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後日談
2.ある三人の男 ※
しおりを挟む──魔性の森。
複雑な地形と、凶暴な魔物が跋扈する独特な生態系から人々に恐れられる不気味な森だ。
その森の中程に、三人の冒険者風の男が分け入っていた。
「旦那、見つけやしたぜ。この中でさあ」
三人のうちの一人、いかにも荒くれ者の冒険者といった、筋肉質で大柄な男が、目の前の茂みを仏頂面で指し示す。
そして、共に作業をしていた同じような風貌の大男がもう一人、太い腕で草木を避けると、覆い隠されていた何かが露になった。
枯れ果てた倒木と見紛うそれはちょうど人ひとりほどの大きさで、よく見ると真ん中あたりに襤褸布が引っ掛かっている。
大男たちはうんざりしたように、揃って顔をしかめた。
「あー、こりゃ酷えや。元は若え男か?カラッカラに干からびてら。……んで旦那、こいつをどうするんで?」
大男の言うとおり、その正体は、心の弱い者なら見るだけでトラウマを刻まれそうな、恐怖と苦悶の表情に固まった人間の死体だった。
「ふむ。お前たち兄弟は相変わらず仕事が早い」
返事をしたのは、大男たちが「旦那」と呼ぶ男。
鬱蒼とした森には不似合いな優雅さで歩み寄ったその男は、痛ましい死体を前に顔色一つ変える様子もなく、満足気に微笑した。
「どきなさい、状態を確認します」
洗練されたデザインの眼鏡を掛け、聖職者の纏う法衣を揺らしながら、少しカールのかかった髪を中心で分けて綺麗に撫で付けたその男。
引き連れている二人の大男たちとは対照的に、紳士然とした佇まいだ。
彼は自らの手下たちが発見した遺体の検分を始めると、やがて満足そうに頷いた。
「服装や容姿の特徴から、最近ギルドに捜索依頼の出されていた行方不明者で間違いないでしょう。
そして何より。生気を根こそぎ吸い付くされた異常な亡骸、それにこの何かが巻き付いたようなおぞましい腐食痕……『奴』の仕業に違いありません!」
眼鏡の男が頬を上気させ、やや興奮気味に告げるも、大男たちはピンと来ない様子で首を傾げた。
「奴?」
「決まっているでしょう、『暗晦の落とし子』。危険度特級の最凶魔族、滅多にお目に掛かれない大物ですよ!」
ようやく運が回ってきた、と歓喜する眼鏡の男だったが、大男たちの反応はなおも鈍い。
「あー……、あんたは随分前からそいつを追い回してるが、正直そこまでの獲物なんですかね」
「そうそう、最凶だなんだ言う割に、あんた以外からその名前を聞いたこともねえですし」
自分と手下たちとの温度差に気づいた眼鏡の男は、あからさまに呆れたような顔をした。
「お前たち、ここ数十年ほどで奴が引き起こした数多の所業を知らないのです?……まあ、特級に分類される魔族はあまりに危険であるがゆえに、詳細は常にトップシークレット扱い、並の冒険者の耳に入るものではありませんが」
「……それはそれで、そんなもんに手え出すのは危険すぎやしねえですかい」
「そうそう。俺らだって金は欲しいが、好き好んで死地に飛び込みたいわけじゃありやせんぜ」
気乗りしない様子を隠しもしない大男たちにため息を吐きながら、男は眼鏡のブリッジを人差し指でクイッ、と押し上げて言った。
「危険?そんなものは百も承知ですよ。しかし奴の討伐に成功すれば、得られる報酬や地位は計り知れません。──例えば、貴族籍に手が届くとかね」
退屈そうに腕組みをしていた大男たちの肩がピクリと動いたのを確認し、眼鏡の男はほくそ笑んだ。
「そうなればお前たちだって金だけじゃない、好きなだけ女をいたぶって遊び放題の生活が手に入るのです。
平民でさえあれば、それなりに育ちの良い小綺麗な娘──特にお前たちが揃いも揃って大好きな、見目が良く正義感の強い処女──を好きなだけ弄んで使い捨てたとしても、誰も罰することはできないでしょうねえ?」
最後の言葉を聞いた途端、大男たちはニヤリと下卑た笑みを浮かべ、興が乗ったとでもいうように前のめりになるのだった。
「やれやれ、まったく悪趣味ですが、協力する気になったのならば喜ばしいことです。
……さて、他にもいくつか気になることはある。奴の能力や生態について、徹底的に調べますよ。残りの行方不明者の残骸を探すのはもちろん、最近周辺の街で変わったことがないか、少しでも多く情報を集めるのです。
いいですか、どんなに些細に思えることでも、ですよ。
全ては、私の求める金と名声、お前たちの求める金と女、それを手にするための戦いなのですから。」
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