【完結】終末世界を神さまと

霜月

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第4話 工場と料理

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 橋を渡り始めてから随分と車を走らせた。
「あっちと全然違うね」
 橋を渡り切った二人を出迎えたのは工場地帯だった。
 高台地故か水に浸からずに、用途の分からない球体や四角の建造物が建ち並んでいる。
 しかしその殆どは倒壊してしまっている。
「昔の人間は生活場所と労働場所を完全に分けておったようじゃな」
 二人はただ朽ちる時を待つ工場達を見上げながら車を走らせていた。
「ココン、あれ!」
 ユタが驚きの声を上げる。指の示す方向にココンも目をやると、一つの工場の煙突からうねるようにモクモクと煙が出ていた。
「設備が生きておるのか? いや、それよりもまさか……」
「ねぇ! きっとそうだよ!」
 ココンとユタの考えは一致していた。
「人がいるかも!」
「確認しに行ってみるか」
 ココンは稼働している工場の方へと進路を変えて車を進めた。
 ※※※
 煙を上げていたのは他と比べると形を保っている球体の工場だった。
 路肩に車を止め、二人は入口と思われる扉の前に立っている。その腰には拳銃が備えられていた。
 どんな世界であろうと愚かな者はいる。用心には用心を。
「ユタは下がっておれ」
 万全を期して、ココンは扉横にあるスイッチを押す。
 ガタガタと今にも壊れそうな大きな音を響かせ、扉が開いていく。
 あまりにも大きな音にココンの耳がピンと張る。
「誰も……おらんか」
 入口から顔を覗かせて確認するが、人影は見つからない。
 ココンはジェスチャーでこちらに来るようユタに指示を出すと、背後にペッタリと張り付かせ、中へと踏み込む。
 工場内は薄暗く、金属に覆われているからか、少しばかりひんやりとしていた。
「何も動いていないね」
「だが煙が上がっておったということは、確実に動いておる」
 気持ち程度の安全柵の向こうには、機械が並んでいる。しかし、その殆どが、本来の形を失ってしまっている。
 静寂の中に鉄を踏む音を響かせ、二人は散策を続けた。
 目に映るのは代り映えのない景色ばかり、生きている機械もそれを利用する者も見つからない。
「何もないね。下にあるのかな」
「うむ。どこかに通路がある筈じゃ」
 ピクリとココンの耳が動く。
「静かにしろ。何か来る」
 息を潜めていると、カツンカツンとユタにも聞こえる大きさで、何かが鉄と接触する音が鳴る。それは下から上へと移動する音だ。
 ココンは聞き耳を立て、その正体を探る。
 迷いなくこちらに足音が近づいてくる。音からして二足歩行の生物。
 それは人か人外か。ココンは意を決して接触を試みる。
「止まれ」
 姿を隠したまま命令した。
 するとピタリと足音が止む。
「大丈夫。僕は敵じゃないよ」
 優しい男の声が反響する。
「お主はまだここにいろ」
 小声でユタに指示を出すと、ココンは拳銃を構えて姿を晒した。
 その目に映ったのは、両手を上げて立つ、油まみれの作業着に身を包んだ、成人男性だった。顔半分を覆うほどのゴーグルから覗く、おっとりとした目付きに丸めた背筋。まるで大型獣に怯える小動物だ。
「猿芝居はやめろ。貴様はここで何をしておる。何者じゃ」
 しかしそれが取り繕っているだけだとココンは見抜いていた。
 男も見抜かれてまで演技を続ける気はないのか、腰に手を当て、堂々たる態度を示した。
「ならそれを下ろしてくれないかな。あと、隠れている連れの子にも出てきてもらっていいよ」
 そう言い、男は装着していた顔半分を覆う大きさのゴーグルを外す。
「何故知っている」
「監視カメラがあるんだよ」
 男の視線が向いている方向を見ると、天井部分に赤く点滅する丸い物体が張り付いて、こちらを見ていた。
「なるほどの。なら芝居は無駄じゃな。良いぞユタ、出てこい」
 ココンは敢えて拳銃は下げずにユタを呼ぶ。
「これを下げるのは貴様がここで何をしているか白状してからじゃ」
 ココンの言葉に、男は深いため息をつく。
「分かったよ。僕の名前はロトン。ただの旅人さ。偶然食料工場を見つけてね。暮らすのに不便しないから、直しながら過ごしているんだ」
「ここは食料を作っておるのか」
「そう。食料生産だけじゃない。下にある都市に必要なエネルギーは、この工場都市で全て作られている。いや、作られていただね」
 ロトンは大手を広げて、その規模をアピールする。
「ちなみに食料は今もここの地下で生産しているよ。今は設備が劣化して全自動とはいかないんだけどね。あと、ここにも小さいながら発電設備も備わっているんだ。だからここの機械を動かす程度なら余裕で賄える」
 語る姿はまるで買ってほしい玩具を見つけて親にねだる子供。ロトンはブレーキが壊れたようにベラベラと話し続ける。
「昔の人はすごい発明をしたと思わないかい? 全てを科学で補い生きていたんだ。僕も一目でいいからその時代を見てみたかった……ーーー」
 楽し気に語る姿を見て、ココンは苦笑し銃を下ろす。
「これは大丈夫そうじゃな」
「悪い人じゃなくて良かったね」
 二人は生き生きと語られるロトンの話を静かに聞いた。
 ※※※
 一人語りが終わると、三人は地下へと続くハシゴを降り、不規則に点滅する人工灯が照らす通路を歩いていた。その最中、ロトンは申し訳なさそうに頭を下げる。
「本当にごめんね。人と会うのなんて久しぶりだったから、ついテンションが上がっちゃって」
「よい。ここの案内もしてもらうしの。それにこの世界で人と巡り合うことは奇跡に近いから。気持ちが高まるのも無理はない」
「うん。君達と出会えたことは何よりの奇跡だ。そういえば名前を聞いてなかったね。教えてもらってもいいかい?」
「儂はココン。こっちの子供はユタじゃ」
「ユタです。お願いします」
「よろしくね」
 ユタの挨拶に、ロトンは優しく返すと、ココンに質問をする。
「ココン。君は人間じゃないよね。神と人間、二人で何をしているんだい?」
「旅をしておる。人が怯えることなく過ごせる地を探してな」
「そっか。それはとても大変な旅だね」
「あぁ、じゃが必ず見つけてみせる。約束したからの」
 ココンの言葉は静かだったが、その中には確固たる意志が包まれていた。
 ※※※
 暫く歩いていくと、微かな熱気が肌に触れる。
「ちょっと眩しいかもしれないけど我慢してね」
 ロトンが巨大な扉を操作すると、重々しい音を立てて扉が開き、目が眩むほどの人工灯が出迎える。
「ここが食料生産場だよ」
 白む視界が色を取り戻していくと、そこには外からでは想像もできない光景が広がっていた。
 人の介在する余地などなく、びっしりと敷き詰められた培養土。そこを機械が通る為の等間隔のレーンが迷路のように張り巡らされている。
 しかしその殆どの場所に命は咲いておらず、機械も崩れ落ち、土に埋もれている。植物が生えているのは片手で数えられるエリアのみだ。
「かろうじて生きていた種を植えて育てているんだ。本来なら、ここで実ったマメを自動で収穫して、奥の加工場で携帯食料へと生まれ変わらせるんだけどね、機械が動かないから手作業さ。残念だけど、まだ収穫したばかりだから収穫体験はさせてあげられないよ」
「えー、やりたかったなぁ」
 ユタは羨ましそうに栽培エリアを見つめる。
「その代わりといったらあれだけど。どうかな、僕の料理食べていかないかい?」
「「料理?」」
 ココンとユタの声が重なる。
「たいしたものじゃないけどね。君達に食べていってほしいんだ」
「食べたい!」
 ユタが手を挙げ、食いつくように即答する。
「いいよ。料理を振る舞うなんていつぶりかな」
 ロトンの声のトーンから、それが純粋な優しさであると分かる。
「すまんな。馳走になる」
「じゃあ行こうか」
「うん!」
「昔はよく料理を振る舞っていたからね。期待しててよ」
「期待する!」
 テンション高く進むロトンとユタの後ろをココンは母のように見守りながらついていった。
 ※※※
 加工場の隅にポツンと置かれている椅子に座り、ココンとユタはロトンの料理を待っていた。
 目の前では、廃材を加工して作ったキッチンでロトンが鼻歌を歌いながら料理を作っている。そしてその隣では機械がマメを加工して携帯食料を作っている。
 食べ物を煮る匂い、焼く匂い、その場に漂う匂い全てが胃を刺激する。
「お待たせ」
 そうして待ち遠しい時間を経て、シェフロトンの作った料理が二人の前に置かれる。すると一段と食欲を刺激する香りが強まる。
「なんと……これほどの料理に出会えるとは……」
「すごい美味しそう!」
 テーブルに並べられたのはマメがたくさん入ったスープに、キラキラと輝く団子とマメ。普段の生活では目にする機会のない食事ばかりだった。
「全部マメを使った料理だけど、それぞれ別の美味しさがあると思うよ。さぁ召し上がれ」
「いただきます!」
「いただきます」
 まず一口、ココンはスプーンでスープを飲んだ。
「これは……」
 塩気の効いた素朴な味。その中にマメの味も溶け込んでいる。優しい味わいのスープだ。
 しかしココンが驚いた部分は、そこではなかった。
「とろみがある」
 とろみが舌触りを良くするのと同時、熱を閉じ込めて、体を芯から温めてくる。
「それは乾燥したマメを挽いた粉を溶かしてあるんだ。混ぜることで餡になるのさ。そのおかげで、冷めにくくすると共に、マメの味も溶け込ませ、より味わい深いスープになるのさ」
「ねぇねぇ、これ何?」
 得意気に語るロトンに対し、ユタがフォークで捕らえた糸状の食べ物を見せて聞く。
「それはマメの粉で作った麺だよ」
「麺?」
 知らない単語にユタは首を傾げる。
「粉を混ぜて細く切った食べ物のことだよ。そうやってスープに入れて食べるんだ。昔は麺を使って、ラーメンとかうどんっていう料理も作られてたらしいんだけどね。それの再現のつもりさ。吸うように食べると美味しいんだ。やってみなよ」
「うん」
 ココンは言われた通り、麺を啜った。しかし案外難しく、チュル……チュル……と少しずつしか口に入っていかない。
 そんな様子を見て、ココンは笑う。
「ハハハ、お主、麺が啜れんのか?」
「じゃあココンもやってみなよ!」
「ふん。よぉく見ておれ」
 失敗したら笑ってやろうと心の中で準備をして、ユタは見守る。
 しかし、ココンは容易く麺を啜ってしまう。
「何で? 何で出来るの!?」
「お主とは生きている時間が違う」
 続け様に麺を啜るココンを見て、ユタはあんぐりと口を開けて固まる。
「ロトンよ。この団子もマメか?」
 そんなユタをよそに、ココンは団子を掴んで聞いた。
 まるで夜空の星が瞬いているような美しさを放つ団子は、料理と言うよりも芸術だ。
「それは粉を丸めて茹でたんだ。そこに砂糖をかけて焼いただけなんだけど、味もさることながら食感が面白いよ。このマメは携帯食料の材料でね、万能食材なんだ」
「ふむ。デザート枠じゃな」
 食べてみると、口の中でザクザクと砂糖が砕ける。そこに餅のような弾力が加わる。
「美味いのう!」
 マメの底しれぬ可能性にココンは思わず唸りを上げた。
「これもすごい美味しいよ!」
 団子の横にあったマメを食べて、ユタも声を上げる。
 そんな二人の様子をロトンは笑顔を浮かべて眺めていた。突然一筋の雫がロトンの頬を伝った。
「あれ? 何で涙なんか。おかしいな。悲しくないのに」
 拭っても拭っても涙が止まらない。まるでダムが決壊したかのように涙が溢れてくる。
 席を立ったココンは何も言わず、その胸にロトンを抱き寄せた。
「ありがとう……。ありがとう……」
 不思議そうに見つめるユタの耳には、ロトンの啜り泣く声が通り続けた。
 ※※※
「本当に一緒に行かないの?」
 携帯食料を詰め込んだ車に乗っているユタが聞くと、ロトンは頷く。
「僕はここでこの工場を直し続けるよ。いつか人類が過ごせる場所にしてみせる」
「そっか」
「出来るとよいの」
「ありがとう。お別れの前に一つ君達に教えておきたいことがあるんだ。北の方にずっと進んでいくといい。ずっと前だけど村があった」
「何⁉ 本当か⁉」
 ずっと求め続けてきた手掛かりに、ココンは思わず目を見開く。
「本当だよ。餓死しそうだった時に助けてもらったんだ。その時はそこでは四、五十人は人が暮らしていたんじゃないかな。けど普通じゃなかった。何だと思う?」
「なんじゃ? 成れ果てでも飼っておったか?」
「ハハハ、面白い冗談だね。ユタくんは何だと思う?」
 ユタは「うーん」と考え込む。
「神さまが住んでいたとか?」
「ほぼ正解だね。細かく言うと、神が村の長として村人を管理していたのさ」
「神が村を?」
 ココンは眉をひそめる。
「そう。ボクも驚いたよ。けどまぁ、人間に任せた結果がこの有り様じゃ、人間を管理したいと思うのは当たり前かもしれないけどね」
 若干の不安を含む情報に、ココンは一人考え込みながらも、エンジンを掛ける。
「食料の件共々、礼を言う」
「ありがと」
 別れを惜しみつつ、車は走り始める。
「料理おいしかったよー! 本当に本当においしかったー!」
「君達に出会えて本当に良かった! 料理を食べてくれてありがとう!」
 その声は互いの姿が見えなくなるまで続いた。
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