王太子殿下の執事様

萩 葵

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小説は現実よりも奇なり

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躰が熱い。
燃えるように痛む目が、生きている実感をリアムに与えていた。

「まだ熱があるのか?」

朦朧もうろうとする意識の中で、少年の凛とした声が聞こえる。

「下がりませんな。…今夜が山でしょう」

年を重ねた、威厳ある声。
朦朧とした頭に、その声がしみ込む。

ああ、やはり死ぬのか。

絶望と共に湧き出るのは、理不尽なものに対する怒りと、生に対する執着心。

うらめ、と10歳の自分が言う。
恨むな、と28歳の自分が言う。

何故だ、と10歳の自分が叫ぶ。

5歳で両親に売られるようにして、王都に来た。
貧乏男爵家の5男など、売ってもたいした足しにはならないだろう。
でも、だからこそ、何故売ったのだと何度も思った。

王都に来てからも、何もいい事は無かった。
ののしられ、なじられ、さげすまれ。
蹴られ、殴られ、浴びせられ。

理不尽な言葉と暴力。
無理やり詰められる知識と、訓練。

食事ができるだけまし、と28歳の自分に慰められて来たけれど。
ただただ、毎日を生きているだけだった。

誰かに、認められたかった。
誰かに、優しくして欲しかった。

大丈夫、と28歳の自分が言う。

ちゃんと認められている。
領地を出るとき、両親兄姉妹きょうだい達は涙を流しながら、手を振ってくれたじゃないか。
ここにいると、勉強はおろか、食事さえままならないからと、震える体で抱きしめてくれただろう。

王都に来てからは、ちゃんと食事が出来て、痩せこけた躰も成長した。
暴力を振るわれた時は、そっと手当をしてくれる人もいた。
甘いものを、ポケットに忍ばせてくれた人もいただろう?
ここを生き延びる事ができたら、きっと大丈夫。
きっと…

だから


──死にたくない


強く2人のリアムが、願う。

この痛みも、理不尽な今までの人生も。
全部、無駄だったのだと思いたくない。


リアムは、強く、強く願った。


とたん、燃えるように痛んでいた目が、春の日差しのような暖かなものに包まれる。
優しくふんわりと体全体が、羊水に包まれているような安心感を覚える。

「何だ、これは!」

叫ぶ少年の声。

「こ、これは…」

唸るような老人の声。

こもれ日のような光が、リアムを中心に広がっていく。

「あぁ」

かすかにリアムの口から、息が漏れた。

これで、大丈夫。
これで生き残れる。

リアムは笑みを浮かべ、その目を開いた。
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