1 / 2
前編
しおりを挟む
夜、マレイはリナからもらったドーナツの紙箱を持ち、中庭へと向かった。
廊下はところどころ明かりが灯っているだけで薄暗く、昼間の賑わいは全くと言っても過言ではないほど感じられない。秋のひんやりとした空気が足下をなめ、コオロギの鳴き声がどこか寂しげに響いていた。
中庭に出た途端、冷たい風が頬を撫でる。ぶるりと身震いしマレイは上着のチャックを上げる。それから辺りを見回した。
人影が見える。美しい金髪の青年の物悲しい背中だ。
マレイは深呼吸をして心を落ち着け、一呼吸置いてから口を開く。
「あ、あの!」
さらりとした金髪が振り向きざまに風になびく。青年は振り返ると、その透き通った青い瞳で、不思議そうにマレイを見つめた。
沈黙が訪れ、マレイは息が止まりそうになる。マレイは、二人を包む夜の闇に飲み込まれそうだと思ったりした。
やがて青年が言う。
「……私、ですか」
風が草を揺らす小さな音が、今のマレイには妙に騒がしく聞こえる。それほどに静かな空間だった。
「リスタンさん、ですよね?」
マレイはやや緊張気味に尋ねた。
「はい」
青年、リスタンは、落ち着いた声で答えた。
「初めまして。私、今年特殊機動隊のパイロットになったマレイと申します」
彼の顔を見ると、マレイは思ったより緊張せず話すことができた。それは、リスタンの瞳が、案外穏やかな色をたたえていたからかもしれない。
「挨拶しようと思って」
するとリスタンは返す。
「何故ここが?」
リスタンはどうやら気になるらしく、風で乱れた金髪を手で整えていた。
「夜はいつも中庭にいらっしゃるそうですね。隊員の方に教えていただいたので」
マレイは自然に答えた。
「隊員から? では、他にも色々聞いたはずでしょう。何故私に関わろうとするのです」
リスタンは不思議な生き物を見るような顔をしたが、マレイにはその意味が分からない。
「リスタンさんは、夜空を眺めるのがお好きなのですか?」
マレイの問いにリスタンは更に怪訝な表情になるが、マレイは気づかず続ける。
「空って綺麗ですよね。夜空、私もわりと好きです」
マレイはにっこりと微笑む。
「変だとは……思わないのですか?」
「変? どこがですか? 全然普通だと思いますけど」
再び長い沈黙が訪れる。マレイもリスタンも、お互いに戸惑って言葉を探していた。
「……ところでリスタンさんは甘いものはお好きですか?」
沈黙を破る言葉を先に見つけたのはマレイだった。
「もしお好きなら、ドーナツでもいかがですか。折角なので持ってきました」
マレイは笑顔でドーナツの入った紙箱を前に差し出す。
「一緒に食べませんか?」
すると、怪訝な顔をしていたリスタンの口元が緩んだ。
「良い人ですね」
声は今までより優しかった。
廊下はところどころ明かりが灯っているだけで薄暗く、昼間の賑わいは全くと言っても過言ではないほど感じられない。秋のひんやりとした空気が足下をなめ、コオロギの鳴き声がどこか寂しげに響いていた。
中庭に出た途端、冷たい風が頬を撫でる。ぶるりと身震いしマレイは上着のチャックを上げる。それから辺りを見回した。
人影が見える。美しい金髪の青年の物悲しい背中だ。
マレイは深呼吸をして心を落ち着け、一呼吸置いてから口を開く。
「あ、あの!」
さらりとした金髪が振り向きざまに風になびく。青年は振り返ると、その透き通った青い瞳で、不思議そうにマレイを見つめた。
沈黙が訪れ、マレイは息が止まりそうになる。マレイは、二人を包む夜の闇に飲み込まれそうだと思ったりした。
やがて青年が言う。
「……私、ですか」
風が草を揺らす小さな音が、今のマレイには妙に騒がしく聞こえる。それほどに静かな空間だった。
「リスタンさん、ですよね?」
マレイはやや緊張気味に尋ねた。
「はい」
青年、リスタンは、落ち着いた声で答えた。
「初めまして。私、今年特殊機動隊のパイロットになったマレイと申します」
彼の顔を見ると、マレイは思ったより緊張せず話すことができた。それは、リスタンの瞳が、案外穏やかな色をたたえていたからかもしれない。
「挨拶しようと思って」
するとリスタンは返す。
「何故ここが?」
リスタンはどうやら気になるらしく、風で乱れた金髪を手で整えていた。
「夜はいつも中庭にいらっしゃるそうですね。隊員の方に教えていただいたので」
マレイは自然に答えた。
「隊員から? では、他にも色々聞いたはずでしょう。何故私に関わろうとするのです」
リスタンは不思議な生き物を見るような顔をしたが、マレイにはその意味が分からない。
「リスタンさんは、夜空を眺めるのがお好きなのですか?」
マレイの問いにリスタンは更に怪訝な表情になるが、マレイは気づかず続ける。
「空って綺麗ですよね。夜空、私もわりと好きです」
マレイはにっこりと微笑む。
「変だとは……思わないのですか?」
「変? どこがですか? 全然普通だと思いますけど」
再び長い沈黙が訪れる。マレイもリスタンも、お互いに戸惑って言葉を探していた。
「……ところでリスタンさんは甘いものはお好きですか?」
沈黙を破る言葉を先に見つけたのはマレイだった。
「もしお好きなら、ドーナツでもいかがですか。折角なので持ってきました」
マレイは笑顔でドーナツの入った紙箱を前に差し出す。
「一緒に食べませんか?」
すると、怪訝な顔をしていたリスタンの口元が緩んだ。
「良い人ですね」
声は今までより優しかった。
0
あなたにおすすめの小説
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる