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クリスマス外伝②
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クリスマス外伝①と同時期、ヒロイン視点となります。
「トーマス、何やってるの?」
トーマスが下を向いたまま、何やら自分の背後に回ってそわそわと落ち着かない様子なので、訝しく思ったバイオレットは思い切って声をかけてみた。
「い、いや、何でもないっす。ちょっとお嬢様の靴に泥が付いていたような気がして……」
本当はバイオレットの足のサイズを確認しようとしたなんてとても言えない。トーマスは、意外に難しいこのミッションに頭を悩ませていた。
(こういうのはマーサがやればいいだろ! 何が『忙しいからあなたがやっといて』だよ。女同士なら怪しまれないのに……)
バイオレットはクリスマスに何を欲しがっているかリサーチしろと、彼らの本当の上司、ヒース・クロックフォードから指示されたのがそもそもの発端だった。そこで、日常会話に織り交ぜてさり気なく聞いたところ、「今履いてるブーツが古くなったから新調したいな」という答えが返って来た。これをヒースに伝えたら「靴のサイズを調べろ、ただし本人に気取らせるな」と固く言い含められてしまったのだ。
(手袋やマフラーならサイズ測らなくてもいいのに。ブーツとはこれまた難しい)
まだクリスマスまでに時間はある。近いうちにチャンスが訪れるはずだ、とトーマスが考えているところに、バイオレットが声をかけた。
「今日の午後、時間空いてない? 町に出てクリスマスプレゼントを選びたいから付き合ってほしいの。あなたからのアドバイスも聞きたいし」
プレゼントを選ぶだけならトーマスでなくてもいいはずだ。アドバイスを必要としているということは……さては男だな? とはいえ、バイオレットがそこまで気にする男性は一人しかいない。4年前から文通している顔も分からない紳士。過去に一度ヘイワード・インに宿泊した時にホテルのサービスに感激したという手紙を受け取ってから、文通を通して親睦を深め、1ヶ月に1回やり取りを続けている。そしてクリスマスの時期には、お互いプレゼントの交換までしていた。
(まさかその相手が幼馴染で、今はカジノのオーナーをやっていて、本当は一度も泊ったことがないと知ったらびっくりするだろうけどな!)
もちろん、トーマスの心のつぶやきは、バイオレットの耳に入ることはない。この事実は、天地がひっくり返っても彼女に知らせてはいけなかった。今いるホテルの従業員は全員ヒースが手配したことも、遠い場所から絶えず監視して、気づかれないように障害を取り除いていることもバイオレットは知らない。彼女を形作っている世界のかなりの割合をヒースが支えているなんて知れたら、自分の力でここまで頑張って来たと素直に信じている彼女はショックで立ち直れなくなるかもしれない。だから絶対に秘密にしておかなくてはならないのだ。
(そうは言っても、この状態がずっと続くと思ってるのかね! いつか絶対破綻するぞ!)
トーマスだけでなく、関わっている者みなそう感じているのだが、ヒースの思いが余りに強いため、誰も言い出すことができなかった。彼は日頃はおとなしいが、怒らせるとどうなるか分からない得体の知れなさを秘めていた。だから、敢えて直接進言しようとする者はいなかったのだ。
いい買い物をするときは、東部の大きな町に行くようにしている。そこに行けば、デパートや高級な品を扱っている店があった。その日の午後、外出着に着替えたバイオレットとトーマスは町に向けて出発した。
「お嬢様、今年は誰にプレゼントを贈るんですか?」
「去年と同じよ。まず家族とあなた達でしょ、お兄様へは、今年は帰ってこれないから赴任地に送るわ。それに親戚や友達と……あと、私の大切な人」
バイオレットは最後の一言を、少し頬を赤らめながら大事そうに言った。「私の大切な人」とは文通相手のクラーク氏に違いない。分かり切ってはいたが一応確認してみた。
「大切な人というのは、文通している紳士のことですよね?」
「そうよ、確か去年はネクタイを贈ったの。その時もあなたと一緒に選んだのよね?」
トーマスは、数か月前に休暇を利用して、報告がてらエルドラドにいるヒースに会いに行ったことを思い出した。その時、確かヒースはバイオレットが贈ったネクタイを着けていた。そこでついうっかり、「それお嬢様からのプレゼントですね。似合ってますよ」と口走ってしまい、恐ろしい形相で睨まれたのだった。
東の大きな町は、ミデオンほどではないがそれなりに大きい都会だった。アップルシード村に住んでいる者も、遊ぶ時や大きな買い物をする時にはここまで出ることが多い。バイオレットとトーマスは、すっかりクリスマス色に彩られたにぎやかな町を歩いていた。
「私この季節大好き。みんながクリスマスに向けて心を躍らせているのが分かるの。一年に一回、大好きな人と過ごす貴重な時間よ。クリスマスはみんなの心を豊かにするの」
トーマスはそれを黙って聞いていた。ここに来る前は、彼女の言うことがピンと来なかったが今なら分かる。ヘイワード・インは彼にとって我が家同然になっていた。多分他の従業員たちも同じ気持ちだろう。
二人は町で一番大きいデパートに入った。当然デパートの中もクリスマス一色で、彼ら同様、プレゼントを買いに来る客でにぎわっている。そんな人込みをかき分けながら買い物を進めた。友人や家族たちへはあらかじめ買うものを決めていたらしく、スムーズに終わった。問題はクラーク氏だ。
「クラークさんがどんな人か分からないから、いつもプレゼント選ぶ時は苦労するの。一度泊まったことがあるらしいんだけど、あなた覚えてる?」
実在しない人物なのだから覚えてるはずがなかろう。もちろんトーマスはそんなことは言えないが。しばらくデパートの中をバイオレットは歩き回っていたが、ふと、紳士もののストールに目を止めた。
「あっ! 今年の冬は寒いらしいからストールにしようかしら!」
「おっ、いいんじゃないですか、ストールね」
トーマスは、スーツの下にちらりと見せるように着けるコーディネートを想像して(マフィアみたいだな)と思った。でもヒースらしいかもしれない。
「ねえ、これどうかしら。落ち着いた色合いでいいかも」
「うーん、ちょっとジジくさくないですかね? もっと若々しい感じの方が、これとか」
トーマスは、シックな青緑のチェック柄を手に取って言った。
「クラークさんは落ち着いた雰囲気でお年を召した方なのよ……多分だけど。だからこのキャメル色がいいと思うんだけどなあ。あなたが選んだのは若い人向けじゃない」
(だから実際若いんだよ! キャメル色を着けるようなジジイじゃねーんだよ本当は!)
当然トーマスの突っ込みはバイオレットには届かない。結局バイオレットは、自分が選んだキャメル色のストールを購入した。(ボスにもっと似合いそうな色があるんだけどなあ)とトーマスは内心惜しい気持ちがあったが、ここは我慢するしかない。もっとも、ヒースのことだから、バイオレットが贈ったものなら無条件で小躍りして喜びそうだ。
「これで買い物は全部終わったわ。そろそろ戻りましょう?」
バイオレットに言われてデパートを出ようと思ったその時、トーマスに妙案が浮かんだ。
「そうだ、お嬢様。こないだブーツが欲しいと言ってましたよね? ついでに見てみましょうよ」
トーマスは、バイオレットを誘って婦人靴売り場に連れ出すことに成功した。
「どんなデザインがお好きですか? いいのがあればここで買っていけば?」
「そうねえ……これなんかどうかしら。でもちょうどいいサイズがあるかしら?」
バイオレットは、ヒールが3センチほどある、編み上げの黒いショートブーツを指した。よしこの流れだ! トーマスは期待通りの展開になって喜んだ。
「サイズいくつですか? 探しますよ」
「あら……サイズはぴったりだけど、生憎持ち合わせがないわ。今日は私のものを買いに来たわけじゃないからまた後日にしましょう」
お金が足りないくらいでちょうどいい。後でヒースが買ってあげるのだから。トーマスは、自分の作戦が成功したことに内心ほくほくした。これで懸念事項が一個解決した。
用事が全て終わって、デパートを出ようと出口を目指していた時だった。吹き抜けのロビーに大きなクリスマスツリーが飾られているのが見えた。本物のモミの木を伐採して持って来たものらしく、色とりどりのオーナメントやリボンが華やかに飾り付けられている。その中に手作り感あふれるジンジャーブレッドもあった。
「これ懐かしい。昔うちで作ったことあるのよ」
バイオレットがジンジャーブレッドを手に取り嬉しそうに言った。人型にくり抜かれ、赤と緑と白でアイシングされたジンジャーブレッド。それ以外に星やハートの形もあった。
「ねえ、前にも話したことがあるかもしれないけど、昔仲の良かった友達がいたの。その子は使用人の息子だったんだけど、私よりいくつか年上でいつも一緒に遊んでた」
そこまで聞いて、トーマスは思わずぎょっとした。それは、もしかして……
「クリスマスに一緒にジンジャーブレッドを作ったこともあるわ。彼、当日になって爪を深く切って来たの。爪が汚れてて洗っても洗っても落ちないから、このままじゃ料理はできないって。子供なのに几帳面でしょう? すごく賢くて気を使う子だった。たくさん作ったのについ食べ過ぎてしまって、ツリーに飾る分がなくなっちゃった」
笑いながら話すバイオレットの横顔を見ながら、トーマスはヒースのことを思い出していた。強迫的なほどにきれい好きなのは今も同じだ。ワーカホリックなのでたまにしか休まないが、その貴重な休日でさえも、家で本を読むか掃除をしているだけだと聞いたことがある。
「彼今どうしているんだろう……家は貧しかったけど、頭がよかったからきっとどこかで元気に暮らしていると思うわ。住んでいる場所も分からないけど、また会いたいなあ……」
バイオレットの表情は穏やかだったが少し寂しそうでもあった。それをトーマスは黙って聞くことしかできないのがもどかしかった。本当はすぐそばにいるのに、手を伸ばせば触れられるところにいるのに、なぜそうしないんだろうという気持ちで一杯だった。
「……きっといつか会えますよ。それだけ大事な人なら」
トーマスは、励ますようにバイオレットに声をかけた。デパートを出ると、雪がちらほら降り始めていた。彼らは、夕方の用意に間に合うようにヘイワード・インへ急いで戻って行った。
「トーマス、何やってるの?」
トーマスが下を向いたまま、何やら自分の背後に回ってそわそわと落ち着かない様子なので、訝しく思ったバイオレットは思い切って声をかけてみた。
「い、いや、何でもないっす。ちょっとお嬢様の靴に泥が付いていたような気がして……」
本当はバイオレットの足のサイズを確認しようとしたなんてとても言えない。トーマスは、意外に難しいこのミッションに頭を悩ませていた。
(こういうのはマーサがやればいいだろ! 何が『忙しいからあなたがやっといて』だよ。女同士なら怪しまれないのに……)
バイオレットはクリスマスに何を欲しがっているかリサーチしろと、彼らの本当の上司、ヒース・クロックフォードから指示されたのがそもそもの発端だった。そこで、日常会話に織り交ぜてさり気なく聞いたところ、「今履いてるブーツが古くなったから新調したいな」という答えが返って来た。これをヒースに伝えたら「靴のサイズを調べろ、ただし本人に気取らせるな」と固く言い含められてしまったのだ。
(手袋やマフラーならサイズ測らなくてもいいのに。ブーツとはこれまた難しい)
まだクリスマスまでに時間はある。近いうちにチャンスが訪れるはずだ、とトーマスが考えているところに、バイオレットが声をかけた。
「今日の午後、時間空いてない? 町に出てクリスマスプレゼントを選びたいから付き合ってほしいの。あなたからのアドバイスも聞きたいし」
プレゼントを選ぶだけならトーマスでなくてもいいはずだ。アドバイスを必要としているということは……さては男だな? とはいえ、バイオレットがそこまで気にする男性は一人しかいない。4年前から文通している顔も分からない紳士。過去に一度ヘイワード・インに宿泊した時にホテルのサービスに感激したという手紙を受け取ってから、文通を通して親睦を深め、1ヶ月に1回やり取りを続けている。そしてクリスマスの時期には、お互いプレゼントの交換までしていた。
(まさかその相手が幼馴染で、今はカジノのオーナーをやっていて、本当は一度も泊ったことがないと知ったらびっくりするだろうけどな!)
もちろん、トーマスの心のつぶやきは、バイオレットの耳に入ることはない。この事実は、天地がひっくり返っても彼女に知らせてはいけなかった。今いるホテルの従業員は全員ヒースが手配したことも、遠い場所から絶えず監視して、気づかれないように障害を取り除いていることもバイオレットは知らない。彼女を形作っている世界のかなりの割合をヒースが支えているなんて知れたら、自分の力でここまで頑張って来たと素直に信じている彼女はショックで立ち直れなくなるかもしれない。だから絶対に秘密にしておかなくてはならないのだ。
(そうは言っても、この状態がずっと続くと思ってるのかね! いつか絶対破綻するぞ!)
トーマスだけでなく、関わっている者みなそう感じているのだが、ヒースの思いが余りに強いため、誰も言い出すことができなかった。彼は日頃はおとなしいが、怒らせるとどうなるか分からない得体の知れなさを秘めていた。だから、敢えて直接進言しようとする者はいなかったのだ。
いい買い物をするときは、東部の大きな町に行くようにしている。そこに行けば、デパートや高級な品を扱っている店があった。その日の午後、外出着に着替えたバイオレットとトーマスは町に向けて出発した。
「お嬢様、今年は誰にプレゼントを贈るんですか?」
「去年と同じよ。まず家族とあなた達でしょ、お兄様へは、今年は帰ってこれないから赴任地に送るわ。それに親戚や友達と……あと、私の大切な人」
バイオレットは最後の一言を、少し頬を赤らめながら大事そうに言った。「私の大切な人」とは文通相手のクラーク氏に違いない。分かり切ってはいたが一応確認してみた。
「大切な人というのは、文通している紳士のことですよね?」
「そうよ、確か去年はネクタイを贈ったの。その時もあなたと一緒に選んだのよね?」
トーマスは、数か月前に休暇を利用して、報告がてらエルドラドにいるヒースに会いに行ったことを思い出した。その時、確かヒースはバイオレットが贈ったネクタイを着けていた。そこでついうっかり、「それお嬢様からのプレゼントですね。似合ってますよ」と口走ってしまい、恐ろしい形相で睨まれたのだった。
東の大きな町は、ミデオンほどではないがそれなりに大きい都会だった。アップルシード村に住んでいる者も、遊ぶ時や大きな買い物をする時にはここまで出ることが多い。バイオレットとトーマスは、すっかりクリスマス色に彩られたにぎやかな町を歩いていた。
「私この季節大好き。みんながクリスマスに向けて心を躍らせているのが分かるの。一年に一回、大好きな人と過ごす貴重な時間よ。クリスマスはみんなの心を豊かにするの」
トーマスはそれを黙って聞いていた。ここに来る前は、彼女の言うことがピンと来なかったが今なら分かる。ヘイワード・インは彼にとって我が家同然になっていた。多分他の従業員たちも同じ気持ちだろう。
二人は町で一番大きいデパートに入った。当然デパートの中もクリスマス一色で、彼ら同様、プレゼントを買いに来る客でにぎわっている。そんな人込みをかき分けながら買い物を進めた。友人や家族たちへはあらかじめ買うものを決めていたらしく、スムーズに終わった。問題はクラーク氏だ。
「クラークさんがどんな人か分からないから、いつもプレゼント選ぶ時は苦労するの。一度泊まったことがあるらしいんだけど、あなた覚えてる?」
実在しない人物なのだから覚えてるはずがなかろう。もちろんトーマスはそんなことは言えないが。しばらくデパートの中をバイオレットは歩き回っていたが、ふと、紳士もののストールに目を止めた。
「あっ! 今年の冬は寒いらしいからストールにしようかしら!」
「おっ、いいんじゃないですか、ストールね」
トーマスは、スーツの下にちらりと見せるように着けるコーディネートを想像して(マフィアみたいだな)と思った。でもヒースらしいかもしれない。
「ねえ、これどうかしら。落ち着いた色合いでいいかも」
「うーん、ちょっとジジくさくないですかね? もっと若々しい感じの方が、これとか」
トーマスは、シックな青緑のチェック柄を手に取って言った。
「クラークさんは落ち着いた雰囲気でお年を召した方なのよ……多分だけど。だからこのキャメル色がいいと思うんだけどなあ。あなたが選んだのは若い人向けじゃない」
(だから実際若いんだよ! キャメル色を着けるようなジジイじゃねーんだよ本当は!)
当然トーマスの突っ込みはバイオレットには届かない。結局バイオレットは、自分が選んだキャメル色のストールを購入した。(ボスにもっと似合いそうな色があるんだけどなあ)とトーマスは内心惜しい気持ちがあったが、ここは我慢するしかない。もっとも、ヒースのことだから、バイオレットが贈ったものなら無条件で小躍りして喜びそうだ。
「これで買い物は全部終わったわ。そろそろ戻りましょう?」
バイオレットに言われてデパートを出ようと思ったその時、トーマスに妙案が浮かんだ。
「そうだ、お嬢様。こないだブーツが欲しいと言ってましたよね? ついでに見てみましょうよ」
トーマスは、バイオレットを誘って婦人靴売り場に連れ出すことに成功した。
「どんなデザインがお好きですか? いいのがあればここで買っていけば?」
「そうねえ……これなんかどうかしら。でもちょうどいいサイズがあるかしら?」
バイオレットは、ヒールが3センチほどある、編み上げの黒いショートブーツを指した。よしこの流れだ! トーマスは期待通りの展開になって喜んだ。
「サイズいくつですか? 探しますよ」
「あら……サイズはぴったりだけど、生憎持ち合わせがないわ。今日は私のものを買いに来たわけじゃないからまた後日にしましょう」
お金が足りないくらいでちょうどいい。後でヒースが買ってあげるのだから。トーマスは、自分の作戦が成功したことに内心ほくほくした。これで懸念事項が一個解決した。
用事が全て終わって、デパートを出ようと出口を目指していた時だった。吹き抜けのロビーに大きなクリスマスツリーが飾られているのが見えた。本物のモミの木を伐採して持って来たものらしく、色とりどりのオーナメントやリボンが華やかに飾り付けられている。その中に手作り感あふれるジンジャーブレッドもあった。
「これ懐かしい。昔うちで作ったことあるのよ」
バイオレットがジンジャーブレッドを手に取り嬉しそうに言った。人型にくり抜かれ、赤と緑と白でアイシングされたジンジャーブレッド。それ以外に星やハートの形もあった。
「ねえ、前にも話したことがあるかもしれないけど、昔仲の良かった友達がいたの。その子は使用人の息子だったんだけど、私よりいくつか年上でいつも一緒に遊んでた」
そこまで聞いて、トーマスは思わずぎょっとした。それは、もしかして……
「クリスマスに一緒にジンジャーブレッドを作ったこともあるわ。彼、当日になって爪を深く切って来たの。爪が汚れてて洗っても洗っても落ちないから、このままじゃ料理はできないって。子供なのに几帳面でしょう? すごく賢くて気を使う子だった。たくさん作ったのについ食べ過ぎてしまって、ツリーに飾る分がなくなっちゃった」
笑いながら話すバイオレットの横顔を見ながら、トーマスはヒースのことを思い出していた。強迫的なほどにきれい好きなのは今も同じだ。ワーカホリックなのでたまにしか休まないが、その貴重な休日でさえも、家で本を読むか掃除をしているだけだと聞いたことがある。
「彼今どうしているんだろう……家は貧しかったけど、頭がよかったからきっとどこかで元気に暮らしていると思うわ。住んでいる場所も分からないけど、また会いたいなあ……」
バイオレットの表情は穏やかだったが少し寂しそうでもあった。それをトーマスは黙って聞くことしかできないのがもどかしかった。本当はすぐそばにいるのに、手を伸ばせば触れられるところにいるのに、なぜそうしないんだろうという気持ちで一杯だった。
「……きっといつか会えますよ。それだけ大事な人なら」
トーマスは、励ますようにバイオレットに声をかけた。デパートを出ると、雪がちらほら降り始めていた。彼らは、夕方の用意に間に合うようにヘイワード・インへ急いで戻って行った。
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