母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?

四季

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20話「退院」

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 人間になりたいトウロウ。できることをしたい私。二人の意思が見事に重なり、私たちの人生はもうじき動き始める。暗雲の中を突き進むような時間を経て、私たち二人はようやく、共通の目的のために動くことができるようになってきたのだ。

 けれども、実際にすぐ行動に移すことはできなかった。

 なぜなら、トウロウが負傷しているからである。
 命に別状はないし、幸運なことに重傷でもない。けれども、一日二日で今までと何ら変わりなく動けるかとなると、そういうわけにはいかないだろう。しばらく安静にして様子を見る必要があるはずだ。

 そんな事情もあって、話はすぐには進まなかった。

 けれども不安はない。二人の意見は合っているのだ、不安になる必要なんてありはしないだろう。

 私は、トウロウとの間で話がまとまった日、宿屋に帰ってからそのことをアカリに告げた。するとアカリは目玉が飛び出しそうなくらい驚いていた。けれども、私が選んだ道を彼女が批判することはなくて。むしろ祝福してくれていた。

 ちなみに、偶然同席していたマッチャも、同じような反応だ。

 マッチャとはこれまであまり交流がなかった。私は主にアカリと関わっていたから。けれども、マッチャもアカリ同様、私を温かな目で見つめてくれた。ありがたいことだ。

 二人から祝福されて、私は改めて強く決意する。
 トウロウと共に行くことを。

 また、ふと思うこともあった。それは「祖母もこんな決意をしたのかなぁ」ということ。今こうして祖母と同じ経験をしているというのは、嬉しいような、複雑なような、不思議な心境だ。

 歴史は繰り返すというが、これもそういうことなのだろうか。


 それから一週間ほどが経過し、トウロウが退院する日が来た。
 私はアカリと二人でトウロウを迎えに行く。そして、亀の医師と白猫の看護師に見送られつつ、病院を後にした。
 帰り道、三人で横に並びつつ、私たちは言葉を交わす。

「トウロウさん、もう問題なく歩けているみたいですね」

 砂利の道を歩きつつ、私はそんなことを述べる。
 ただし深い意味はない。

「あぁ、はい。ですねー」
「本当に……良かったです。命に別状がなくて」
「マコトさんは心配性なんですねー」
「心配するのは普通だと思いますけど……」

 知り合いが刃物で刺されれば、誰だって心配するだろう。それは、心配性だからとかそういうことではない。性格なんて関係なく、誰かが傷つけられていれば心配はするものだ。

「そうですかねー?」
「そうですよ!」
「まぁ、マコトさんがそう言うなら、そうなんでしょうねー」

 トウロウは納得しきっていないような顔をしていた。私の主張に全面的に賛同できる、というわけではないのかもしれない。けれど、完全には賛同できないからといって、正面からぶつかるつもりもないようだ。

「アンタ、薬とかは貰ったのかい?」

 トウロウに話しかけるのはアカリ。
 個人的には、薬が普通に存在しているということが意外だった。

「はいー。もしもの時のため、痛み止めを貰いましたー」
「そうかい。支払えるのかい?」
「まぁ何とかなりますよー。今のところ」
「なら良いけど……」

 今日も天気は良い。空は明るく、雲も白い小さなものだけ。重苦しい見た目の雲は一つもない。

「お気遣いに感謝しますー」
「感謝してそうにないけどね!?」
「そうですかねー」
「一体何なんだい!?」


 三人で宿屋へ戻ると、店番をしていたマッチャが片手を軽く持ち上げ迎えてくれた。
 入ってすぐの辺りにはマッチャ以外誰もいない。客らしき者がいるところも見かけたことがあるが、今は誰一人見当たらなかった。無論、宿泊客はいるのかもしれないけれど。

「じゃ、僕は早速買い物に行ってきます」

 宿屋へ戻るや否や、トウロウはそんなことを言った。

「もう行くのかい!?」

 アカリは驚きを隠さない。どころか、豪快に露わにする。どうやらアカリは、感情を出すことを恥ずかしいとは思わないタイプらしい。

「はい。行きますよー」
「気をつけるんだよ!」
「はいー」

 やっと宿屋へ帰ってこられたと思ったら、もう次の行動を始めてしまう――そんなトウロウの行動力には驚かされる。私にはとても真似できそうにない。

「気をつけて下さいね、トウロウさん」
「あぁはい。ありがとうございますー」

 私は少し同行したいと思っていたのだが、それは認められなかった。否、厳密にはそういう流れにならなかっただけのこと。つまり、トウロウに罪はない。悪かったのは、どちらかというと私だ。ついてゆきたいのならば、私がはっきり言わなくてはならなかった。

「行っちまったねぇ」

 アカリは腕組みをしながら小さな溜め息を漏らす。
 彼女の言うことも分からないではない。トウロウは自由人だ、アカリが溜め息をつきたくなるのもやむを得ないことである。

「ですね……」
「まったく。あの男は勝手過ぎる」
「自由人って感じですよね」

 もっとも、そういうところも嫌いではないのだが。

「ところでマコト、何を買ってきてもらうとかは決めたのかい?」

 視界の端にさりげなくマッチャの姿が入る。彼は大きな体をしているが、小さな布巾を持って机の上を拭いていた。大きな体で地味な清掃、どうも似合わない。

「……え?」
「え、じゃないよ。大事なことだからね。アイテムは何にしたんだい?」
「決めていません……けど……決めなくちゃ駄目だったんですか」

 そう言うと、アカリは私の両肩を強く掴んできた。

「決めてない!? 本気かい!?」

 しかも、ただ肩を掴むだけではない。上半身を前後に揺らしてくる。それもかなりの激しさで。こんなことをいつまでも続けられたら、酔いそうだ。

「え、え、え……決めていないと、まずかったでしょうか……?」
「まずいも何もあり得ないよ!?」
「ヒィ! ちっ、近いですっ!」

 日頃は美しく感じるアカリの顔だが、至近距離から見ると少々恐ろしい。いや、恐ろしいという表現は相応しくないかもしれないけれど。ただ、迫力がありすぎて、戸惑わずにはいられない。一応見慣れてはいても、急接近されると凄まじい圧がかかるのを感じてしまうのだ。
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