年上王子が呑気過ぎる。

四季

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45話 嫌みな令嬢いきなり現る

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 リンツの部屋を出、彼の後ろについて歩いていく。

「どこへ?」

 廊下を歩きながら、私はそう尋ねた。
 するとリンツは、首から上だけを後ろの私へ向け、穏やかな表情で言ってくる。

「キャシィさん、美しいところは好きかね」

 美しいところ、か。
 嫌いじゃない。
 美しいものは心を癒やしてくれる。また、胸の内の波を静まらせてくれる。だから、美しいものを見るのは嫌いではない。多分、誰だってそうだろう。

「えぇ、好きよ」

 私がそう答えると、リンツは安堵したように口角を持ち上げた。

「それなら良かった」
「嬉しいわ。ただ……色々考えてもらってしまって、少し申し訳ない気もするの」

 その時、リンツは唐突に立ち止まった。

 何だろうと思っていると、彼はくるりと身を返し、私の方へ向いてくる。
 ますます「何だろう?」という感じだ。

「そんなことない!」
「え」

 急展開に戸惑う。

「申し訳ないなんて思わないでほしい! これは僕が望んだことなのだから!」

 リンツははっきりと言ってくる。その勢いといったら、凄まじいものがある。怒られているだとか責められているだとか、そういったことではないのに、妙に圧倒されてしまう。

「そ、そう……」

 私は彼の発言の勢いに圧倒され、短く返すことしかできなかった。
 そんな私の姿に異変を感じたのか、リンツは気まずそうな表情になる。

「あ。そ、その、すまない……。つい熱くなってしまった」
「い、いえ。気にしないで」

 私とリンツは正式な夫婦だ。お互いの親が決め、式も挙げたのだから、間違いなく夫婦なのである。

 だが、そんな感じがしない。
 いまだに、親しい友人くらいの関係から進んでいないような気がしてならない。

「では、行こうかね」
「そうね」

 少し落ち着き、私とリンツは再び歩き出す。

「……手を繋ぐというのはどうだろうか?」
「なぜ?」
「もっと親しくなりたいからだとも!」
「それもそうね」

 手を繋ぐことには、なかなか慣れない。
 けど、嫌ではなくて。
 これからもこんな風に一緒に過ごしたいと、そしていろんなことを話していきたいと、そう思う心はあるのだ。


 それからしばらく歩いた時だ。廊下の向こう側から誰かがやって来るのが見えた。

 コツンコツン、と響く足音。
 ヒールのある靴を履いているのだろう。

 気づいてから十秒ほどが経過し、向こうから歩いてきた人物の姿を、ようやく確かに捉えることができた。

 その人物は、女性だった。
 私と同じくらいの年ではないかと思うような、若い女性である。

 濃いめの金髪は長く、派手にカールがかかっていて、とにかく豪華。少女が夢見るお姫様のイメージにぴったり、という感じのヘアスタイルだ。

 また、目鼻立ちにも華やかさがある。

 青い瞳の浮かぶ、ぱっちり開いた大きな目。その周囲を彩る、長く揃った睫毛。鼻は高く、すっと通っていて、非常に整った造形だ。肌は白く、陶器のように滑らか。それでいて、頬にはしっかりと赤みが差している。それゆえ、不健康そうな雰囲気はない。

「あら、リンツ様。ご機嫌いかが」

 後ろに二人の男性を引き連れている人形のような彼女は、すれ違う直前、リンツに声をかけた。
 ピンク色の唇から放たれる声は、甘く、少女的。

「久しぶりだね」
「本当に! もうしばらく会っていませんわよね」

 直後、彼女の視線が私へ向いた。

「……あら」

 女性は手を口元に添える。
 そして、視線を再びリンツへ戻す。

「リンツ様。何ですの? この娘」

 うっ。
 馬鹿にされてる。

「な。君は彼女を知らないのかね」
「新入りの侍女かしら?」
「違う! 僕の妻!」

 すると女性は、呆気に取られたように黙る。

 ——沈黙。

 それから十秒ほどが過ぎて、彼女は急に、ぷっ、と吹き出す。

「まぁ! リンツ様ったら! 素晴らしいご冗談ですわね!」
「状態などではない! 事実だとも!」
「事実? ふふふっ。あり得ませんわ、そんなこと」

 女性は大笑い。
 私の顔などまったく見ず、実に楽しげに笑っている。

 ……嫌な感じの女。

 ここに来てから出会った人たちは、皆、善良な人だった。
 でも、嫌な人間というのはどこにでもいるものだ。
 だから、一人くらい不愉快な人間がいても、おかしくはない。

「リンツ様、この侍女は凄く気に入っていらっしゃるのね。驚きましたわ。このような地味な娘がお好みとは、本当に本当に、驚きですわ」
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