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前編
しおりを挟む「お前にはもう飽きた」
赤らんだ茶色の髪と暗いグレーの瞳が特徴的な彼アドラスからそう告げられたのは、ある平凡な春の日だった。
「飽き、た……?」
「ああそうだ飽きたんだ」
「どういうこと?」
「言葉そのままの意味だよ。飽きた、その言葉の通りさ。ってことで、お前との婚約は破棄することにしたから」
アドラスは笑うでも怒るでもなくただ淡々とそんなことを言った。
彼の面に感情の色はない。
でもだからこそどことなく不気味だ。
そもそも、何か問題が発生したわけでないのに婚約破棄を告げてくるというだけでも謎なのだ。そこに無表情でというのが加われば謎であるという度合いはより一層高まる。謎とか不思議とかいう範囲はとうに超えている、もはや理解不能の域である。
「俺はもっと良い女と結ばれたい。だからお前を捨ててもっと良い女を求める旅に出ることにする」
しかしそんな意味不明なことを言う彼は真面目な顔をしている。
冗談というわけではないのだろう。
「え……勝手過ぎやしませんか、それはさすがに……」
私には理解できないが。
「何とでも言えばいい。俺はそう決めた、それがすべてだ。俺の人生は俺が決める、それを邪魔する権利は誰にもない」
「えええ……」
「よって、お前とは本日をもっておしまいだ。いいな? 分かったな? 後から余計なことを言うなよ? よし、じゃあ婚約は破棄ってことで、解散!」
ちょっと待って。
そう言おうとしたけれど。
「何してる。俺の前からさっさと消えろ」
アドラスはそんなことを言ってきて、結局私は何も言えないまま彼の前から去ることとなってしまった。
何だったんだ、一体……。
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