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後日談

7.デートとは

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「ふうん。君、そんなこと思ってたんだ」


 急にスンッ、とトーンダウンした声色。

 ラーシュの平坦な声に、シンシアはビクリと肩を震わせた。


「へー、そう。僕に内緒でねえ」


 張り詰めた──少なくともシンシアにはそう感じられた──空気の中、いつの間にか俯き加減になっていた彼女は、もはや恐れから顔を上げられない。
 よって、彼の表情を窺うこともできなかった。


「…………なるほど? じゃ、シンシア」
「あ……」



──きっと、これで終わりだ、なにもかもが。



 覚悟を決めたシンシアは、固く目を瞑った。
  
 ……自分を蔑んでいるであろうラーシュの表情を見たくなかったからだ。


 そんな彼女の心中を知ってか知らずか、ラーシュは自身の胸の前でパンッと両手を合わせ、輝かんばかりの笑顔を見せた。


「君のためならいくらでも時間は作るから、まずはそのデートってやつからだね! 今日は君も疲れてそうだし、明日でいい?」


「…………へ?」


 突然、ウキウキとした軽い口調に変わったと感じたのは気のせいか。

 予想外の方向に話が展開したことに驚き、シンシアはぽかんと呆けた顔でラーシュを見上げる。


「行き先はどこにしよっか? 散歩がしたいなら南の大陸にそこそこ広い密林があるし、舟に乗りたいなら北方の海まで行けば流氷が見られるよ」
「え、あの」
「それか適当な翼竜を捕まえて西の大陸まで遠乗りするのはどうかな。シンシアは翼竜に乗って飛んだことはある? 何なら君の言うことを聞くように頭を二人で空の駆けっこなんかもできるし──」
「ち、ちょっと待って! 色々と!」


 慌てて制止すれば、ラーシュは滔々と話す言葉を止め、ぱちぱちと瞬きをした。


「? どうしたの? ……あっ! そうだ君、身体が辛いんだったよね。ごめん、デートは回復してからにしなくちゃね」
「あ、えっと……いや、今の提案は過酷すぎるし、しばらく休みたいのもそうなんだけど」

 でもそれじゃない、とふるふるかぶりを振る。

 そして抱いた疑問を恐る恐る口にした。


「ど、どうして」
「?」
「どうして真剣に検討してるの……?」
「え?」


 ラーシュはそこでようやく困惑しきったシンシアの表情に気づいたようだ。

 気づきはしたものの、彼はきょとん、と首を傾げる。


「なあにその顔。まさか僕がまじめに聞かないとでも思ってたの?」


 ていうか君って間抜けな顔してても可愛いんだねえ、などと失礼なことをのたまうラーシュだったが、それに反応する余裕もないほどに、シンシアはただ拍子抜けしていた。


「あのねえ、番のたってのお願いを聞かないオスがどこにいるっていうの。記憶を覗いても泣いているところなんてほとんどなかった君が、涙ながらに言うことならなおさらでしょ」
「だっ……て、わたしなんて、ただの人間で」
「もー。知ってるでしょ? 僕はシンシアのことが大好きなんだよ。人間だろうがなんだろうが、君を眺めるより楽しいことなんてないし、僕にとってこの世界で君が一番価値があるの」
「う、あ」
「絶対離すつもりなんてない、誰にも渡さない。こんなに愛してるんだもん、一緒にいてもらうから」
「……」
「シンシア?」


 すっかり黙ってしまったシンシアを不思議に思ったのか、彼女の顔を覗き込むラーシュ。

 彼はその暗黒色の目を丸くした。


「わあ、真っ赤っかだ。耳の先まで」
「やめて」


 見られたくないという羞恥からか、ぶっきらぼうに顔を逸らすシンシア。

 しかし、相手は素直に引き下がる男でもない。


「かわいいねぇ、いい子だねぇ」
「……!」


 なでなで。

 まるで恋人を甘やかすように頭を撫でられ──ラーシュにしてみれば可愛らしい反応にうっかり手を出しそうになったのを誤魔化しただけなのだが──シンシアはいたたまれなくなって布団を被った。


「ありゃりゃ、籠城しちゃった」


 元凶であるラーシュが試しにつんつん、と布団の塊をつついてみても反応はない。


「ねー、出ておいでよ。しばらくはえっちもできるだけ我慢するからさぁ」


 彼にしては大幅に譲歩したであろう提案に、布団の中身は少しだけ驚いたようにもぞ、と動いたものの、引き続き黙秘を貫いている。


「ねーえ」
「……」

「シンシアー」
「……」

「うーん、困ったなあ」
「……」


 それからしばらくの間、布団の塊と最凶の魔族の攻防は続いたのだった。
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