紫房ノ十手は斬り捨て御免

藤城満定

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小手斬り左門次の探索〜其の伍。

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 吉原会所の頭取四郎兵衛殿に探索の手伝いを頼んでから二日。南町奉行所の総力をあげて小手斬り左門次の行方を探っている与力同心達は、奉行大岡越前守忠相の下知で鎖籠手、鎖脛当、鎖帷子を着込む事が厳命されていて、三人一組にて探索に挑んでいる。
 伝三郎は昼廻りを終えて奉行所に戻って御用部屋で弁当を食べていた。
 弁当の中身は、麦飯、玉子焼き、卯の花、豆腐の味噌焼き、青菜の煮物、梅干しだった。麦飯には胡麻塩が振り掛けてあった。
 食後の一服で茶と莨を喫していたら、見習い同心の坂井陣之助が御奉行がお呼びですと伝えに来たので、坂井同心に御捻り(一朱金一枚)を握らせる。見習い同心の俸禄は二十俵一人扶持と少ないので、上の者が小遣いや駄賃をあげる慣習となっているのだ。そして御奉行の御用部屋に向かうと、御奉行の他に羽織袴姿の初老の武士がいた。
 何処かの大名家か大身旗本家の用人か留守居役辺りだろうか。
「御奉行。松平伝三郎、お召しにより参じましてございます」
「おお、来たか。まあ、入れ」
 許しを得て入ると、転瞬、抜く手も見せぬ早技で逆手抜きに抜いた脇差の切先三寸を初老の武士の首筋に当てた。
「何の真似でござるかな」
 初老の武士は右手で脇差の柄を握っていた。この人物が伝三郎に向けて殺気を放ったのだ。
「試しにしては、些か悪手だな。死にたいのか死にたくないのか答えろ」
 伝三郎の声には殺気も剣気も怒気も篭っておらず、淡々としているだけに恐ろしさが半端ではなかった。
 初老の武士の額には大粒の汗が浮かんでいる。
「でいなこつしもした。ごやっけさあ」
 その武心の口から薩摩訛りで詫びの言葉が出てきた。
 その声は少し震えている。
「薩摩藩の方でしたか。御無礼仕りました」
 伝三郎は脇差を鞘に納めて一礼し、謝罪した。
「伊那部殿。当奉行所随一の遣い手の技前は如何でござったかな」
「いやぁ、魂げもした。オイもそれなりん遣い手と思っておりもしたが、こん人には敵いもさん」
 伊那部と呼ばれた薩摩藩士は額の汗を拭って息を吐いて感嘆した。
 しかし、伝三郎は『伊那部』という家名を聞いて、脇差の鯉口をそっと切った。
「伊那部様と申されましたか」
「こりゃ、済まんこつばしもした。オイは薩摩藩下屋敷用人伊那部権兵衛にごわす」
「南町奉行所諸士調役兼監察方与力松平伝三郎家敏にござる。時に伊那部様、少々お尋ね致したき事がござるが、宜しゅうござるかな」
「何でん聞きなっせ」
「然れば、御貴殿の親類縁者に作兵衛と申される方はおられませんかな」
「作兵衛でごわすか。いんや、おりもはん」
 薩摩藩の伊那部作兵衛という名前という名前で琉球人金城周信と遊んでいるのは、やはり変名だったか。
「伝三郎。如何致したか」
 御奉行の誰何に小さく頷く。
「実は吉原にて」
 事の次第を詳細に説明する。
 伊那部作兵衛と名乗る薩摩藩士と琉球人金城周信が伝三郎の命を狙っていると聞いた御奉行と伊那部用人は息を吐く。
「伝三郎。死末屋の次は琉球人か。忙しい事だな」
「御奉行。某が望んだ事ではございませぬ」
「む。確かにな。して、伊那部殿。何ぞ心当たりがござるかな」
「江戸藩邸で作兵衛ちゅうとは一人しかおりもはん」
「どなたかな」
「御番組番士村井作兵衛にごわす」
「御番組。腕前は如何に」
「薬丸示現流目録伝皆にごわす」
 薬丸示現流は薩摩藩の下士が学ぶ流儀で、上士が学ぶ東郷示現流とは格式が違う。しかし、実戦となれば薬丸示現流の方が明らかに手強い。
 それの目録伝皆となればかなりの遣い手であろう。
「厄介だな」
「厄介でござるな」
 伝三郎と御奉行は揃って溜め息をついた。
 薬丸示現流目録伝皆に加えて琉球人の刺客とは。
「伊那部殿。薩摩の事は薩摩で死末していただきたい。勿論、琉球人も責任を持って片付けていただきたい」
「承りもした。責任ば持ってなんとかしもそう」
 薩摩藩士村井作兵衛と琉球人金城周信の事は、これで終わったと見て間違いないだらうから、明日からはまた小手斬り左門次の探索により一層励まなければならないな。
 
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