あやかし定食屋「寿寿亭」本日も営業中!

雑食ハラミ

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第23話 取り戻した記憶③

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店の奥と二階は千代の住居スペースとなっている。一階の居間の隣にある台所にエプロン姿のましろが立っていた。影郎の監視付きという条件でお勝手を使う許可を千代からもらったのだ。

耳たぶ程度の固さにこねた生地を丸め、沸騰した鍋に入れる。浮き上がるところをじっと見守っていると、背後から声をかけられた。

「のう~ましろ、いいもん作っとるのう? 何じゃ、そりゃ?」

「あ、狐さん来てたのね。お団子を作っているのよ。これなら私にもできるから」

声の主は一匹の狐だった。元は、神様の使いだったと聞いているが、今は寿寿亭の常連としてよく来ている。この狐は、とにかく食べることが好きだ。

「おお、お団子じゃないか。オラお団子好きじゃ。食べてもいいか?」

「しょうがないなあ。ちょっとだけよ。別の人に作っているものだから全部は食べないでね?」

「へ? 誰に作っとるんじゃ? 男か? ましろはおませじゃのう~」

「おい、狐。下種の勘繰りをすんな。ましろは対価として作っとるんじゃ」

脇から影郎が口を挟む。それを聞いた狐は、へえっと声を上げた。

「のう? 対価か? こりゃまた大層な。そらあオラがつまみ食いするのは悪かろうもん」

食べるのが大好きな狐まで対価という言葉を聞いて引き下がるなんて、ましろは、自分がやっていることがそこまで意味のあるものだとはどうしても思えなかった。

完成後まもなく、手作りのみたらしあんを絡めた団子を持っていつもの公園に行った。こんな暑い日は、団子よりかき氷の方がよさそうなものだが、蘇芳がリクエストしたのだから仕方がない。蘇芳がおいしいと喜んでくれるかどうか、それが気がかりだ。

「蘇芳! おまたせ! みたらし団子持って来たよ!」

今日は、蘇芳もどこにも隠れることなく待っていてくれた。ちょうど日陰になっているベンチにちょこんと座る姿はましろにしか見えない。ましろもその隣に腰かけ、タッパーの蓋を開け、みたらしあんのかかった白玉団子を見せた。

「これが団子か。ましろが作ったのか?」

「そうよ? あんも手作りよ? 醤油と砂糖とみりんを混ぜて片栗粉でとろみをつけたの。おばあちゃんに手伝ってもらったところもあるけど案外簡単にできたわ」

鼻高々のましろをよそに、蘇芳は目を丸くさせて団子をしげしげと眺めた。そして、楊枝を刺し、恐る恐る口に運ぶ。その様子が面白くて、ましろはクスクス笑った。目を閉じながら口をもぐもぐさせ、やがてごくんと飲みこむ。その間がやけに長く感じられた。

「……そうか、こんな味だったのか。初めて食べた」

「それだけ? おいしいとかないの?」

「おいしい? ああ、この感覚はおいしいと言うのか。弾力があって甘くてしょっぱい。ひたすら無心。やがて心が満たされまた食べたくなる感じ、これがおいしいというのか」

初めての体験をかみしめるようにしみじみと言うので、奇妙なことを言うものだとましろは不思議に思った。蘇芳は感慨深そうに、何やらじっと考え込んでいる。

「実は、名前を付けてくれた人の好物が団子だったんだ。元々俺は違う名前だったが、前の名前は好きじゃなかった。そしたら、その人が新しい名前を考えてくれた。それ以来、蘇芳と名乗っている」

「元の名前は何ていったの?」

「紅蓮。炎を司るから紅蓮。でも、火事に関係するから嫌だった。火事は人を不幸にするだろう?」

「その人は、私みたいにあなたが見えたの?」

「ああ、今こうしてるみたいにやり取りもできた。元々この神社は、火事から町を守りたい気持ちをこめて建てられた。俺はこの敷地から出ることはできない。こんな賑やかな場所の真ん中にいてもずっと独りぼっちだった」

一体どれほどの時間彼は孤独だったのだろう。この神社は商店街の中にあって確かに人通りは多い。でも、彼はこの場所に縛り付けられたまま、街の発展を見守ってきたのだ。永遠とも思える時間に思いを馳せたましろは、思わずぶるっと震えた。

「ありがとう、ましろ。あの人が好きだった団子がどういうものかやっと分かった。おいしいという感覚も分かった。今日はすごい日だ。こんなに色んな発見があったなんて」

「言ってることが大げさよ。私は、こないだあなたが火事を教えてくれたお礼をしたかっただけ。満足してくれてよかった。安心した」

これなら影郎にいい報告ができるだろう。ましろはほっと胸をなで下ろした。

「俺もましろに感謝の気持ちを伝えたい。何が欲しい?」

えっ? ましろはびっくりして固まった。これで対価の貸し借りはリセットされたはずでは?

「何言ってるのよ? そんなの要らないに決まってるでしょう? さっきも言ったように、これは火事を未然に防げたお礼、つまりこれが対価なの」

「対価って何だ? 感謝の気持ちを交換するなら、俺もしたっていいだろう? ましろ、何か考えてよ?」

えええ……そんな……蘇芳は好意的な気持ちで言ってくれているのかもしれないが、ましろは途方に暮れてしまった。影郎の話ではこんな風になるはずではなかったのに。どうしたらいいのだろう?

「それじゃちょっと考えさせて……すぐには思いつかないから」

こうして二人は別れた。相手は満足してくれたのに何故かすっきりしない。もし対価をきちんとやり取りできなかったらどうなるのだろう? そんなことを考えながら、空になったタッパーを持ってとぼとぼと歩いていると、突然背後から声をかけられた。

「ねえ、さっき神社で誰と話していたの?」

「わっ! びっくりした! あなた誰ですか?」

ましろがびっくりして振り返ると、少し年上の、眼鏡をかけた少年が立っていた。目が細くてどこか神経質そうだ。もちろん知らない人である。

「さっき神社の前を通ったら、君が一人ぼっちでいるのに誰かと話してる雰囲気だったから変な感じがして。何をしてたんだ?」

何と、あやかしが見えない人にとってはましろが一人でぺらぺら喋っているように見えたのか。ましろは恥ずかしくなって、思わず顔を赤らめた。

「別にどうってことないです……気にしないでください」

「昔、あの神社にはあやかしが出るっておばあちゃんが言ってた。あやかしが見える人に火事が起きると教えてくれるらしい。火事の予測がぴったり当たったことを気味悪がった人たちが、あの神社に近づくことを禁じたんだって。今は公園ができて子供が普通に遊んでいるけど、昔は氏子以外はあんまり近づかなかったらしい」

「どうして? 火事を未然に防げればいいこと尽くめじゃない?」

「僕に聞いても知らないよ? そいつの作り話か自作自演だと思われたんじゃない?」

それは逆だ。実際、商工会館の火事は未然に防げたのだ。人間の勘違いで蘇芳は寂しい思いをずっとする羽目になったということか。ましろは、悔しい気持ちになって唇を噛みしめた。

「そのおばあちゃんに詳しく話を聞きたいんだけど、会わせてもらえる?」

「無理だよ。今は施設にいる。僕がその話を聞いたのはだいぶ昔のことなんだ」

「そんな……じゃあ、おばあちゃんじゃなくてもいいから! 他に詳しく話聞ける人っています?」

「えええ……分からないな。他の親戚に聞いてみるよ。今、夏休みで叔父さんちに泊まってるんだ。そこのひよこ社会保険労務士事務所ってとこ。どこかで待ち合わせてまた会おうよ。あの神社以外で」

そう言って、初めて話した男子とましろは後日また会うことになった。
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