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前編

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 帝国軍に入ったばかりの私マレイは、戦闘の師匠である青年トリスタンと、基地内の食堂で昼食をとっている。訓練を終えての昼食なので、食が進む。

 今日の昼食は、いつもよりがっつり系だ。

 牛肉入りスープにガーリックパン。厚いハムが山ほど乗ったハムサラダ。そして、羊肉ステーキの甘辛ソースがけ。

 ……とにかく、肉ばかりである。

「マレイちゃん、何か話題とかある?」

 サラダの上に山積みになったハムを一枚一枚食べていると、トリスタンが唐突に言ってきた。
 いきなりどうしたのだろう、と思いつつ返す。

「どうしたの? いきなり」

 すると彼は、美しい青の瞳を輝かせる。

「何か、マレイちゃんが喜ぶような話ができればいいな、と思って」

 彼の瞳は海みたいな深みのある色をしている。単色ではない。いくつもの色を混ぜ合わせたような、味のある自然な色味だ。

「えぇと……」

 私は困ってしまう。いきなり「話題」などと言われても、何も思いつかない。急に、というのは苦手なのだ。どちらかというと、考える時間が欲しいタイプである。

「何かありそう?」
「……しりとり、とか」

 言ってから、内心後悔した。何の繋がりも無く突然しりとりだなんて、馬鹿らしいと思われるかもしれない。

 だが、トリスタンは意外にも、「いいね」と言ってくれた。
 その表情を見る感じ、気を遣って言っているといった感じではない。

「じゃあ早速。僕から始めていいかな」

 何やら妙にやる気だ。

「えぇ」
「それじゃあ……帝国軍」

 て、い、こ、く、ぐ、ん。

 そんな風に一文字ずつゆっくりと発するトリスタン。

 聞こえやすいように言ってくれるのはありがたい。ありがたいのだが、最後が「ん」になってしまっている。これではいきなり終わってしまう。
 非常に言いづらいが、勇気を出して、私は指摘することにした。

「ちょっと、トリスタン」
「ん?」

 子どものような純粋な目でこちらを見てくる。

「それじゃ続かないわ。しりとりは最後が『ん』だと終わるのよ」
「あ。本当だ、ごめん」

 恥ずかしそうに笑みを浮かべるトリスタン。
 視線はこちらだが、両手はガーリックパンをちぎっている。素手でそんなにしっかり持っては、指がガーリック臭になってしまいそうな気がする。

「それじゃあ、化け物」

 ……そんなところ?
 まあ、いいだろう。『ん』で終わらない単語なら問題はない。

「飲み水」
「ズボン下」

 トリスタンが、一口サイズにちぎったガーリックパンを、さりげなく口へ入れていた。食欲をそそる独特の香りが辺りを包む。

「えぇと……『た』よね。た、た……」

 私は『た』から始まる言葉を考えながら、ハムをちまちまと食べる。ほどよい塩味が、訓練で疲れた体にじんわりと染みわたっていく。

「たき火!」
「おぉ、良いね。暖かそう」

 一体何のコメントだろうか。

「美少女、で」

 なぜそんな言葉が出てくるのか、いまいち理解できない。トリスタンが思いつく言葉は、何とも言えない独特さがある。

「それは『よ』か『じょ』かどっち?」
「特に希望はないかな。マレイちゃんの好きな方でいいよ」

 ガーリックパンを数回に分けて食べたトリスタンは、牛肉入りスープへ意識を移している。

「なら『よ』でいくわね。欲望」
「意味深だね」
「トリスタンに言われたくないわ」
「ま、そっか」

 スープを飲みながら、トリスタンは楽しそうに笑った。

「海」
「いいわね! 海は好きよ!」

 十歳からこの前まで、私が暮らしていた街は、海の近くだった。真っ青な海原には、いつも心を奪われていたものだ。

「みー……ミカンジュース!」
「健やか」

 それはありなのだろうか。
 多少疑問だが、細かいことまでとやかく言う気はないため、そのまま進めることにした。遊びなのだから、少々おかしくとも問題はないだろう。

「貝殻」
「それじゃあ、来週」
「歌!」
「マレイちゃんらしい良い言葉選びだね」

 しりとりは続く。どこまでも続く。

「じゃあ、たらいで」
「何それ……。いかだ」
「だるま」

 トリスタンはスープの中の牛肉、私はサラダの上のハム。
 それぞれ、淡々と食べていく。

「枕」

 私がそう言った瞬間、トリスタンが驚きを露わにする。

「えっ! マレイって言わないの!?」

 何かミスをしてしまったかと焦ったが、どうやらそうではないらしい。

「自分の名前なんて、言いづらいわ」
「そういうもの?」

 トリスタンはきょとんとした顔で首を傾げた。

「とにかく、枕!」
「そうだった。えっと……、ラブリーマレイ」
「はい?」

 耳を疑ってしまった。
 いきなり何を言い出すのか。わけが分からない。

「ラブリーマレイ、だよ。ラブリーなマレイちゃんのこと」

 トリスタンは穏やかな声色で説明してくれた。

 彼は恥ずかしげもなくそんな珍妙な単語を言い放ち、曇りのない瞳で私を見つめている。普通なら少しくらい恥じらいそうなものだが、恥じらっている様子は微塵もなかった。
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