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episode.112 ボスの迎え入れ
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ふと目が覚めた時、視界に入ったのは赤い布。赤と言っても、ワインレッドのような暗めの赤である。
ゆっくりと体を起こす。
すると、聞き覚えのある低い声が耳に入ってきた。
「おぉ。起きたようだな」
大きな影が視界を暗くする。それに気づいて顔を上げると、立ったまま私を見下ろすボスの姿が見えた。
「……っ!」
思わず身を固くしてしまう。
私は今、敵の手中にある。それを改めて感じたからだ。
「何も怯えることはないぞ。抵抗さえしなければ、乱暴な手段をとったりはしない」
ボスは落ち着きのある低音で述べる。
今までとは違うどこか柔らかさのある声に、私は戸惑いを隠せない。しかし、ボスは私が戸惑っていることなどには関心がないらしく、そこに触れてはこなかった。
「ドレスは気に入っていただけただろうか」
「ど、ドレス……?」
言いながら自身の体へ目をやり、その服装の変化に驚く。
「え! 服が!」
帝国軍の白い制服を着ていたはずなのに、いつの間にか、血のように赤いドレスに変わっていた。
襟にはビーズで刺繍が施されており、肩回りが大きく露出している。また、スカート部は、体の外線が軽く出るマーメイドラインのもの。丈は足首辺りまである。するりとした滑らかな触り心地から察するに、生地は結構高級そうだ。
「これ、貴方が……」
「いいえ」
私が言い終わるより早く、ボスの後ろからリュビエが姿を現した。
「心配は不要よ。お前を着替えさせたのは、あたしだから」
よ、良かった……。
私は内心、安堵の溜め息を漏らす。
「ボスに着替えさせていただけるなんて思わないことね」
リュビエはそう言って、ふん、と顎を持ち上げる。見下されている感が凄まじい。
私はすぐさまボスへと視線を戻した。
そして問う。
「ドレスなんて着せて、私をどうするつもり?」
問いに対し、ボスのすぐ横に立っていたリュビエが、「無礼者!」と叫んだ。だがボスは、「止めろ」とリュビエを制止する。彼はそれから、「しかし……」とまだ何か言いたげなリュビエの頭を、そっと撫でた。
「お主は何も言わなくていい。黙って見ていてくれれば、それで構わん」
「しかし……!」
「我に逆らうのか?」
「い、いえ……」
若干調子を強められたリュビエは、身を縮めて後ろへ下がる。
それから、ボスは改めて私の方を向いた。
「まずはここに慣れてもらうことが先決かと思ってな。そのドレスも、お主を迎える時にと思いリュビエに作らせたのだ」
「そ、そうだったの……」
案外悪い人でもないのかもしれない。一瞬、そんなことを思ってしまった。だが私は、すぐに、心の中で否定した。この国に悲劇をもたらし、ゼーレの人生を滅茶苦茶にした、そんなボスが善人なわけがない。
「それで、私に何をさせるつもり?」
「お主には、これから、化け物開発に力を貸してもらう」
今から私をどんな目に遭わせるつもりなのだろう。
「人体実験でもするつもり?」
「いいや。心配せずとも、そんな乱暴なことはしない。ただ、お主が持つ力について調べさせてほしいだけだ」
「調べる?」
「その通り。そのためにも、まずはここに慣れてもらう」
すぐには何も始まらないようだ。
これなら、まだ、希望があるかもしれない。ボスを中庭へ誘導できる可能性も、ゼロではないだろう。
「マレイ・チャーム・カトレア。何か必要なものがあれば言え」
「今?」
「いいや、いつでもだ。この部屋にいる間だけはな」
私は捕らわれた身。捕虜のようなもの。だから、酷いことをされる可能性があることだって理解していた。それでもいい、と思って、ここへ来たのだ。
それゆえ、この待遇の良さには戸惑いを隠せなかった。
それからどのくらいの時間が経過しただろうか。
部屋には時計がないため、正確な時刻を知ることはできないが、恐らく、二時間くらいだろうと思う。
私はずっとベッドの上。だから、退屈をまぎらわすために、指で遊んだり軽く脚を上下させたりしていた。もっとも、ボスとリュビエも同じ室内にいるのであまり暴れることはできないのだが。
——そんな時だった。
最初にガチャンと扉の開く音がして、続けて、タッタッタッと足音が聞こえてくる。
「リュビエさん! 第一工場にて、異常が発生しました!」
「何ですって?」
ついに始まったのか——作戦が。
ここからが本当の戦いだ。そう思うのとほぼ同時に、全身の毛穴が締まるような感覚を覚えた。
私がしっかりしなくては、今回の作戦は成功しない。その重圧が、今さらのしかかってくる。
けれど、もはやそんな重圧などに負けている暇はない。
ここまで来たら、後は、やるべきことをやるまでである。
「つい先ほど、第一工場付近に、突如として侵入者が現れたのです! リュビエさん、来て下さい!」
「侵入者くらい、お前たちでどうにかなさいよ」
「しかしっ……数が多すぎるのです!」
私はベッドに横たわっているふりをしつつ、聞き耳を立てる。
リュビエらがいる場所まではさほど離れていないため、聞こうと意識しさえすれば結構普通に聞こえてくる。
「皆を集結すれば問題ないでしょ? あたしはボスについておかなくちゃならないの。そんな小さなことで呼ばないでちょうだい」
そっけない態度を保ち続けるリュビエ。
彼女にとって一番大切なものはボス。それゆえ、工場になど興味がないのだろう。
「……って、ああっ! 第二第三も! 侵入者が広がってきています! やはりリュビエさん、貴女のお力が必要です!」
「まったく……仕方ないわね」
聞こえてくるリュビエの声は、やれやれ、といった雰囲気をはらんでいた。
「ボス。行っても構わないでしょうか」
「あぁ。構わん、行け」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
ベッドの周囲に垂れるベール越しに、リュビエが部屋を出ていくのが見えた。
これでいよいよ、ボスと二人きりだ。
ゆっくりと体を起こす。
すると、聞き覚えのある低い声が耳に入ってきた。
「おぉ。起きたようだな」
大きな影が視界を暗くする。それに気づいて顔を上げると、立ったまま私を見下ろすボスの姿が見えた。
「……っ!」
思わず身を固くしてしまう。
私は今、敵の手中にある。それを改めて感じたからだ。
「何も怯えることはないぞ。抵抗さえしなければ、乱暴な手段をとったりはしない」
ボスは落ち着きのある低音で述べる。
今までとは違うどこか柔らかさのある声に、私は戸惑いを隠せない。しかし、ボスは私が戸惑っていることなどには関心がないらしく、そこに触れてはこなかった。
「ドレスは気に入っていただけただろうか」
「ど、ドレス……?」
言いながら自身の体へ目をやり、その服装の変化に驚く。
「え! 服が!」
帝国軍の白い制服を着ていたはずなのに、いつの間にか、血のように赤いドレスに変わっていた。
襟にはビーズで刺繍が施されており、肩回りが大きく露出している。また、スカート部は、体の外線が軽く出るマーメイドラインのもの。丈は足首辺りまである。するりとした滑らかな触り心地から察するに、生地は結構高級そうだ。
「これ、貴方が……」
「いいえ」
私が言い終わるより早く、ボスの後ろからリュビエが姿を現した。
「心配は不要よ。お前を着替えさせたのは、あたしだから」
よ、良かった……。
私は内心、安堵の溜め息を漏らす。
「ボスに着替えさせていただけるなんて思わないことね」
リュビエはそう言って、ふん、と顎を持ち上げる。見下されている感が凄まじい。
私はすぐさまボスへと視線を戻した。
そして問う。
「ドレスなんて着せて、私をどうするつもり?」
問いに対し、ボスのすぐ横に立っていたリュビエが、「無礼者!」と叫んだ。だがボスは、「止めろ」とリュビエを制止する。彼はそれから、「しかし……」とまだ何か言いたげなリュビエの頭を、そっと撫でた。
「お主は何も言わなくていい。黙って見ていてくれれば、それで構わん」
「しかし……!」
「我に逆らうのか?」
「い、いえ……」
若干調子を強められたリュビエは、身を縮めて後ろへ下がる。
それから、ボスは改めて私の方を向いた。
「まずはここに慣れてもらうことが先決かと思ってな。そのドレスも、お主を迎える時にと思いリュビエに作らせたのだ」
「そ、そうだったの……」
案外悪い人でもないのかもしれない。一瞬、そんなことを思ってしまった。だが私は、すぐに、心の中で否定した。この国に悲劇をもたらし、ゼーレの人生を滅茶苦茶にした、そんなボスが善人なわけがない。
「それで、私に何をさせるつもり?」
「お主には、これから、化け物開発に力を貸してもらう」
今から私をどんな目に遭わせるつもりなのだろう。
「人体実験でもするつもり?」
「いいや。心配せずとも、そんな乱暴なことはしない。ただ、お主が持つ力について調べさせてほしいだけだ」
「調べる?」
「その通り。そのためにも、まずはここに慣れてもらう」
すぐには何も始まらないようだ。
これなら、まだ、希望があるかもしれない。ボスを中庭へ誘導できる可能性も、ゼロではないだろう。
「マレイ・チャーム・カトレア。何か必要なものがあれば言え」
「今?」
「いいや、いつでもだ。この部屋にいる間だけはな」
私は捕らわれた身。捕虜のようなもの。だから、酷いことをされる可能性があることだって理解していた。それでもいい、と思って、ここへ来たのだ。
それゆえ、この待遇の良さには戸惑いを隠せなかった。
それからどのくらいの時間が経過しただろうか。
部屋には時計がないため、正確な時刻を知ることはできないが、恐らく、二時間くらいだろうと思う。
私はずっとベッドの上。だから、退屈をまぎらわすために、指で遊んだり軽く脚を上下させたりしていた。もっとも、ボスとリュビエも同じ室内にいるのであまり暴れることはできないのだが。
——そんな時だった。
最初にガチャンと扉の開く音がして、続けて、タッタッタッと足音が聞こえてくる。
「リュビエさん! 第一工場にて、異常が発生しました!」
「何ですって?」
ついに始まったのか——作戦が。
ここからが本当の戦いだ。そう思うのとほぼ同時に、全身の毛穴が締まるような感覚を覚えた。
私がしっかりしなくては、今回の作戦は成功しない。その重圧が、今さらのしかかってくる。
けれど、もはやそんな重圧などに負けている暇はない。
ここまで来たら、後は、やるべきことをやるまでである。
「つい先ほど、第一工場付近に、突如として侵入者が現れたのです! リュビエさん、来て下さい!」
「侵入者くらい、お前たちでどうにかなさいよ」
「しかしっ……数が多すぎるのです!」
私はベッドに横たわっているふりをしつつ、聞き耳を立てる。
リュビエらがいる場所まではさほど離れていないため、聞こうと意識しさえすれば結構普通に聞こえてくる。
「皆を集結すれば問題ないでしょ? あたしはボスについておかなくちゃならないの。そんな小さなことで呼ばないでちょうだい」
そっけない態度を保ち続けるリュビエ。
彼女にとって一番大切なものはボス。それゆえ、工場になど興味がないのだろう。
「……って、ああっ! 第二第三も! 侵入者が広がってきています! やはりリュビエさん、貴女のお力が必要です!」
「まったく……仕方ないわね」
聞こえてくるリュビエの声は、やれやれ、といった雰囲気をはらんでいた。
「ボス。行っても構わないでしょうか」
「あぁ。構わん、行け」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
ベッドの周囲に垂れるベール越しに、リュビエが部屋を出ていくのが見えた。
これでいよいよ、ボスと二人きりだ。
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