったことが起きたら、そのときは我々に電話してもらえばエイジを救出しに向かいますから」
「それは、心強いですけど……」
「他に何か気になることはありますか?」
「その……エイジは、嫌がらないかなって」
あの花見の日、篤志にあの宣言をされたとき、エイジはあまり面白くなさそうな顔をしていた。というより、表情が消えていた。
笑顔を獲得したあとの無表情とは、不機嫌顔と同じだろう。そう感じたから星奈は気になって帰宅後エイジに尋ねたけれど、「別に何もない」と言う。
おまけに「アツシは良いやつだと思う」などと、まるで前川や幸香みたいに篤志とくっつけようとするかのような発言をするようになったのだ。
その顔には、はっきりと「面白くない」と書いてあるのに。
「それは、子供の独占欲みたいなものでしょう。牧村様にもなかったですか? 幼稚園や小学校くらいの頃、自分だけのお友達だと思っていた子が他の子と仲良くしたら、寂しいようなむしゃくしゃするような気持ちになることが。あれと、同じようなものです」
真野は、何でもないことのように言う。つまりは、エイジの情緒面は幼児か低学年の子と同じくらいということだろうか。
「たとえそうだったとしても、エイジが嫌な気持ちになるのなら、どうしようかなって考えてしまうんです」
言いながら、少し違うなと星奈は感じていた。というよりも、この言い方は何だかずるい。
そして、エイジのメンテナンスをしていた長谷川は、そのずるさを聞き逃さなかった。
「牧村様、エイジに遠慮することなんてないんですよ? 牧村様はあくまでヒューマノイドロボットであるエイジのモニターで、恋人役を頼んだわけではないんですから。牧村様自身が気乗りがしないのであれば別ですが、行きたい気持ちがあるのならエイジのことを気にする必要はありません」
言外に、合コンに参加したくないのをエイジのせいにするなと言われて、星奈は閉口した。確かにその通りだ。もし星奈自身に行きたい気持ちが強ければ、エイジを説得したりなだめたりするだろう。
結局は、まだ積極的に出会いの場に行くのに戸惑う気持ちを、エイジに仮託しようとしていただけだ。
「長谷川の言い方はきついですが、ようは楽しんできてくださいと言ってるんですよ。学生のうちにそうしてワイワイしておくことも必要ですから」
「そうだ、セナ。楽しんだっていいんだ。俺はセナに楽しんで欲しい」
真野が場をとりなそうとしていると、メンテナンスから目覚めたエイジがそう口を挟んできた。
いつから起きていたのだろうか、あのずるい言葉を聞いたのだろうか――そんなふうに思って、星奈はすぐに言葉を返せなかった。
だからか、星奈を安心させるかのようにエイジは微笑みを浮かべてみせた。
「セナ、すねてごめん。俺、セナには笑っていて欲しい。俺が来たばかりの頃、セナはいつも泣いてた。今も時々、泣きそうになってる。だから、楽しめるところにはどんどん出向いていって欲しいんだ。無理して元気になって欲しいわけじゃ、ないけど」
エイジが言葉を選び、慎重に言っているのが星奈には伝わった。そして、心配されていることも。
「エイジ……わかった」
エイジにそう言われるのなら、合コンにも行ってもいいかなと星奈は思えた。
新しい恋をしろとか、そのために前向きになれとかいうことではなく、楽しんで欲しいというのなら応えられそうだ。
というより、応えたいと星奈は思ったのだ。
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