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48.母と娘
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リリアーナはまじまじとアレクサンドラを見つめた。記憶の中にある母と目の前にいる母がなぜか一致しない。この人は本当にお母様なのだろうか? 戸惑いを隠せないでいると、アレクサンドラの方から口を開いた。
「なんで怖い顔をしているの? あなたのお母さんじゃないの。あんなに泣いて悲しんでくれたのに」
「この魔法は人格をまるごと投影したものじゃない。残しておきたい部分だけを移植する術だ。本来の姿とは違うから、何を言われても気にするな」
ビクトールに言われて納得したと同時に失望も隠せなかった。つまり、これが母親の中で一番大事にしていた部分ということなのだ。リリアーナが会いたかったのは、魔力が少ないと気に病む自分を根気強く励ましてくれた優しい母だった。でもそれは、彼女が勝手に理想化した姿に過ぎなかったのだ。
「二人の話を聞いてました。王太子妃になったらお母様の魔力を受け継ぐとはどういう意味ですか? 未来が変わる可能性は考えなかったんですか? 実際そうなったのに?」
「あなたが王太子妃になった場合の困難を取り除くために準備をしておいたのよ。結婚すれば私があなたの中に顕現して強大な魔力を与えることができる。そうすれば守護魔法も使えるようになる。ここまで念入りに準備したって言うのに王太子は別の女を選んでおじゃんにしたのね。真実の愛ってそんなにいいものなのかしら? 愛ほど移ろいやすいものはないのに」
真実の愛、という言葉を聞いてリリアーナは心の中で苦笑した。以前ルークもそんなことを言っていたような気がする。
「守護魔法って、私を助けるためのものじゃなかったんですね。王太子の婚約者として箔を付けるためだったとは」
「国王に言われたの、魔力が少ないあなたでは結婚相手として不安だって。周りの貴族からも同意見が出て、婚約者としてのあなたの評価は芳しくなかった。そこで申し分ない魔力といざと言う時に未来の王を守る守護魔法を付与することにしたのよ。それなのに王太子も国王も心変わりするなんて。こんなこともあろうかと呪いをかけておいてよかったわ」
「よかったですって? そのせいですごく迷惑してるんですけど!」
リリアーナは目の前の「母と名乗る者」に向かって真っ向から反論した。ショックを受けて打ちひしがれるかと思いきや、憤然と立ち向かう彼女の胆力にビクトールは舌を巻いた。
「向こうが何を言ってきても無視してりゃいいのよ。どうせあなたを捕まえたところで何も変わらないし。あなたを殺しても王太子は目覚めることはない、あなたの中の『私』を葬らなければね」
「私を殺せばお母様も消滅するのではなくて?」
「魔法の世界はそう簡単にはいかないの。私は既に肉体を失ったから半分死んで、でももう半分はあなたの中に生きている。私が入っている器に過ぎないあなたを害しても私には届かないの。それくらい生きてる連中は分かってるはずよ」
母の説明はまるっきり他人事だった。リリアーナは信じられない思いで目の前の人物を凝視した。ここまで母を追い詰めたものは何だったのだろう。やはり自分が不甲斐ないせいなのかと思い当たり唇を噛みしめる。その時、ビクトールが口を開いた。
「あんたを葬る方法は一つじゃない。俺が今ここであんたを倒す以外に、守護魔法を発動させてあんたを消せばいい。守護魔法は、死者を蘇らすのと時を戻す以外の願いは必ず叶うと言われている。あんたを消滅させることくらい可能だ」
「でもリリアーナの魔力では守護魔法を発動できない。だからそれは無理よ」
「そうだ。やはり俺がやるしかない」
そう言って再び杖を構えようとしたビクトールに、リリアーナは「待って!」と叫んだ。
「私、守護魔法を発動できるだけの魔力を持ってる……あなたがくれたネックレス、まだ一つ石が残ってるの」
リリアーナはそう言うと、首元のネックレスを握った。
「それは駄目だ! 守護魔法はとても繊細な術で、魔力の持ち主と術者を一致させる必要がある。でも俺の魔力でアレクサンドラがかけた守護魔法を発動させたら何が起こるか分からない。不発ならまだいい方で、想定外のことが起きたらリリアーナの命すら保証できない!」
「そう言えば、さっき言ってた存在が消えるってどういうこと?」
自分の命と聞いて、それよりも気になっていた疑問をリリアーナは思い出した。しかしそれを受けて、ビクトールは無表情のままうつむいて黙りこくってしまった。リリアーナの中に嫌な予感がじわじわと広がる。
「代わりに私が答えてあげる。彼ね、あなたを救うために自分を犠牲にするみたいよ。すごいわねえ、これこそ真実の愛ってやつじゃない? 他人の思念に干渉する禁断の魔法薬は、干渉した者の存在は抹消される決まりになっているの。死ぬとも少し違ってて、最初から存在がなかったことにされるのよ。つまり彼が私を殺せば彼も消滅するってわけ」
得意気に説明するアレクサンドラの話を聞いて、リリアーナの顔から色が失われていった。
「全てなかったことにすれば喪失感も悲しみも味合わずに済むとでも……? そんな事が本当に可能だと思ったの……?」
「ヒロイックでロマンチックよねえ。私も一度でいいからここまで激しく愛されてみたかったなあ。リリアーナは果報者ね」
うっとりしながら言うアレクサンドラを無視して、リリアーナはビクトールに向き合い、涙目になりながら声の限り叫んだ。
「そんなの絶対に嫌! あなたとの思い出を失うくらいなら死んだ方がマシよ! 二人とも残るか二人とも消えるか。それしかない! 絶対にあなたとは離れない!」
「俺はリリアーナに生き残って欲しい。そのために試行錯誤を繰り返してこの魔法薬を調合したんだ。それだけじゃない、これがきちんと成功するか確かめたい気持ちも正直ある」
それを聞いたアレクサンドラは心底愉快そうに笑った。何もない空間に彼女の笑い声が空虚に響き渡る。
「あなたすごいわねえ。ますます気に入ったわ。リリアーナ、どういう意味か分かる? この人ね、私のレシピを自分で改良したものがうまくいくか見届けたいって言ってるのよ。こうなるともうマッドサイエンティストの域ね。でもここまで狂わなければ私の所まで来れなかったかも。こんな逸材生きてるうちに会いたかった」
アレクサンドラは笑い過ぎて涙まで流していた。それを指で拭きながらなおも笑いが止まらない様子である。生前でも彼女の魔法使いとしての部分がここまで興奮することはなかったのではないだろうか。
「ねえ、ビクトール。私なら誰にも理解されない孤独な魂も癒せるわ。だって私も孤独だったから。あなたの本当の価値を知っているのは私だけ。馬鹿な人間に評価されてもちっとも嬉しくないでしょ? それよりここで一緒に世界を統べましょうよ。肉体は滅んでも影響力は残るなんて、魔法使いとして最高の到達点じゃなくて?」
「ふざけないで! そんなの何の意味もないわ! この世界は生きてる者のためにあるの! 私はビクトールを救う可能性が少しでもある方に賭けます。守護魔法を彼のために使う。守護魔法で彼と私が元の世界に戻れるようにする、そしてお母様、あなたを私の中から永遠に…………消し去ります」
消し去ると言う言葉を聞いて、ビクトールは、全身の血が凍り付くような思いがした。何か言わなければと思うが、覚悟を決めた彼女の表情を見たら頭が真っ白になった。母と娘の間には何人たりとも入り込むことはできないのだ。
「そんなことが本当にできると思ってるの? 娘のために肉体を捨てた親を葬るなんて、そんなことが、あなたに?」
「できます。私は、自分の欲しいもののために要らなくなったものを簡単に切り捨てることができる人間なんです。だってお母様の娘ですもの。お母様が私のためと言いながら、魔術師としての野心を優先させたのと同じです」
リリアーナはアレクサンドラを真正面からじっと見据えて厳かに言った。アレクサンドラも無表情のまま、まっすぐ見返す。それは母と娘というより女と女のぶつかり合いだった。
「今までありがとうございました。私を愛してくださったのは本当だと思っています。でもできれば生きててほしかった。一緒に生きてもっと思い出を作りたかった。それだけが残念です」
それからビクトールに向き直り、澄んだ青の瞳で彼をまっすぐに見つめた。
「守護魔法を発動させる呪文、どうやればいいの? 教えてくれる?」
「リリアーナ、無茶するな。そこまでの罪を背負う必要はないんだ」
「いいの。あなたのためなら親殺しだってなんだってする。この手を血で汚しても、自分の人生は自分で選び取りたいの。あなたが私にしてくれたように、私もあなたのためにできることが欲しい」
ビクトールはリリアーナをじっと見つめた。アレクサンドラが綺麗すぎて生き物が住めない水の青だとすれば、リリアーナは多種多様な生命にあふれる水の青だった。彼はしばらくの間リリアーナの瞳に魅入られたように動けなかった。
「さっきも言ったけど、今の条件では守護魔法がうまく作動するか分からない。最悪リリアーナも俺も消滅してしまう可能性だってある」
「それは最悪とは言わないわ。一番残酷なのは私だけ残ってあなたの記憶を失うこと。でも、あなたを救える可能性が少しでもあるならそちらに賭ける。一緒に死んでくれないかって言ったじゃない。あなたとならどこまでも着いて行く。お願い、守護魔法を使わせて」
ビクトールは、改良したレシピがうまく行く可能性とリリアーナが守護魔法を成功させる可能性どちらが高いか考えた。試用できない魔法薬よりもまだ守護魔法の方が見込みあると判断せざるを得ない。苦悩の中で葛藤を繰り返すビクトールはもう一度リリアーナの目と合った。その青を見た瞬間、彼女と一緒に生きたいという願いが全身を貫いた。
「……分かった。呪文自体は難しくない。教えるから一緒にやってみよう」
そう言うとふと目の前の霧が晴れたような気がした。それを見た彼女も晴れ晴れとした表情で笑みを返す。言葉がなくてもこれで十分だった。アレクサンドラはそんな二人のやり取りを無表情で聞いていたが、ふと口を開いた。
「ねえ、最後にせっかくだからさっきの質問に答えてちょうだい。あなたはどうやってここにたどり着く方法を思いついたの?」
「リリアーナの記憶を覗いた時、王太子にも何か画策しているという話をしていた。だから、王太子の呪いのことを聞いた時、リリアーナが関係しているのは察しが付いた。彼女の魔力の暴走とも関連あるはずだ。鍵はリリアーナの中にあると考え、魔法技術省の禁書庫に行って、思念に干渉する魔法薬を調べに行った。しかし、それだけではパズルのピースが合わない。あんたが守護魔法をかけたことは分かっていたが、今のままでは守護魔法は発動できないから他にも何かあるはすだ。そこで母親を思い出そうとしてもうまくいかないという話を聞いて、彼女の中に母親が生きている可能性を考えた。そこでもう一度禁書庫に調べに行ったらあんたの手紙を見つけた」
「……そういうことだったの。答えてくれてありがとう」
アレクサンドラはそれきり口をつぐんだ。先ほどとは打って変わって、憑き物が落ちたようにさっぱりした、しかしどこか無気力な表情だった。そして二人が守護魔法を唱えている間にぽつりと呟いたが、それは彼らの耳には届かなかった。
「さようなら、リリアーナ。私の愛する娘」
**********
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「なんで怖い顔をしているの? あなたのお母さんじゃないの。あんなに泣いて悲しんでくれたのに」
「この魔法は人格をまるごと投影したものじゃない。残しておきたい部分だけを移植する術だ。本来の姿とは違うから、何を言われても気にするな」
ビクトールに言われて納得したと同時に失望も隠せなかった。つまり、これが母親の中で一番大事にしていた部分ということなのだ。リリアーナが会いたかったのは、魔力が少ないと気に病む自分を根気強く励ましてくれた優しい母だった。でもそれは、彼女が勝手に理想化した姿に過ぎなかったのだ。
「二人の話を聞いてました。王太子妃になったらお母様の魔力を受け継ぐとはどういう意味ですか? 未来が変わる可能性は考えなかったんですか? 実際そうなったのに?」
「あなたが王太子妃になった場合の困難を取り除くために準備をしておいたのよ。結婚すれば私があなたの中に顕現して強大な魔力を与えることができる。そうすれば守護魔法も使えるようになる。ここまで念入りに準備したって言うのに王太子は別の女を選んでおじゃんにしたのね。真実の愛ってそんなにいいものなのかしら? 愛ほど移ろいやすいものはないのに」
真実の愛、という言葉を聞いてリリアーナは心の中で苦笑した。以前ルークもそんなことを言っていたような気がする。
「守護魔法って、私を助けるためのものじゃなかったんですね。王太子の婚約者として箔を付けるためだったとは」
「国王に言われたの、魔力が少ないあなたでは結婚相手として不安だって。周りの貴族からも同意見が出て、婚約者としてのあなたの評価は芳しくなかった。そこで申し分ない魔力といざと言う時に未来の王を守る守護魔法を付与することにしたのよ。それなのに王太子も国王も心変わりするなんて。こんなこともあろうかと呪いをかけておいてよかったわ」
「よかったですって? そのせいですごく迷惑してるんですけど!」
リリアーナは目の前の「母と名乗る者」に向かって真っ向から反論した。ショックを受けて打ちひしがれるかと思いきや、憤然と立ち向かう彼女の胆力にビクトールは舌を巻いた。
「向こうが何を言ってきても無視してりゃいいのよ。どうせあなたを捕まえたところで何も変わらないし。あなたを殺しても王太子は目覚めることはない、あなたの中の『私』を葬らなければね」
「私を殺せばお母様も消滅するのではなくて?」
「魔法の世界はそう簡単にはいかないの。私は既に肉体を失ったから半分死んで、でももう半分はあなたの中に生きている。私が入っている器に過ぎないあなたを害しても私には届かないの。それくらい生きてる連中は分かってるはずよ」
母の説明はまるっきり他人事だった。リリアーナは信じられない思いで目の前の人物を凝視した。ここまで母を追い詰めたものは何だったのだろう。やはり自分が不甲斐ないせいなのかと思い当たり唇を噛みしめる。その時、ビクトールが口を開いた。
「あんたを葬る方法は一つじゃない。俺が今ここであんたを倒す以外に、守護魔法を発動させてあんたを消せばいい。守護魔法は、死者を蘇らすのと時を戻す以外の願いは必ず叶うと言われている。あんたを消滅させることくらい可能だ」
「でもリリアーナの魔力では守護魔法を発動できない。だからそれは無理よ」
「そうだ。やはり俺がやるしかない」
そう言って再び杖を構えようとしたビクトールに、リリアーナは「待って!」と叫んだ。
「私、守護魔法を発動できるだけの魔力を持ってる……あなたがくれたネックレス、まだ一つ石が残ってるの」
リリアーナはそう言うと、首元のネックレスを握った。
「それは駄目だ! 守護魔法はとても繊細な術で、魔力の持ち主と術者を一致させる必要がある。でも俺の魔力でアレクサンドラがかけた守護魔法を発動させたら何が起こるか分からない。不発ならまだいい方で、想定外のことが起きたらリリアーナの命すら保証できない!」
「そう言えば、さっき言ってた存在が消えるってどういうこと?」
自分の命と聞いて、それよりも気になっていた疑問をリリアーナは思い出した。しかしそれを受けて、ビクトールは無表情のままうつむいて黙りこくってしまった。リリアーナの中に嫌な予感がじわじわと広がる。
「代わりに私が答えてあげる。彼ね、あなたを救うために自分を犠牲にするみたいよ。すごいわねえ、これこそ真実の愛ってやつじゃない? 他人の思念に干渉する禁断の魔法薬は、干渉した者の存在は抹消される決まりになっているの。死ぬとも少し違ってて、最初から存在がなかったことにされるのよ。つまり彼が私を殺せば彼も消滅するってわけ」
得意気に説明するアレクサンドラの話を聞いて、リリアーナの顔から色が失われていった。
「全てなかったことにすれば喪失感も悲しみも味合わずに済むとでも……? そんな事が本当に可能だと思ったの……?」
「ヒロイックでロマンチックよねえ。私も一度でいいからここまで激しく愛されてみたかったなあ。リリアーナは果報者ね」
うっとりしながら言うアレクサンドラを無視して、リリアーナはビクトールに向き合い、涙目になりながら声の限り叫んだ。
「そんなの絶対に嫌! あなたとの思い出を失うくらいなら死んだ方がマシよ! 二人とも残るか二人とも消えるか。それしかない! 絶対にあなたとは離れない!」
「俺はリリアーナに生き残って欲しい。そのために試行錯誤を繰り返してこの魔法薬を調合したんだ。それだけじゃない、これがきちんと成功するか確かめたい気持ちも正直ある」
それを聞いたアレクサンドラは心底愉快そうに笑った。何もない空間に彼女の笑い声が空虚に響き渡る。
「あなたすごいわねえ。ますます気に入ったわ。リリアーナ、どういう意味か分かる? この人ね、私のレシピを自分で改良したものがうまくいくか見届けたいって言ってるのよ。こうなるともうマッドサイエンティストの域ね。でもここまで狂わなければ私の所まで来れなかったかも。こんな逸材生きてるうちに会いたかった」
アレクサンドラは笑い過ぎて涙まで流していた。それを指で拭きながらなおも笑いが止まらない様子である。生前でも彼女の魔法使いとしての部分がここまで興奮することはなかったのではないだろうか。
「ねえ、ビクトール。私なら誰にも理解されない孤独な魂も癒せるわ。だって私も孤独だったから。あなたの本当の価値を知っているのは私だけ。馬鹿な人間に評価されてもちっとも嬉しくないでしょ? それよりここで一緒に世界を統べましょうよ。肉体は滅んでも影響力は残るなんて、魔法使いとして最高の到達点じゃなくて?」
「ふざけないで! そんなの何の意味もないわ! この世界は生きてる者のためにあるの! 私はビクトールを救う可能性が少しでもある方に賭けます。守護魔法を彼のために使う。守護魔法で彼と私が元の世界に戻れるようにする、そしてお母様、あなたを私の中から永遠に…………消し去ります」
消し去ると言う言葉を聞いて、ビクトールは、全身の血が凍り付くような思いがした。何か言わなければと思うが、覚悟を決めた彼女の表情を見たら頭が真っ白になった。母と娘の間には何人たりとも入り込むことはできないのだ。
「そんなことが本当にできると思ってるの? 娘のために肉体を捨てた親を葬るなんて、そんなことが、あなたに?」
「できます。私は、自分の欲しいもののために要らなくなったものを簡単に切り捨てることができる人間なんです。だってお母様の娘ですもの。お母様が私のためと言いながら、魔術師としての野心を優先させたのと同じです」
リリアーナはアレクサンドラを真正面からじっと見据えて厳かに言った。アレクサンドラも無表情のまま、まっすぐ見返す。それは母と娘というより女と女のぶつかり合いだった。
「今までありがとうございました。私を愛してくださったのは本当だと思っています。でもできれば生きててほしかった。一緒に生きてもっと思い出を作りたかった。それだけが残念です」
それからビクトールに向き直り、澄んだ青の瞳で彼をまっすぐに見つめた。
「守護魔法を発動させる呪文、どうやればいいの? 教えてくれる?」
「リリアーナ、無茶するな。そこまでの罪を背負う必要はないんだ」
「いいの。あなたのためなら親殺しだってなんだってする。この手を血で汚しても、自分の人生は自分で選び取りたいの。あなたが私にしてくれたように、私もあなたのためにできることが欲しい」
ビクトールはリリアーナをじっと見つめた。アレクサンドラが綺麗すぎて生き物が住めない水の青だとすれば、リリアーナは多種多様な生命にあふれる水の青だった。彼はしばらくの間リリアーナの瞳に魅入られたように動けなかった。
「さっきも言ったけど、今の条件では守護魔法がうまく作動するか分からない。最悪リリアーナも俺も消滅してしまう可能性だってある」
「それは最悪とは言わないわ。一番残酷なのは私だけ残ってあなたの記憶を失うこと。でも、あなたを救える可能性が少しでもあるならそちらに賭ける。一緒に死んでくれないかって言ったじゃない。あなたとならどこまでも着いて行く。お願い、守護魔法を使わせて」
ビクトールは、改良したレシピがうまく行く可能性とリリアーナが守護魔法を成功させる可能性どちらが高いか考えた。試用できない魔法薬よりもまだ守護魔法の方が見込みあると判断せざるを得ない。苦悩の中で葛藤を繰り返すビクトールはもう一度リリアーナの目と合った。その青を見た瞬間、彼女と一緒に生きたいという願いが全身を貫いた。
「……分かった。呪文自体は難しくない。教えるから一緒にやってみよう」
そう言うとふと目の前の霧が晴れたような気がした。それを見た彼女も晴れ晴れとした表情で笑みを返す。言葉がなくてもこれで十分だった。アレクサンドラはそんな二人のやり取りを無表情で聞いていたが、ふと口を開いた。
「ねえ、最後にせっかくだからさっきの質問に答えてちょうだい。あなたはどうやってここにたどり着く方法を思いついたの?」
「リリアーナの記憶を覗いた時、王太子にも何か画策しているという話をしていた。だから、王太子の呪いのことを聞いた時、リリアーナが関係しているのは察しが付いた。彼女の魔力の暴走とも関連あるはずだ。鍵はリリアーナの中にあると考え、魔法技術省の禁書庫に行って、思念に干渉する魔法薬を調べに行った。しかし、それだけではパズルのピースが合わない。あんたが守護魔法をかけたことは分かっていたが、今のままでは守護魔法は発動できないから他にも何かあるはすだ。そこで母親を思い出そうとしてもうまくいかないという話を聞いて、彼女の中に母親が生きている可能性を考えた。そこでもう一度禁書庫に調べに行ったらあんたの手紙を見つけた」
「……そういうことだったの。答えてくれてありがとう」
アレクサンドラはそれきり口をつぐんだ。先ほどとは打って変わって、憑き物が落ちたようにさっぱりした、しかしどこか無気力な表情だった。そして二人が守護魔法を唱えている間にぽつりと呟いたが、それは彼らの耳には届かなかった。
「さようなら、リリアーナ。私の愛する娘」
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