【完結】終末世界を神さまと

霜月

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第2話 信仰

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 翌日、二人は巨大なタイヤが特徴的な屋根のない車に乗って、水に浸かったビルの頂上に建設された道路を移動していた。
「その花、気に入ったのか?」
「うん。花ってこんな形なんだね」
 ビルに飾ってあった造花をユタは眺めて言った。
 植物すら数を減らしているこの世界において、たとえ作り物でも、かつての命の息吹を感じるには充分な代物だ。
「昔の人は何でこんなのを作ったんだろうね」
「命が消えゆく世界だからこそ、命の面影を感じたかったのかもしれん。それか、自分達が消してしまったものを忘れぬようにするためか。なんにせよ、そういったものにすがらねば生きていけぬ環境だったという訳じゃ」
「ふーん。あっ!」
 ふと、ユタが視線を外に向けると、不思議なものを発見する。
「ねぇ、あれ何?」
 ユタの指差す方向。高低差くらいしか変化のなかった道には異物があった。
 三角帽子を被った様な平屋。ビルの立ち並ぶその場所においては不気味さを放っている。
「あれは礼拝堂か?」
「れいはいどう?」
「人が何かにすがる為に作った場所のことじゃ。もっと簡単に言えば神にお願いをする場所のことじゃ」
「へぇ、昔の人もそういうことしてたんだ。行ってみようよ。どんなのか見てみたい」
「よし分かった」
 そう言うと、ココンはハンドルを切り、進路を礼拝堂へと変えた。
 かつてこの地に住んでいた人々は何にすがり暮らしていたのか。
 礼拝堂へと到着した二人は、その扉に手を掛ける。
「誰かいたりして」
「さすがにないじゃろ」
 あるわけないと知りつつ希望を口にして中へ踏み入る。
「うわぁ……」
「ほう。これは見事な……」
 中に入ると、色とりどりのガラスを利用して作られたアート、一面に広がるステンドグラスが二人を出迎えた。
 それぞれが外の光を通して、虹色に堂内を照らすと同時、ここが外界とは異なる場所だと示している。まるでその世界に溶け込むような感覚が流れ込んでくる。
 それ以外は簡素な造りで、装飾もない長椅子が何個も置かれている。しかしそれはあえてそうしてあるのだろう。余計な情報を削り落とし、視界と聴覚の静寂を際立たせる。この世界にのみ意識させるのだ。
 ユタが内装を見てまわる足音が響く中、ココンは一直線に進んで段差を上ると、存在感を示して置かれている石碑の前に立った。
 成人の丈ほどもある大きな石碑だ。その周囲には造花から、缶詰、携帯食料など様々な物が置かれていた。
 ココンは刻まれた文字を指でなぞり読んでいく。先人は何を想い、こんなものを作ったのか。
「何が書いてあるの?」
 いつの間にか隣に来ていたユタが問う。
「一番上には、【星よ。我らの罪を許したまえ。神よ。我らを救いたまえ】と書いてある」
「罪って?」
「これを掘った人間は、こんな世界にしてしまったことを罪だと思ったんじゃろう」
「それって人間全員が悪いってこと? ボクも悪い人なの?」
「いいや、悪いのは星が腐りきるまで見て見ぬふりを続けた過去の人間。ユタや今を生きる者に悪人はおらん」
「じゃあ昔の人は全員悪者ってこと?」
「いや……」
 ココンは一瞬返事に詰まる。はたして、過去の人類はこの星を壊したいと思い生きていたのか。
「昔の人間も必死に生きておっただけか。次の世代をより豊かに。そうして紡いでいただけじゃな。ただ、物事の発展には犠牲がつきもの。それにもっと早く気づいて手を止められていれば……」
 或いは。そう言葉にしようとしてココンは口を閉じた。
 それは即ち歩みを止めるということ。進化の機会を失うということだ。
 言えることがあるとすれば、この星は人類にとってはあまりにも小さすぎた。
「信仰を捨てて行きついた先が神頼みとは哀れではあるがの」
 ポツリと呟かれたココンの言葉にはどこか蔑むような空気が漂っていた。
「ねぇ、僕たちも祈ろうよ」
「何じゃいきなり。真似事か?」
 ココンは長椅子に駆けていくユタを追って聞いた。
「うん。もしかしたらここにも神さまがいるかもしれないでしょ? だからお願いしとくの」
「隣に神がおるのにか?」
 ニッと意地悪気に笑うココンにユタはムスッとして頬を膨らませる。
「いいよじゃあ、一人でやるから!」
「冗談じゃ冗談」
 微笑ましく思いながらココンが長椅子に座ると、隣に座るユタは目を瞑り顔の前で手を組み始める。
「ココンとボクが離ればなれになりませんように」
 子供の純粋無垢な祈りが堂内に溶けていく。
 それを横目にココンも祈った。
 雲間から差し込んだ光がステンドグラスに吸い込まれる。数多の優しい光が二人の頬を撫でた。
 それはまるで祈りに答えた神が二人に触れているようだった。
「それじゃあ行くか」
「あっ、ちょっと待って」
 ユタは何かを思い出した様子で石碑の前へと行った。
「じゃあね」
 ユタは手を振り、二人はその場を後にする。
 再び静寂に包まれた堂内には、変わりない日々へと戻る。しかしそこには一つだけ変化が起きていた。
 石碑の前に置かれた一凛の造花が、光に照らされ、まるで命が宿ったように輝いていた。
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