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episode.46 毒を吐き、でも
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森のプリンセスは落ち着いた表情で開いた右手を前方へ伸ばす。するとその手を中心として放射状に木の幹のようなものが発生し、みるみるうちに伸びていった。無数に発生した幹のようなものは、やがて、禍々しいドームに突き刺さる。
「可愛いフレイヤちゃんに手を出すなんて許せないわー。……怒るわよ」
そう言って森のプリンセスが右手を閉じると、ドームは一気に砕け散った。
粉に近い形状となった黒い破片が宙を舞い消えてゆく。
「凄い……!」
思わずそんなことを言ってしまった。
「ぬぅ……!? 何が……!?」
低く発したのは炎のような影だ。
驚いているのはどうやら私一人ではなかったようである。
「フレイヤちゃんに悪意を持って近づく者は許さない。一人残らず消してあげるわ」
森のプリンセスが冷ややかな目つきで睨むと。
「……出直すとするか」
炎のような影はそれだけ発して次の瞬間には姿を消した。
クイーンズキャッスルに静寂が戻る。
「あの……ありがとうございます、森のプリンセスさん」
礼を述べると、彼女はくるりと振り返る。
聖母のような笑み。
それから彼女は両手を前方へ大きく開け、そのままこちらへ歩いてくる。
「何とか間に合って良かったわー!」
戦闘時の冷ややかかつ恐ろしい彼女はどこかへ去って。今は日頃の優しく穏やかな彼女に戻っている。安心して接することのできる森のプリンセスだ。
「助かりました、本当に」
「遅くなってごめんなさいねー」
「い、いえ! そんなこと!」
その時だ、支えるようにしていた盾のプリンスが小さな呻き声を漏らしたのは。
彼は瞼を閉じたままだが、苦しそうに目もとに力を入れるのを見れば、その状態がどうなっているのか少しくらいは想像できる。
「プリンスさん、敵は去りました。もう安心です」
数秒後、彼はうっすらと目を開く。
「……それは、良かった」
意識はあるようで安堵した。
一方で、いまだに彼の腹部に刺さったものが消えないのは不安要素だ。
「あらあらー。フレイヤちゃんを護ろうとして逆に心配されているなんて情けないわねー」
森のプリンセスは何やら愉快そうに笑っている。
さりげなく毒を吐いているような気がするが……まぁ、その辺りは、今は深く考えなくていいだろう。盾のプリンスもこの体調なので、今は嫌みとか何とかには気づいていないようだし。
「しかし驚きねー。クイーンズキャッスルにまで敵が来るなんてー」
「はい、驚きました」
「フレイヤちゃんが無事で良かったわー」
森のプリンセスは両手の手のひらを首の前辺りで合わせる。
「あ、そういえば」
ふと思い出して、私は話題を振る。
「愛のプリンセスさんは森のプリンセスさんのところで保護されていると聞いたのですが、本当でしたか?」
すると森のプリンセスは少し目を開く。
それから少しして、彼女は目尻を柔らかく動かした。
「えぇ、本当よ」
「そうでしたか! ……なら良かったです」
「優しいのね。ふふ。フレイヤちゃんはやっぱり可愛いわー」
褒められているのだろうが――だからといって純粋に喜んで良いのかいまいち分からない。
そんなことを思っていると、森のプリンセスは私の正面辺りにしゃがみこんだ。それから「彼も一旦保護した方が良さそうね」と静かな声で述べた。私が意外に思って彼女の方へ視線を向けると、彼女は苦笑して「安心して、わたしも悪魔ではないのよー。たとえ相手が男でも、ね」と発した。
それから私は盾のプリンスの身体を彼女に差し出した。
重いそれを、彼女はすんなり自力で抱えあげる。
「じゃあこれで。連れていくわねー」
「すみません……色々」
「いいのよー。フレイヤちゃんは何も悪くないわ」
「お言葉はありがたいですが……」
「が、何? いいのよ、何も気にしないで。これからもきっとずっと大好きよ」
同性から「ずっと大好き」と言われるのも不思議な感覚だ。
「そうだ、もしよければ、またここへ来てもいいかしらー?」
「え」
「ま。……嫌だったかしら?」
言われて驚いた。
そんな態度をとっている気はなかったから。
「い、いえ! そんな! そんなこと、ありません」
「無理しなくていいのよ? 本当のことを言ってちょうだい?」
「あの……さっきのは、驚いてしまっただけなんです。嫌とか、そういうのではありません」
本当のことを言って、と言われたので、本当のことを言っておいた。
「また来てくださるなら、それはとても嬉しいことです」
ここももはや安全地帯ではない。
そういう意味では誰かがいてくれる方が心強い。
「じゃあねー、またそのうちー」
「あ、はい!」
こうして森のプリンセスと別れた私だったが、一人になってから気づく。
「ミクニさん放置になってる……!」
気づいた時は思わず声が出てしまった。
周りには誰もいないのに――完全にただの独り言。
とはいえ、ミクニがクイーンズキャッスルに残ってしまっていることは事実だ。彼女は今も力なく地面に倒れ込んでいる。
どうすれば良いのだろう。素朴な疑問が湧き出てきた。下手に刺激するのも良くないだろうとは思うけれど、だからといってここで放置しているわけにもいかないだろう。目の前に気を失っている人がいるのに放置しておくなんてことは、さすがにできない。
どうしようか。
……取り敢えずそっとして様子を見守っておこうか。
私にできそうなことはそれしかないので、寝かせたまま、しばらく様子を見守っておくことにした。
「可愛いフレイヤちゃんに手を出すなんて許せないわー。……怒るわよ」
そう言って森のプリンセスが右手を閉じると、ドームは一気に砕け散った。
粉に近い形状となった黒い破片が宙を舞い消えてゆく。
「凄い……!」
思わずそんなことを言ってしまった。
「ぬぅ……!? 何が……!?」
低く発したのは炎のような影だ。
驚いているのはどうやら私一人ではなかったようである。
「フレイヤちゃんに悪意を持って近づく者は許さない。一人残らず消してあげるわ」
森のプリンセスが冷ややかな目つきで睨むと。
「……出直すとするか」
炎のような影はそれだけ発して次の瞬間には姿を消した。
クイーンズキャッスルに静寂が戻る。
「あの……ありがとうございます、森のプリンセスさん」
礼を述べると、彼女はくるりと振り返る。
聖母のような笑み。
それから彼女は両手を前方へ大きく開け、そのままこちらへ歩いてくる。
「何とか間に合って良かったわー!」
戦闘時の冷ややかかつ恐ろしい彼女はどこかへ去って。今は日頃の優しく穏やかな彼女に戻っている。安心して接することのできる森のプリンセスだ。
「助かりました、本当に」
「遅くなってごめんなさいねー」
「い、いえ! そんなこと!」
その時だ、支えるようにしていた盾のプリンスが小さな呻き声を漏らしたのは。
彼は瞼を閉じたままだが、苦しそうに目もとに力を入れるのを見れば、その状態がどうなっているのか少しくらいは想像できる。
「プリンスさん、敵は去りました。もう安心です」
数秒後、彼はうっすらと目を開く。
「……それは、良かった」
意識はあるようで安堵した。
一方で、いまだに彼の腹部に刺さったものが消えないのは不安要素だ。
「あらあらー。フレイヤちゃんを護ろうとして逆に心配されているなんて情けないわねー」
森のプリンセスは何やら愉快そうに笑っている。
さりげなく毒を吐いているような気がするが……まぁ、その辺りは、今は深く考えなくていいだろう。盾のプリンスもこの体調なので、今は嫌みとか何とかには気づいていないようだし。
「しかし驚きねー。クイーンズキャッスルにまで敵が来るなんてー」
「はい、驚きました」
「フレイヤちゃんが無事で良かったわー」
森のプリンセスは両手の手のひらを首の前辺りで合わせる。
「あ、そういえば」
ふと思い出して、私は話題を振る。
「愛のプリンセスさんは森のプリンセスさんのところで保護されていると聞いたのですが、本当でしたか?」
すると森のプリンセスは少し目を開く。
それから少しして、彼女は目尻を柔らかく動かした。
「えぇ、本当よ」
「そうでしたか! ……なら良かったです」
「優しいのね。ふふ。フレイヤちゃんはやっぱり可愛いわー」
褒められているのだろうが――だからといって純粋に喜んで良いのかいまいち分からない。
そんなことを思っていると、森のプリンセスは私の正面辺りにしゃがみこんだ。それから「彼も一旦保護した方が良さそうね」と静かな声で述べた。私が意外に思って彼女の方へ視線を向けると、彼女は苦笑して「安心して、わたしも悪魔ではないのよー。たとえ相手が男でも、ね」と発した。
それから私は盾のプリンスの身体を彼女に差し出した。
重いそれを、彼女はすんなり自力で抱えあげる。
「じゃあこれで。連れていくわねー」
「すみません……色々」
「いいのよー。フレイヤちゃんは何も悪くないわ」
「お言葉はありがたいですが……」
「が、何? いいのよ、何も気にしないで。これからもきっとずっと大好きよ」
同性から「ずっと大好き」と言われるのも不思議な感覚だ。
「そうだ、もしよければ、またここへ来てもいいかしらー?」
「え」
「ま。……嫌だったかしら?」
言われて驚いた。
そんな態度をとっている気はなかったから。
「い、いえ! そんな! そんなこと、ありません」
「無理しなくていいのよ? 本当のことを言ってちょうだい?」
「あの……さっきのは、驚いてしまっただけなんです。嫌とか、そういうのではありません」
本当のことを言って、と言われたので、本当のことを言っておいた。
「また来てくださるなら、それはとても嬉しいことです」
ここももはや安全地帯ではない。
そういう意味では誰かがいてくれる方が心強い。
「じゃあねー、またそのうちー」
「あ、はい!」
こうして森のプリンセスと別れた私だったが、一人になってから気づく。
「ミクニさん放置になってる……!」
気づいた時は思わず声が出てしまった。
周りには誰もいないのに――完全にただの独り言。
とはいえ、ミクニがクイーンズキャッスルに残ってしまっていることは事実だ。彼女は今も力なく地面に倒れ込んでいる。
どうすれば良いのだろう。素朴な疑問が湧き出てきた。下手に刺激するのも良くないだろうとは思うけれど、だからといってここで放置しているわけにもいかないだろう。目の前に気を失っている人がいるのに放置しておくなんてことは、さすがにできない。
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