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第5話 まさかの獏はフォトジェニックなイケメン
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あの後、私は父に電話をしておばあちゃんの経済状況を尋ねた。なんと、カゲロウの言っていることは嘘ではなかった。
「あれー言ってなかったっけ? お前の大学の資金もおばあちゃんが出してくれたんだぞ。年金もあるし、自分は贅沢な暮らしはしないから金が余ってると言ってくれてね。商売の方も相当繁盛していたようだし、一度も援助してくれと言ったことはなかったな、そういや。あー、もしもし、もしもし?」
私はここに来て、真剣に悩み出した。実のところ、前職では、管理栄養士の資格を発揮する現場にそれほど遭遇できたわけではなかった。それがちょっと不満でなかったと言ったら嘘になる。おまけに大卒二年目の給料なんてたかが知れてる。会社が倒産する前から、薄給とそれに見合わない重労働で離職する人は多かった。
それが今度は、元本保証、ノーリスク。かどうか分からないけど、自称福の神のお墨付き。なまじ人間よりも信用できるかもしれない。私はちょっとくらっと来た。
「でもやっぱり無理よ。ワンオペじゃお客さんをさばき切れない。ホールを手伝ってくれるスタッフを募集しなきゃ。こんなお化け食堂に普通の人を雇えるかしら」
「なんだ、それならバクちゃんが元々いるじゃろ。正体も獏そのものなんじゃが」
「ええー!? ここで働く従業員もお化けだったの?」
そんな話聞いてない。少なくとも、私がここに通っていた頃はおばあちゃん一人で切り盛りしていたはずだ。寄る年波に勝てず助っ人を雇ったのだろうか。それにしても獏って……。
「お前獏も知らんのか。あやつはお化けじゃないぞ、人の夢を食らうあやかしじゃ。報酬は人間の夢じゃから、好都合なことこの上ない。お千代さんもよく悪夢を食らってもらって助かっていたらしい」
「だからお化けとあやかしのどこが違うのよ! それはともかく、獏の姿で仕事なんかできるの? 象の鼻がついたムーミンみたいな奴でしょ!」
「象の鼻がついたムーミンとは……これまた言い得て妙じゃな」
「影郎、お前ムーミンが分かるのか? なかなか通だのう。とにかく、ましろ。四つ足で飯は作れんじゃろ。もちろん人型に化け取ったよ。それにしても水臭いな。あやつは千代ちゃんが亡くなったこと真っ先に知ったはずなのに仲間に知らせなかったとは。お陰でオラたちも今頃知る羽目になった。ここは、直接会って一言言ってやらな気が済まん」
「それにあやつさえよければ、またここで働いてもらえるかもしれん。ましろも悪夢を見なくなるしいいこと尽くめじゃ」
「ちょっと! 勝手に話を勧めないでよ! まだ店を開くかどうか決めてないのに、雇うなんて分からないわよ! それに獏が調理スタッフなんてちょっと信じらんない。いくら人間の姿をしているからって……」
カゲロウは、なおも迷う私の背中を押すように言った。
「なら、バクちゃんのところを訪ねてみよう。長い付き合いじゃからあやつのねぐらがどこにあるか知っている。ここと位相が違うから、少し酔うかもしれんが一緒に来てくれ」
カゲロウは、有無を言わさず私の手首をぐいと引くと、自分の方に引き寄せた。私は返事をする間もなく彼と密着する形になり、そのタイミングで狐が足元にぴたっと寄り添ってくる。ぐわんと地面が揺れた感触がしたかと思うと、あっという間に薄暗い荒野に来ていた。
「ここは人間たちのいる地上と地続きにはなっていないわしらの住処じゃ。人間が長時間いられるところじゃないから、用件が済んだらさっさと去るぞ」
私は、平衡感覚がおかしくなってフラフラしたまま、なんとか倒れないように踏ん張って彼らの後に続いた。人間が長時間いてはいけない場所って、それ危険ってことじゃない! そんなところに簡単に連れて来ないでよ!
カゲロウは、こんもりした小山の一つを目指し、真っ暗な穴ぐらに顔を突っ込んで声をかけた。
「おーい、バクちゃん! 遊びに来たぞー。しばらく顔を見せんから心配して見に来たんじゃ」
だが、返事が返ってこない。しばらく待っていると、真っ暗な中からくぐもった声が聞こえてきた。
「うるさーい! 千代ちゃんがいなくなった寿寿亭なんぞ火種の消えた囲炉裏とおんなじだ。お前らの顔も見たくない。さっさと帰れ!」
「なに言っとるか。千代ちゃんの孫のましろが直々に来てくれたんじゃぞ。ちったあ顔見せろ。オラたちになーんも知らせんで一人で引きこもってるたあ、いいご身分だ」
狐に言われた獏は、がばっと起きてこちらに顔を向けた。絵本で見た通りの姿、我ながら「象の鼻をつけたムーミン」というネーミングセンスは最高だと思った。
「もしかして、ましろちゃん……? ましろちゃんが来てくれたのか?」
どうして、どいつもこいつもわたしの名前を知っているのか。おばあちゃんに教えてもらったとは言え、ちょっと気味悪い。
「ああ、ましろちゃんだ。しばらく見ないうちに大きくなったなあ。すっかりべっぴんさんになって」
「これ、バクちゃん。口が過ぎるぞ」
「……ああ、すまなんだ。お前たちにも千代ちゃんのこと知らせないですまなかったのう。すっかり意気消沈してそれどころではなくて」
「そうだ、そうだ。オラたちも今更知らされたんじゃぞ。水臭いじゃないか、お前が知らせなきゃみんな知らんがな」
「それどころではなかった。いつものように夢を食らおうと、千代ちゃんの枕元に行ったら息をしてなくて。余りのことに頭が真っ白になって一目散にその場から逃げた。途中まで逃げたところで、少し冷静になってもう一度確かめようと戻ったが、やはり死んでいた。布団は一切乱れておらず、苦しんだ形跡もない。本当に寝ている間に逝ったらしい」
それを聞いて私は改めて安心した。状況からしてもがき苦しんだようには見えなかったが、バクさんからも同じ証言が得られた。眠るように逝けたのは幸いだったろう。
「千代ちゃんが苦しまなかったのは不幸中の幸いだが、それでも辛いもんは辛い。もうあのおいしい料理もあったかい笑顔も失われたかと思うと意気消沈してしまっての、今までここで丸まっておった。お前らのことなぞ一瞬も思い至らなかった」
「なんだ、薄情な獏じゃな」
カゲロウがフンと鼻を鳴らして言った。
「薄情なのはどっちだ。どうせたまにしか来ない癖に。俺は毎日千代ちゃんと一緒に仕事をしとった。長年培った絆はお前らより強いんだ」
「バクちゃん随分偉そうだのう。何が絆じゃ。そんなもんに優劣はない」
「まあまあ。バクちゃんもいつまでも悲しんでる暇はないぞ。新しい仕事じゃ。ましろがお千代さんの後を継いで寿寿亭を再開させる。お前の力が必要なんじゃ。ましろはまだ不慣れだからぜひ助けてやってくれ」
「ちょっと! まだそんな話になってないわよ!」
私は慌てて異議を唱えた。どうも、このあやかしたちのいいようにことが進んでしまっている。
「勝手に話を進めないでよ! 私はイエスともノーとも言ってないでしょ! 金銭面とか、実務的なこととか、もう少し話を詰めてよく考えたいの。仕事をするってのは責任が伴うんだから、簡単に決められることじゃないのよ!」
全く、これだから世間ずれしてないあやかしは困る。私が腕を組んだまま憤慨していると、バクさんが口を開いた。
「まあ、こんな姿のままではましろも不安に思うのは無理もなかろう。ここは一つ人間の姿に化けてやろうか。千代ちゃんと働いていた頃の姿に」
そう言うと、次の瞬間、目の前に白髪の長身の男性が立っていた。切れ長の目に薄い唇。鼻梁の整った顔立ち。獏というには余りにも美しい……というか好みなんですけど。私はくちをぽかんと開けたまま、呆気に取られて彼を凝視した。
とその時、何かに似ていることに気が付いた。これは……そうだ。
「和装繚乱の東雲橘じゃない!」
「ワソウリョウラン? シノノメタチバナ? 何じゃそりゃ?」
「和服を着た美形男子が異能を使って戦う大人気のソシャゲよ! 東雲橘は私の推し! あなた彼にそっくり! やだ、何でもっと早く言ってくれなかったの?」
私はすっかり興奮して、顔を真っ赤にして狭い穴ぐらの中でぴょんぴょん跳ねた。他の者たちはすっかりしらーっとしているが、そんなのどうでもいい。
「もしかして推しと一緒に仕事できるってこと!? やだこれ嬉しすぎるんですけど? バクさんだっけ? よろしくね! この現実がすでに夢だから、寝てる時の夢ならいくらでも食べて! たまにはコスプレもしてくれると嬉しいな!」
「おい、ましろは何を言っとるんじゃ?」
「オラにも分からん。だが、どうやらバクちゃんが気に入ったらしいというのは分かった。これで寿寿亭は再会できる、かな?」
「お、おう……まあ、俺が役に立てたなら何より。ましろが喜んでくれてよかった……のかな?」
こうして、おばあちゃんの店は、再開に向けて大きく動き出した。
「あれー言ってなかったっけ? お前の大学の資金もおばあちゃんが出してくれたんだぞ。年金もあるし、自分は贅沢な暮らしはしないから金が余ってると言ってくれてね。商売の方も相当繁盛していたようだし、一度も援助してくれと言ったことはなかったな、そういや。あー、もしもし、もしもし?」
私はここに来て、真剣に悩み出した。実のところ、前職では、管理栄養士の資格を発揮する現場にそれほど遭遇できたわけではなかった。それがちょっと不満でなかったと言ったら嘘になる。おまけに大卒二年目の給料なんてたかが知れてる。会社が倒産する前から、薄給とそれに見合わない重労働で離職する人は多かった。
それが今度は、元本保証、ノーリスク。かどうか分からないけど、自称福の神のお墨付き。なまじ人間よりも信用できるかもしれない。私はちょっとくらっと来た。
「でもやっぱり無理よ。ワンオペじゃお客さんをさばき切れない。ホールを手伝ってくれるスタッフを募集しなきゃ。こんなお化け食堂に普通の人を雇えるかしら」
「なんだ、それならバクちゃんが元々いるじゃろ。正体も獏そのものなんじゃが」
「ええー!? ここで働く従業員もお化けだったの?」
そんな話聞いてない。少なくとも、私がここに通っていた頃はおばあちゃん一人で切り盛りしていたはずだ。寄る年波に勝てず助っ人を雇ったのだろうか。それにしても獏って……。
「お前獏も知らんのか。あやつはお化けじゃないぞ、人の夢を食らうあやかしじゃ。報酬は人間の夢じゃから、好都合なことこの上ない。お千代さんもよく悪夢を食らってもらって助かっていたらしい」
「だからお化けとあやかしのどこが違うのよ! それはともかく、獏の姿で仕事なんかできるの? 象の鼻がついたムーミンみたいな奴でしょ!」
「象の鼻がついたムーミンとは……これまた言い得て妙じゃな」
「影郎、お前ムーミンが分かるのか? なかなか通だのう。とにかく、ましろ。四つ足で飯は作れんじゃろ。もちろん人型に化け取ったよ。それにしても水臭いな。あやつは千代ちゃんが亡くなったこと真っ先に知ったはずなのに仲間に知らせなかったとは。お陰でオラたちも今頃知る羽目になった。ここは、直接会って一言言ってやらな気が済まん」
「それにあやつさえよければ、またここで働いてもらえるかもしれん。ましろも悪夢を見なくなるしいいこと尽くめじゃ」
「ちょっと! 勝手に話を勧めないでよ! まだ店を開くかどうか決めてないのに、雇うなんて分からないわよ! それに獏が調理スタッフなんてちょっと信じらんない。いくら人間の姿をしているからって……」
カゲロウは、なおも迷う私の背中を押すように言った。
「なら、バクちゃんのところを訪ねてみよう。長い付き合いじゃからあやつのねぐらがどこにあるか知っている。ここと位相が違うから、少し酔うかもしれんが一緒に来てくれ」
カゲロウは、有無を言わさず私の手首をぐいと引くと、自分の方に引き寄せた。私は返事をする間もなく彼と密着する形になり、そのタイミングで狐が足元にぴたっと寄り添ってくる。ぐわんと地面が揺れた感触がしたかと思うと、あっという間に薄暗い荒野に来ていた。
「ここは人間たちのいる地上と地続きにはなっていないわしらの住処じゃ。人間が長時間いられるところじゃないから、用件が済んだらさっさと去るぞ」
私は、平衡感覚がおかしくなってフラフラしたまま、なんとか倒れないように踏ん張って彼らの後に続いた。人間が長時間いてはいけない場所って、それ危険ってことじゃない! そんなところに簡単に連れて来ないでよ!
カゲロウは、こんもりした小山の一つを目指し、真っ暗な穴ぐらに顔を突っ込んで声をかけた。
「おーい、バクちゃん! 遊びに来たぞー。しばらく顔を見せんから心配して見に来たんじゃ」
だが、返事が返ってこない。しばらく待っていると、真っ暗な中からくぐもった声が聞こえてきた。
「うるさーい! 千代ちゃんがいなくなった寿寿亭なんぞ火種の消えた囲炉裏とおんなじだ。お前らの顔も見たくない。さっさと帰れ!」
「なに言っとるか。千代ちゃんの孫のましろが直々に来てくれたんじゃぞ。ちったあ顔見せろ。オラたちになーんも知らせんで一人で引きこもってるたあ、いいご身分だ」
狐に言われた獏は、がばっと起きてこちらに顔を向けた。絵本で見た通りの姿、我ながら「象の鼻をつけたムーミン」というネーミングセンスは最高だと思った。
「もしかして、ましろちゃん……? ましろちゃんが来てくれたのか?」
どうして、どいつもこいつもわたしの名前を知っているのか。おばあちゃんに教えてもらったとは言え、ちょっと気味悪い。
「ああ、ましろちゃんだ。しばらく見ないうちに大きくなったなあ。すっかりべっぴんさんになって」
「これ、バクちゃん。口が過ぎるぞ」
「……ああ、すまなんだ。お前たちにも千代ちゃんのこと知らせないですまなかったのう。すっかり意気消沈してそれどころではなくて」
「そうだ、そうだ。オラたちも今更知らされたんじゃぞ。水臭いじゃないか、お前が知らせなきゃみんな知らんがな」
「それどころではなかった。いつものように夢を食らおうと、千代ちゃんの枕元に行ったら息をしてなくて。余りのことに頭が真っ白になって一目散にその場から逃げた。途中まで逃げたところで、少し冷静になってもう一度確かめようと戻ったが、やはり死んでいた。布団は一切乱れておらず、苦しんだ形跡もない。本当に寝ている間に逝ったらしい」
それを聞いて私は改めて安心した。状況からしてもがき苦しんだようには見えなかったが、バクさんからも同じ証言が得られた。眠るように逝けたのは幸いだったろう。
「千代ちゃんが苦しまなかったのは不幸中の幸いだが、それでも辛いもんは辛い。もうあのおいしい料理もあったかい笑顔も失われたかと思うと意気消沈してしまっての、今までここで丸まっておった。お前らのことなぞ一瞬も思い至らなかった」
「なんだ、薄情な獏じゃな」
カゲロウがフンと鼻を鳴らして言った。
「薄情なのはどっちだ。どうせたまにしか来ない癖に。俺は毎日千代ちゃんと一緒に仕事をしとった。長年培った絆はお前らより強いんだ」
「バクちゃん随分偉そうだのう。何が絆じゃ。そんなもんに優劣はない」
「まあまあ。バクちゃんもいつまでも悲しんでる暇はないぞ。新しい仕事じゃ。ましろがお千代さんの後を継いで寿寿亭を再開させる。お前の力が必要なんじゃ。ましろはまだ不慣れだからぜひ助けてやってくれ」
「ちょっと! まだそんな話になってないわよ!」
私は慌てて異議を唱えた。どうも、このあやかしたちのいいようにことが進んでしまっている。
「勝手に話を進めないでよ! 私はイエスともノーとも言ってないでしょ! 金銭面とか、実務的なこととか、もう少し話を詰めてよく考えたいの。仕事をするってのは責任が伴うんだから、簡単に決められることじゃないのよ!」
全く、これだから世間ずれしてないあやかしは困る。私が腕を組んだまま憤慨していると、バクさんが口を開いた。
「まあ、こんな姿のままではましろも不安に思うのは無理もなかろう。ここは一つ人間の姿に化けてやろうか。千代ちゃんと働いていた頃の姿に」
そう言うと、次の瞬間、目の前に白髪の長身の男性が立っていた。切れ長の目に薄い唇。鼻梁の整った顔立ち。獏というには余りにも美しい……というか好みなんですけど。私はくちをぽかんと開けたまま、呆気に取られて彼を凝視した。
とその時、何かに似ていることに気が付いた。これは……そうだ。
「和装繚乱の東雲橘じゃない!」
「ワソウリョウラン? シノノメタチバナ? 何じゃそりゃ?」
「和服を着た美形男子が異能を使って戦う大人気のソシャゲよ! 東雲橘は私の推し! あなた彼にそっくり! やだ、何でもっと早く言ってくれなかったの?」
私はすっかり興奮して、顔を真っ赤にして狭い穴ぐらの中でぴょんぴょん跳ねた。他の者たちはすっかりしらーっとしているが、そんなのどうでもいい。
「もしかして推しと一緒に仕事できるってこと!? やだこれ嬉しすぎるんですけど? バクさんだっけ? よろしくね! この現実がすでに夢だから、寝てる時の夢ならいくらでも食べて! たまにはコスプレもしてくれると嬉しいな!」
「おい、ましろは何を言っとるんじゃ?」
「オラにも分からん。だが、どうやらバクちゃんが気に入ったらしいというのは分かった。これで寿寿亭は再会できる、かな?」
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