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11話「二人で過ごす時間」
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ディアからお誘いがあって、今日は彼と王城敷地内を散歩することとなった。
爽やかな風の中を歩く。
周辺を眺めてみても怪しさは不気味さはほとんどと言って差し支えないくらいない。
なんてことのない平和な場所に思える。
彼は以前国が魔物による被害を受けていると言っていたが、今のところこの国のそういう面は少しも目にしていない――あれは一体何だったのだろう、なんて思いつつの日々だ。
「あの、ディアさん」
「はい?」
「いつも……お茶とかお菓子とか、与えてくださって、ありがとうございます」
こうして異性と隣り合って歩くというのはほぼ初めての経験だ。
あちらの国ではそういった経験を私に与えてくれる人はいなかった。
誰も私を愛さない。
ずっと、それが普通だった。
「ああ、いえ、あの程度どうということはありませんよ」
彼はそう言って微笑む。
柔らかな笑みを向けられると心がとろけてしまいそうだった。
「そういえばこれまであまり確認できずにいましたが、お口に合っていますか?」
「あ、はい。もちろんです」
素早く答えれば、彼は「なら良かった」と目もとに明るい色を滲ませる。それから数秒間を空けて「もし苦手なものなどありましたら、遠慮なさらず、気軽にお伝えくださいね」と続ける。彼は気遣いという概念を持っている人物だった。
「それにしても、このお城はとても美しいですね」
「そうですか?」
「はい。とても綺麗です。心洗われるようで、こうして歩いているだけで心地よいです」
なんてことのない言葉を交わすだけでも心が柔らかくなる。とても不思議な現象だ、こんな感覚を味わったのはこれが初めて。けれども嫌な感覚ではない。むしろ心地よいことである。
「そう言っていただけますと、王家の人間としては嬉しいです」
彼はさらりとそんな風に言葉を返してきた。
どんな時も自然なのに凛とした高貴さのあるディアは、こうして傍で眺めていれば眺めているほどに魅了されるような特殊な魅力をまとっている。
「そういえば、エリサさんは花などお好きですか?」
青く澄んだ空の下、二人隣り合ってゆったりとした足取りで歩みながらのんびりしていると、ディアが唐突に尋ねてきた。
「花、ですか?」
「ええ」
「そうですね、好きです。綺麗ですよね、お花」
問いの意図は分からない。
取り敢えず深く考えずに答えておいた。
変に思われないと良いのだが……、なんて、つい不安になるけれど。
だが彼はそんなことで他人を悪く思うような人ではないと思う。
そんな心の狭い人ではないはずだ。
世の中には勝手に期待して勝手に幻滅するような自分勝手な人間というのも存在する、が、彼をそういう身勝手を絵に描いたような人物だろうと想像することはない。
「お好きな種類などありますか?」
さらに質問が飛んできて。
「あ……っと、すみません。詳しいわけではないんです。一般的な捉え方として綺麗と思うというだけで……」
すぐには答えられず。
曖昧な言葉を発することしかできない。
「そうでしたか」
彼は不快そうな顔はしていないけれど、それでも罪悪感が生まれてしまう。
「すみません、先に伝えておくべきでした……」
「いえいえ。そんな風に謝らないでください。詳しいかどうかを尋ねたわけでもないですし」
けれども結果的には彼の声がその罪悪感を消してくれる。
ただただ清らか。
そして淡い幸福を感じる。
こんな風に言うと大層だと笑われてしまうかもしれないけれど――彼と出会えたことに既にかなり感謝している。
「ではお好きな色などありますか?」
「色……」
「ざっくりとでも問題ないですよ」
一歩ずつ歩んでゆこう。
今はただ純粋な心で彼の隣にいたい。
「ええと……ごめんなさい、曖昧で。でも、わりとどのような色でも好きです」
「暖色寒色など」
「そうですね、どちらかというと寒色系かもしれません」
なんてことのない言葉を交わしながら。
「寒色ですか」
「はい」
「おしゃれな印象ですね」
「そう、でしょうか」
「エリサさんのイメージに近いように思います」
地味な私。
パッとしない私。
そういったものが露わになってしまっているようで、少しばかり恥ずかしい。
「私、やはり、暗いですか……?」
「ああいやそういう意味ではなく」
けれども彼はマイナスな言葉は使わない。
「違います?」
「悪い意味で言ったのではありませんよ」
じめじめした私にでも爽やかな春風のように接してくれる。
「何だか、フォローさせてしまってすみません……」
爽やかな風の中を歩く。
周辺を眺めてみても怪しさは不気味さはほとんどと言って差し支えないくらいない。
なんてことのない平和な場所に思える。
彼は以前国が魔物による被害を受けていると言っていたが、今のところこの国のそういう面は少しも目にしていない――あれは一体何だったのだろう、なんて思いつつの日々だ。
「あの、ディアさん」
「はい?」
「いつも……お茶とかお菓子とか、与えてくださって、ありがとうございます」
こうして異性と隣り合って歩くというのはほぼ初めての経験だ。
あちらの国ではそういった経験を私に与えてくれる人はいなかった。
誰も私を愛さない。
ずっと、それが普通だった。
「ああ、いえ、あの程度どうということはありませんよ」
彼はそう言って微笑む。
柔らかな笑みを向けられると心がとろけてしまいそうだった。
「そういえばこれまであまり確認できずにいましたが、お口に合っていますか?」
「あ、はい。もちろんです」
素早く答えれば、彼は「なら良かった」と目もとに明るい色を滲ませる。それから数秒間を空けて「もし苦手なものなどありましたら、遠慮なさらず、気軽にお伝えくださいね」と続ける。彼は気遣いという概念を持っている人物だった。
「それにしても、このお城はとても美しいですね」
「そうですか?」
「はい。とても綺麗です。心洗われるようで、こうして歩いているだけで心地よいです」
なんてことのない言葉を交わすだけでも心が柔らかくなる。とても不思議な現象だ、こんな感覚を味わったのはこれが初めて。けれども嫌な感覚ではない。むしろ心地よいことである。
「そう言っていただけますと、王家の人間としては嬉しいです」
彼はさらりとそんな風に言葉を返してきた。
どんな時も自然なのに凛とした高貴さのあるディアは、こうして傍で眺めていれば眺めているほどに魅了されるような特殊な魅力をまとっている。
「そういえば、エリサさんは花などお好きですか?」
青く澄んだ空の下、二人隣り合ってゆったりとした足取りで歩みながらのんびりしていると、ディアが唐突に尋ねてきた。
「花、ですか?」
「ええ」
「そうですね、好きです。綺麗ですよね、お花」
問いの意図は分からない。
取り敢えず深く考えずに答えておいた。
変に思われないと良いのだが……、なんて、つい不安になるけれど。
だが彼はそんなことで他人を悪く思うような人ではないと思う。
そんな心の狭い人ではないはずだ。
世の中には勝手に期待して勝手に幻滅するような自分勝手な人間というのも存在する、が、彼をそういう身勝手を絵に描いたような人物だろうと想像することはない。
「お好きな種類などありますか?」
さらに質問が飛んできて。
「あ……っと、すみません。詳しいわけではないんです。一般的な捉え方として綺麗と思うというだけで……」
すぐには答えられず。
曖昧な言葉を発することしかできない。
「そうでしたか」
彼は不快そうな顔はしていないけれど、それでも罪悪感が生まれてしまう。
「すみません、先に伝えておくべきでした……」
「いえいえ。そんな風に謝らないでください。詳しいかどうかを尋ねたわけでもないですし」
けれども結果的には彼の声がその罪悪感を消してくれる。
ただただ清らか。
そして淡い幸福を感じる。
こんな風に言うと大層だと笑われてしまうかもしれないけれど――彼と出会えたことに既にかなり感謝している。
「ではお好きな色などありますか?」
「色……」
「ざっくりとでも問題ないですよ」
一歩ずつ歩んでゆこう。
今はただ純粋な心で彼の隣にいたい。
「ええと……ごめんなさい、曖昧で。でも、わりとどのような色でも好きです」
「暖色寒色など」
「そうですね、どちらかというと寒色系かもしれません」
なんてことのない言葉を交わしながら。
「寒色ですか」
「はい」
「おしゃれな印象ですね」
「そう、でしょうか」
「エリサさんのイメージに近いように思います」
地味な私。
パッとしない私。
そういったものが露わになってしまっているようで、少しばかり恥ずかしい。
「私、やはり、暗いですか……?」
「ああいやそういう意味ではなく」
けれども彼はマイナスな言葉は使わない。
「違います?」
「悪い意味で言ったのではありませんよ」
じめじめした私にでも爽やかな春風のように接してくれる。
「何だか、フォローさせてしまってすみません……」
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