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5.魅惑の美女と唇
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私の影から発生し、徐々に大きくなってくる、黒の物体。それを目にした時、私は思わず悲鳴をあげてしまった。悲鳴をあげたのはこれが初めてかもしれない。
「もう……酷いじゃない。いきなり悲鳴でお出迎えだなんて」
黒一色の人型の物体は、やがて私よりも大きくなっていった。だが、背の高い女性くらいのサイズになると、大きくなっていくのはそこで止まる。今度は形が変わっていく。凹凸のほとんどない人型だったのが、徐々に、凸と凹のある形へ変化。黒一色であることは変わっていないものの、みるみるうちに女性的なシルエットになっていった。
そして、女性らしいシルエットが完成した数秒後。
黒だけだった体が、一瞬にして色づいた。
「初めまして。可愛い娘ね」
緑のロングヘアーに赤い瞳——これまた不思議な色遣いだ。
黒い着物に紫の袴という、和風な印象を与えてくる服装をしている。だからこそ、独創的な色の髪と瞳が目立つ。
「あたしと遊んで頂戴……?」
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」
「あら。無視されてしまったわね、悲しい」
「流してしまってごめんなさい。でも、私、急ぐんです」
黒い塊から発生したとは思えない美女だ。
睫毛に彩られた大きめ目は華やかさたっぷり。肌は陶器人形のように滑らかで、唇は少しばかり厚みがある。
大人びた色気があり、しかしながら母親のような温かみも感じさせる——そんな容姿の女性だった。
「お名前は? 教えて頂戴」
「誉です」
「ふふ、可愛い名前ね。気に入ったわ」
柔らかな抑揚のついた口調で彼女は私の名を褒める。そして、うっすら笑みを浮かべながら、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。一歩進む度に、緑の長い髪が振り子のように揺れている。
「あぁ、素敵。素敵な娘。抱き締めさせて?」
「え、えぇっ……!?」
相手は女性だ。だからこそ、抱き締めさせてほしいなんて言われることはまったく想定していなかった。だから私は狼狽えずにはいられない。どう反応すれば良いのか分からず、ただ慌てることしかできなかった。
女性は両腕を伸ばし、私の体を包み込むように抱く。
温かく、柔らかい。
何もかもすべてが。
「あの、これは一体……?」
「いいのよ。貴女は何も考えなくていいの」
背中を包み込んでいた腕が、徐々に上へと移動し、やがて首元までやって来る。うなじを誰かに触られるというのはあまりない経験で、不思議な感じがして仕方がない。
「可愛い娘はね、あたしの餌食となればそれでいいのよ」
女性の声が変わった。
……いや、声だけじゃない。
雰囲気までも別人のようになってしまっている。
「は、離して下さい!」
「もう、動かないの。じっとしていて頂戴」
女性の顔が私の首に接近する。
それも、日頃考えられないくらいまでの接近。
相手が異性でないとしても。女性同士であるとしても。それでも、ここまで近寄られてしまったら、恐怖心を芽生えさせないことはできない。
「や……止めて下さいっ!!」
私は叫ぶ。
けれど、平凡な人間の叫びなど、この地では無意味。
「可愛いわね。一緒になりましょ——っ!?」
彼女の唇が私の首に触れる直前、彼女は動揺したように言葉を止めた。
そしてすぐさま振り返る。
「何者っ!?」
そこに立っていたのは——ジルカスだった。
「もう……酷いじゃない。いきなり悲鳴でお出迎えだなんて」
黒一色の人型の物体は、やがて私よりも大きくなっていった。だが、背の高い女性くらいのサイズになると、大きくなっていくのはそこで止まる。今度は形が変わっていく。凹凸のほとんどない人型だったのが、徐々に、凸と凹のある形へ変化。黒一色であることは変わっていないものの、みるみるうちに女性的なシルエットになっていった。
そして、女性らしいシルエットが完成した数秒後。
黒だけだった体が、一瞬にして色づいた。
「初めまして。可愛い娘ね」
緑のロングヘアーに赤い瞳——これまた不思議な色遣いだ。
黒い着物に紫の袴という、和風な印象を与えてくる服装をしている。だからこそ、独創的な色の髪と瞳が目立つ。
「あたしと遊んで頂戴……?」
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」
「あら。無視されてしまったわね、悲しい」
「流してしまってごめんなさい。でも、私、急ぐんです」
黒い塊から発生したとは思えない美女だ。
睫毛に彩られた大きめ目は華やかさたっぷり。肌は陶器人形のように滑らかで、唇は少しばかり厚みがある。
大人びた色気があり、しかしながら母親のような温かみも感じさせる——そんな容姿の女性だった。
「お名前は? 教えて頂戴」
「誉です」
「ふふ、可愛い名前ね。気に入ったわ」
柔らかな抑揚のついた口調で彼女は私の名を褒める。そして、うっすら笑みを浮かべながら、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。一歩進む度に、緑の長い髪が振り子のように揺れている。
「あぁ、素敵。素敵な娘。抱き締めさせて?」
「え、えぇっ……!?」
相手は女性だ。だからこそ、抱き締めさせてほしいなんて言われることはまったく想定していなかった。だから私は狼狽えずにはいられない。どう反応すれば良いのか分からず、ただ慌てることしかできなかった。
女性は両腕を伸ばし、私の体を包み込むように抱く。
温かく、柔らかい。
何もかもすべてが。
「あの、これは一体……?」
「いいのよ。貴女は何も考えなくていいの」
背中を包み込んでいた腕が、徐々に上へと移動し、やがて首元までやって来る。うなじを誰かに触られるというのはあまりない経験で、不思議な感じがして仕方がない。
「可愛い娘はね、あたしの餌食となればそれでいいのよ」
女性の声が変わった。
……いや、声だけじゃない。
雰囲気までも別人のようになってしまっている。
「は、離して下さい!」
「もう、動かないの。じっとしていて頂戴」
女性の顔が私の首に接近する。
それも、日頃考えられないくらいまでの接近。
相手が異性でないとしても。女性同士であるとしても。それでも、ここまで近寄られてしまったら、恐怖心を芽生えさせないことはできない。
「や……止めて下さいっ!!」
私は叫ぶ。
けれど、平凡な人間の叫びなど、この地では無意味。
「可愛いわね。一緒になりましょ——っ!?」
彼女の唇が私の首に触れる直前、彼女は動揺したように言葉を止めた。
そしてすぐさま振り返る。
「何者っ!?」
そこに立っていたのは——ジルカスだった。
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