プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.50 とうに諦めた夢の輪郭

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「貴方という人はどうしてそこまで強情なのでしょうか」

 すべてが黒い箱のような部屋、青緑の柔らかな光だけが空間を僅かに照らす。
 そんな空間に時のプリンスはいる。
 連れ去られた彼が最初に目覚めた時もそこにいた。そして、彼は今もその部屋の中にいる――もちろん手首足首は拘束されたままで。

「貴方のような人が一番嫌いです」
「嫌いで結構」

 メイドモチーフの衣装をまとった無機質な彼女は、今も定期的に時のプリンスのところへ通っている。しかし、それがプリンスへの情ゆえでないことは誰の目にも明らかだ。なんせ、二人の関係は日に日に悪化しているのだ。二人は顔を合わせるたび互いを嫌いになる。

 彼女としても、これが与えられた任務でさえなければ二度と会いたくない、とさえ思っている。

 だがそういうわけにもいかない。
 不運なことに、時のプリンスと会うことが今の彼女に与えられている任務だから。
 彼女は時のプリンスから一つでも多くの情報を得なくてはならない。だが、時のプリンスの口は固く、嫌みを吐かれることは多々あれど有益な情報はまったく手に入らず。そのことがまた、彼女を苛立たせていた。

「しかし随分感情的だな、嫌い、とは」

 いかにも機嫌が悪そうな女性を見て、時のプリンスは小さくふっと笑みに似た何かをこぼした。
 それによって、女性はより一層不機嫌になる。

「それがどうかしましたか」

 女性の声は辛うじて淡々とした調子を保っている――しかしながら、その淡々としている部分は今にも崩れそうだ。

「いやべつに。どうということはない。どのみち分かり合える道などないわな、我々には」
「時のプリンス――もう少しは紳士的かと思っていたのですが」
「馬鹿か、そんな者おらんわ」

 刹那。
 女性は急に接近し、プリンスの腹部辺りに右膝をあてがう。

「少々甘やかし過ぎたようですね」
「ほう」
「強制的に黙らせる方が良さそうですね」
「気が強いな」

 暫し沈黙。
 その後、女性は膝を元の位置へ戻した。

「まぁいいでしょう」

 女性はそれだけ言って、目を伏せる。
 それから改めて時のプリンスへと視線を向けた。

「しかし、いつまでも黙っていられると迷惑です。いい加減何か話せばどうですか」
「断る」
「そこまでしてまで庇いたいお仲間なのですか」
「いや……べつにそういうわけではないが」
「ますます理解できません。意味不明で――」

 女性がそこまで言った、その時。
 彼女の背後の扉が開いた。

 外の光が室内へと入り込んでくる。

 想定外の進展に驚き、女性は素早く振り返る――と、そこには、炎のような影が佇んでいた。

「調子は?」
「……申し訳ありません、現在まだ有力な情報を得ることができておりません」

 女性は冷静さを取り戻し丁寧に一礼する。

 だが。

「え」

 次の瞬間、女性の首は炎のような影に掴まれていた。
 それほど大きくない身体が宙に浮かんでいる。

「遅い」

 炎のような影が発する声は低かった。
 明らかに機嫌が悪い時の声質である。

「遅すぎる」
「……申し訳ありません」
「もうずっと待っているのだ」
「はい……申し訳、ありません……」

 すると女性は離してもらうことができた。が、垂直落下してしまった女性は、力なく床に座り込むことしかできない。急なことの連続ということもあって、彼女はまだおかれている状況を理解しきれていないようだった。
 直後、時のプリンスの四肢を拘束していた黒いものが消滅。だが解放というわけではなく。その次の瞬間には、プリンスは、影に詰め寄られていた。

「女で駄目なら力づく、しかなさそうだな」
「話すことは何もない」

 プリンスが声に拒否の色を濃く浮かべると、炎のような影は人一人を包み込むくらい大きくなりながら威圧する。

「痛い目に遭いたいのか!?」

 影は声を巨大にする。
 空気がびりびりと震えた。

 女性は両脚をルの字のように床に置く形のまま座り込み、僅かに怯えたような表情で、対峙する影とプリンスをぼんやりと見ている。

「プリンスもプリンセスも雑魚の群れ、もはや壊滅の時は近い。それでもなお抗うというのか? 蛮勇にもほどがある! そこまで勇者気取りして何が楽しい!?」

 炎のような影は少々冷静さを欠いていた。
 声も、言葉の一つ一つも、感情的に揺れている。

「なぜ抗う!」

 獣の咆哮のように放つ炎のような影。

「定めゆえ」

 時のプリンスの答えに、静寂が訪れた。

 何も時間が停止したわけではない。当然時は変わりなく刻まれているわけで。一秒、二秒、経過していることは確かなことなのだが。それでも、時間が停止したかのように、空間のすべてが止まっている。

「……馬鹿な、そんなこと、そんなことのために……」

 長い静寂の後、それを破ったのは炎のような影だった。

「憎まないのか!」
「憎まぬわ」
「なぜ自身だけがこんな目に遭うのか、理不尽だとは思わないのか!」
「思うことはない」

 影が放つ問いに対し、時のプリンスはひたすら静かな無に近い調子で答える。それを聞いて、影は、若干恐怖心を抱いているようでもあった。それこそ、底の見えない湖のような不気味さ――。

 瞬間、炎のような影は急に姿を消した。

 室内には時のプリンスと女性だけが残される。

 炎のような影は重要なことを忘れていた――時のプリンスの四肢を再び拘束することを忘れたまま去ってしまっていたのだ。

「まったく、何だあれは……」

 呟いてから、時のプリンスは女性に片手を差し出す。

「で、いつまで座っている? さっさと立たぬか、ほら」

 そう声をかけられた女性は目を大きく開き瞳を震わせた。

「……何だ?」

 時のプリンスがそう加えると、女性は目を細め視線を逸らす。

「貴方のような人……いえ、貴方が一番嫌いな理由が分かりました」

 女性は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でこぼす。

「生まれて最初に出会った人、憧れていた人、厳密には人と呼ぶべきではないのかもしれませんが、何にせよ……」

 ひと呼吸空け、続ける。

「一番好きな人に似ているから、貴方が嫌いなのです」
「は?」
「貴方がいるだけでイライラする。貴方がいるだけでモヤモヤする。それらはすべて……貴方という存在が、とうに諦めた夢の輪郭を見せるからなのです」
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