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後編

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 ◆


 あの唐突な婚約破棄から半年が経った。

 先日私はアドラスが亡くなったという話を聞いた。
 何でも良い相手が見つからなくて絶望して自ら死を選んだそうだ。

 どういうこと……、という感じもするが、彼からしてみればもうこの世界は生きるに値しない世界だったのだろう。

 多分、何かしら、心を病んでいたのではないだろうか。

 もちろん心の病とて治療すれば療養すれば改善はするものだろう。しかし彼はそこにまで思考が至らなかったのではないだろうか。で、もう生きる意味がないと感じ、自らの選択でこの世を去ったのだろう。

 あくまで推測だが、そんな感じだったのではないだろうか。

 だが残念だ。
 生きていれば良いこともあっただろうに。

 今が辛くても、思い通りにいかないことがあっても、それでも生きていれば嬉しいことだって少しくらいはあったはず。
 何をするでもなくぼんやり生きていくことだってできるのだから、わざわざ死を選ぶ必要なんてなかっただろうに。

 ……だがもう今さら何を言っても手遅れか。

 アドラスはもうこの世を去ったのだ、他人があれこれ言ったところで現実は何も変わらない。


 ◆


 平凡で、穏やかな、徐々に暖かさが訪れるようになった春の日。

「僕と結婚してください!」

 私は人生初となるプロポーズをされた。

 相手はここしばらく親しくしていた三つ年下の青年である。

 アドラスとの婚約の際はこんな風にはっきりと思いを告げられたわけではなかった。だからこそこういった王道のようなプロポーズをされるのは初めてのことだ。それゆえ新鮮だ。恥じらいもあって、しかし嬉しさもあり、といくつもの感情を同時に肌で感じることができる。

「……私で良いのですか?」
「もちろんです!」
「……はい、分かりました。では、どうか、よろしくお願いします」

 今度こそ幸せになる。

 その決意を胸に。

「良かった……! 嬉しいです……!」
「ああもう泣かないで」
「いやでもほんと嬉しくて、それに、安堵して……ううっ、その、その、本当にありがとうございます! 絶対幸せにしますから! どうか、どうか……これからもずっと傍にいてください!」


◆終わり◆
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