45 / 53
45話 嫌みな令嬢いきなり現る
しおりを挟む
リンツの部屋を出、彼の後ろについて歩いていく。
「どこへ?」
廊下を歩きながら、私はそう尋ねた。
するとリンツは、首から上だけを後ろの私へ向け、穏やかな表情で言ってくる。
「キャシィさん、美しいところは好きかね」
美しいところ、か。
嫌いじゃない。
美しいものは心を癒やしてくれる。また、胸の内の波を静まらせてくれる。だから、美しいものを見るのは嫌いではない。多分、誰だってそうだろう。
「えぇ、好きよ」
私がそう答えると、リンツは安堵したように口角を持ち上げた。
「それなら良かった」
「嬉しいわ。ただ……色々考えてもらってしまって、少し申し訳ない気もするの」
その時、リンツは唐突に立ち止まった。
何だろうと思っていると、彼はくるりと身を返し、私の方へ向いてくる。
ますます「何だろう?」という感じだ。
「そんなことない!」
「え」
急展開に戸惑う。
「申し訳ないなんて思わないでほしい! これは僕が望んだことなのだから!」
リンツははっきりと言ってくる。その勢いといったら、凄まじいものがある。怒られているだとか責められているだとか、そういったことではないのに、妙に圧倒されてしまう。
「そ、そう……」
私は彼の発言の勢いに圧倒され、短く返すことしかできなかった。
そんな私の姿に異変を感じたのか、リンツは気まずそうな表情になる。
「あ。そ、その、すまない……。つい熱くなってしまった」
「い、いえ。気にしないで」
私とリンツは正式な夫婦だ。お互いの親が決め、式も挙げたのだから、間違いなく夫婦なのである。
だが、そんな感じがしない。
いまだに、親しい友人くらいの関係から進んでいないような気がしてならない。
「では、行こうかね」
「そうね」
少し落ち着き、私とリンツは再び歩き出す。
「……手を繋ぐというのはどうだろうか?」
「なぜ?」
「もっと親しくなりたいからだとも!」
「それもそうね」
手を繋ぐことには、なかなか慣れない。
けど、嫌ではなくて。
これからもこんな風に一緒に過ごしたいと、そしていろんなことを話していきたいと、そう思う心はあるのだ。
それからしばらく歩いた時だ。廊下の向こう側から誰かがやって来るのが見えた。
コツンコツン、と響く足音。
ヒールのある靴を履いているのだろう。
気づいてから十秒ほどが経過し、向こうから歩いてきた人物の姿を、ようやく確かに捉えることができた。
その人物は、女性だった。
私と同じくらいの年ではないかと思うような、若い女性である。
濃いめの金髪は長く、派手にカールがかかっていて、とにかく豪華。少女が夢見るお姫様のイメージにぴったり、という感じのヘアスタイルだ。
また、目鼻立ちにも華やかさがある。
青い瞳の浮かぶ、ぱっちり開いた大きな目。その周囲を彩る、長く揃った睫毛。鼻は高く、すっと通っていて、非常に整った造形だ。肌は白く、陶器のように滑らか。それでいて、頬にはしっかりと赤みが差している。それゆえ、不健康そうな雰囲気はない。
「あら、リンツ様。ご機嫌いかが」
後ろに二人の男性を引き連れている人形のような彼女は、すれ違う直前、リンツに声をかけた。
ピンク色の唇から放たれる声は、甘く、少女的。
「久しぶりだね」
「本当に! もうしばらく会っていませんわよね」
直後、彼女の視線が私へ向いた。
「……あら」
女性は手を口元に添える。
そして、視線を再びリンツへ戻す。
「リンツ様。何ですの? この娘」
うっ。
馬鹿にされてる。
「な。君は彼女を知らないのかね」
「新入りの侍女かしら?」
「違う! 僕の妻!」
すると女性は、呆気に取られたように黙る。
——沈黙。
それから十秒ほどが過ぎて、彼女は急に、ぷっ、と吹き出す。
「まぁ! リンツ様ったら! 素晴らしいご冗談ですわね!」
「状態などではない! 事実だとも!」
「事実? ふふふっ。あり得ませんわ、そんなこと」
女性は大笑い。
私の顔などまったく見ず、実に楽しげに笑っている。
……嫌な感じの女。
ここに来てから出会った人たちは、皆、善良な人だった。
でも、嫌な人間というのはどこにでもいるものだ。
だから、一人くらい不愉快な人間がいても、おかしくはない。
「リンツ様、この侍女は凄く気に入っていらっしゃるのね。驚きましたわ。このような地味な娘がお好みとは、本当に本当に、驚きですわ」
「どこへ?」
廊下を歩きながら、私はそう尋ねた。
するとリンツは、首から上だけを後ろの私へ向け、穏やかな表情で言ってくる。
「キャシィさん、美しいところは好きかね」
美しいところ、か。
嫌いじゃない。
美しいものは心を癒やしてくれる。また、胸の内の波を静まらせてくれる。だから、美しいものを見るのは嫌いではない。多分、誰だってそうだろう。
「えぇ、好きよ」
私がそう答えると、リンツは安堵したように口角を持ち上げた。
「それなら良かった」
「嬉しいわ。ただ……色々考えてもらってしまって、少し申し訳ない気もするの」
その時、リンツは唐突に立ち止まった。
何だろうと思っていると、彼はくるりと身を返し、私の方へ向いてくる。
ますます「何だろう?」という感じだ。
「そんなことない!」
「え」
急展開に戸惑う。
「申し訳ないなんて思わないでほしい! これは僕が望んだことなのだから!」
リンツははっきりと言ってくる。その勢いといったら、凄まじいものがある。怒られているだとか責められているだとか、そういったことではないのに、妙に圧倒されてしまう。
「そ、そう……」
私は彼の発言の勢いに圧倒され、短く返すことしかできなかった。
そんな私の姿に異変を感じたのか、リンツは気まずそうな表情になる。
「あ。そ、その、すまない……。つい熱くなってしまった」
「い、いえ。気にしないで」
私とリンツは正式な夫婦だ。お互いの親が決め、式も挙げたのだから、間違いなく夫婦なのである。
だが、そんな感じがしない。
いまだに、親しい友人くらいの関係から進んでいないような気がしてならない。
「では、行こうかね」
「そうね」
少し落ち着き、私とリンツは再び歩き出す。
「……手を繋ぐというのはどうだろうか?」
「なぜ?」
「もっと親しくなりたいからだとも!」
「それもそうね」
手を繋ぐことには、なかなか慣れない。
けど、嫌ではなくて。
これからもこんな風に一緒に過ごしたいと、そしていろんなことを話していきたいと、そう思う心はあるのだ。
それからしばらく歩いた時だ。廊下の向こう側から誰かがやって来るのが見えた。
コツンコツン、と響く足音。
ヒールのある靴を履いているのだろう。
気づいてから十秒ほどが経過し、向こうから歩いてきた人物の姿を、ようやく確かに捉えることができた。
その人物は、女性だった。
私と同じくらいの年ではないかと思うような、若い女性である。
濃いめの金髪は長く、派手にカールがかかっていて、とにかく豪華。少女が夢見るお姫様のイメージにぴったり、という感じのヘアスタイルだ。
また、目鼻立ちにも華やかさがある。
青い瞳の浮かぶ、ぱっちり開いた大きな目。その周囲を彩る、長く揃った睫毛。鼻は高く、すっと通っていて、非常に整った造形だ。肌は白く、陶器のように滑らか。それでいて、頬にはしっかりと赤みが差している。それゆえ、不健康そうな雰囲気はない。
「あら、リンツ様。ご機嫌いかが」
後ろに二人の男性を引き連れている人形のような彼女は、すれ違う直前、リンツに声をかけた。
ピンク色の唇から放たれる声は、甘く、少女的。
「久しぶりだね」
「本当に! もうしばらく会っていませんわよね」
直後、彼女の視線が私へ向いた。
「……あら」
女性は手を口元に添える。
そして、視線を再びリンツへ戻す。
「リンツ様。何ですの? この娘」
うっ。
馬鹿にされてる。
「な。君は彼女を知らないのかね」
「新入りの侍女かしら?」
「違う! 僕の妻!」
すると女性は、呆気に取られたように黙る。
——沈黙。
それから十秒ほどが過ぎて、彼女は急に、ぷっ、と吹き出す。
「まぁ! リンツ様ったら! 素晴らしいご冗談ですわね!」
「状態などではない! 事実だとも!」
「事実? ふふふっ。あり得ませんわ、そんなこと」
女性は大笑い。
私の顔などまったく見ず、実に楽しげに笑っている。
……嫌な感じの女。
ここに来てから出会った人たちは、皆、善良な人だった。
でも、嫌な人間というのはどこにでもいるものだ。
だから、一人くらい不愉快な人間がいても、おかしくはない。
「リンツ様、この侍女は凄く気に入っていらっしゃるのね。驚きましたわ。このような地味な娘がお好みとは、本当に本当に、驚きですわ」
0
あなたにおすすめの小説
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる