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5話「失礼にもほどがある」
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その日の晩、客としてやって来たのは頭部がフクロウに似ている男性だった。
「彼女が噂の人の子! 可愛い子だよ!」
髪はまとめ、紅白の着物のような服を着て、私はアカリと共にその男性の前へ出る。
だが、フクロウの男性は、少しも驚かない。眠そうな目をしている。
「えー。アカリさん、彼女、僕の好みじゃないですー」
私を見ての第一声がそれ。何て失礼な人なのだろう。人の子と会うことを希望しておいて、アカリにも色々させて、それでこの感想。せめてもう少しアカリの気持ちを考えるべきではないのか。私はともかく。
「ちょ、いきなりその言い方はないんじゃないのかい?」
「僕の好みはもっと美しい髪を持つ女性ですよ。たとえるならー、人形似の西洋人みたいな」
フクロウの男性は自身の考えをはっきり述べる。
本人、私が目の前にいることなんて、ちっとも気にかけていない。
私だって、自分が超絶美人でないことは分かっている。学生の中でも地味な方だ。髪の長さは中途半端だし、化粧を好んではいないし、睫毛も長くない。でも、初対面の人にいきなり「好みじゃない」なんて言われる筋合いはないはずだ。それに。そもそも、私だってフクロウ顔は好きでない。
「まー、彼はあんな感じだから。気にすることないよ、マコト。じゃあ、そろそろ二人で……」
刹那、私は半ば無意識のうちに叫んだ。
「嫌です!」
アカリのことは好きでも、失礼なことを言うフクロウ顔は嫌い!
「まぁまぁマコト、落ち着きな」
「いきなりあんな失礼なこと! 話になりません。他人の気持ちを考えないにもほどがあります!」
私にだって感情がある。私だって置物ではない。恩があるでもない初対面の人に失礼なことを言われたら怒るし、その人とはもう関わりたくないとも思う。心があるのだ、私にも。そこを忘れないでほしい。
「彼が泊まられるのであれば、私が出ていきます! さようなら!」
家族でもないのに嫌なことを言って傷つけてくる人と同じ屋根の下で過ごすなんて、耐えられない。
私は感情的になってしまい、勢いのまま建物から飛び出す。
好みじゃない――その言葉は胸に突き刺さったまま。
外へ出て、一人で道を歩いているうちに、段々頭が冷えてきた。夜風を浴びると、苛立ちが少しずつ収まってくる。が、その時には既にアカリがいる建物からかなり離れたところまで移動してしまっていた。
気づけば、夜の闇に一人ぼっち。
誰もいない。暗くて怖い。寂しい。今になって込み上げる、そんな感情。
風が吹くと葉が擦れて不気味な音を立てる。道の両脇の建物は戸がすべて閉ざされていて、誰も私を見てくれない。無我夢中で歩いている間は気づかなかったが、ここはとても不気味なところだ。
昼間は明るく人通りもあったのに。
まるで別の世界に入り込んでしまったかのよう。
今さら疲れが襲ってくる。もうこれ以上歩く気力がない。私はひとまず地面に座り込んだ。
――その直後。
「おぉーい、テメェ。こんなとこで何してやがる?」
背後から声が聞こえる。
振り返ると、頭部がネズミになっている男が立っていた。
しゃがみ込んだ私を見下ろすネズミの顔の男は、右目に傷の痕が残っている怖そうな人物だった。アカリやマッチャとはまとっている雰囲気も違う。ネズミ自体のイメージは怖い悪党ではないのだが、目の前にいる頭部がネズミの男はとにかく怖そうだ。
「え、あ……」
「あぁ? 言いたいことがあるんだったらはっきり言えや」
「座って邪魔でしたよね、すみません。退きますから……」
私は慌ててその場で立ち上がり、退散しようとした――が、反対方向に歩き出そうとした瞬間、片方の手首を掴まれてしまう。
「待て。テメェ、さては人の子だな?」
「は、離して下さい」
勇気を振り絞って頼む。
でも意味がない。
「離せ? どういう口の利き方じゃ、そりゃ」
「すみません。急ぐので……」
「待てや! 逃げようとすんなや! 人の子が夜に出歩いたらどうなるか、ここで教えたるぁ――ギャア!!」
痛いことをされそうになり本気で身の危険を感じた、そんな時。
ネズミの男は突如大声を発して倒れた。
あれほど強気だったネズミの男が、泡を吹いて気絶してしまう。信じられない思いでその光景を見つめる。
「……はぁ。まったく、駄目ですよー。夜出歩いちゃ」
その声で、誰かが助けてくれたのだと気づいた。
礼を述べようと考えつつ面を持ち上げ、驚く。
「フクロウの人!」
アカリのところに客としてやって来て、私を散々好みでないと批判した人物。その人物こそが、ネズミの男を気絶させた張本人だった。
彼は長さ一メートルほどの太い木の棒を持っている。
恐らく、それでネズミの男を殴ったのだろう。
「あ……た、助けて下さって、ありがとうございます」
嫌い。苦手。でも、助けてもらったら礼を言わないわけにはいかない。
「気にしないで下さい。僕もはっきり言い過ぎて悪かったと思ってますし。あ、でも、『フクロウの人』って呼ぶのは止めてくれます? 僕の名前『フクロウの人』じゃないんで」
名乗ってもらっていないのに本名で呼べ、と?
無理です。そんなの。
「すみません。でも、本名は聞いていなかったので」
「トウロウ、です」
「ほぼフクロウ!? じゃないですか!?」
「……似てませんよ、まったく。僕の名はトウロウですって」
フクロウのトウロウさん。何だか面白いかも、なんて思ってしまう。フクロウとトウロウだとロウの部分が同じだから、言葉遊びみたいだ。頑張り次第では早口言葉にもできそう。
「とにかく、アカリさんのところに一旦戻りません? 夜の街は危ないんで」
「そ、それは……そうですね」
「案内しますよ。深い意味があるわけじゃないですけど、一緒に戻りましょう」
私は彼に怒って出ていったのに、結局彼に助けられることとなってしまった。
悔しいというか何というか……。
「彼女が噂の人の子! 可愛い子だよ!」
髪はまとめ、紅白の着物のような服を着て、私はアカリと共にその男性の前へ出る。
だが、フクロウの男性は、少しも驚かない。眠そうな目をしている。
「えー。アカリさん、彼女、僕の好みじゃないですー」
私を見ての第一声がそれ。何て失礼な人なのだろう。人の子と会うことを希望しておいて、アカリにも色々させて、それでこの感想。せめてもう少しアカリの気持ちを考えるべきではないのか。私はともかく。
「ちょ、いきなりその言い方はないんじゃないのかい?」
「僕の好みはもっと美しい髪を持つ女性ですよ。たとえるならー、人形似の西洋人みたいな」
フクロウの男性は自身の考えをはっきり述べる。
本人、私が目の前にいることなんて、ちっとも気にかけていない。
私だって、自分が超絶美人でないことは分かっている。学生の中でも地味な方だ。髪の長さは中途半端だし、化粧を好んではいないし、睫毛も長くない。でも、初対面の人にいきなり「好みじゃない」なんて言われる筋合いはないはずだ。それに。そもそも、私だってフクロウ顔は好きでない。
「まー、彼はあんな感じだから。気にすることないよ、マコト。じゃあ、そろそろ二人で……」
刹那、私は半ば無意識のうちに叫んだ。
「嫌です!」
アカリのことは好きでも、失礼なことを言うフクロウ顔は嫌い!
「まぁまぁマコト、落ち着きな」
「いきなりあんな失礼なこと! 話になりません。他人の気持ちを考えないにもほどがあります!」
私にだって感情がある。私だって置物ではない。恩があるでもない初対面の人に失礼なことを言われたら怒るし、その人とはもう関わりたくないとも思う。心があるのだ、私にも。そこを忘れないでほしい。
「彼が泊まられるのであれば、私が出ていきます! さようなら!」
家族でもないのに嫌なことを言って傷つけてくる人と同じ屋根の下で過ごすなんて、耐えられない。
私は感情的になってしまい、勢いのまま建物から飛び出す。
好みじゃない――その言葉は胸に突き刺さったまま。
外へ出て、一人で道を歩いているうちに、段々頭が冷えてきた。夜風を浴びると、苛立ちが少しずつ収まってくる。が、その時には既にアカリがいる建物からかなり離れたところまで移動してしまっていた。
気づけば、夜の闇に一人ぼっち。
誰もいない。暗くて怖い。寂しい。今になって込み上げる、そんな感情。
風が吹くと葉が擦れて不気味な音を立てる。道の両脇の建物は戸がすべて閉ざされていて、誰も私を見てくれない。無我夢中で歩いている間は気づかなかったが、ここはとても不気味なところだ。
昼間は明るく人通りもあったのに。
まるで別の世界に入り込んでしまったかのよう。
今さら疲れが襲ってくる。もうこれ以上歩く気力がない。私はひとまず地面に座り込んだ。
――その直後。
「おぉーい、テメェ。こんなとこで何してやがる?」
背後から声が聞こえる。
振り返ると、頭部がネズミになっている男が立っていた。
しゃがみ込んだ私を見下ろすネズミの顔の男は、右目に傷の痕が残っている怖そうな人物だった。アカリやマッチャとはまとっている雰囲気も違う。ネズミ自体のイメージは怖い悪党ではないのだが、目の前にいる頭部がネズミの男はとにかく怖そうだ。
「え、あ……」
「あぁ? 言いたいことがあるんだったらはっきり言えや」
「座って邪魔でしたよね、すみません。退きますから……」
私は慌ててその場で立ち上がり、退散しようとした――が、反対方向に歩き出そうとした瞬間、片方の手首を掴まれてしまう。
「待て。テメェ、さては人の子だな?」
「は、離して下さい」
勇気を振り絞って頼む。
でも意味がない。
「離せ? どういう口の利き方じゃ、そりゃ」
「すみません。急ぐので……」
「待てや! 逃げようとすんなや! 人の子が夜に出歩いたらどうなるか、ここで教えたるぁ――ギャア!!」
痛いことをされそうになり本気で身の危険を感じた、そんな時。
ネズミの男は突如大声を発して倒れた。
あれほど強気だったネズミの男が、泡を吹いて気絶してしまう。信じられない思いでその光景を見つめる。
「……はぁ。まったく、駄目ですよー。夜出歩いちゃ」
その声で、誰かが助けてくれたのだと気づいた。
礼を述べようと考えつつ面を持ち上げ、驚く。
「フクロウの人!」
アカリのところに客としてやって来て、私を散々好みでないと批判した人物。その人物こそが、ネズミの男を気絶させた張本人だった。
彼は長さ一メートルほどの太い木の棒を持っている。
恐らく、それでネズミの男を殴ったのだろう。
「あ……た、助けて下さって、ありがとうございます」
嫌い。苦手。でも、助けてもらったら礼を言わないわけにはいかない。
「気にしないで下さい。僕もはっきり言い過ぎて悪かったと思ってますし。あ、でも、『フクロウの人』って呼ぶのは止めてくれます? 僕の名前『フクロウの人』じゃないんで」
名乗ってもらっていないのに本名で呼べ、と?
無理です。そんなの。
「すみません。でも、本名は聞いていなかったので」
「トウロウ、です」
「ほぼフクロウ!? じゃないですか!?」
「……似てませんよ、まったく。僕の名はトウロウですって」
フクロウのトウロウさん。何だか面白いかも、なんて思ってしまう。フクロウとトウロウだとロウの部分が同じだから、言葉遊びみたいだ。頑張り次第では早口言葉にもできそう。
「とにかく、アカリさんのところに一旦戻りません? 夜の街は危ないんで」
「そ、それは……そうですね」
「案内しますよ。深い意味があるわけじゃないですけど、一緒に戻りましょう」
私は彼に怒って出ていったのに、結局彼に助けられることとなってしまった。
悔しいというか何というか……。
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