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番外編 出会い
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それは、僕が高校に入学してまもない頃。
その日僕は寝坊してしまい、結果、遅刻する羽目になってしまった。
幸い夕方まで寝てしまうようなことはなかったため、大急ぎで準備をして、二時間目の授業の途中くらいには学校へ到着することができた。
職員室へ行き、遅刻したということを伝える届けを持って、教室へ向かう。
二限目は、確か現代社会の授業だったはずだ。
僕は重い鞄を抱えつつ、二階まで階段を駆け上がる。日頃の運動不足のせいで、僕は、少し走っただけで息が上がってしまった。
もう少し——!
二階まで残り三段ほどになった、その時。
上から駆け降りてきた誰かと、ばぁん、と正面衝突してしまった。
「うわっ」
五段くらい転げ落ちた。
腰や背中を強打した。
僕は「何してくれるんだ!」と言ってやろうとした——のだけど、ぶつかった相手を見た瞬間、言葉を失った。
相手が目を見張るような美少女だったから。
いや、『美少女』という言葉が相応しいかは分からない。
どちらかというと、『美しい』と表情する方が相応しいのかもしれないが。
とにかく、僕の好みにぴったりな容姿をしていた。
低めの位置で二つに結んだ髪は黒く、やや古風な雰囲気。不真面目な感じではなく、しかし真面目過ぎることもないところが、良い。
肌は真っ白で、しかもシルクのように滑らか。健康的と言えるような肌色ではないかもしれないが、平均的な肌色より白っぽい肌が、上品さを演出する。
髪と肌のコントラストの華やかさが、見る者——つまり僕の、心を掴んで離さない。
「……ごめんなさい」
彼女は、転げ落ちた体勢のまま固まっている僕を見下ろし、小さな声で謝った。
「じゃ」
そうして、とっとっとっ、と階段を降りていってしまった。
その時既に、僕は、彼女に惚れていた。
けれど、初対面の可愛い女の子に何か声をかける勇気なんて、僕にはなくて。
小心者の僕は、階段を降りていく彼女の背をぼんやりと眺めること以外、何もできなかった。
僕がもし誰とでも気さくに話せる性格だったとしたら、もしかしたらそこから恋物語を始められたのかもしれない。徐々に親しくなり、いつかは彼女を僕のものにできたかもしれない。
……もっとも、そんなものは幻想に過ぎないのだけれど。
それが、僕と杏の出会いだ。
初めて出会い、好きになったあの日から、僕の心は一度も変わっていない。
僕は杏が好き。好きなんだ。
けど、僕には踏み出す勇気がなかった。声をかけることさえできなかった。
そんな状態のまま、時間だけが流れてゆく。
そして今日に至る。
だから、僕は、いまだに彼女に話しかけられない。
その日僕は寝坊してしまい、結果、遅刻する羽目になってしまった。
幸い夕方まで寝てしまうようなことはなかったため、大急ぎで準備をして、二時間目の授業の途中くらいには学校へ到着することができた。
職員室へ行き、遅刻したということを伝える届けを持って、教室へ向かう。
二限目は、確か現代社会の授業だったはずだ。
僕は重い鞄を抱えつつ、二階まで階段を駆け上がる。日頃の運動不足のせいで、僕は、少し走っただけで息が上がってしまった。
もう少し——!
二階まで残り三段ほどになった、その時。
上から駆け降りてきた誰かと、ばぁん、と正面衝突してしまった。
「うわっ」
五段くらい転げ落ちた。
腰や背中を強打した。
僕は「何してくれるんだ!」と言ってやろうとした——のだけど、ぶつかった相手を見た瞬間、言葉を失った。
相手が目を見張るような美少女だったから。
いや、『美少女』という言葉が相応しいかは分からない。
どちらかというと、『美しい』と表情する方が相応しいのかもしれないが。
とにかく、僕の好みにぴったりな容姿をしていた。
低めの位置で二つに結んだ髪は黒く、やや古風な雰囲気。不真面目な感じではなく、しかし真面目過ぎることもないところが、良い。
肌は真っ白で、しかもシルクのように滑らか。健康的と言えるような肌色ではないかもしれないが、平均的な肌色より白っぽい肌が、上品さを演出する。
髪と肌のコントラストの華やかさが、見る者——つまり僕の、心を掴んで離さない。
「……ごめんなさい」
彼女は、転げ落ちた体勢のまま固まっている僕を見下ろし、小さな声で謝った。
「じゃ」
そうして、とっとっとっ、と階段を降りていってしまった。
その時既に、僕は、彼女に惚れていた。
けれど、初対面の可愛い女の子に何か声をかける勇気なんて、僕にはなくて。
小心者の僕は、階段を降りていく彼女の背をぼんやりと眺めること以外、何もできなかった。
僕がもし誰とでも気さくに話せる性格だったとしたら、もしかしたらそこから恋物語を始められたのかもしれない。徐々に親しくなり、いつかは彼女を僕のものにできたかもしれない。
……もっとも、そんなものは幻想に過ぎないのだけれど。
それが、僕と杏の出会いだ。
初めて出会い、好きになったあの日から、僕の心は一度も変わっていない。
僕は杏が好き。好きなんだ。
けど、僕には踏み出す勇気がなかった。声をかけることさえできなかった。
そんな状態のまま、時間だけが流れてゆく。
そして今日に至る。
だから、僕は、いまだに彼女に話しかけられない。
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