2 / 2
後編
しおりを挟む
二人は近くのベンチに腰をかけ、ドーナツの紙箱を開ける。寒い風は止んでいた。
マレイは紙箱から取り出した包み紙でチョコレートドーナツを手に取り、リスタンに渡した。それから、もう一つのチョコレートドーナツを取り出し、大きな口でかぶりつく。溶けてしまいそうな甘さだ。
その様子を見ていたリスタンが唐突に漏らす。
「嬉しいよ」
いきなりのことでマレイが困惑しているのを感じたらしく、ゆっくりと続ける。
「いきなり変だよね。でも、こういうの初めてで。軍に入ってから五年は経つけど、未だに一人でいるような人間だから」
リスタンはどこか寂しそうに、自嘲するように苦笑する。
「え、五年? どうしてずっと一人でいらっしゃるのですか」
「一人でいることを望んでいるわけではないよ。だけど、うまくいかなくて。いつの間にやら浮いてしまったんだ」
リスタンは笑う。
「普通に話しかけてもらったのは嬉しいよ。近寄りがたい、ってよく言われるから」
美しい金髪に凛々しさを感じる鋭い青の瞳、鼻筋が通り、心なしか物悲しさを与える整った顔。
笑えば可愛らしさを感じるものの、無表情で淡々と行動していれば声をかけづらいのも無理はない、とマレイは思った。
「あ、このドーナツ美味しい」
チョコレートドーナツをぱくりと口に含んだリスタンが呟いた。
夢中でドーナツを食べる彼を見ていると段々笑いが込み上げてきて、ついにマレイはくすっと笑ってしまう。
「どうかした?」
「いえ。ただ……意外と可愛いなって思って」
「可愛い? 私が?」
「はい。何だか思ってたのと違って」
リスタンの瞳が曇る。
「……がっかりした?」
「いいえ、嬉しいです。パイロットの先輩が実はいい人で」
マレイが笑顔で言うと、リスタンは頬をに赤く染め、整った顔に恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「あ、そ、そう。良かった」
リスタンは照れながらも、折角手に入れた話してくれる者に感じ悪くならないよう、必死に答えた。
「そ、そうだ! マレイさん。一つ質問してもいいかな」
「何ですか?」
「例えばマレイさんに仲良しの友達ができて、後からその子がレスィアム王国の出身だと知ったらどうする?」
それは仮の話としても重い質問だった。
隣国のレスィアム王国とレヴィアス帝国は長い間戦争状態にあり、帝国ではレスィアム王国は敵であると習う。勿論、国民も例外ではない。王国出身の者が帝国へ来れば皆から敵視されることも当たり前である。
「どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」
マレイには質問の意図が掴めなかったのだ。
「特に深い意味はないんだ。どう考えるのかなと思って聞いてみただけだよ。いきなり変な質問をしてごめん」
リスタンはまた苦笑した。
「私なら……今まで通り友人を続けると思います。友人であることと王国出身であることは、関係ありませんし。でも……辛いでしょうね。レスィアム王国出身なだけで恨む人も沢山いるようですから」
マレイは考えながらゆっくり適切な言葉を紡いだ。意図が分からないだけに迂闊なことは言えない。
「良い人だね」
リスタンの瞳はもう曇ってはいなかった。
「もっと早く君のような人に出会っていれば……」
「もしかして王国出身なのですか?」
マレイが口を挟むと、トリスタンは首を横に振る。
「違うよ、知人の話なんだ。気にしないで」
そして静寂が訪れた。
しばらくして、マレイはドーナツの紙箱を片付けベンチから立ち上がる。
「今日はありがとうございました。ではそろそろ帰らせていただきますね」
するとリスタンも立つ。
「夜で暗いし、部屋まで送っていこうか?」
冷えきった秋風が彼のまばゆい金髪を撫でる。
「……ありがとう。でも、大丈夫です」
マレイははっきりと言った。
「また明日。おやすみなさい」
数秒頭を下げ顔を上げると、リスタンの青い瞳が静かにマレイを捉えていた。深い海のような瞳に、マレイは吸い込まれそうな感じがした。
悲しげな瞳を見つめているといつまでも行けない気がして、マレイは視線を逸らした。くるりと向きを変えると、振り返ることなく前だけを見つめて歩き出す。
残された彼は止めることも追うこともしなかった。
ただ、冷たい秋風に吹かれながら、そこに立ち尽くしていた。
(完)
マレイは紙箱から取り出した包み紙でチョコレートドーナツを手に取り、リスタンに渡した。それから、もう一つのチョコレートドーナツを取り出し、大きな口でかぶりつく。溶けてしまいそうな甘さだ。
その様子を見ていたリスタンが唐突に漏らす。
「嬉しいよ」
いきなりのことでマレイが困惑しているのを感じたらしく、ゆっくりと続ける。
「いきなり変だよね。でも、こういうの初めてで。軍に入ってから五年は経つけど、未だに一人でいるような人間だから」
リスタンはどこか寂しそうに、自嘲するように苦笑する。
「え、五年? どうしてずっと一人でいらっしゃるのですか」
「一人でいることを望んでいるわけではないよ。だけど、うまくいかなくて。いつの間にやら浮いてしまったんだ」
リスタンは笑う。
「普通に話しかけてもらったのは嬉しいよ。近寄りがたい、ってよく言われるから」
美しい金髪に凛々しさを感じる鋭い青の瞳、鼻筋が通り、心なしか物悲しさを与える整った顔。
笑えば可愛らしさを感じるものの、無表情で淡々と行動していれば声をかけづらいのも無理はない、とマレイは思った。
「あ、このドーナツ美味しい」
チョコレートドーナツをぱくりと口に含んだリスタンが呟いた。
夢中でドーナツを食べる彼を見ていると段々笑いが込み上げてきて、ついにマレイはくすっと笑ってしまう。
「どうかした?」
「いえ。ただ……意外と可愛いなって思って」
「可愛い? 私が?」
「はい。何だか思ってたのと違って」
リスタンの瞳が曇る。
「……がっかりした?」
「いいえ、嬉しいです。パイロットの先輩が実はいい人で」
マレイが笑顔で言うと、リスタンは頬をに赤く染め、整った顔に恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「あ、そ、そう。良かった」
リスタンは照れながらも、折角手に入れた話してくれる者に感じ悪くならないよう、必死に答えた。
「そ、そうだ! マレイさん。一つ質問してもいいかな」
「何ですか?」
「例えばマレイさんに仲良しの友達ができて、後からその子がレスィアム王国の出身だと知ったらどうする?」
それは仮の話としても重い質問だった。
隣国のレスィアム王国とレヴィアス帝国は長い間戦争状態にあり、帝国ではレスィアム王国は敵であると習う。勿論、国民も例外ではない。王国出身の者が帝国へ来れば皆から敵視されることも当たり前である。
「どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」
マレイには質問の意図が掴めなかったのだ。
「特に深い意味はないんだ。どう考えるのかなと思って聞いてみただけだよ。いきなり変な質問をしてごめん」
リスタンはまた苦笑した。
「私なら……今まで通り友人を続けると思います。友人であることと王国出身であることは、関係ありませんし。でも……辛いでしょうね。レスィアム王国出身なだけで恨む人も沢山いるようですから」
マレイは考えながらゆっくり適切な言葉を紡いだ。意図が分からないだけに迂闊なことは言えない。
「良い人だね」
リスタンの瞳はもう曇ってはいなかった。
「もっと早く君のような人に出会っていれば……」
「もしかして王国出身なのですか?」
マレイが口を挟むと、トリスタンは首を横に振る。
「違うよ、知人の話なんだ。気にしないで」
そして静寂が訪れた。
しばらくして、マレイはドーナツの紙箱を片付けベンチから立ち上がる。
「今日はありがとうございました。ではそろそろ帰らせていただきますね」
するとリスタンも立つ。
「夜で暗いし、部屋まで送っていこうか?」
冷えきった秋風が彼のまばゆい金髪を撫でる。
「……ありがとう。でも、大丈夫です」
マレイははっきりと言った。
「また明日。おやすみなさい」
数秒頭を下げ顔を上げると、リスタンの青い瞳が静かにマレイを捉えていた。深い海のような瞳に、マレイは吸い込まれそうな感じがした。
悲しげな瞳を見つめているといつまでも行けない気がして、マレイは視線を逸らした。くるりと向きを変えると、振り返ることなく前だけを見つめて歩き出す。
残された彼は止めることも追うこともしなかった。
ただ、冷たい秋風に吹かれながら、そこに立ち尽くしていた。
(完)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
黒騎士団の娼婦
星森 永羽
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる