奇跡の歌姫

四季

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177話「フリュイの疲れたような発言」

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 一連の公演、その終着地点。それがクーオ劇場だった。
 これまで私が演じてきた劇場よりは規模が大きく、五百近い席数がある。

「今日、この公演でツアーが終わるワ。それと、今日は放送も入るノ。これからのために大事な公演ヨ。頑張ってネ」

 開幕の直前、舞台袖でミソカニに告げられた。

 私からすれば「だからってどうしろと言うの?」というような感じだ。大事と言われても、それで何がどう変わるのか分からない。これまでの公演だって、一回一回を大切に思って出演してきたのだから。

 これが放送されるのか——そう思うと、何とも言えない気分になる。

 不快というわけではない。
 ただ、不思議というか何というか。

 ついこの前まで隠れて生きていた私が、今は舞台の上で光を浴びている。姿をファルシエラの多くの者に晒す。

 その事実があまりに非現実的で、不思議で仕方がないのだ。

 ただ、そんな不思議に思う気持ちが、現実の時の流れを変えたりはしない。時は刻まれる。何も待たず、誰も待たず、時間は流れていく。

 そして、今日もまた、開幕の時が来る。


 靴を履かない、素足のままで、舞台へと進んでいく。

 どこの劇場も、床は冷たい。裸足で舞台へ進んでいく時、私はいつも、異様にその冷たさを感じる。足の裏の感覚がこんなに鮮明になる時なんて、この時以外にはない。

『村を悲劇が襲った。それがその娘の絶望の記憶だった』

 夜の闇の中、足を引きずるようにして歩く。
 みすぼらしいワンピースだけを身にまとい、希望など欠片も持たずに。

『その悲劇は多くの者の生命を奪った。娘の肉親も、くれないに焼かれる』

 無の空間を訳もなく見つめる時、私はふと思い出すことがある。

 それは、地球で過ごした最後の記憶。美しかった青い空が変わり果てた、あの日のこと。

 愛しくはなかった。つまらない世界だと思っていた。それなのに、思い返せば、不自然なほどに懐かしい。未練なんてあるはずがないのに、こうして静寂にいるとなぜか思い出してしまう。

『何もない。すべてが闇に消える。——だが娘は、世に未練はなかった』

 フリュイの静かな朗読の合間には、呼吸だけの瞬間があった。
 客席に座る人、一人一人の息遣いまで、確かに聞こえてくる気がする。

『もはや彼女に考える力は残されていない……』

 紅を散らした闇を見つめるのは誰か。

 それが私なのか、物語の主人公なのか、それすらよく分からなくなってくるほどに。

 私と彼女は鏡に映したようなもの。
 一つであり、二人でもある。

 見つめる目とそこに在る肉体は間違いなく私のもので。けれど、胸に生きるのは私だけではなくて。

 手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、その娘は掴めない。

 彼女は私であり、私は彼女でもある——その奇妙な感覚に、今日も言葉を詰まらせる。


 毎度のことだ、気づけば終わっているのは。

 公演中には色々なことを考える余裕はない。公演とは道路を駆け抜けるようなもの。最中にいる時は、周囲に目を向ける余裕なんてないのだ。それで、気がついた時には、いつももう済んだ後なのである。

 拍手の温かさに安堵しつつ、終幕を迎える。

 少人数でのカーテンコールは心なしか寂しいけれど、心穏やかになれるこの時間は嫌いではない。

 特に今日は拍手が大きい気がする。客の数が多いからか、一連の公演の最後だからか、理由は定かではないけれど。ただ、確かにいつもより激しい拍手が鳴り響いている。

 暫しの拍手の後、観客は解散。
 幕は既に降りている。
 観客がほとんど去った頃になって、私とフリュイは舞台から退場することができた。

「はぁー。疲れましたね」

 舞台袖へとはけるや否や、フリュイはそんなことを言う。
 正直なのは悪いことではないが、今この状況でそれを述べる正直さというのは、良いものか悪いものかよく分からない。

「お疲れ様でした。フリュイさん」

 返し方が掴めないため、取り敢えず無難な言葉だけを発しておいた。

「どうも。そっちこそ、疲れてるんじゃないですか?」
「いえ、私はたいして何もしていないので……」

 私にはセリフはない。声を発するタイミングというのは歌う時くらいのもの。他はすべて動きでの表現のみだ。それゆえ、喉はそこまで辛くない。

「してますよ。だってほら、演技してるじゃないですか。あと歌も」
「フリュイさんの方が凄いです」
「知ってます? 褒めても何も出ないって」
「見返りを求めて褒めたわけじゃ……」

 その後、ミソカニと合流。
 また、ミソカニの隣にはリベルテがいたので、彼とも再会することができた。


 その日はもう夜が近づいていたため、劇場近くのホテルに宿泊することとなった。

 ミソカニやフリュイ、他の関係者などは、それぞれで宿を確保していたようで。今夜のことは何も考えていなかった私は焦ったが、リベルテが気を利かせてくれたため、何とかホテルに泊まることが可能となった。

 リベルテと共に一夜を過ごすため、確保したのは二人部屋。

 そのホテルは豪奢なホテルではない。狭めの部屋がたくさん入った、出張の者が泊まるようなホテルだ。そのため娯楽施設的な要素は控えめ。ただ、ベッドはきちんとあったし、手洗い場や浴槽も設置されている。だから、一晩過ごすくらいなら文句はない。

「部屋取ってくれてありがとう、リベルテ」

 私服に着替えた状態で、白色のベッドに腰を下ろす。尻に乾いた弾力を感じる。

「いえ! リベルテの仕事でございますから!」
「手配が早かったわね」
「雑用はこのリベルテにお任せ下さい。リベルテ、そういったことは得意なのでございます」

 元々部屋の敷地が狭めで、ベッドが大きめであるため、室内の自由に動けるスペースは小さい。こじんまりとした構造だ。それを思えば、共に泊まるのがリベルテで幸運だったかもしれない。リベルテは小柄なので、邪魔にならない。そういう意味では、彼は共に泊まることに適した人物である。

「お風呂に入られますか?」
「そうね。でも……疲れたわ。正直今は寝たい気分ね」

 ひとまず公演はすべて終わった。そのことへの安堵感があるせいか、今日は異様に眠たい。緊張感から解き放たれ、気が緩んでいるのかもしれない。

「では、お眠りになりますか?」
「えぇ……。入浴は朝にするわ」
「承知致しました! では、ゆっくり休んで下さい」
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