7 / 30
6話「戻る」
しおりを挟む
トウロウに連れられて、アカリたちがいる建物へと戻る。トウロウが入り口の扉を開けた瞬間、アカリが駆けてきた。飛び出した私を心配してくれていたのかもしれない。
「大丈夫だったのかい!?」
「は、はい……。いきなり出ていったりして、すみませんでした……」
私はそれからアカリに謝罪した。
彼女が求めてきたからではない、私が申し訳なかったと思ったからだ。
「案の定、ネズミの野郎に襲われかけてましたよー」
トウロウはさらりとそんなことを言った。
彼には躊躇いなんて欠片ほども存在しなかった。当人である私への遠慮や配慮もほとんどない。
「そっ、そうなのかい!?」
「危なかったですよー。ま、セーフでしたけど」
アカリとトウロウの会話が始まった。
二人は、私のことなど気にかけず、言葉を交わすことを続ける。
「大丈夫だったのかい?」
「はい。僕が殴って倒したんでー」
「そ、そうかい。無事なら良かったけどさ」
「危なかったですよー」
「だねぇ……って、そうじゃないっ! そもそもは、アンタがあんな心ないことを言ったからだよ?」
そこまで言って、アカリがこちらへ視線を向けてくる。
鋭い瞳には色気がある。目つき、瞳、そのすべてから大人びた雰囲気が漂っていた。彼女の頭部は人の形ではないというのに、これまで出会った誰よりも魅力的だ。
「で、マコトはどうなんだい? このお客とはやっぱり関わりたくないかい?」
「アカリさん、僕の名前は『このお客』じゃないですよー」
「アンタはちょっと黙ってな! 今はマコトと話をしてるんだよ」
アカリに見つめられると、何も言えなくなってしまう。
まるで、恋に落ちたかのよう。
「あ……そ、その……」
「そりゃ何だい? 曖昧だねぇ」
「少し、なら……過ごしてみても、構いません……」
数秒の沈黙の後、私はようやく答えを述べることができた。
「本当かい!」
「は、はい。たいしたことはできないですけど」
トウロウのことは今でもあまり好きではない。第一印象が悪く、物言いがはっきりしすぎているし、いつ何時も遠慮がないから、良い関係を築けそうな気がしないのだ。ただ、苦手そうだからといってばっさり断るのもアカリに申し訳ない気がしてしまうところもあって。だから私は、トウロウと少しだけ関わってみようと思ったのだ。
「だそうだよ!」
「わーい」
「アンタ、何だい!? その棒読みは!?」
「何って……喜んでみたんですよ。わーい、と」
こうして私はトウロウと交流することになった。
それにしても、私はいつになったら元の世界に帰ることができるのだろう? 祖母も帰ってきていたのだから、私もいつかは帰ることができるのだろう。でも、それがいつになるのかは分からない。誰かにプロポーズされれば戻れるのか? それとも、何か別の鍵となるものがある? この世界のことはまだ掴みきれない。が、祖母の例で考えれば、プロポーズされる必要がありそうな気もする。彼女が団子屋のヤギにプロポーズされたということが事実なのであれば、だが。
夜の和室は静かだ。
柱が木でできているからか、木々の多い場所にいるかのような匂いを感じる。畳に触れている足の裏は微かに湿り気を感じて。和室ならではの落ち着いた雰囲気が室内を満たしている。
部屋の中にいるのは、私とトウロウ。
今は二人きりだ。
私はまだアカリが貸してくれた服のまま。帯のような部分が腹を圧迫し、心なしか息がしづらい。腹式呼吸ではないので呼吸への影響腹は大きくないはずなのだが、腹部の圧迫というのは案外気になるものだ。
トウロウは窓辺に座り、暗くなった空をぼんやりと見上げている。
私はいつになく着飾った状態のまま、部屋の隅に座っている。
段々「私は一体何をしているのだろう?」と思ってきた。二人でいるのに会話がないから、ただ黙っているだけの会のようになってしまっている。二人でこの部屋に入ってから、ずっとこんな調子だ。
私が好みでないからか――そんな風に思っていると。
「マコトさん、どうしてそんなに黙っているんですか」
いきなりトウロウが話しかけてきた。
しかも疑問形。
「好みでないとのことでしたので、迷惑をかけないようにと!」
私はやや不機嫌なニュアンスで答えた。
なぜ当たり前のように「なぜ黙っているのか?」なんて聞けるのか。黙っているのは私だけではないだろう。彼だって黙っているではないか。
「……怒ってるんですか?」
「黙っていたのは私だけではないでしょう」
「ま、そうですけど。で、それを怒って? 意外と心が狭いんですねー」
「失礼ですよ!」
あぁ、やっぱり駄目だ。
改めてそう感じた。
危ないところを助けてもらったことには感謝しているが、彼のことを好きにはなれない。
「ごめんなさい。でも僕、本心しか言えないんで」
「……そうなんですか?」
「嘘をつく必要性が感じられないんですよねー。自分を偽るとか、馬鹿らしいです」
正直であることは悪いことではない。わざわざ嘘をつけとは言わない。でも、他人への配慮というものは、ある程度必要なものなのではないのか。嘘をつくということと他者を思いやるということは同義ではないはずだ。
「異常なまでの正直者、という感じですね」
「あーはい。そんな感じです」
私たちは離れている。同じ部屋の中にいて距離がこんなにも離れているのは、心が離れているからなのだろうか。普通なら、話すにしてももう少し接近しそうなものなのだが。
「あ、でも、その服は似合ってますよ」
「本当ですか……!?」
「疑ってるんですか、面倒臭いですね。僕は嘘はつかないです」
「大丈夫だったのかい!?」
「は、はい……。いきなり出ていったりして、すみませんでした……」
私はそれからアカリに謝罪した。
彼女が求めてきたからではない、私が申し訳なかったと思ったからだ。
「案の定、ネズミの野郎に襲われかけてましたよー」
トウロウはさらりとそんなことを言った。
彼には躊躇いなんて欠片ほども存在しなかった。当人である私への遠慮や配慮もほとんどない。
「そっ、そうなのかい!?」
「危なかったですよー。ま、セーフでしたけど」
アカリとトウロウの会話が始まった。
二人は、私のことなど気にかけず、言葉を交わすことを続ける。
「大丈夫だったのかい?」
「はい。僕が殴って倒したんでー」
「そ、そうかい。無事なら良かったけどさ」
「危なかったですよー」
「だねぇ……って、そうじゃないっ! そもそもは、アンタがあんな心ないことを言ったからだよ?」
そこまで言って、アカリがこちらへ視線を向けてくる。
鋭い瞳には色気がある。目つき、瞳、そのすべてから大人びた雰囲気が漂っていた。彼女の頭部は人の形ではないというのに、これまで出会った誰よりも魅力的だ。
「で、マコトはどうなんだい? このお客とはやっぱり関わりたくないかい?」
「アカリさん、僕の名前は『このお客』じゃないですよー」
「アンタはちょっと黙ってな! 今はマコトと話をしてるんだよ」
アカリに見つめられると、何も言えなくなってしまう。
まるで、恋に落ちたかのよう。
「あ……そ、その……」
「そりゃ何だい? 曖昧だねぇ」
「少し、なら……過ごしてみても、構いません……」
数秒の沈黙の後、私はようやく答えを述べることができた。
「本当かい!」
「は、はい。たいしたことはできないですけど」
トウロウのことは今でもあまり好きではない。第一印象が悪く、物言いがはっきりしすぎているし、いつ何時も遠慮がないから、良い関係を築けそうな気がしないのだ。ただ、苦手そうだからといってばっさり断るのもアカリに申し訳ない気がしてしまうところもあって。だから私は、トウロウと少しだけ関わってみようと思ったのだ。
「だそうだよ!」
「わーい」
「アンタ、何だい!? その棒読みは!?」
「何って……喜んでみたんですよ。わーい、と」
こうして私はトウロウと交流することになった。
それにしても、私はいつになったら元の世界に帰ることができるのだろう? 祖母も帰ってきていたのだから、私もいつかは帰ることができるのだろう。でも、それがいつになるのかは分からない。誰かにプロポーズされれば戻れるのか? それとも、何か別の鍵となるものがある? この世界のことはまだ掴みきれない。が、祖母の例で考えれば、プロポーズされる必要がありそうな気もする。彼女が団子屋のヤギにプロポーズされたということが事実なのであれば、だが。
夜の和室は静かだ。
柱が木でできているからか、木々の多い場所にいるかのような匂いを感じる。畳に触れている足の裏は微かに湿り気を感じて。和室ならではの落ち着いた雰囲気が室内を満たしている。
部屋の中にいるのは、私とトウロウ。
今は二人きりだ。
私はまだアカリが貸してくれた服のまま。帯のような部分が腹を圧迫し、心なしか息がしづらい。腹式呼吸ではないので呼吸への影響腹は大きくないはずなのだが、腹部の圧迫というのは案外気になるものだ。
トウロウは窓辺に座り、暗くなった空をぼんやりと見上げている。
私はいつになく着飾った状態のまま、部屋の隅に座っている。
段々「私は一体何をしているのだろう?」と思ってきた。二人でいるのに会話がないから、ただ黙っているだけの会のようになってしまっている。二人でこの部屋に入ってから、ずっとこんな調子だ。
私が好みでないからか――そんな風に思っていると。
「マコトさん、どうしてそんなに黙っているんですか」
いきなりトウロウが話しかけてきた。
しかも疑問形。
「好みでないとのことでしたので、迷惑をかけないようにと!」
私はやや不機嫌なニュアンスで答えた。
なぜ当たり前のように「なぜ黙っているのか?」なんて聞けるのか。黙っているのは私だけではないだろう。彼だって黙っているではないか。
「……怒ってるんですか?」
「黙っていたのは私だけではないでしょう」
「ま、そうですけど。で、それを怒って? 意外と心が狭いんですねー」
「失礼ですよ!」
あぁ、やっぱり駄目だ。
改めてそう感じた。
危ないところを助けてもらったことには感謝しているが、彼のことを好きにはなれない。
「ごめんなさい。でも僕、本心しか言えないんで」
「……そうなんですか?」
「嘘をつく必要性が感じられないんですよねー。自分を偽るとか、馬鹿らしいです」
正直であることは悪いことではない。わざわざ嘘をつけとは言わない。でも、他人への配慮というものは、ある程度必要なものなのではないのか。嘘をつくということと他者を思いやるということは同義ではないはずだ。
「異常なまでの正直者、という感じですね」
「あーはい。そんな感じです」
私たちは離れている。同じ部屋の中にいて距離がこんなにも離れているのは、心が離れているからなのだろうか。普通なら、話すにしてももう少し接近しそうなものなのだが。
「あ、でも、その服は似合ってますよ」
「本当ですか……!?」
「疑ってるんですか、面倒臭いですね。僕は嘘はつかないです」
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…
satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる