母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?

四季

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19話「即座には」

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 トウロウのためにできること。それは、彼を選び、彼を人にすること。
 平凡に生まれ、特徴のない人生を生きてきた私だけれど、今は彼の願いを叶えることができる。

 手を取ろうとした。力になろうと考えた。でも、一歩踏み出す勇気が私にはなくて、結局トウロウとの話は曖昧なまま今に至ってしまっている。

 だが、私はもう心を決めた。
 これまで迷い続けていたのが嘘みたい。胸の内は澄んでいる。

 私がいたからトウロウは刺された。人の子である私と出会わなけば、一緒にいなければ、彼はこんな目に遭わずに済んだのだ。

 その償いをしたい――そう考えた時、一番に思い浮かんだのが『トウロウの望みを叶えること』だった。

「えっ」

 これにはトウロウも驚いていた。

「マコトさん、それ、本気ですか」

 トウロウの顔面は心なしか歪な状態になっていた。
 例えるなら、虫嫌いの人が虫に出会ってしまった時の顔。

「……私がこんな冗談を言うと思いますか」
「まぁそうですね。マコトさんがそんな気の利いたジョークを言うとは、とても思えません」

 さりげなく失礼な気もする言い方だが、今は気にしない。

「なら分かって下さい。私は本気です」
「正直……まだ信じられていません。無茶なお願い、叶えてもらえるとは……思っていなかったもので」

 トウロウは信じられないような面持ちでこちらを見ていた。
 私だって、こんな道を選ぶことになるとは思っていなかった。異性との交流経験すらまともになかったのだ、こんなことになるなんて嘘のようである。
 平凡に年をとって、平凡に生きていく。
 そんな人生を受け入れるしかないのだろうと思っていた。

「でも、一つだけ約束していただけますか?」
「……条件付き、ですか。でも構いませんよ。何でしょう」
「もう『好みじゃない』なんて言わないで下さい。好みでないのは仕方ないですけど、言われると辛いです」

 するとトウロウはふっと笑みをこぼした。

「もちろん、もう言いません。僕、心にもないことは言いませんから」

 それは暗に「今は好みになっている」ということを表現しているのだろうか? だとしたら実に珍しいことではないか。トウロウが敢えて遠回しな言い方をするなんて。いや、もちろん、そういう意味を含んでいるわけではないのかもしれないけれど。

「ええと、では、ここから出られたら贈り物を買いに行ってきます。で、それをマコトさんに渡す。確か手順はそんな感じでしたよね」
「私も実際に見たことはないので……多分、ですけど……」
「大丈夫です、僕も実際に見たわけじゃないんで」

 何が大丈夫なのだろう?
 二人ともが実際に見たことがなかったら、なぜ大丈夫なの?

 ……深く考えるべきではないのかもしれないけれど。

「試してみるのが早いですよね。とはいえ、すぐには買いに行けませんけどー」

 それはそうだ。昨夜刺された者が次の日に出掛けるなんて、あり得ないこと。たとえ命に別状がなかったとしても、もう少し様子を見る必要がある。

「トウロウさん、無理はしないで下さい。ゆっくりで良いので……」
「そうですか。ありがとうございます、助かります」

 トウロウがそう言ったのを最後に、場が静寂に包まれる。
 気まずかったわけではない。険悪になったわけでもない。一時的に、二人ともが次に発する言葉を見失っただけのこと。

 場が静寂に包まれてから十数秒ほどが経過。

 私は口を開く。

「ところでトウロウさん、何か欲しいものはありますか?」

 看病ごっこみたいなことを言ってしまって、後から少し恥ずかしくなる。
 もう少し意味のあることを口にするべきだったかもしれない。

「え。……いきなり話を変えてきましたね」
「何かあればと、気になって」
「そうでしたか。でも、特にないですねー」

 新しく振った話題は、すぐに終着点にたどり着いてしまう。僅かにすら、膨らむことはなかった。肉を電子レンジで温めても膨らまないのと同じくらいの膨らまなさ。

 これでは間が持たない。
 楽しい時間を演出することができない。

 何か言わなくては、と思いはする。けれども、今ここで口にするに相応しい言葉というのは、なかなか見つけられない。トウロウが助かったことを喜ぶようなことを言うという案はあったが、言い過ぎると鬱陶しがられそうな気もするし、難しい。

「願いを叶える。その言葉だけで充分です」
「……そう、ですか」
「あ、もしかして、『何もできない』だとか考えてます? だとしたら面倒としか言えませんねー」
「もう! 何ですかその言い方!」

 とても穏やかな日なのに、心は穏やかでない。

「あぁいや、べつに、変な意味じゃないんですよ」
「変な意味に聞こえますっ」

 なんだかんだでこうなってしまうのだ。
 私たちはいつもそう。そもそも意気投合することがなかなかできないし、できたとしても徐々にずれていってしまう。不思議なことだけれど、それが大抵の流れだ。

「不快だったなら謝ります。すみませんでした」
「えっ」
「僕は思ったことは言ってしまいますけど、悪かったと思ったら謝ります。それと、不快にしてしまった時は……なるべく謝るつもりです」

 トウロウはいきなり長文を話した。負傷者とは思えぬ元気さだ。この元気さは、願いが叶うと分かったから湧いてきたものなのだろうか。

「ですから、嫌いにならないでほしいです」

 そんな言葉をかけられると、何とも言えない感情が込み上げてきた。
 その感情は、私にすら名称が分からないようなものだ。
 だが、嫌な感じがするものではない。良いか悪いかで言えば比較的良いに近い感情な気がする。無論、正体が分からないので「気がする」としか言えないのだが。

「それは……もちろんです。ちょっとのことで嫌いになるつもりはありません」
「良かったですー。助かります」
「え。助かりますは少し不自然な言い方ですね……」

 間違ってはいないが、表現としてはしっくりこない。
 助かります、だなんて、まるで私が手伝いでもしたかのようではないか。

「とにかく、トウロウさんは傷を癒やして下さいね」
「……そうですね。まずはそこから……ですか。はぁ」
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