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前編

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 もう死のうと思った。

 婚約者フィフスベリーズに裏切られたから。

 彼のことを愛していた。
 そして共に行く未来を幸せなものと信じて疑わなかった。
 けれどもそれは所詮幻。
 私がただ一人信じて見つめていただけの未来だった。

 彼が一番愛しているのは私ではなかった――フィフスベリーズには他の女がいたのだ。

 彼には誰よりも愛している女がいた。

 それを知り、さらには捨てられ、私にはもう光はない。

 だからすべてを終わりにしようと考えて、ここへ来た。

 自宅から徒歩十分のところにある海の見える崖。見上げれば空が、見下ろせば海が。そして真っ直ぐ見据えたなら、青と青が重なる一本線が目に入る。

 美しいところだ。
 だからこそ最期に相応しい。

「さようなら」

 呟いて、一歩前へ進んだ。

 足が地から離れる。
 重力は素直だ。
 私の身体を垂直落下させる――。

 そして、気を失った。


 ◆


「おう、目が覚めたか」
「えっ……こ、ここは?」

 気づけば私はすべてが青い場所にいた。

 まるで海の中みたい。

「飛び降りただろ? 崖から」

 喋りかけてきているのは、男性の人魚。

 腰から下は魚の形だ。

「あ……は、はい」
「危ないことするなよな! 死んだらどうする!」
「……いえ、私は死ぬ気で飛び降りたのです」
「は?」
「ですから、死んで良かったのですよ」

 言うと、彼は尾のような部分でぱしぃんと地面を叩いた。

「死んでよかった? 馬鹿なことを言うな!」

 彼は怒っていた。

 どうしてそんなに怒るの? 私のことなんてどうでもいいだろうに。知り合いでもないのになぜ怒りを露わにする? 他人だろう、放っておいてほしい。
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