昼時のカトレア 〜束の間の平和を楽しむも、才能〜

四季

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後編

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 ラブリーマレイなどという極めて珍妙な単語が飛び出したことに戸惑いつつも、私はしりとりを続ける。

「イクラ」
「意外なところだね。『ら』だから……じゃあ、ラクダで」
「脱出」
「早っ。月夜」

 トリスタンは、ガーリックパンに続いて牛肉入りスープも食べ終えた。彼の食事スピードは、私のそれよりずっと早かった。
 私が遅いだけという可能性もないことはない。しかし、これまで生きてきた中で「食べるのが遅い」と言われたことはないため、やはりトリスタンが早いものと思われる。

「宵闇」
「マレイちゃん渋いね。えーと、じゃあミリリットル」
「ルール」
「えっ、また『る』なの!?」

 同じ文字返しをしてみたところ、トリスタンはその整った顔に、動揺の色を浮かべた。目を大きく見開いている。深みのある青の瞳が目立つ。

「そうよ。駄目?」
「い、いや。駄目じゃないけど……」

 トリスタンは気を遣うような表情になる。

「取り敢えず、頑張ってみるよ。ルーレット」

 何とか次へ繋がった。
 こう言っては大層かもしれないが、彼の努力のおかげでしりとりは終わらずに済んだのだ。彼の広い心に感謝である。

 今日も変わらず美しく、そして優しいトリスタンに、私は穏やかな気持ちになった。

 化け物のことなんて、戦いのことなんて、もう忘れてしまいたい。すべてを捨て去ってしまいたい、と、今はそう思う。
 いつの日か、この国にも平和が訪れるだろうか。化け物の襲撃に遭うことのない、平和な日が。もしもこの先、そんな日が来たら、もっと純粋にしりとりを楽しめるかもしれない。

「……マレイちゃん?」

 つい考え込んでしまっていた私に、トリスタンが声をかけてくる。
 その眼差しは、傷をすべて癒やしてくれそうなほどに優しい。

「あっ……私の番?」

 正気に戻った私は尋ねた。
 すると彼は、柔らかな視線をこちらへ向けつつ、答える。

「うん。僕はルーレットって言ったよ」
「そ、そう……」

 トリスタンは楽しそうにしているが、私は飽きてきた。そろそろしりとりを終わらせたい気分だ。
 だが、自分から提案しておいて「終わりにしたい」なんて言えるわけがない。そんなのはあまりにも自分勝手すぎる。そこで、しりとりを終わらせられそうな言葉を探す。

「思いつかない?」

 不安げに見つめてくるトリスタン。
 彼の青い双眸には、私の姿がくっきりと映っている。表情や眉の動きさえ視認できるほどの完璧な映りぶりは、まるで鏡のよう。それほどに、彼の瞳は澄んでいるのだ。

「大丈夫?」
「ルーレット、よね。少し待って」
「うん。分かった」

 トリスタンは相変わらず素直だ。待って、と言えば大人しく待ってくれる。


 ——それからしばらく考えた。

 そしてついに、「これだ!」と自信を持って言える言葉にたどり着く。

「トリスタン!」

 これなら今の状況で言っても違和感はない。そして、最後が『ん』なので、しりとりを終わることができる。

「マレイちゃん、それ、しりとりが終わってしまうよ?」

 彼は意外と冷静だった。
 名前を出せば少しくらいは恥ずかしがってくれるものかと思ったが、世の中そんなに甘くはないらしい。

「いいのよ。それでも、これが言いたかったの」
「そうだったんだ。なら仕方ないね」

 しりとりが終わってしまったことを残念に思っている顔だ。
 私が思っている以上に、彼はしりとりを気に入っていたのかもしれない。だとしたら、終わらせてしまって申し訳ない気もする。

「もしかして……まだ終わらせない方が良かった?」

 するとトリスタンは、頭を左右に動かす。
 それに合わせて、絹糸のような金髪が揺れた。

「ううん。マレイちゃんが終わる時が、僕の終わる時だよ」

 何とも言えない甘い言葉だ。彼は自覚なくこういうことを言い出すから、時折、大きな違和感を感じてしまう。

「しりとりも、人生も、ね」

 なぜだろう。妙に意味深に感じてしまった。こんなありふれた言葉でさえ意味深に感じてしまうのは、こんなご時世だからだろうか……。

「何よそれ。トリスタンってば、何だかおかしいわ」
「そうかな?」

 言いながら彼は、またしても、きょとんとした顔をする。
 穢れのない、純粋な、子どものような顔。これを向けられると、どうしても強くは出られなくなってしまう。

「えぇ。少し違和感があるわ」
「そういうもの?」

 トリスタンは決して子どもっぽい顔立ちではない。むしろ、子どもっぽいとは真逆の、美麗な容貌である。それなのに、たまに子どものように見えるのは、彼の心が真っ白だからなのかもしれない。

 既に半分近く荒んでしまっている私とは違い、彼の心は綺麗なのだろうな——そう思う時、少々羨ましくなることがある。

「そっか。嬉しすぎておかしくなってしまっていたのかな」

 トリスタンは唐突に笑みを浮かべた。幸福のただなかにいるような笑みを。

「嬉しすぎて、ってどういうことよ」
「え? それはもちろん」

 一呼吸おいて、彼は言う。

「マレイちゃんがしりとりの最後の言葉に僕を選んでくれたことだよ」

 文章をしっかり言いきった後、トリスタンの頬はほんのりと紅潮していた。
 もっとも、それに私が気がついたのは、だいぶ後だったが。


◆終わり◆
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