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4.脱走した、その先にて
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そもそも、ジルカス——彼は一体、何者だというのか。
普通の人間ではないような気がするが。
「盛り上がっているところすみませんが、私、貴方の妻になんてなる気はありません」
この年で妻になるなんて、さすがに荷が重い。
しかも、ジルカスの言い分に従ったなら、恋人同士として過ごす期間もなしに結婚ということになってしまう。そんなのは無理だ。
「んな!? 何を言い出す!?」
「恋人どころか、友人ですらありませんでしたよね。そのような方といきなり結婚するなんて、私には不可能です」
世の中は広い。そして色々な感覚を持つ人がいる。だから、じっくり探せば「いきなり結婚でも平気」という者だっているかもしれない。生まれ育った地域の風習によっては、結婚からの幕開けに抵抗がない者もいることだろう。ただ、私は、そんな急展開は受け入れられないのである。
「拒否権などない! 我が一族が長きにわたって継続してきた儀式で貴様が召喚されたのだ、貴様が我が妻となるのは当然のこと!」
なんだそれ。意味が分からない。一族が続けてきた儀式?召喚された私が妻になるのは当然? 馬鹿でしょう。他人を勝手に巻き込んでおいて、夫を選ぶ権利すら奪い取ろうだなんて、滅茶苦茶すぎる。
「嫌です! お断りします!」
これにはさすがに口調を強めずにはいられない。
「拒否権はないのだ!」
「失礼にもほどがあります! 私は貴方の奴隷ではありませんから!」
私は椅子から立ち上がり、家の入口の方に向かって走り出す。
ジルカスとこれ以上話しても無駄だ、と判断したからだ。
このままお互い主張し合うことを続けても、喧嘩になる可能性が高まるだけ。私にとっても彼にとっても、利益は何一つ生まれない。無意味な喧嘩が勃発してしまうだけだ。
それは避けたい。
となると、ここから私が出ていくしかない。
この世界の作りは微塵も知らない。でも今は取り敢えずこの家から脱出しなくては。
「さようなら!」
◆
ジルカスの家が見えなくなったところで、私は足を止めた。
どのくらい走っただろう。分からない。
とにかく走った、彼から逃げるようにひたすら駆けた。
足を動かしている最中は追われていることを想像すると怖くて後ろを見ることはできなかったが、止まってからようやく振り返る。
「意外と逃げられた……?」
呼吸が乱れ、肩が激しく上下する。
こんなに本気で走ったのはいつ以来だろう? かなり久々な気がするのだが。
「これから……どうしよう」
混乱してしまっていたせいでジルカスのものから逃げてきてしまったが、私は、この世界では右も左も分からぬ赤ん坊のごとき存在。どこへ行けば良いのか、何をすれば元の世界に戻れるのか、何一つ察することができない。幸い、今はまだ空腹感もないが、これでお腹が空いてきたら本当にまずいことになってしまう。
ひとまず心を落ち着けるため、周囲を見渡してみた。
だいぶ走ったはずだが、まだ自然に覆われている。ジルカスと出会った場所と大差ない光景だ。あの場所と唯一異なっているところといえば、紅に染まった葉をつけた木が若干少ないということくらいだろうか。今いるこの場所は、紅葉した木より、葉が枯れた木が多い。秋らしさは減り、冬らしさが増している。
途方に暮れていると。
『あらあら、可愛い娘ね。こんなところで何しているのかしら』
突然、脳内に直接響く声が聞こえてきた。
それは確かに女性の声だった。誰の声かまでは判別できないし、知らない人の声かもしれない。でも、女性の声であることが嬉しくて、私は声の主を探そうと頭を左右に回転させる。
しかし、何者かの姿は見当たらない。
私の視力で見える範囲には誰もいない。
「一体どこに」
私は半ば無意識のうちに漏らす。
すると、それに対して言葉が返ってくる。
「うふふ。ここよ……?」
先ほどと似たような女声。しかし今度は脳に直接響いてくるようなものではない。普通に人と会話している時と同じような聞こえ方だ。
——刹那、足下に気配を感じた。
私は咄嗟に下を向く。
するとそこには、私の影からぬるぬると現れる黒い人型があった。
普通の人間ではないような気がするが。
「盛り上がっているところすみませんが、私、貴方の妻になんてなる気はありません」
この年で妻になるなんて、さすがに荷が重い。
しかも、ジルカスの言い分に従ったなら、恋人同士として過ごす期間もなしに結婚ということになってしまう。そんなのは無理だ。
「んな!? 何を言い出す!?」
「恋人どころか、友人ですらありませんでしたよね。そのような方といきなり結婚するなんて、私には不可能です」
世の中は広い。そして色々な感覚を持つ人がいる。だから、じっくり探せば「いきなり結婚でも平気」という者だっているかもしれない。生まれ育った地域の風習によっては、結婚からの幕開けに抵抗がない者もいることだろう。ただ、私は、そんな急展開は受け入れられないのである。
「拒否権などない! 我が一族が長きにわたって継続してきた儀式で貴様が召喚されたのだ、貴様が我が妻となるのは当然のこと!」
なんだそれ。意味が分からない。一族が続けてきた儀式?召喚された私が妻になるのは当然? 馬鹿でしょう。他人を勝手に巻き込んでおいて、夫を選ぶ権利すら奪い取ろうだなんて、滅茶苦茶すぎる。
「嫌です! お断りします!」
これにはさすがに口調を強めずにはいられない。
「拒否権はないのだ!」
「失礼にもほどがあります! 私は貴方の奴隷ではありませんから!」
私は椅子から立ち上がり、家の入口の方に向かって走り出す。
ジルカスとこれ以上話しても無駄だ、と判断したからだ。
このままお互い主張し合うことを続けても、喧嘩になる可能性が高まるだけ。私にとっても彼にとっても、利益は何一つ生まれない。無意味な喧嘩が勃発してしまうだけだ。
それは避けたい。
となると、ここから私が出ていくしかない。
この世界の作りは微塵も知らない。でも今は取り敢えずこの家から脱出しなくては。
「さようなら!」
◆
ジルカスの家が見えなくなったところで、私は足を止めた。
どのくらい走っただろう。分からない。
とにかく走った、彼から逃げるようにひたすら駆けた。
足を動かしている最中は追われていることを想像すると怖くて後ろを見ることはできなかったが、止まってからようやく振り返る。
「意外と逃げられた……?」
呼吸が乱れ、肩が激しく上下する。
こんなに本気で走ったのはいつ以来だろう? かなり久々な気がするのだが。
「これから……どうしよう」
混乱してしまっていたせいでジルカスのものから逃げてきてしまったが、私は、この世界では右も左も分からぬ赤ん坊のごとき存在。どこへ行けば良いのか、何をすれば元の世界に戻れるのか、何一つ察することができない。幸い、今はまだ空腹感もないが、これでお腹が空いてきたら本当にまずいことになってしまう。
ひとまず心を落ち着けるため、周囲を見渡してみた。
だいぶ走ったはずだが、まだ自然に覆われている。ジルカスと出会った場所と大差ない光景だ。あの場所と唯一異なっているところといえば、紅に染まった葉をつけた木が若干少ないということくらいだろうか。今いるこの場所は、紅葉した木より、葉が枯れた木が多い。秋らしさは減り、冬らしさが増している。
途方に暮れていると。
『あらあら、可愛い娘ね。こんなところで何しているのかしら』
突然、脳内に直接響く声が聞こえてきた。
それは確かに女性の声だった。誰の声かまでは判別できないし、知らない人の声かもしれない。でも、女性の声であることが嬉しくて、私は声の主を探そうと頭を左右に回転させる。
しかし、何者かの姿は見当たらない。
私の視力で見える範囲には誰もいない。
「一体どこに」
私は半ば無意識のうちに漏らす。
すると、それに対して言葉が返ってくる。
「うふふ。ここよ……?」
先ほどと似たような女声。しかし今度は脳に直接響いてくるようなものではない。普通に人と会話している時と同じような聞こえ方だ。
——刹那、足下に気配を感じた。
私は咄嗟に下を向く。
するとそこには、私の影からぬるぬると現れる黒い人型があった。
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