プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.47 新たなる役者

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「う……」

 横たわっていたミクニが絞り出すような声を漏らす。
 その声を聞いた私は即座に彼女の方へ向かった。
 ミクニは意識を取り戻していた。うっすらとではあるが、瞼を開いている。ただ、目つきにはそれほど鋭さがなく、彼女がまだ本調子でないということは察することができた。

「目が覚めたのですか?」

 恐る恐る声をかけてみた。
 するとミクニは首をゆっくり捻ってこちらへ視線を向けてきた。

 だが。

「……誰?」

 彼女はきょとんとしていた。

 姿は決して変化していない。しかしながら、彼女は私を何者であるか認識していないようだ。最初は何らかの意図を持って演技しているのかと思いもしたが、表情的にはそんなこともなさそうである。

「ミクニさん……ですよね?」
「み、くに?」

 記憶を失っているのか、まだ意識がはっきりしていないのか――何がどうなっているのか掴めない。
 ただ、今の彼女がこれまで戦ってきたミクニでないということは確かだ。

 過剰に恐れる必要はないかもしれない。

 私は彼女のすぐ傍にまで寄っていき腰を下ろす。ドレスの裾が床につくが綺麗な床なので問題はない。躊躇することなく、ミクニに寄り添うようにそのまましゃがんだ。

「もしかして、記憶がないのですか?」
「あたし……何をしていたの?」

 彼女は自らの意思で上半身を起こす。その最中よろけそうになり、私は咄嗟にその手を掴んだ。唐突過ぎて不快な顔をされるかと焦ったが、案外そんなことはなく。その点に関して負の意味で触れられることはなかった。

「……何も思い出せない」

 ミクニは床についていない方の手を額に当てる。
 その表情は晴れやかでない。

「ミクニさん……」
「ねぇ、その、ミクニっていうのは何なの? あたし、そんな名前じゃなかったと思うのだけれど……でも、本当の名前も思い出せないし……」

 長い髪がさらりと垂れる。

 彼女は少々混乱しているようだ。
 それに、思い詰めたような顔つきをしている。

 私たちに敵対していた時の彼女のことならこうして助けようとはしなかったかもしれない。でも今は違う。絶対にそうである根拠を説明しろと言われると難しいかもしれないけれど、今の彼女はもう敵だった頃の彼女ではない、と信じることができる。

「取り敢えず安静になさってください」
「……えぇ、そうさせてもらうわ」

 ミクニ――いや、ミクニだった彼女は、ひとまず休んでおくことを選んだ。

 こうして私と彼女はクイーンズキャッスルで一緒に暮らすこととなった。


 ◆


 あれからどのくらい経っただろう。
 森のプリンセスが訪問してきた。

「そちらの方が、記憶を失っていらっしゃるのねー?」
「はいそうなんです」

 ミクニだった彼女のことは、森のプリンセスに前もって伝えてあった。

「ええと、じゃあ……ミクニさん? 本当のお名前を思い出されるまで、一応、そう呼ばせていただいて構わないかしら」

 ちなみに森のキャッスルはウィリーたちに任せているそうだ。

「そうね、構わないわ」

 ミクニだった女性は森のプリンセスの前でもそれまでと変わらないように振る舞っていた。大人びていて、しかしながら少し純粋な雰囲気もあって、というような様子だ。

「で、ミクニさん。これからはどうなさるおつもりかしらー?」

 改めて、森のプリンセスとミクニは向き合う。
 私はそんな二人を見守るだけ。

「実は……まだ考えられていないの。何も思い出せないし……困っているところ」
「そうよねー。ところで、一つ提案があるのだけれどー」

 森のプリンセスはにこりと柔かな笑みを浮かべる。

「提案?」
「えぇ。これからフレイヤちゃんに付き添ってあげてほしいのー」

 ミクニは目をぱちぱちさせる。

「フレイヤちゃん……そこの白いドレスの娘のことかしら」
「そうよー」

 ミクニはこちらへ視線を向けてくる。
 視線が重なり少しどきりとする。
 少し私と視線を重ね、それから視線を再び森のプリンセスへ戻す。

「べつに構わないわ」
「ま! 嬉しい!」

 この前まで敵だったミクニに対しても、森のプリンセスは綺麗な心で向き合っている。ミクニが女性だからだろうか。男性を好まない森のプリンセスからしてみれば、一応味方の男性より元敵の女性の方がまだしも受け入れられるのかもしれない。

「フレイヤちゃん、と呼べばいいのかしら」
「そうよー。女同士だものー」

 私が口を開くより早く森のプリンセスが答えていた。
 彼女の反応速度は恐ろしい。

 もはや私の意見などスルーなのか……。

「ということでー。ね! フレイヤちゃん、ミクニさんを傍においておいて!」
「え……あ、はい……」

 勝手に決められてしまった。
 もっとも、嫌というわけではないし、決定に反対したいというわけでもないけれど。

「よろしくお願いします、ミクニさん」
「こちらこそ、よろしくね」

 私とミクニは握手を交わす。
 彼女とこんな風に接する時が本当にやってくるなんて――正直意外、けれど悪い気はしない。

「ミクニさん、フレイヤちゃんを守ってあげてちょうだいねー」
「守って?」
「そうよー。彼女はわたしたちの大切な人なのー。だから敵から護ってあげてー」
「そう……そうね、分かったわ。事情は知らないけれど、協力するわ」

 こうしてミクニが味方になった。


 ◆


 クイーンズキャッスルから撤退した炎のような影は、メイドを連想させるような服装の女性と共にあった。

 薄暗い静寂の中、両者は向かい合っている。

「杖のプリンセスが仕上がりました」

 両手を腹の前で重ね合わせた女性は棒読みのような調子で述べた。

「ほう。出来はどうだ」
「そこそこかと」
「うむ……そこそこ、か……まぁよかろう」
「では出させますか」
「まぁそうだな。……そうさせよ」
「承知しました」
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