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2.学園編

第22章 告白は待ってくれない

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「はあっ?! 何であなたたち止めなかったのよ!」



 第一声は余りに予想通りだった。次の日、グランたちはクラウディアに事の顛末を報告した。第一王子と王太子のど派手な兄弟喧嘩は、既に学園中の誰もが知るところとなっていた。



「止められるような状況じゃなかったんだよ。ロベルト先輩が仕切ってくれたから何とかなったし」



「何とかなったじゃないわよ! 殿下は大怪我したって言うじゃないのよ! おまけに停学なんて……殆どやられっぱなしだったのに……」



「いや、それは単に弱かったから……」



 王族といえども、学園の中では校則は厳密に適用される。暴力沙汰を起こしたアレックスとマクシミリアンは1週間、拳闘部の部長であるロベルトも実技披露会の監督責任を問われ3日間の自宅謹慎となった。



「それでなぜか一人増えてるんだけど、どういうわけ?」



 クラウディアは赤毛の一年生、サミュエル・アンダーソンに目を向けた。



「ああ、殿下のご学友一名追加となったの。何だかんだ言って味方増やすの上手だよな、あの王子」



「サミュエル・アンダーソンです! よろしくお願いします!」



 サミュエルは右も左も分からなかったが、この人に楯突いてはいけないという直感が働いた。



「反帝国派を引き込むのは難しいって言ったのに。転んでもただでは起きない方ですのね。サミュエルと言ったかしら? 殿下はアッシャー帝国の血が入っていても、れっきとしたマール王国の王子であちらとは何の関係もないので、そこんとこ勘違いしないでね」



「はっ! もちろん分かっております!」



「分かったなら、今までの不敬の分を取り戻す勢いで殿下に尽くしなさい」



 随分偉そうではあるが、何とかクラウディアにも認められたようである。グランは「やったな」という意味を込めて肘でサミュエルを軽く小突いた。



「それより殿下のお見舞いに行かなくては。直接お話もうかがいたいし」



 1週間も学園に来れないならこちらから会いに行かなくてはならない。学校が終わり、クラウディアは家に一旦戻ってから準備を整えて、マクシミリアンの宮殿へと向かった。



「別に来てくれなくてもいいのに。大した怪我じゃないから」



 マクシミリアンはいつもと変わらない調子で彼女を迎えたが、それでも見た目は結構派手だった。片目はガーゼで覆われ、もう片方の目と口元は青黒く腫れている。腕にも湿布を巻いている。その様子を見てクラウディアの心は痛んだ。



「わたくしがおりましたら何があっても止めましたのに。知らないところでこんなことになっていたなんて」



「本当に心配いらないよ。今まで兄弟喧嘩をしたことなかったから、これまでのツケを一気に払ったと思えばどうってことない」



 そう言ってマクシミリアンはクラウディアにお茶を勧めた。



「正直、すっきりしたところもあるんだ。アレックスから本音が聞けたし、僕も今まで言えなかったことを一気に吐き出すことができた。ロジャーのことは許してないけど」



 ロジャーの名前が出て、クラウディアは思わず身構えた。交換留学のことはマクシミリアンには話してない。父からも固く口留めされていたこともありできなかった。



「ロジャー殿下があの場で話題に出したのも不自然でしたわね……彼には彼の考えがあったということでしょうか」



「うん。全て計算ずくだったと思うよ。あの場で言ったことは偶然だったけど、機会を見計らって公表するつもりだったと思う。ロジャーのことだから父上にも根回しして許可を取っていたかも。昨日みたいな形になるとは思わなかっただろうけどね」



 グランたちから聞いた話では、マクシミリアンはロジャーに対して怒りを露わにしたらしい。彼が怒るところをクラウディアは見たことがなかったので、それが彼にとってどれほどの衝撃だったか分かるような気がした。



「あのさ、前にクラウディアが『王族らしい振る舞い』って言ってたじゃない? あれなかなかピンとこなかったんだけど、今になって分かったような気がした。腰を低くして礼節さえきちんとしていれば大丈夫と今まで思って来たけど、それだと相手にバカにされてしまうんだ。それは相手が期待する振舞いじゃないから。向こうは僕に王族として振舞ってほしいと思ってる。ちょっと、偉そうにね。僕の柄じゃないけど、そうしなくちゃ守れない物もあるってやっと分かった。今までなぜ相手が自分の期待する反応をしてくれないのかと不思議だったけど、謎が解けたよ」



 以前だったらその言葉を聞いて素直に喜んだだろうが、今のクラウディアには少し痛みを伴って受け止められた。この世界に適応するには純粋なままではいられない。マクシミリアンの美徳を一つずつ曲げて周囲から期待された役割を作り上げる、誰からも認められる王子になるというのはそういうことなのだ。



「そういえば、国王陛下は何と仰ってました?」



 国王もまさか自分の二人の息子が学園で大喧嘩して、二人とも自宅謹慎の目に遭ったと聞いた時は驚いたに違いない。



「それがあっけないほど素っ気なくてさ、『いつかこういう日が来るだろうとは思ってた』としか言わなかったらしいよ。あとは怪我の状態を確認しただけ。最近僕に対する父上の反応が変わったんだ」



「変わった、と申しますと?」



「前はひたすら優しくて保護するだけだったけど、こっち来てからは試される? みたいな? 獅子が自分の子供を千尋の谷に突き落とすみたいな? わざと障害を設けて僕が乗り越えるのを楽しんでいる節がある。一人前扱いされるようになったと思えばいいんだけどさ」



 まさか、そんなことになっていたとは。



「それに、最近少し明るくなってきたんだ。前はどこか深刻そうな様子が抜けなかったけど、今は苦しみから開放されてリラックスしているような気がする。母上のことがずっと気がかりだったんだと思う。やっぱり本当のことが分かってよかったよ」



 それを聞いてクラウディアも安心した。止まっていた針がやっと動き出したのだ。急に動き出したので色々トラブルは起きるが、それもやがて落ち着くだろう。



 マクシミリアンと話ができてよかった。クラウディアは安心して家に帰り、翌日からはいつものように学園に通い始めた。そして、マクシミリアンと会った翌々日のこと。いつものように昼休みに食堂へ向かう途中、ロジャーが取り巻きと談笑しながら歩いているところを見かけた。それを見たクラウディアはロジャーのところへ走り寄った。



「おっ、君の方から来てくれるのは初めてだね。ようやく俺の魅力に気付いた?」



「冗談言わないでください! 話があります。こちらへ来てくれませんか」



 クラウディアは二人だけで話をしたかったが、なかなか二人きりになれる場所がない。どこに行ってもロジャーは目立つし、聞き耳を立てられるのは必至だった。仕方なく、以前アレックスがマクシミリアンを呼び出した屋上に繋がる階段の踊り場まで彼を連れて行った。



「どうしたの? こんなところに連れてきて。愛の告白でも始まるのかな?」



「ふざけないでください。何の話題か見当ついているはずです」



 クラウディアは真っ直ぐロジャーを睨みつけた。



「君はいつもマックス、マックスだね。保護者役は疲れない?」



「保護者なんかじゃありません! どうしてあの時シンシア妃の話をしたんですか? センシティブな話題であることはご存じのはずです」



「そっちが勝手にタブーにしてるだけだろう? 何を隠すことがある? 誰かの陰謀じゃなくてただの事故だったんだからさっさと話してしまえばよかったんだ」



「マクシミリアン殿下はアレックス殿下のことを思って隠したんです。そのお気持ちを踏みにじって」



「だからそれが余計なお世話だって言ってるんだよ。アレックスは君たちが思うより肝が据わった男だ。伊達に王太子をやってるわけじゃない」



 クラウディアは言葉が詰まった。



「そう……だとしても他にやり方があったはずです。みんなが見ている前で殴り合いなんてする必要はなかったんです」



「でも二人はすっきりしたと思うよ。お互い本音を打ち明けられて。ああでもしなきゃあの二人が話し合いをするなんてありえないだろう。いいきっかけだったんじゃないか?」



「本当にあなたって人は……!」



 クラウディアはぐっと拳を握ったが、ロジャーはお構いなしだった。むしろ彼女の反応を見てどこか楽しげだ。



「クラウディアはこんなところで王子様を育成するより、自分自身がもっと輝く場所で花を咲かせたほうがいい。優秀な人材がこんなところでくすぶっているなんてもったいない」



「まさかそれが留学と言いたいんですの?」



「それだけじゃないよ。俺の女にならないかって言ってるんだ」



 頭をガンと殴られたような衝撃が走った。一瞬何を言われたのか分からなった。俺の女って……正気なの? クラウディアは何か喋らなければと必死で頭を動かしたが、何の言葉も出なかった。



「あ、もちろん婚約者って意味だよ。俺モテるけど最終的には一人の女に尽くすって決めてるから」



「……そんなの『はい、お受けします』と言えるわけないでしょう……! あなた何考えているの!? 気は確か?」



「だからアッシャー帝国に招待してゆっくり口説こうかなと思ってるの。邪魔者もいないしね」



 もう限界だった。クラウディアはロジャーにロジャー背を向けると一目散に階段を駆け下りた。人の目も気にせず廊下を走って今すぐ一人になれるところを探した。どこに行っても人の目から逃れられず、仕方ないので女子トイレに入りガチャンと鍵を閉めた。そして昼休みが終わるまでずっと出てこなかった。







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