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30話 奇妙な感情
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体に残る、リンツの手の感触。
それが妙に頭から離れなくて、私は悶々としていた。
昼食を終えた私が本来考えるべきなのは、彼と同室にするのかという件。けれど、今この頭の中は、彼が近くにいたことや彼の手が私の身に触れたことなんかで、埋め尽くされてしまっている。
私は少しおかしいのかもしれない。
異性の手がほんの少し体に触れた——そんなことだけで頭がいっぱいになるなんて、どうかしている。
いや、もちろん、十四や十五の娘であるならば、そうなっても仕方ないだろう。子どもから大人へと変わりゆくその狭間では、異性への関心も高まるというものだからだ。
けれど、私は違う。十四や十五の娘ではない。
もう二十歳になっているうえ、自分の意思でなかったとはいえ、結婚もしているのだ。
そんな女が、少し触れられた程度で頭がいっぱいになるなんて、妙な話だろう。
「……はぁ」
ベッドに仰向けに倒れ込み、両の手のひらで顔全体を覆う。
「何なのよ、これ……」
今私は、これまで経験したことのない、極めて不思議な世界にいた。
温かいのに悩ましく、重苦しいのに宙に浮くよう。そんな、既存の言葉では表現のしようがない感覚に、私はただ、戸惑うことしかできなかった。
リンツと同室にするのかどうか、ということについて考えなくてはならない。なのに、目を閉じた瞬間脳内に浮かんでくるのは、リンツの穏やかな微笑みだけ。しかも奇妙な胸の痛み付きだから、本題について考えるどころではなくなってしまう。
何よこれ! 何なのよ!
そう言ってやりたい気分。
でも、言う相手はいないから、なお辛い。
「……はぁ」
溜め息をつくのは良くない。そんなことは分かっている。でも、今は溜め息を漏らさずにはいられない。心の内のもやもやを定期的に吐き出していないと、胸が破裂してしまいそうだから。
このままではどうにもならないだろう、と思い、顔に当てていた手を離してみる。そして、天井へと視線を移す。
白地にベージュの薄い線が描かれた、地味めの天井。
あぁ、これはリラックスさせてくれそうだ。
——そう思ったのだけれど。
意外と簡単にはいかなかった。
微笑みを浮かべるリンツの顔は、天井を眺めたくらいで消えてくれるものではなかったのだ。
なぜ?
昨日まではこんなことにはなっていなかったのに。昨日までだって、傍にいて話すことはあったのに、何も起こらなかった。こんな奇妙な感情に襲われることはなかった。でも、今日はこんな気持ちになっている。
それは一体、なぜなの?
誰か、説明してほしい。すべてを明かして、この胸をすっきりさせてほしい。
……でも叶わないわね、そんな願い。
きっと、自分でどうにかする外ないのだろう。
一人きりの午後。私はベッドに寝転がりながら、リンツのことばかり思い出して、悶々としていた。
コンコン。
ベッドの上で考え込んでいると、誰かが扉をノックする音が聞こえた。
「ローザです」
ノック音に続けて、聞き慣れてきた声。
彼女なら問題ないだろう。そう思い、「はい」と返事をした。
すると、扉が開く。
「こんにちは。いかがお過ごしですか? キャシィ様」
部屋へ入ってきたローザは小振りのお盆を持っていた。そこに乗っているのは、既に液体が入ったティーカップと、透明なガラス製カップ。そして、小さなスプーン。
ガラス製カップには、白い物体が入っているように見える。
スイーツか何かを持ってきてくれたのだろう。
私は速やかにベッドから起き上がった。
「ローザさん、何か持ってきて下さったのですか」
「はい。甘いものをお持ちしました」
言いながらローザは、ソファの近くに置いてある低いテーブルの方へと歩いてきた。そして、低いテーブルの手前ですっとしゃがみ込み、お盆の上の物三つをテーブルへと移動させる。
「こちらへ置かせていただきますね」
「ありがとう」
ベッドから立ち、ソファへ移る。
そして、低いテーブルに置かれた三つの物をじっと見る。
ティーカップに入っているのは、紅茶のようだった。赤茶色をした、よくある紅茶だ。それはさすがに、ローザに聞かずとも分かる。
しかし、問題はカップ。
透明なガラス製のカップには、白い物体が入っている。ヨーグルトのような液体ではなく、角砂糖のように硬そうでもない。
「ローザさん、これは何ですか?」
スプーンがあるところから察するに、すくって食べるものなのだろう。だとしたら、それなりに柔らかいと思われる。
そんな風にして自分なりに考えてみていたのだが、途中で「ローザに聞いた方が早いのでは」と気づいてしまったため、取り敢えず質問してみた。
するとローザは、私の問いにあっさりと答えてくれる。
「それは、この国の名物スイーツです」
それが妙に頭から離れなくて、私は悶々としていた。
昼食を終えた私が本来考えるべきなのは、彼と同室にするのかという件。けれど、今この頭の中は、彼が近くにいたことや彼の手が私の身に触れたことなんかで、埋め尽くされてしまっている。
私は少しおかしいのかもしれない。
異性の手がほんの少し体に触れた——そんなことだけで頭がいっぱいになるなんて、どうかしている。
いや、もちろん、十四や十五の娘であるならば、そうなっても仕方ないだろう。子どもから大人へと変わりゆくその狭間では、異性への関心も高まるというものだからだ。
けれど、私は違う。十四や十五の娘ではない。
もう二十歳になっているうえ、自分の意思でなかったとはいえ、結婚もしているのだ。
そんな女が、少し触れられた程度で頭がいっぱいになるなんて、妙な話だろう。
「……はぁ」
ベッドに仰向けに倒れ込み、両の手のひらで顔全体を覆う。
「何なのよ、これ……」
今私は、これまで経験したことのない、極めて不思議な世界にいた。
温かいのに悩ましく、重苦しいのに宙に浮くよう。そんな、既存の言葉では表現のしようがない感覚に、私はただ、戸惑うことしかできなかった。
リンツと同室にするのかどうか、ということについて考えなくてはならない。なのに、目を閉じた瞬間脳内に浮かんでくるのは、リンツの穏やかな微笑みだけ。しかも奇妙な胸の痛み付きだから、本題について考えるどころではなくなってしまう。
何よこれ! 何なのよ!
そう言ってやりたい気分。
でも、言う相手はいないから、なお辛い。
「……はぁ」
溜め息をつくのは良くない。そんなことは分かっている。でも、今は溜め息を漏らさずにはいられない。心の内のもやもやを定期的に吐き出していないと、胸が破裂してしまいそうだから。
このままではどうにもならないだろう、と思い、顔に当てていた手を離してみる。そして、天井へと視線を移す。
白地にベージュの薄い線が描かれた、地味めの天井。
あぁ、これはリラックスさせてくれそうだ。
——そう思ったのだけれど。
意外と簡単にはいかなかった。
微笑みを浮かべるリンツの顔は、天井を眺めたくらいで消えてくれるものではなかったのだ。
なぜ?
昨日まではこんなことにはなっていなかったのに。昨日までだって、傍にいて話すことはあったのに、何も起こらなかった。こんな奇妙な感情に襲われることはなかった。でも、今日はこんな気持ちになっている。
それは一体、なぜなの?
誰か、説明してほしい。すべてを明かして、この胸をすっきりさせてほしい。
……でも叶わないわね、そんな願い。
きっと、自分でどうにかする外ないのだろう。
一人きりの午後。私はベッドに寝転がりながら、リンツのことばかり思い出して、悶々としていた。
コンコン。
ベッドの上で考え込んでいると、誰かが扉をノックする音が聞こえた。
「ローザです」
ノック音に続けて、聞き慣れてきた声。
彼女なら問題ないだろう。そう思い、「はい」と返事をした。
すると、扉が開く。
「こんにちは。いかがお過ごしですか? キャシィ様」
部屋へ入ってきたローザは小振りのお盆を持っていた。そこに乗っているのは、既に液体が入ったティーカップと、透明なガラス製カップ。そして、小さなスプーン。
ガラス製カップには、白い物体が入っているように見える。
スイーツか何かを持ってきてくれたのだろう。
私は速やかにベッドから起き上がった。
「ローザさん、何か持ってきて下さったのですか」
「はい。甘いものをお持ちしました」
言いながらローザは、ソファの近くに置いてある低いテーブルの方へと歩いてきた。そして、低いテーブルの手前ですっとしゃがみ込み、お盆の上の物三つをテーブルへと移動させる。
「こちらへ置かせていただきますね」
「ありがとう」
ベッドから立ち、ソファへ移る。
そして、低いテーブルに置かれた三つの物をじっと見る。
ティーカップに入っているのは、紅茶のようだった。赤茶色をした、よくある紅茶だ。それはさすがに、ローザに聞かずとも分かる。
しかし、問題はカップ。
透明なガラス製のカップには、白い物体が入っている。ヨーグルトのような液体ではなく、角砂糖のように硬そうでもない。
「ローザさん、これは何ですか?」
スプーンがあるところから察するに、すくって食べるものなのだろう。だとしたら、それなりに柔らかいと思われる。
そんな風にして自分なりに考えてみていたのだが、途中で「ローザに聞いた方が早いのでは」と気づいてしまったため、取り敢えず質問してみた。
するとローザは、私の問いにあっさりと答えてくれる。
「それは、この国の名物スイーツです」
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