結婚は人生の墓場と聞いてましたがどうやら違ったようです~お荷物令嬢が嫁ぎ先で作家を目指すまで、なお夫は引きこもり~

雑食ハラミ

文字の大きさ
33 / 36

第33話 避けられない対決

しおりを挟む
「ビアトリス久しぶり。しばらく見ない間にすっかり垢抜けたね。完全に都会のお嬢さんだ」

ユージンは水色の外套を着け、それがアイスブルーの瞳とよく合っていた。帽子の隙間から明るい金髪が覗いており、道ですれ違ったら誰もが振り返るほどの美貌だろう。しかし、整った顔に浮かぶぞっとするくらい妖しい笑みの正体を知るビアトリスは、捕食者に追い詰められた獲物になった気分だった。

「よくここが分かりましたね。どうやって調べたんですか?」

「これでもちょっとした有名人なんだ。私の情報網を使えばすぐに居場所なんて割れるよ。君が今何をしているか、エリオットの同人誌がどうやって資金繰りしたかも全部」

「やはり、怪文書を送ったのはあなたなんですね」

恐怖感を悟られまいと、ビアトリスはまっすぐユージンを見据えて言った。おおよその想像はついていた。ビアトリスとエリオットの双方をよく知り、怪文書を送ることで利益を得る人物と言ったらこの人しかいない。

「やっぱり分かっちゃった? でも怪文書とは心外だなあ? 本当のことを書いただけなのに? 隠し事をしている君たちの方がそもそもおかしいだろ?」

「人を騙すには、本当と嘘を適度に混ぜておくのが効果的と聞いたことありますけど、そのお手本のような文章でした。さすが、お義兄様は頭が切れますね」

虚勢を張って皮肉たっぷりに言ったが、ユージンは一切動じることなく先ほどまで顔に貼り付けていた笑みをすっと引っ込め、急に真顔になって言った。

「ねえ、目上の相手に玄関で立ち話させるなんて育ちが知れるんじゃない? いいから中に入れてよ」

氷のように冷たい彼の顔を見たら、ビアトリスは従わざるを得なかった。誰にでも愛想がよくて、本物の王子様よりも王子らしいと言われる社交界の華の裏の顔を知っているのは、彼女くらいのものだろう。言われた通り客間に彼を通し、お茶を用意した。

「結構いい暮らししてるじゃないの。連載おめでとう。君も小説家の仲間入りだね」

まるでお茶に呼ばれたかのごとく、ゆったりとソファに座り、優雅な手つきでティーカップを持つユージンは、にこやかにビアトリスに話しかけた。

「ここに来た目的は何ですか? 話があって来たんでしょう?」

「まあまあ、そんなに結論を急がないで。最初のうちは世間話でもいいじゃないの」

「あいにくそんな気分になれないんです。お義兄様みたいに腹芸が使えませんので」

「君も一応貴族の出なんだろ? 直接的な表現を避けるのは貴族のたしなみじゃないの?」

「すいません、育ちが悪くて」

ここで微妙な間が空いた。空気は張り詰めているのにユージンは足を組む余裕がある。負けてはいけないと思うものの、緊張するなという方が無理だった。

「どうしても話して下さらないのなら、質問を変えます。どうして私とエリオットに関わり続けるのですか? もう解放してくれませんか?」

「いいや、しない。エリオットがいつまでも私を頼らないから、こちらからわざわざ足を運んでやったんだ」

「そんなのおかしいですよ! 援助を打ち切ったのはあなたじゃないですか! そもそも『紅の梟』の活動資金はエリオットのお金なんでしょう!? 出るとこ出たら負けるのはあなたの方ですよ!」

「あのエリオットが出るとこ出られると思う?」

ユージンはそう言ってにいと笑った。

「引きこもりというのは、時間を無駄にするだけじゃない、生活力を奪っていくんだ。しかも、一番若くて吸収率が高い時期を地下室で過ごすなんて愚か以外の何者でもない」

「あなたの差し金もあったんでしょう? そこまで分かっていて、どうして彼を地下室から出そうとせず、いつまでも出てこなくていいなんて言ったんですか?」

「エリオットは私のものだからだよ。自分のものを地下室に保管するだけなのに、何か問題でも?」

「人を……! 物のように扱って……! そこまで人でなしだったとは!」

ビアトリスは感情が高ぶる余り、息も絶え絶えになってしまった。そんな彼女を見ても、ユージンは眉一つ動かさない。

「君は何も分かっちゃいないね。これは、私とエリオットの間で互いに締結した不文律みたいなものだ。彼は私と出会わなければ、様々なものを手に入れられなかった。高等教育も、文学との出会いも、働く必要がなく好きなことをやれる環境も。それが分かっているから反抗してこない。本人がどこまで意識しているかは知らないけどね」

「じゃあ、あなたは彼から何を貰ったんですか? 彼を自分のものにしておくことで、あなたにどんな利益があるの?」

「エリオットは私の分身だ。社交界で脚光を浴びる光のユージン・ブラッドリーと、陰の分を引き受けてくれるエリオット・ブラッドリー。弟がいることで私が輝ける。そのためにも必要なんだ」

ビアトリスは、訳が分からなくなって頭がクラクラしてきた。脳に酸素が届かないとはこういう状態を言うのだろうか。目の前にいる、美貌の貴公子はまるで話が通じない。誰にも快い印象を残すユージンの正体が、ここまで得体の知れない人物だったとは誰が知るだろう?

「繰り返しになるけど、エリオットはあなたの所有物ではありません。私が結婚したのはエリオットです。彼を私に返してください。彼自身もそれを望んでいます」

「断る。身を退くのは君の方だ。勝手にうちに入り込んで、エリオットの女房ヅラして、蠅のようにうるさく飛び回る。元々ブラッドリー家は私とエリオットで完成された世界があった。そこへ、異分子の君が来たからおかしなことになったんだ」

「ふざけないで! さっきから聞いてれば勝手なことばかり! 知ってるのよ、陰でエリオットをバカにしていたこと。ミーガンから聞きました」

「ああ、女と言うのは本当におしゃべりだな。君の妹も、いつまでも口約束の婚約話にすがりついてみっともない。こっちは誰とも結婚する気なんかないのに」

やはり、ユージンはミーガンのことも軽蔑していたのだ。浮かれていたミーガンが憐れで滑稽に思えてくる。

「あいつは、私の負の側面を被っているんだから、バカにされても仕方ないじゃないか。軽蔑すればするほどこちらが輝く。そういう存在なんだ」

「全然あなたの言ってる意味が分からないんだけど、つまりこういうこと? エリオットを手元に置いて、彼を惨めな境遇に落とすことで、自分が辿るはずだった未来を追体験させてる。あなたはそれを見て悦に入っていると?」

喉がカラカラになりながら言葉を振り絞ったビアトリスに、ユージンは乾いた笑いを向けた。

「勘のいい女は嫌いだ。ピーチクパーチク喚いて媚びを売るのも嫌だけど。どっちにしても御免被る。さて、そろそろ結論を言おう。私がなぜここまで手の内を明かしているか分かる? 君たちを潰しに来たんだよ。私の信用に比べたら君たちはちっぽけな存在だ。同人誌のスポンサーにちょっと脅しをかければ、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。『紅の梟』だけじゃない『楡の木』もターゲットだ。君たちが思うより、ブラッドリー子爵の名前は大きい。世間はどちらの言い分を信用するかな?」

ビアトリスは、ヘビに飲まれたカエルのような気分だった。一方のユージンは、顔色がみるみる変わるビアトリスを面白そうに眺めていた。

人当たりがよく口のうまいユージンなら世間を欺くなんてお手の物だろう。反対に、自分とエリオットは変人の部類に入る。どんなに言葉を尽くして主張しても、味方に付いてくれる人は少ない。しかも「楡の木」まで巻き込むことは絶対にしたくなかった。誠意を尽くしてくれたマークにこれ以上迷惑をかけられない。

ビアトリスとユージンはずっと睨み合ったまま、いたずらに時が流れて行った。そこへ、玄関からバタバタと音が聞こえてくる。ビアトリスは、はっと息を飲んで視線を部屋のドアへ向けた。

「ビアトリス! 大丈夫? ユージン・ブラッドリー! あなた来てたのね!」

アンジェリカが勢いよく入って来た後ろから、今一番会いたかった人が姿を現わした。

「エリオット! 来てくれたのね!」

しばらく見なかったエリオットは、旅支度のままの姿でどこかから駆け付けたらしく息が上がっていた。ビアトリスとユージンを交互に見て、何があったかしきりに考えているようだ。

「兄様、なぜここへ……」

「ビアトリスと話をしに来たんだよ。エリオット、兄様と一緒に帰ろう。もういいだろう?」

「この人の言うことを聞いちゃ駄目! あなたのことは養分くらいにしか考えてないんだから! 着いて行ったら一生搾取されて終わりよ!」

懸命に叫ぶビアトリスとは裏腹に、エリオットの表情は落ち着いたままだった。まるで彼女の言葉が届いてないかのように見えてしまう。

「知ってたよ、そんなこと。それでもいいと思ってたんだ」

エリオットが静かにそう言うと、わずかにユージンの眉がぴくりと跳ね上がった。


★★★

最後までお読みいただきありがとうございます。
恋愛小説大賞エントリー中です。
とうとう兄弟対決か!と思ったら清き一票をお願いします!

「忘れられた王女は獣人皇帝に溺愛される」も同時連載中です。こちらはシリアス度高めです。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...