156 / 209
155話「アナシエアの秘術」
しおりを挟む
ビタリーの打撃がアナシエアに突き刺さった。
近づいていた二人の距離が遠ざかる。
夜の主が目を覚ましたかのように風が巻き起こり、周囲の樹木が気味悪く揺れる。葉と葉が擦れ合う乾いた音が響き、その中で、数枚の葉は地上へ舞い降りた。舞い降りる運命を辿ることとなった葉は、地表に降り立つ直前でほんの少し巻き上げられ、それから優雅に地表へ到着する。
「なかなかやるようですね」
アナシエアは杖の一番下で地面をとんと叩く。すると、そこから風が起こる。彼女が着ているマーメイドラインのスカートの裾がふわりと舞い上がったようにも見えた。
「ま、護身程度はね」
「素晴らしいことです。しかし、我々はキエル皇帝を許すわけには参りません」
そう述べて、アナシエアは杖を再びビタリーに向けた。
ビタリーはまだ余裕のある表情。
「許す? 許さない? そんなことは知らないよ。僕には関係ない」
「貴方はご存じないのやもしれませんね。我々、ラブブラブブラブラの一族が、かつてどのように扱われてきたか。知らぬのならば、教えて差し上げましょうか」
アナシエアは冷たくも穏やかな声色で言った。
だが、ビタリーはすんなりとは頷かない。頷くどころか、目を細めて「どうでもいい」というような顔。
「いずれにせよ、敵であることに変わりはない。それなら話は早いよ。消すだけのことだからね」
「やはり……貴方もキエル皇帝なのですね。立ち塞がる者は潰す——どの代になっても、その思考は変わらぬということなのですね」
できるなら歩み寄ろうと考えているのか比較的穏やかに接していたアナシエアだったが、その言葉を最後に、全身にまとう空気を一変させた。
「残念です」
言葉を合図にしたかのように、地面に緑色の魔法陣のようなものが出現した。
足下に突然出現した謎の図形を、ビタリーは怪訝な顔で見る。
その数秒後。
魔法陣のようなものから光が溢れ、ビタリーはその光に飲み込まれた。
やがて、光が溢れるのが落ち着く。その時、確かに存在していたはずのビタリーの姿はなくなっていた。木々に覆われたその場所に存在しているのは、アナシエアと気絶したカマカニのみ。
「苦しみ、果てなさい」
◆
ラインの故郷からの帰り道、私は、自動運転車に一人で乗っていた。
キエル帝国からファルシエラへ向かうルートには山が多い。そのため、本来は車では行きづらいのだ。噂によれば、徒歩で行くのが一番楽だとか。だが、一人で山道を歩いていくほどの体力は私にはなくて。そのため、リベルテが導き出してくれた車でも通ることのできるルートを自動運転車で行くことになったのだ。もちろん、行きも帰りも、である。
そんな帰り道、事は起きた。
両脇には森が広がる山道を走っていると、自動運転車が突如停止。信号なんて一つもないところなのに。なぜ停車したのかを不思議に思って車から降りると、足下に緑色の図形のようなものが浮かび上がっていた。例えるなら、巨大な魔法陣のようなもの。
その直後、魔法陣から光が溢れて。
私の意識は一旦そこで途絶えた。
ふと、瞼が開く。
頬には湿った土の感覚。手と指先からは砂利を触っているような棘のある感覚が流れてくる。森林のような植物の匂いが嗅覚を刺激し、耳からは遠くで葉が擦れ合うような音が入ってきていた。寝起きのはっきりとは見えない目で周囲を見ようとするが、視界にはぼんやりとした影のみ。ただ、周囲が薄暗そうであることだけは感じられた。
時が経ち、ゆっくりと上半身を起こす。
それから軽く目を擦って、ようやく視力が普段通りになってきた目で周囲を見回した。
私は知らない場所だった。谷底にでも落ちたのだろうか、そんな風に思えて仕方のないところ。両脇にある斜面はどこまでも高く、私がいるここはひたすら低い位置にあるのだ。
その数秒後、倒れている人間と思われる物体が視界に入った。
私がいるところからだと、十メートルほどは距離がある。
人影は動いていない。移動はせず、起き上がってくる様子もない。気絶しているのだろうか。いつかは私のように意識を取り戻すかもしれないけれど、でも、そのまま死亡するという可能性もゼロではないわけで。
いずれにせよ、この珍妙な状況について誰かと話したい。
だから私はその人影に近づいていった。
けれど、あと数歩というところで私の足は止まるーー倒れているのがビタリーだったから。
なぜ彼がこんなところに? まさか、歩いている途中で足を滑らせて、とか? いや、でも、それなら誰かが近くにいるはずだ。彼が一人でいるわけがないのだから、転落しなかった者が斜面の上から声をかけたりするはず。けれど、そんな声は聞こえてこない。ということは一人で? あるいは、何か別の原因があってここに?
いずれにせよ、ビタリーとは関わりたくない。
何をされるか分からないから。
ひとまずその場から離れようと考えたのだが、やはりどうしても気になって、恐る恐る声をかけてしまう。
「……ビタリー?」
数秒後、倒れている彼の目もとが僅かに動いた。
取り敢えず命を落としてはいないようだ。
「……大丈夫?」
非常時だから仕方ない、と言い聞かせ、もう一度声掛けを行う。
すると、十秒ほどの沈黙の後、彼の瞼が開いた。
「……?」
ビタリーは掠れた声を漏らす。体は横にしたままで。
しかし、その言葉はキエルの言葉で、私には意味が理解できなかった。
いざそうなった時、ふと、予備の自動翻訳機を持っていたことを思い出す。私はポケットからそれを取り出して、彼の耳に装着した。
「気がついた? 大丈夫?」
「……なぜ」
「私もよく分からないわ。ただ、気づいたらここにいたの」
無事会話できるようになった。
「崖から落ちた? ……あるいは、ここへ来る前、何かおかしなことでもあった?」
まだ分からないことだらけ。何がどうなってここへ来たのか、なぜビタリーがいるのか、謎は山ほどある。
近づいていた二人の距離が遠ざかる。
夜の主が目を覚ましたかのように風が巻き起こり、周囲の樹木が気味悪く揺れる。葉と葉が擦れ合う乾いた音が響き、その中で、数枚の葉は地上へ舞い降りた。舞い降りる運命を辿ることとなった葉は、地表に降り立つ直前でほんの少し巻き上げられ、それから優雅に地表へ到着する。
「なかなかやるようですね」
アナシエアは杖の一番下で地面をとんと叩く。すると、そこから風が起こる。彼女が着ているマーメイドラインのスカートの裾がふわりと舞い上がったようにも見えた。
「ま、護身程度はね」
「素晴らしいことです。しかし、我々はキエル皇帝を許すわけには参りません」
そう述べて、アナシエアは杖を再びビタリーに向けた。
ビタリーはまだ余裕のある表情。
「許す? 許さない? そんなことは知らないよ。僕には関係ない」
「貴方はご存じないのやもしれませんね。我々、ラブブラブブラブラの一族が、かつてどのように扱われてきたか。知らぬのならば、教えて差し上げましょうか」
アナシエアは冷たくも穏やかな声色で言った。
だが、ビタリーはすんなりとは頷かない。頷くどころか、目を細めて「どうでもいい」というような顔。
「いずれにせよ、敵であることに変わりはない。それなら話は早いよ。消すだけのことだからね」
「やはり……貴方もキエル皇帝なのですね。立ち塞がる者は潰す——どの代になっても、その思考は変わらぬということなのですね」
できるなら歩み寄ろうと考えているのか比較的穏やかに接していたアナシエアだったが、その言葉を最後に、全身にまとう空気を一変させた。
「残念です」
言葉を合図にしたかのように、地面に緑色の魔法陣のようなものが出現した。
足下に突然出現した謎の図形を、ビタリーは怪訝な顔で見る。
その数秒後。
魔法陣のようなものから光が溢れ、ビタリーはその光に飲み込まれた。
やがて、光が溢れるのが落ち着く。その時、確かに存在していたはずのビタリーの姿はなくなっていた。木々に覆われたその場所に存在しているのは、アナシエアと気絶したカマカニのみ。
「苦しみ、果てなさい」
◆
ラインの故郷からの帰り道、私は、自動運転車に一人で乗っていた。
キエル帝国からファルシエラへ向かうルートには山が多い。そのため、本来は車では行きづらいのだ。噂によれば、徒歩で行くのが一番楽だとか。だが、一人で山道を歩いていくほどの体力は私にはなくて。そのため、リベルテが導き出してくれた車でも通ることのできるルートを自動運転車で行くことになったのだ。もちろん、行きも帰りも、である。
そんな帰り道、事は起きた。
両脇には森が広がる山道を走っていると、自動運転車が突如停止。信号なんて一つもないところなのに。なぜ停車したのかを不思議に思って車から降りると、足下に緑色の図形のようなものが浮かび上がっていた。例えるなら、巨大な魔法陣のようなもの。
その直後、魔法陣から光が溢れて。
私の意識は一旦そこで途絶えた。
ふと、瞼が開く。
頬には湿った土の感覚。手と指先からは砂利を触っているような棘のある感覚が流れてくる。森林のような植物の匂いが嗅覚を刺激し、耳からは遠くで葉が擦れ合うような音が入ってきていた。寝起きのはっきりとは見えない目で周囲を見ようとするが、視界にはぼんやりとした影のみ。ただ、周囲が薄暗そうであることだけは感じられた。
時が経ち、ゆっくりと上半身を起こす。
それから軽く目を擦って、ようやく視力が普段通りになってきた目で周囲を見回した。
私は知らない場所だった。谷底にでも落ちたのだろうか、そんな風に思えて仕方のないところ。両脇にある斜面はどこまでも高く、私がいるここはひたすら低い位置にあるのだ。
その数秒後、倒れている人間と思われる物体が視界に入った。
私がいるところからだと、十メートルほどは距離がある。
人影は動いていない。移動はせず、起き上がってくる様子もない。気絶しているのだろうか。いつかは私のように意識を取り戻すかもしれないけれど、でも、そのまま死亡するという可能性もゼロではないわけで。
いずれにせよ、この珍妙な状況について誰かと話したい。
だから私はその人影に近づいていった。
けれど、あと数歩というところで私の足は止まるーー倒れているのがビタリーだったから。
なぜ彼がこんなところに? まさか、歩いている途中で足を滑らせて、とか? いや、でも、それなら誰かが近くにいるはずだ。彼が一人でいるわけがないのだから、転落しなかった者が斜面の上から声をかけたりするはず。けれど、そんな声は聞こえてこない。ということは一人で? あるいは、何か別の原因があってここに?
いずれにせよ、ビタリーとは関わりたくない。
何をされるか分からないから。
ひとまずその場から離れようと考えたのだが、やはりどうしても気になって、恐る恐る声をかけてしまう。
「……ビタリー?」
数秒後、倒れている彼の目もとが僅かに動いた。
取り敢えず命を落としてはいないようだ。
「……大丈夫?」
非常時だから仕方ない、と言い聞かせ、もう一度声掛けを行う。
すると、十秒ほどの沈黙の後、彼の瞼が開いた。
「……?」
ビタリーは掠れた声を漏らす。体は横にしたままで。
しかし、その言葉はキエルの言葉で、私には意味が理解できなかった。
いざそうなった時、ふと、予備の自動翻訳機を持っていたことを思い出す。私はポケットからそれを取り出して、彼の耳に装着した。
「気がついた? 大丈夫?」
「……なぜ」
「私もよく分からないわ。ただ、気づいたらここにいたの」
無事会話できるようになった。
「崖から落ちた? ……あるいは、ここへ来る前、何かおかしなことでもあった?」
まだ分からないことだらけ。何がどうなってここへ来たのか、なぜビタリーがいるのか、謎は山ほどある。
0
あなたにおすすめの小説
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない
白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。
女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。
佐藤サトシは30歳の独身高校教師。
一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。
一年A組の受け持つことになったサトシ先生。
その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。
サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる