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50.余りにも簡単な結論
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あれから数か月の時が流れ、この日ビクトールは魔法学校の卒業式を迎えていた。
自分が無事に卒業できたのが不思議な心地がする。免許がないと作れない魔法薬で小金を稼いだり、魔法技術省の禁書庫まで調べに行って禁断の魔法薬を調合したりとやりたい放題だった。本来ならどれも即退学になる案件ばかりだが、王太子を救った功績が認められてお咎めなしになったのだろうか。いい意味でも悪い意味でも王宮に呼ばれたことは一度もない。彼がやったことが上にどう伝わっているのか不安になることはあったが、アレクサンドラの呪いが公に知られるのはまずいので秘密裡に処理され、彼のしたことの功罪はもろとも不問に処すという結果になったのだろうと推察した。
貴族の子弟が通う魔法学校なので、卒業式は大がかりものだった。厳かな式が終わった後には、謝恩会を兼ねた盛大なダンスパーティーが予定されている。本人だけでなくその家族や親戚も出席するので大規模かつ格式の高い集まりだ。もっともビクトールは出席するつもりはない。元々そんなものに興味はないし、着ていく服もないし、ダンスも作法も知らない。式の方も親類縁者は誰も来なかった。父は今日が卒業式かどうかすら知らないだろうし、レディ・ナタリーやダスティンが申し出てくれたが、気を使わせては悪いと丁重に断った。
そんな訳で、式が終わるとビクトールはまっすぐ会場を後にした。他の皆が友人同士で集まったり親と喜びを分かち合う中、人込みの間を縫うように講堂を出る。すると視線の先に、誰かに見られるのを避けるように木の影に隠れて立つ人影を見つけた。
「リリアーナ。来てくれたのか」
リリアーナとはあれから会っていない。彼女はすぐに実家に引き取られ、彼も卒業試験の準備に追われるようになったからだ。数か月ぶりに会う彼女は前会った時より髪が伸びていたが、まだ肩には届かない長さだった。
「卒業おめでとう。それが言いたくて家を抜け出してきたの」
リリアーナは、卒業式用のローブを着たビクトールに少しどぎまぎしながらお祝いの言葉を述べた。
「ありがとう、あれからどう? 変わりない?」
そうは尋ねたものの、リリアーナの方は少し元気がなさそうだ。一体どうしたのか聞こうとすると、彼女の方から理由を切り出した。
「最近よく悪夢を見るの。あなたがいない夢。私以外みんなあなたの存在を忘れていて、誰に聞いて回ってもビクトールなんて知らないって言われる。泣きながら探し回るうちに目が覚めて、その繰り返し。だからよく眠れなくて」
リリアーナはそう言うと恥ずかしそうに下を向いた。
「今だから言うけど、あの時のことが今でも引っかかってる。最初からいなかったことになれば私が悲しまないと思ったんでしょ? 想像するだけでも恐ろしくて忘れられない。だから夢に出るんだと思う」
ビクトールは真剣な表情で聞いていたが、やがて重々しく口を開いた。
「……でも俺はそう言う人間だから。もしまた同じようなことが起きたら、黙って自分の身を差し出すと思う。何でも自分で落とし前を付けたがるんだ」
「そんなこと言われたらいつまでも安心できないじゃない! 好きなのに信じることができないってなかなか地獄なんですけど!」
「じゃあ怖い夢を見ても俺が隣にいて『大丈夫だよ』と言えば安心できる?」
「まあ確かに……でもいつも一緒にはいられないでしょ?」
「それなら結婚しよう」
ビクトールはいつもと変わらない表情でさらっとすごいことを言ってのけた。リリアーナはびっくりして耳を疑った。
「今何て言った? け、結婚? なんでそんな話に?」
「だって夜も一緒にいられる関係と言えば夫婦くらいしかないじゃないか。結婚すればそれが可能になる。リリアーナがいつ悪夢にうなされても側にいれば大丈夫だ」
「だからっていきなり結婚って……第一相手が私でいいの?」
「他に誰がいる? 一度一緒に死んだ相手以外にいないだろ? あんな脳が焼かれるような体験をした後で他の人間なんて考えられない。リリアーナとでなければ結婚なんて興味ない。余りにも簡単に導ける結論だ」
こんな言葉を涼しい顔をして、数学の定理を証明するかのように淡々と述べるビクトールが、リリアーナは恐ろしく思えた。
「どうせするなら早い方がいい。この後空いているならすぐに式を挙げる?」
「ちょっと、あなた何言ってんのよ!」
二人がそんな会話をしていたところに、同じく今日卒業を迎えたカイルがやって来た。
「おーい、ビクトール。ここにいたのか。探したぞ。リリアーナも来てたんだ。久しぶり」
カイルは、二人が何の会話をしているのか想像もつかず、いつもと同じように声をかけた。
「父がこれから一緒に食事でもどうかって。パーティーは夜からだし少し間があるからさ」
「ごめん、これからリリアーナと結婚式を挙げてくるからちょっと無理。あ、立会人が必要なんだっけ。カイルちょっと時間作れる?」
突然とんでもないことをないことを言われて、カイルもまた呆気に取られその場から動けなくなった。
「は? 何言ってんだよ? けっこん? 今から?」
「相手は決まってるから先延ばしにしても意味がないと思って。あ、ごめん、リリアーナ! 一人で勝手に話を進めてしまった。俺が相手じゃ嫌?」
「そうじゃなくて! 私あなたから愛の告白を受けてないんですけど! 愛してるとか好きとか聞いた覚えないわよ!」
「好きでもなければ一緒に死のうなんて言うはずないじゃないか! あれは愛の告白にはならないの?」
「そんな告白聞いたことないわよ! 少しはロマンチックな台詞用意してよ!」
「お前らいい加減にしろ!」
カイルが二人の間に割って入った。
「本人同士がいいなら別に構わないけどさあ、それよりリリアーナは公爵令嬢だから親から反対されるだろう? そっちを心配した方がいいんじゃないの?」
ビクトールとリリアーナはきょとんとして顔を見合わせた。
「じゃ、私ちょっと家に寄って勘当されて来る」
「ちょ、待てよ! そんなカジュアルに勘当なんて言うなよ! お前らどっちもどっちだな!」
「先に家に行ったら反対されて引き離されてしまうかもしれない。ここは既成事実を作って後から報告する方がいいんじゃないか?」
「おい! お前も怖いことさらっと言うな!」
カイルはすっかり突っ込み役になっておかしなところを指摘したが、とても間に合うものではなかった。
「じゃあ、やっぱり先に式を済ませてしまいましょう。カイル、立会人をお願いできる?」
訳の分からないことに巻き込まれてしまったカイルはやれやれと言うようにため息をつくしかなかった。すっかりその気になった二人を冷静にさせるのはカイルでも無理のようだった。
**********
3人は町に出て、適当な教会を探した。この国では、男女ともに17歳以上ならば本人の意思だけで、どこの教会でも結婚式を執り行ってくれる。教会で婚姻の書類を作成し、形ばかりの式を挙げれば完了だ。
「ここで今すぐできるってさ」
ビクトールは町の真ん中にある、住民が日常的に利用するような庶民的な教会の一つに目をつけて、式の執り行いを依頼した。魔法学校の卒業ローブを着た、ついさっきまで学生だった者が結婚すると聞いて相手も驚いただろう。リリアーナはこじんまりしたごく普通の教会を感慨深そうに眺めた。予定通りルークと結婚したら国で最も権威のある大規模な教会で荘厳な式を挙げたのだろう、そうでなくても公爵令嬢ならば家柄と格式にのっとった由緒ある教会を選んだに違いない。しかし、今のリリアーナにとっては、何一つそんなものに心を動かされなかった。
リリアーナはビクトールに手を取られ建物の中に入った。何の変哲もない教会だと思ったら、光と影のコントラストが幻想的な空間を作り出し、静謐で厳かな雰囲気ながらもどこか温かみを感じる空間だ。リリアーナは一目見てこの教会が気に入った。
「ごめん、ごめん。ちょっと花屋に寄ってて」
後からカイルがやって来た。手にはブーケを持っている。
「はい、これ。花嫁なんだからブーケくらい持たなきゃ駄目だろ? そこの花屋で買ったものだけど」
リリアーナはカイルの気遣いが嬉しくて弾けるような笑顔で何度もお礼を言った。季節の花を集めた愛らしいブーケに心が躍った。
「ごめん、リリアーナ、ちょっとそこに立って」
今度はビクトールが杖を取り出してリリアーナに向けて魔法をかけた。すると、彼女が着ていた服は、裾の部分にパールが縫い付けられた純白のワンピースとボレロのスーツへと変わった。足首が見えるくらいの丈で、程よく広がったAラインのお陰ですっきりしたシルエットに見える。
「魔法だから少ししたら元に戻ってしまうんだけど、少しの間だけでもと思って……」
「ありがとう! すごく素敵だわ!」
リリアーナはガラス窓に映った自分の姿を見て興奮した。魔法とはいえ、ビクトールがこんな素敵な服を用意してくれるとは思わなかったのだ。この瞬間において、自分より幸せな人間はいないと思えた。
やがて聖職者がやってきて式が執り行われた。花婿は卒業式のローブを着たままで、参列者は立会人のカイルのみ。略式でごく簡単な式だった。誓いの言葉を述べあい、宣誓書にサインをする。式は粛々と進んだが、誓いのキスをと言われたところで二人は固まってしまった。
「キスですって? キス? どうしよう?」
「どうしようと言われても……省略はできないの?」
「え? まさかお前たち今までキスしたことなかったの?」
二人の戸惑った表情を見て、参列者の席にいたカイルは思わず立ち上がった。
「だって今までそんな機会なかったし……」
「昨日までまさかこんなことになるとは思わなかったし……」
もじもじしながら言い訳する二人を見て、聖職者が咳払いをした。
「あーもうおでこでも頬でもいいからちゃちゃっとやっちゃえよ!」
半ばやけくそになったカイルに促されて仕方なく二人は向き合った。ビクトールが両手でリリアーナの顔を大事そうに包み、上を向かせる。そこで軽く唇に触れるのかと思いきや、唇を重ねた後そのまましばらく動かなくなった。お陰で、しびれを切らした聖職者がまた咳払いする羽目になった。
「ごめん……今度はなかなか離れ難くなって」
顔を真っ赤にさせながら小声で言い訳するビクトールに突っ込む気力は、カイルには残されてなかった。
自分が無事に卒業できたのが不思議な心地がする。免許がないと作れない魔法薬で小金を稼いだり、魔法技術省の禁書庫まで調べに行って禁断の魔法薬を調合したりとやりたい放題だった。本来ならどれも即退学になる案件ばかりだが、王太子を救った功績が認められてお咎めなしになったのだろうか。いい意味でも悪い意味でも王宮に呼ばれたことは一度もない。彼がやったことが上にどう伝わっているのか不安になることはあったが、アレクサンドラの呪いが公に知られるのはまずいので秘密裡に処理され、彼のしたことの功罪はもろとも不問に処すという結果になったのだろうと推察した。
貴族の子弟が通う魔法学校なので、卒業式は大がかりものだった。厳かな式が終わった後には、謝恩会を兼ねた盛大なダンスパーティーが予定されている。本人だけでなくその家族や親戚も出席するので大規模かつ格式の高い集まりだ。もっともビクトールは出席するつもりはない。元々そんなものに興味はないし、着ていく服もないし、ダンスも作法も知らない。式の方も親類縁者は誰も来なかった。父は今日が卒業式かどうかすら知らないだろうし、レディ・ナタリーやダスティンが申し出てくれたが、気を使わせては悪いと丁重に断った。
そんな訳で、式が終わるとビクトールはまっすぐ会場を後にした。他の皆が友人同士で集まったり親と喜びを分かち合う中、人込みの間を縫うように講堂を出る。すると視線の先に、誰かに見られるのを避けるように木の影に隠れて立つ人影を見つけた。
「リリアーナ。来てくれたのか」
リリアーナとはあれから会っていない。彼女はすぐに実家に引き取られ、彼も卒業試験の準備に追われるようになったからだ。数か月ぶりに会う彼女は前会った時より髪が伸びていたが、まだ肩には届かない長さだった。
「卒業おめでとう。それが言いたくて家を抜け出してきたの」
リリアーナは、卒業式用のローブを着たビクトールに少しどぎまぎしながらお祝いの言葉を述べた。
「ありがとう、あれからどう? 変わりない?」
そうは尋ねたものの、リリアーナの方は少し元気がなさそうだ。一体どうしたのか聞こうとすると、彼女の方から理由を切り出した。
「最近よく悪夢を見るの。あなたがいない夢。私以外みんなあなたの存在を忘れていて、誰に聞いて回ってもビクトールなんて知らないって言われる。泣きながら探し回るうちに目が覚めて、その繰り返し。だからよく眠れなくて」
リリアーナはそう言うと恥ずかしそうに下を向いた。
「今だから言うけど、あの時のことが今でも引っかかってる。最初からいなかったことになれば私が悲しまないと思ったんでしょ? 想像するだけでも恐ろしくて忘れられない。だから夢に出るんだと思う」
ビクトールは真剣な表情で聞いていたが、やがて重々しく口を開いた。
「……でも俺はそう言う人間だから。もしまた同じようなことが起きたら、黙って自分の身を差し出すと思う。何でも自分で落とし前を付けたがるんだ」
「そんなこと言われたらいつまでも安心できないじゃない! 好きなのに信じることができないってなかなか地獄なんですけど!」
「じゃあ怖い夢を見ても俺が隣にいて『大丈夫だよ』と言えば安心できる?」
「まあ確かに……でもいつも一緒にはいられないでしょ?」
「それなら結婚しよう」
ビクトールはいつもと変わらない表情でさらっとすごいことを言ってのけた。リリアーナはびっくりして耳を疑った。
「今何て言った? け、結婚? なんでそんな話に?」
「だって夜も一緒にいられる関係と言えば夫婦くらいしかないじゃないか。結婚すればそれが可能になる。リリアーナがいつ悪夢にうなされても側にいれば大丈夫だ」
「だからっていきなり結婚って……第一相手が私でいいの?」
「他に誰がいる? 一度一緒に死んだ相手以外にいないだろ? あんな脳が焼かれるような体験をした後で他の人間なんて考えられない。リリアーナとでなければ結婚なんて興味ない。余りにも簡単に導ける結論だ」
こんな言葉を涼しい顔をして、数学の定理を証明するかのように淡々と述べるビクトールが、リリアーナは恐ろしく思えた。
「どうせするなら早い方がいい。この後空いているならすぐに式を挙げる?」
「ちょっと、あなた何言ってんのよ!」
二人がそんな会話をしていたところに、同じく今日卒業を迎えたカイルがやって来た。
「おーい、ビクトール。ここにいたのか。探したぞ。リリアーナも来てたんだ。久しぶり」
カイルは、二人が何の会話をしているのか想像もつかず、いつもと同じように声をかけた。
「父がこれから一緒に食事でもどうかって。パーティーは夜からだし少し間があるからさ」
「ごめん、これからリリアーナと結婚式を挙げてくるからちょっと無理。あ、立会人が必要なんだっけ。カイルちょっと時間作れる?」
突然とんでもないことをないことを言われて、カイルもまた呆気に取られその場から動けなくなった。
「は? 何言ってんだよ? けっこん? 今から?」
「相手は決まってるから先延ばしにしても意味がないと思って。あ、ごめん、リリアーナ! 一人で勝手に話を進めてしまった。俺が相手じゃ嫌?」
「そうじゃなくて! 私あなたから愛の告白を受けてないんですけど! 愛してるとか好きとか聞いた覚えないわよ!」
「好きでもなければ一緒に死のうなんて言うはずないじゃないか! あれは愛の告白にはならないの?」
「そんな告白聞いたことないわよ! 少しはロマンチックな台詞用意してよ!」
「お前らいい加減にしろ!」
カイルが二人の間に割って入った。
「本人同士がいいなら別に構わないけどさあ、それよりリリアーナは公爵令嬢だから親から反対されるだろう? そっちを心配した方がいいんじゃないの?」
ビクトールとリリアーナはきょとんとして顔を見合わせた。
「じゃ、私ちょっと家に寄って勘当されて来る」
「ちょ、待てよ! そんなカジュアルに勘当なんて言うなよ! お前らどっちもどっちだな!」
「先に家に行ったら反対されて引き離されてしまうかもしれない。ここは既成事実を作って後から報告する方がいいんじゃないか?」
「おい! お前も怖いことさらっと言うな!」
カイルはすっかり突っ込み役になっておかしなところを指摘したが、とても間に合うものではなかった。
「じゃあ、やっぱり先に式を済ませてしまいましょう。カイル、立会人をお願いできる?」
訳の分からないことに巻き込まれてしまったカイルはやれやれと言うようにため息をつくしかなかった。すっかりその気になった二人を冷静にさせるのはカイルでも無理のようだった。
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3人は町に出て、適当な教会を探した。この国では、男女ともに17歳以上ならば本人の意思だけで、どこの教会でも結婚式を執り行ってくれる。教会で婚姻の書類を作成し、形ばかりの式を挙げれば完了だ。
「ここで今すぐできるってさ」
ビクトールは町の真ん中にある、住民が日常的に利用するような庶民的な教会の一つに目をつけて、式の執り行いを依頼した。魔法学校の卒業ローブを着た、ついさっきまで学生だった者が結婚すると聞いて相手も驚いただろう。リリアーナはこじんまりしたごく普通の教会を感慨深そうに眺めた。予定通りルークと結婚したら国で最も権威のある大規模な教会で荘厳な式を挙げたのだろう、そうでなくても公爵令嬢ならば家柄と格式にのっとった由緒ある教会を選んだに違いない。しかし、今のリリアーナにとっては、何一つそんなものに心を動かされなかった。
リリアーナはビクトールに手を取られ建物の中に入った。何の変哲もない教会だと思ったら、光と影のコントラストが幻想的な空間を作り出し、静謐で厳かな雰囲気ながらもどこか温かみを感じる空間だ。リリアーナは一目見てこの教会が気に入った。
「ごめん、ごめん。ちょっと花屋に寄ってて」
後からカイルがやって来た。手にはブーケを持っている。
「はい、これ。花嫁なんだからブーケくらい持たなきゃ駄目だろ? そこの花屋で買ったものだけど」
リリアーナはカイルの気遣いが嬉しくて弾けるような笑顔で何度もお礼を言った。季節の花を集めた愛らしいブーケに心が躍った。
「ごめん、リリアーナ、ちょっとそこに立って」
今度はビクトールが杖を取り出してリリアーナに向けて魔法をかけた。すると、彼女が着ていた服は、裾の部分にパールが縫い付けられた純白のワンピースとボレロのスーツへと変わった。足首が見えるくらいの丈で、程よく広がったAラインのお陰ですっきりしたシルエットに見える。
「魔法だから少ししたら元に戻ってしまうんだけど、少しの間だけでもと思って……」
「ありがとう! すごく素敵だわ!」
リリアーナはガラス窓に映った自分の姿を見て興奮した。魔法とはいえ、ビクトールがこんな素敵な服を用意してくれるとは思わなかったのだ。この瞬間において、自分より幸せな人間はいないと思えた。
やがて聖職者がやってきて式が執り行われた。花婿は卒業式のローブを着たままで、参列者は立会人のカイルのみ。略式でごく簡単な式だった。誓いの言葉を述べあい、宣誓書にサインをする。式は粛々と進んだが、誓いのキスをと言われたところで二人は固まってしまった。
「キスですって? キス? どうしよう?」
「どうしようと言われても……省略はできないの?」
「え? まさかお前たち今までキスしたことなかったの?」
二人の戸惑った表情を見て、参列者の席にいたカイルは思わず立ち上がった。
「だって今までそんな機会なかったし……」
「昨日までまさかこんなことになるとは思わなかったし……」
もじもじしながら言い訳する二人を見て、聖職者が咳払いをした。
「あーもうおでこでも頬でもいいからちゃちゃっとやっちゃえよ!」
半ばやけくそになったカイルに促されて仕方なく二人は向き合った。ビクトールが両手でリリアーナの顔を大事そうに包み、上を向かせる。そこで軽く唇に触れるのかと思いきや、唇を重ねた後そのまましばらく動かなくなった。お陰で、しびれを切らした聖職者がまた咳払いする羽目になった。
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