【完結】終末世界を神さまと

霜月

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第7話 記憶の棺

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 白蛇仙人の村を離れてから数日後、ココンとユタはある建物の扉の前に立っていた。
 それは野晒しにされて色の剥げた、かつては純白であったであろう建築物で、巨大な棺を思わせる形をしていた。
「すごいおっきいね」
「しかしここは何の為の場所なのか……」
 辺りに並ぶ建造物も二人の前にある建物ほどではないが、家と考えるには無理がある大きさを誇っていた。
「物置きか?」
 壊れて中が露見している建物には、使い途の分からない機械部品や、壺や衣服といった関連性のないものが大量に埃を被っていた。
「あっ」
 ココンが思案している中、ユタの間抜けな声が静寂を揺らす。
「ココン、何か動いちゃった」
 いかにもな、やらかしちゃいましたといった表情をするユタの手の先には、扉の電子ロックを解除する為と思われるパネルが光っていた。
 ヴーンと棺が鳴ると、ガタガタと音を立てながら扉がスライドする。
「お手柄じゃの。危険な場所ではないようじゃ」
「よかったー。中に何があるんだろうね」
「暗くてよく見えんのう」
 二人が一歩、足を踏み入れると、室内の照明が手前から導くように明かりを灯していく。
「電気が生きておるのか。それよりも……」
「何ここ……」
 そうして照らされた室内には、これまで二人が出会ったことのない光景が広がっていた。
「まさかここは博物館か?」
 過去の人間が使っていたと思われる道具や住居に車、武器など、あらゆる物が何者も触れられぬようショーケースに入れられ、展示されていた。
「はくぶつかんって?」
「これまでの歴史を知ることの出来る場所のことじゃよ」
「じゃあここにあるやつ全部、昔の人が使ってたってこと?」
「そうじゃ。儂も知らんものばかりじゃ」
 人類の長い歴史の中で培われてきた知恵の結晶。それは記憶に保存しきれないほどに膨大。
 二人はそんな広大な海とも思える歴史を知る為、館内を見てまわり始める。
「こんな生き物がいたの?」
「昔は人以外にも数え切れんほどの生き物がおった」
 展示の殆どが、人類の発明品だ。だがそれだけでなく、かつて星に生きていた動物や花といった自然の産物も多く展示されている。
 未知との出会いに心躍らせながら、二人は奥へと進んでいく。
「見たことないのばっかりだね」
「人類の進化というのは恐ろしいのぉ」
 始まりから今に至るまでの積み重ねが、一つ一つしっかりと記録として残されている。
 詳細など分からなくとも、人類が何故歩みを止めなかったのか感じ取れる光景が、そこにはあった。
「ねぇねぇ、これ何?」
 先を歩いていたユタが壁を指差す。ココンも見ると、それは壁一面に貼り付けられた一際目立つ赤い丸が描かれた暗闇の空間だった。
「これはおそらく宇宙じゃな。地球の外に広がる空間のことじゃ。ほれ、この青い星が儂らの住む地球じゃ」
 暗闇の中には太陽だけでなく、様々な星々が描かれている。ココンはバツ印のついた地球を指して、ユタに説明をした。
「小さいね」
 太陽の大きさと比べているのか、ユタは少し残念そうに口にする。
「宇宙の尺度から見れば、儂らなんてもっとちっぽけなものじゃ。一番大きく描かれているこの太陽の機嫌一つで簡単にいなくなる」
「すごい大きいよね。いつもはあんなに小さいのに」
「こんなにも大きなものが小さく見えるほど、星々の距離は離れておるということじゃな」
「すごいんだね宇宙って」
「そうじゃのぉ」
「でも何で太陽には印ないんだろう」
 一面に広がる宇宙空間の星々には、丸に三角、バツの印がそれぞれつけられている。地球にさえバツ印が付いているにもかかわらず、太陽にだけは何の印もされていなかった。
 それが何を意味するのか。
「なんなのかな。過ごせる星を探してたとかかな」
「なるほどの。太陽は調べるまでもないから印がないのか」
「でもそうだったら、地球では暮らせないってことだよね。昔の人は宇宙で暮らしてるのかな」
 ユタは地球の絵を見て、どこか寂しそうに呟く。
 バツ印が居住不可の意味合いだとするならば、地球は人間が過ごせる場所ではなくなっているという意味になる。しかし、一切の説明が記載されていないこの絵からでは、想像に頼るしかない。
「たとえそうだとしても、今儂らは生きておる。もし他の星に人類がいるのなら、戻ってきた時に、見限るの早すぎたと言ってやればいい」
「そうだね」
 どんな過酷な環境であろうとも、人類は逞しく生き続けている。
 その生き証人である二人は、故郷を捨てた人類に別れを告げ、館内を更に見て回る。
「走っておるとこけるぞ」
「大丈夫だって!」
 普段は寂れた世界ばかりを見ているからか、ユタはテンション高くはしゃいでいる。
 特に危険もない場所の為、ココンはそっと見守っていたが、突然、別のブースに姿を消したユタの叫び声が館内に響き渡る。
「どうした⁉」
「あ……あ、あれ!」
 慌ててココンが駆け付けると、ユタが腰を抜かしていた。その目の前には、なんと成れ果ての姿があった。
「ユタ!」
 ココンは咄嗟にユタに覆いかぶさった。
 幻覚を使う暇もない。ユタだけでも助ける。その一心で体の中にしまい込んだ。だが一向に攻撃が来る気配はない。互いの心音と呼吸が触れ合う世界では、ただただ静寂だけが存在を示していた。
 ココンは恐る恐る顔を上げて成れ果てを見た。
「なんじゃ。そういうことか」
 分厚いガラスに手を触れ、ココンはその奥を見る。動く気配もなければ呼吸もない。思わず本物だと錯覚してしまう精巧なつくり。
 そこにあったのは成れ果てを型取ったレプリカだった。
「大丈夫じゃ、ユタ。これは作り物じゃ」
 成れ果てのレプリカが入ったショーケースのガラスを軽く叩きながら、ココンは害がないことを証明して見せる。
「よ、よかったー」
 胸の中にたまった緊張が一気に空気として吐き出される。
「しかし、他のものと言い、ここにある物は全て本物そっくりじゃな」
「まるで生きてるみたいだもんね」
 今にも動き出しそうな成れ果てのレプリカをユタはまじまじと見つめる。
「成れ果てっていつからいるんだろうね」
「少なくとも、ここが出来るずっと前にはいたじゃろうな。そうでなければ、こうして飾られておらんはずじゃ」
「成れ果てがいなかったら今も人間はいっぱいいたのかな」
「どうじゃろうな。そもそも過去の人間が、人間だけが過ごしやすい世界を作ろうとした結果、こんな世界になってしもうたからのぉ。成れ果てなんて関係ないとは思うが」
「そっかー」
 所詮は他人事。過去の行いで過去の人間が消えようとも、今を精一杯生きるユタには関係ない。そんな想いを表すような軽い返事だった。
「でも何で本とかじゃなくて本物そっくりに作ってるんだろうね。なんか、ボク達に見てもらいたくて作ったみたい」
「いや、みたいじゃなくて、そうなんじゃろう」
 ユタの細やかな疑問が、ココンにこの場所の存在意義を教えてくれる。
「記憶とは薄れ、いずれ消えてゆく。情報として受け継ぐだけでは、それがどんなものだったかいずれ分からなくなってしまう。故に形に残し、忘れられぬようにしているんじゃろう」
「忘れ去られることは存在しないも同然。ここは博物館ではなく、人類がいたと証明する為の記録庫なのかもしれぬな」
 人類の足跡がこの先も刻まれるのなら、いずれは今の出来事も歴史となるかもしれない。
 ココンはガラスに反射する自身とユタを見て、未来を想う。
「儂らは誰かに覚えていてもらえるのか……」
「ならさ残そうよ!」
 ココンの淡い呟きに、雲から射す陽光のように明るいユタの声が答えた。
「……そうじゃの」
 ユタの笑顔に、ココンも思わず笑みが生まれた。
 ※※※
「次来たらもっといっぱい増えてるかもね」
「だといいのぉ」
 手を繋ぎ、来訪者が去っていくと、館内は眠るように明かりを消していく。
 最後の照明の足元には、一人の少年と一人の神が緑に満ちた世界で笑い合っている絵が飾られていた。
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