37 / 41
小手斬り左門次の探索〜其の伍。
しおりを挟む
吉原会所の頭取四郎兵衛殿に探索の手伝いを頼んでから二日。南町奉行所の総力をあげて小手斬り左門次の行方を探っている与力同心達は、奉行大岡越前守忠相の下知で鎖籠手、鎖脛当、鎖帷子を着込む事が厳命されていて、三人一組にて探索に挑んでいる。
伝三郎は昼廻りを終えて奉行所に戻って御用部屋で弁当を食べていた。
弁当の中身は、麦飯、玉子焼き、卯の花、豆腐の味噌焼き、青菜の煮物、梅干しだった。麦飯には胡麻塩が振り掛けてあった。
食後の一服で茶と莨を喫していたら、見習い同心の坂井陣之助が御奉行がお呼びですと伝えに来たので、坂井同心に御捻り(一朱金一枚)を握らせる。見習い同心の俸禄は二十俵一人扶持と少ないので、上の者が小遣いや駄賃をあげる慣習となっているのだ。そして御奉行の御用部屋に向かうと、御奉行の他に羽織袴姿の初老の武士がいた。
何処かの大名家か大身旗本家の用人か留守居役辺りだろうか。
「御奉行。松平伝三郎、お召しにより参じましてございます」
「おお、来たか。まあ、入れ」
許しを得て入ると、転瞬、抜く手も見せぬ早技で逆手抜きに抜いた脇差の切先三寸を初老の武士の首筋に当てた。
「何の真似でござるかな」
初老の武士は右手で脇差の柄を握っていた。この人物が伝三郎に向けて殺気を放ったのだ。
「試しにしては、些か悪手だな。死にたいのか死にたくないのか答えろ」
伝三郎の声には殺気も剣気も怒気も篭っておらず、淡々としているだけに恐ろしさが半端ではなかった。
初老の武士の額には大粒の汗が浮かんでいる。
「でいなこつしもした。ごやっけさあ」
その武心の口から薩摩訛りで詫びの言葉が出てきた。
その声は少し震えている。
「薩摩藩の方でしたか。御無礼仕りました」
伝三郎は脇差を鞘に納めて一礼し、謝罪した。
「伊那部殿。当奉行所随一の遣い手の技前は如何でござったかな」
「いやぁ、魂げもした。オイもそれなりん遣い手と思っておりもしたが、こん人には敵いもさん」
伊那部と呼ばれた薩摩藩士は額の汗を拭って息を吐いて感嘆した。
しかし、伝三郎は『伊那部』という家名を聞いて、脇差の鯉口をそっと切った。
「伊那部様と申されましたか」
「こりゃ、済まんこつばしもした。オイは薩摩藩下屋敷用人伊那部権兵衛にごわす」
「南町奉行所諸士調役兼監察方与力松平伝三郎家敏にござる。時に伊那部様、少々お尋ね致したき事がござるが、宜しゅうござるかな」
「何でん聞きなっせ」
「然れば、御貴殿の親類縁者に作兵衛と申される方はおられませんかな」
「作兵衛でごわすか。いんや、おりもはん」
薩摩藩の伊那部作兵衛という名前という名前で琉球人金城周信と遊んでいるのは、やはり変名だったか。
「伝三郎。如何致したか」
御奉行の誰何に小さく頷く。
「実は吉原にて」
事の次第を詳細に説明する。
伊那部作兵衛と名乗る薩摩藩士と琉球人金城周信が伝三郎の命を狙っていると聞いた御奉行と伊那部用人は息を吐く。
「伝三郎。死末屋の次は琉球人か。忙しい事だな」
「御奉行。某が望んだ事ではございませぬ」
「む。確かにな。して、伊那部殿。何ぞ心当たりがござるかな」
「江戸藩邸で作兵衛ちゅうとは一人しかおりもはん」
「どなたかな」
「御番組番士村井作兵衛にごわす」
「御番組。腕前は如何に」
「薬丸示現流目録伝皆にごわす」
薬丸示現流は薩摩藩の下士が学ぶ流儀で、上士が学ぶ東郷示現流とは格式が違う。しかし、実戦となれば薬丸示現流の方が明らかに手強い。
それの目録伝皆となればかなりの遣い手であろう。
「厄介だな」
「厄介でござるな」
伝三郎と御奉行は揃って溜め息をついた。
薬丸示現流目録伝皆に加えて琉球人の刺客とは。
「伊那部殿。薩摩の事は薩摩で死末していただきたい。勿論、琉球人も責任を持って片付けていただきたい」
「承りもした。責任ば持ってなんとかしもそう」
薩摩藩士村井作兵衛と琉球人金城周信の事は、これで終わったと見て間違いないだらうから、明日からはまた小手斬り左門次の探索により一層励まなければならないな。
伝三郎は昼廻りを終えて奉行所に戻って御用部屋で弁当を食べていた。
弁当の中身は、麦飯、玉子焼き、卯の花、豆腐の味噌焼き、青菜の煮物、梅干しだった。麦飯には胡麻塩が振り掛けてあった。
食後の一服で茶と莨を喫していたら、見習い同心の坂井陣之助が御奉行がお呼びですと伝えに来たので、坂井同心に御捻り(一朱金一枚)を握らせる。見習い同心の俸禄は二十俵一人扶持と少ないので、上の者が小遣いや駄賃をあげる慣習となっているのだ。そして御奉行の御用部屋に向かうと、御奉行の他に羽織袴姿の初老の武士がいた。
何処かの大名家か大身旗本家の用人か留守居役辺りだろうか。
「御奉行。松平伝三郎、お召しにより参じましてございます」
「おお、来たか。まあ、入れ」
許しを得て入ると、転瞬、抜く手も見せぬ早技で逆手抜きに抜いた脇差の切先三寸を初老の武士の首筋に当てた。
「何の真似でござるかな」
初老の武士は右手で脇差の柄を握っていた。この人物が伝三郎に向けて殺気を放ったのだ。
「試しにしては、些か悪手だな。死にたいのか死にたくないのか答えろ」
伝三郎の声には殺気も剣気も怒気も篭っておらず、淡々としているだけに恐ろしさが半端ではなかった。
初老の武士の額には大粒の汗が浮かんでいる。
「でいなこつしもした。ごやっけさあ」
その武心の口から薩摩訛りで詫びの言葉が出てきた。
その声は少し震えている。
「薩摩藩の方でしたか。御無礼仕りました」
伝三郎は脇差を鞘に納めて一礼し、謝罪した。
「伊那部殿。当奉行所随一の遣い手の技前は如何でござったかな」
「いやぁ、魂げもした。オイもそれなりん遣い手と思っておりもしたが、こん人には敵いもさん」
伊那部と呼ばれた薩摩藩士は額の汗を拭って息を吐いて感嘆した。
しかし、伝三郎は『伊那部』という家名を聞いて、脇差の鯉口をそっと切った。
「伊那部様と申されましたか」
「こりゃ、済まんこつばしもした。オイは薩摩藩下屋敷用人伊那部権兵衛にごわす」
「南町奉行所諸士調役兼監察方与力松平伝三郎家敏にござる。時に伊那部様、少々お尋ね致したき事がござるが、宜しゅうござるかな」
「何でん聞きなっせ」
「然れば、御貴殿の親類縁者に作兵衛と申される方はおられませんかな」
「作兵衛でごわすか。いんや、おりもはん」
薩摩藩の伊那部作兵衛という名前という名前で琉球人金城周信と遊んでいるのは、やはり変名だったか。
「伝三郎。如何致したか」
御奉行の誰何に小さく頷く。
「実は吉原にて」
事の次第を詳細に説明する。
伊那部作兵衛と名乗る薩摩藩士と琉球人金城周信が伝三郎の命を狙っていると聞いた御奉行と伊那部用人は息を吐く。
「伝三郎。死末屋の次は琉球人か。忙しい事だな」
「御奉行。某が望んだ事ではございませぬ」
「む。確かにな。して、伊那部殿。何ぞ心当たりがござるかな」
「江戸藩邸で作兵衛ちゅうとは一人しかおりもはん」
「どなたかな」
「御番組番士村井作兵衛にごわす」
「御番組。腕前は如何に」
「薬丸示現流目録伝皆にごわす」
薬丸示現流は薩摩藩の下士が学ぶ流儀で、上士が学ぶ東郷示現流とは格式が違う。しかし、実戦となれば薬丸示現流の方が明らかに手強い。
それの目録伝皆となればかなりの遣い手であろう。
「厄介だな」
「厄介でござるな」
伝三郎と御奉行は揃って溜め息をついた。
薬丸示現流目録伝皆に加えて琉球人の刺客とは。
「伊那部殿。薩摩の事は薩摩で死末していただきたい。勿論、琉球人も責任を持って片付けていただきたい」
「承りもした。責任ば持ってなんとかしもそう」
薩摩藩士村井作兵衛と琉球人金城周信の事は、これで終わったと見て間違いないだらうから、明日からはまた小手斬り左門次の探索により一層励まなければならないな。
50
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる