夜とドーナツ

四季

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後編

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 二人は近くのベンチに腰をかけ、ドーナツの紙箱を開ける。寒い風は止んでいた。

 マレイは紙箱から取り出した包み紙でチョコレートドーナツを手に取り、リスタンに渡した。それから、もう一つのチョコレートドーナツを取り出し、大きな口でかぶりつく。溶けてしまいそうな甘さだ。

 その様子を見ていたリスタンが唐突に漏らす。

「嬉しいよ」

 いきなりのことでマレイが困惑しているのを感じたらしく、ゆっくりと続ける。

「いきなり変だよね。でも、こういうの初めてで。軍に入ってから五年は経つけど、未だに一人でいるような人間だから」

 リスタンはどこか寂しそうに、自嘲するように苦笑する。

「え、五年? どうしてずっと一人でいらっしゃるのですか」
「一人でいることを望んでいるわけではないよ。だけど、うまくいかなくて。いつの間にやら浮いてしまったんだ」

 リスタンは笑う。

「普通に話しかけてもらったのは嬉しいよ。近寄りがたい、ってよく言われるから」

 美しい金髪に凛々しさを感じる鋭い青の瞳、鼻筋が通り、心なしか物悲しさを与える整った顔。
 笑えば可愛らしさを感じるものの、無表情で淡々と行動していれば声をかけづらいのも無理はない、とマレイは思った。

「あ、このドーナツ美味しい」

 チョコレートドーナツをぱくりと口に含んだリスタンが呟いた。
 夢中でドーナツを食べる彼を見ていると段々笑いが込み上げてきて、ついにマレイはくすっと笑ってしまう。

「どうかした?」
「いえ。ただ……意外と可愛いなって思って」
「可愛い? 私が?」
「はい。何だか思ってたのと違って」

 リスタンの瞳が曇る。

「……がっかりした?」
「いいえ、嬉しいです。パイロットの先輩が実はいい人で」

 マレイが笑顔で言うと、リスタンは頬をに赤く染め、整った顔に恥ずかしそうな表情を浮かべる。

「あ、そ、そう。良かった」

 リスタンは照れながらも、折角手に入れた話してくれる者に感じ悪くならないよう、必死に答えた。

「そ、そうだ! マレイさん。一つ質問してもいいかな」
「何ですか?」
「例えばマレイさんに仲良しの友達ができて、後からその子がレスィアム王国の出身だと知ったらどうする?」

 それは仮の話としても重い質問だった。

 隣国のレスィアム王国とレヴィアス帝国は長い間戦争状態にあり、帝国ではレスィアム王国は敵であると習う。勿論、国民も例外ではない。王国出身の者が帝国へ来れば皆から敵視されることも当たり前である。

「どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」

 マレイには質問の意図が掴めなかったのだ。

「特に深い意味はないんだ。どう考えるのかなと思って聞いてみただけだよ。いきなり変な質問をしてごめん」

 リスタンはまた苦笑した。

「私なら……今まで通り友人を続けると思います。友人であることと王国出身であることは、関係ありませんし。でも……辛いでしょうね。レスィアム王国出身なだけで恨む人も沢山いるようですから」

 マレイは考えながらゆっくり適切な言葉を紡いだ。意図が分からないだけに迂闊なことは言えない。

「良い人だね」

 リスタンの瞳はもう曇ってはいなかった。

「もっと早く君のような人に出会っていれば……」
「もしかして王国出身なのですか?」

 マレイが口を挟むと、トリスタンは首を横に振る。

「違うよ、知人の話なんだ。気にしないで」

 そして静寂が訪れた。
 しばらくして、マレイはドーナツの紙箱を片付けベンチから立ち上がる。

「今日はありがとうございました。ではそろそろ帰らせていただきますね」

 するとリスタンも立つ。

「夜で暗いし、部屋まで送っていこうか?」

 冷えきった秋風が彼のまばゆい金髪を撫でる。

「……ありがとう。でも、大丈夫です」

 マレイははっきりと言った。

「また明日。おやすみなさい」

 数秒頭を下げ顔を上げると、リスタンの青い瞳が静かにマレイを捉えていた。深い海のような瞳に、マレイは吸い込まれそうな感じがした。
 悲しげな瞳を見つめているといつまでも行けない気がして、マレイは視線を逸らした。くるりと向きを変えると、振り返ることなく前だけを見つめて歩き出す。

 残された彼は止めることも追うこともしなかった。

 ただ、冷たい秋風に吹かれながら、そこに立ち尽くしていた。


 (完)
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