MELODIST!!

すなねこ

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#023 Contredanse

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東京都・年齢不詳男性「正直ものが馬鹿を見るって言いますよね。でも、馬鹿正直って言葉もあるでしょ?つまり、馬鹿が馬鹿を見るって事は……仕方のない事なんじゃないかってボクは思う訳ですよ。…意地悪ですか?」


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 緊急治療室に入ったウルフは一命は取り留めたものの、未だ予断を許さない状況だった。手術を担当した医師の話を聞いたノアは、彼の負った損傷の大きさに絶句した。

「生きているのが不思議な程だと言われたよ。旋律師メロディストでなければ命は無かっただろうね…」
ノアはそう告げながら待合室の長椅子に深く腰掛けた。
 目の前のジョンからの救援要請を受け、カフェテリアに車を飛ばしたのは副支部長であるノアであった。現場の指揮を放棄してまで、ウルフとジョンの搬送に当たった理由。それは、彼らが唯一、子連れの敵に遭遇して生き延びた人間だからである。
「詳しい事は社に戻ってから…と言いたいが、今聞かせて貰っても良いかい?なるべく早く、他の調査班にも情報を伝達しておきたいんだ」
彼の手には携帯電話が握られており、通話状態となっている。既に調査班の人間と繋がっているのだろう。
「…わかりました。身体的特徴は以前、本部より通達のあったものとほぼ一致していましたが詳細に話します。スーツの男、こちらは身長180センチ前後、中肉中背で黒いチロリアンハットを被っています。トランクケースに擬態したグロッケンを所持、演奏によって攻撃を与える能力を有すると思われます」
頭の中に焼き付けた男の描写を、丁寧に解説していくジョン。それに合わせてノアは手元のメモ帳にスラスラとペンで記録を残す。
「続いて、子供の方についてです。身長120センチ程度、細身で色白。金色のマッシュヘアに碧眼の少年です。聖歌を歌う事によって何らかの精神攻撃を与える能力者だと思われます。彼はスーツの男のことを『ラファエル』と呼んでいました。また、現在銃弾により右腕を負傷中です」
「ラファエル……三代天使の一人の名を冠するか…」
メモを書き終えたノアはボールペンの先端をトントンと用紙の表面に当てながら呟いた。
「皆、聞こえていたね。彼らはまたいつ何処に現れるかわからない。旋律師メロディストを追っていたようだから、追跡を担当している者は特に注意するように」
そう締め括ったノアは、目の前を通る看護師達の不審がる目を気にして、すぐさま携帯電話を胸ポケットに仕舞った。
「ジョン、悪いが此処に残ってウルフの事を頼めるかい?意識が戻ったらなるべく早く連絡を入れて欲しい」
「…っ!承知しました」
ジョンと握手を交わしたノアは、看護師達の間をすり抜けながら集中治療室前の廊下を進み、やがて彼の視界から消えていった。


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 病院が面する通りに待機させていたセダンに駆け寄ると、車外に出てきた秘書が後部座席のドアレバーを引きながら興奮気味にノアに話し掛ける。
「副支部長、つい先程オーストリアの楽団ギルド本社と連絡がついたという報告がありました。ジャックが敵に掌握されたようで、今は代替手段での通信となりますので大容量のデータのやり取りは明日まで待ってくれ、と」
秘書の報告を聞き、ノアは肩の荷の半分程が降りた様子で小さく息を吐いて安堵の表情を浮かべていた。
「…そうか。最悪の事態を想定したが、杞憂で済んだな。本当に良かった…」
出してくれ、というノアの合図で運転手がエンジンをかける。


 規制法案が否決されて以降、アメリカ国内では音エネルギーの武力転用を危惧する保守派層がその動きを活発にしつつあった。一部の情報によると、その反政府運動の中心には異端カルトと関係の深い人物がいるとのこと。政府からの護衛要請を受けていたが、社内のゴタゴタでまともに取り合う事ができていなかった事を思い出したノアは、胸ポケットに仕舞っていた携帯電話を取り出して着信履歴からある場所に電話をかける。


『やあ、初めまして』

聞き覚えのない声に、ノアは表情を曇らせる。
「……大統領府に繋いだつもりだが」
『ええ、こちらの番号でお間違えないですよ。私は今ホワイトハウスの中に居ますから』

神妙な面持ちで携帯電話から耳を離したノアは、ボタンを押して通話をスピーカーモードにする。

「お前は誰なんだ?」
『ああ、ご紹介が遅れました。私はユリエルと申します。貴方のお友達と楽しくおしゃべりをしていたところなんですよ、ミスターグラウス』
耳を澄ますと、ガサガサというノイズに混じって男の息遣いが聞こえる。
 ノアは現大統領であるダラス・シンプソンの私用電話に掛けていた。それを家族でもない他のものが取り、長々と通話しようなど、普通の状況ではない。
「…ダラスと話がしたい」
『おやおや、困りましたね。話がしたい…とは。先生、できますかね?』
男の背後にはまだ誰かがいるようだった。
『あー…残念です。先程まで息があったのですが……今し方、お亡くなりになったようで』
男の言葉が響いた車内に戦慄が走った瞬間、突如下から突き上げられるような衝撃が伝わり、続いて大きな爆発が起こった。
 ハイウェイの真ん中で燃え盛るセダンを見下ろす位置に聳える鉄塔。その頂に腕を絡めているビビットピンクの派手なロングヘアをポニーテールに纏めた女の肩に掛けられたストラップの先にはソプラノサックスが吊るされていた。


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 オーストリアの楽団ギルド本社では、連絡回線復旧後から電話が鳴り止まない事態となっていた。各国に派遣されていた旋律師メロディストからの状況確認、そして滞っていた依頼に関する顧客からのクレームが殆どである。

「社長!航空会社に確認が取れました!」

秘書であるウッド・モーガンが血相を変えて社長室に飛び込んでくると開口一番にそう告げた。デスクで電話対応に追われていたロジャーの前に立つち、息を切らしながら手に持っていた紙に殴り書きした内容を読み上げる。

「ボーイング907…上空で国籍不明機によるミサイル攻撃を受けて墜落。遺体の回収作業は既に終了…楽団ギルドから派遣した2名の死亡を確認…」
「2名……?」
ロジャーが訝しげな表情で聞き返すと、モーガンははっきりとした口調で答えた。
「はい。また、行方不明者リストの中にナカニシユウマ…タクトの偽名を確認しました」
託斗が生きているという望みを繋いだロジャーは、気が抜けたように背もたれに頭を預けながら深く息を吐いた。
「明日にはPHSも復旧する。タクトに直接連絡を…」
ロジャーの言葉を遮るように卓上の固定電話のベルが鳴る。モーガンに断りを入れると、ロジャーは受話器を持ち上げた。

『やっと繋がった!勘弁してくれよロジャー!』
まさに渦中の男からの連絡であった。
「タクト…お前が乗った飛行機が堕ちたと聞いた時は肝を冷やしたぞ。怪我も無いか?」
受話器の向こう側からケラケラと笑う声が聞こえてくると、返事を聞くまでもないとロジャーは安堵の表情を見せる。
「今、どこにいるんだ?すぐに迎えを出…「日本にいる。安全な場所で楽団ギルドの通信網が復活すんの待ってたんだよ。あ、暫くこっちにいるよ。それじゃ!」
息継ぎ無しの一方的な連絡を終えると、託斗は早々に電話を切ってしまった。ロジャーの耳元では、ツーツーと虚しい電子音が響いている。
 いつもの事だと自分に言い聞かせて苛立つ気持ちを落ち着かせたロジャーは、傍に立っていたモーガンに事付けた。
「ひとまず、タクトの件はこれで終了だ。アメリカ支部に関する被害状況の取り纏めと最新情報を流してくれ」
「承知しました」
従順な部下の背中を見送ったロジャーは、デスクの上に積まれた書類に視線を戻してペンを構えたが、ふと日本にいると言っていた託斗の言葉を思い返した。
「……どうやって太平洋を渡ったんだアイツは?」
フットワークの軽さだけでは到底説明のつかない距離を移動している彼の異常さに、身内ながらも底知れぬ恐ろしさを感じたのだった。


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 笑顔で戻ってきた託斗の姿を見て、老婆が出した緑茶を啜っている梓は眉を顰めた。
「…繋がったんだな」
「その通り!ロジャーには暫く日本にいて良いよって言われたからねー」
絶対嘘だな、と意気消沈するロジャーの姿を想像しながら梓は庭の野菜畑に視線を移した。
 ナス、ピーマン、トマトと色鮮やかな実を前にはしゃいでいる茅沙紀とシェリー、そして双子。彼女達が収穫した野菜を老婆が受け取ってザルの上に並べていた。
「良いわねー若いって。何やっても輝いてる」
青春だなぁ、と小声で呟きながら湯呑みを傾けた梓を見て託斗はやはり思ったままの事を口に出してしまう。
「あずあず、年寄りくさいよ…やっぱり老けたよね」


 老爺の庭の手入れを手伝っていた京哉と麗慈が戻ると、託斗が縁側でうつ伏せに倒れていた。特にその様子を気にする事もなく梓の隣に腰掛けた京哉。麗慈は投げ出されていた託斗の脚を蹴って退かしながらその隣に座った。
楽団ギルドとの通信、復旧したってよ」
「やっと直ったか…」
やけに嬉しそうな表情の麗慈に、梓は小首を傾げる。
「あの爺さんに筋が良いって言われてコキ使われてたからな、麗慈」
「アンタは皆に筋が良いって言われてるよねー」
麗慈は器用貧乏だとゲラゲラ笑っている京哉の両頬を鷲掴みにして睨み付ける。

「で、今後の話なんだけど」
後方から聞こえる声に驚いて振り返ると、託斗がいつの間にか起き上がっていた。
「攻められっぱなしも癪だから、一度殴りに行ってみない?」
シュッシュと腕だけでシャドーボクシングを始めた託斗の提案を聞いた三人は顔を見合わせる。

「攻めるって言ったって、奴らの居場所は?」
梓が空になった湯呑みを床に置きながら尋ねると、彼は自信ありげに腕を組みながら答えた。
「誘き出すんだよ。僕がエサになろうか?か弱そうだし」
ニヤニヤ笑って自分を指差した託斗だったが、三人はジトっとした不信感丸出しの目で彼を見ていた。
「アンタじゃ罠だってバレバレでしょ」
「俺、託斗が敵とやりあってる所見た事ないんだけど、マジでただのオッサン?」
麗慈が京哉に尋ねると、彼は苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
「少なくとも13年前は相手ぶっ殺す寸前まで素手で殴ってた」

 話が進まない京哉達の様子をじっと畑の中から見ていたシェリー。彼女は麦わら帽子を脱いでその中に軍手の土のついた方をひっくり返して入れると、茅沙紀に預けて歩き出した。

「……囮なら、アタシがやる」

思いもよらぬ申し出に、四人は目を見開いて暫くの間沈黙してしまった。


 静寂を破って最初に口を開いたのは、京哉だった。
「……お前なんか囮になるかよ」
彼が動揺しているのは誰の目にもわかった。
 シェリーは楽団ギルドの崩壊を願う者達が欲する何かを持っている。囮としてはこれ以上の適役はいない。
「……チサキも、ユウスケも…アタシも何か役に立ちたいと思ってる。巻き込まれた側とか言われても、やっぱり守られてるだけは嫌だ」
大きな金の瞳で京哉を見据える彼女の声は力強かった。彼女の覚悟を察して再び黙り込む面々。

「じゃあ、シェリーちゃんに行ってもらおうか」
そう言い出した託斗の方を振り向いた京哉は彼に食ってかかった。
「何言ってんだよ親父、シェリーは…「旋律師メロディストならお前が守ってみせろ」
遮ってきた託斗の言葉は、あの日のミーアの言葉を京哉に思い出させた。



『過去に戻る事はできないが、これからを変える事はできる。シエナは命を掛けて君を守った。その命を、次は君が誰かをこの世に繋ぎ止める為に使ってくれる事を、私やロジャーは望んでいる』






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 新宿大通りに、シェリーと茅沙紀の姿があった。
 土埃の舞う割れたコンクリートの上を進む二人の右耳には小型のイヤーモニターが装着されていた。敵と遭遇した場合に指示を受ける為である。
 茅沙紀の方を見たシェリーは不満げに唇を尖らしていた。
「…危ないのに、何でチサキまで?」
「理由は同じ…役に立ちたいから!それに、誘き寄せるためとはいえ、シェリーちゃん一人だけで歩いてたら流石に不自然でしょ?」
茅沙紀がニコリと笑った所で、イヤーモニターが託斗の声を受信した。
『ご協力に感謝!二人とも、絶対に大丈夫だから安心して作戦を遂行するんだよ』
根拠の無い事を言う託斗であったが、今回ばかりは二人も彼の言う「絶対に大丈夫」を肌で感じていた。

 暗い路地に入り、シェリーは目だけで周囲の様子を伺う。彼女は東京に戻ってきた瞬間から、何となく誰かに見られているような気配を感じていた。それは茅沙紀も同じようで、静かに視線を合わせるとそっとシェリーの着ているワンピースの裾を引っ張った。
 そのまま路地を進んだ先に、数日前まで暮らしていた喫茶店の入る廃テナントビルが見える。
 茅沙紀が周囲を確認しながら扉を開けると、店内は逃げ出した当時のままになっており、生々しい血の跡が赤黒く残されていた。


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 2階に上がり、シェリーの部屋のドアを開ける。割られた窓にはダンボールとガムテープで養生がされている為陽光からの明かりは期待できない。部屋の照明をつけなければ真っ暗な部屋だが、生活用に使用していたハンネス機関の蓄電容量も底をついているようでスイッチを押しても全くの無反応であった。

「チサキ、ドア開けといて。中入って取ってくるから」
そう告げたシェリーは一人、暗い室内に入っていった。クローゼットの代わりにしていたダンボールの箱を開け、中身を漁り始める。
 底の方から取り出した衣類を紙袋の中に詰めて立ち上がったシェリーは、窓を背に茅沙紀の待つ方へと歩き出した。

 刹那、窓側の壁が轟音と共に破壊されて、養生された窓枠ごとボロボロと崩れ落ちていく。一気に明るくなった室内で眩しさに耐えながら振り返ったシェリーの目の前に現れたのは、身長2メートルはあろうかという紫色の祭服を纏った大男。

『シェリーちゃんしゃがんで!』

託斗の声がイヤーモニターに届き、空かさず彼女はその場にしゃがんで腕で頭を覆った。
 部屋の押入れが開け放たれ、同時にナツキが構えた自動小銃が青白い弾丸を放ち始める。
「茅沙紀!シェリーを連れて一階に降りろ!」
騒音に負けない大声で叫んだナツキに大きく頷いた茅沙紀は、部屋から駆け出したシェリーと共に階段を駆け降りていった。

 瓦礫の山に隠れて銃弾の雨をやり過ごしたメタトロンがゆっくりと立ち上がって服の埃を払っていると、隣の廃ビルからサンダルフォンが飛び移って来た。
「あーっ!逃げられてる!馬鹿兄貴!」
不機嫌な表情で兄をポコポコと殴る彼女だったが、押入れの中から姿を現したナツキとフユキの方に視線を移すとニッコリと笑顔を浮かべる。
「白い燕尾服…楽団ギルドワンちゃんだね」
そう呟くと、サンダルフォンは背中に背負っていた細長いスーツケースを勢いよく床に降ろし、中からエレキベースを取り出してストラップに首を通した。
「紫の祭服を着た大男と少女の二人組…」
「京哉クンが言ってた異端カルトの使徒だね」
双子が並んだ姿を見て、サンダルフォンが感嘆の声を漏らした。
「すごぉい!初めて見た!そっくり双子!」
はしゃいでいる妹がベースの弦の上に手を置く。そして、指の腹で力強く弦を弾くスラップ奏法で何かを奏で始める。シールドの先に接続された小型のハンネス機関がビリビリと音を立てながら震え出し、彼女の隣に立つメタトロンの髪がバリバリと音を立てながら逆立った。そして、手足に取り付けられている長細い鉄の塊が電気を帯始める。

「双子くんには悪いけど、今はツインテールの女の子追わないといけないんだよね!」
そう言い残したサンダルフォンは、兄に肩車されると壁が崩れ落ちた大きな横穴から1階に飛び降りた。
「フユキ!」
ナツキの合図でフユキが構えたグレネードランチャーから発砲された青白い弾丸が兄妹の足元に着弾するも、その衝撃などモノともせずに走り去られてしまう。


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 息を切らしながら新宿大通りを走るシェリーと茅沙紀の背後に、大男の影が迫っていた。迫り来る足音と禍々しい気配を感じ取り後ろを振り返った茅沙紀の表情が凍り付いた。
「もう来てる!」
『スクランブル交差点の所まで頑張って走るんだ!』
背の高い廃ビルが四方に聳える場所に、経年劣化で薄くなった白線が交差している。

「待ちやがれガキ!」
膝を深く曲げて足の裏に力を込めると、高く飛び上がったメタトロンがシェリー達の頭上から襲い掛かろうとした。その間際、廃ビルの中から駆け付けた鬼頭がかつて選挙ポスターを貼るのに使用していた巨大な看板を振り回して兄妹を薙ぎ払った。
 木屑が舞い散る中、シェリーと茅沙紀は肩で息をしながら鬼頭の背後に隠れる。
「おい、そこのデケェの!」
声を張り上げた鬼頭に反応したメタトロンが答える。
「それはこっちのセリフだデケェの!!」
真っ二つに折れた看板の瓦礫の下から這い出した大男の横で妹が再びベースを掻き鳴らし始めた。兄が振り抜いた拳に電気が纏わりつきバチバチと音を立てている。そして、叩きつけるようなパンチを鬼頭が寸前の所で躱すと空を切った拳は地面に吸い込まれていき、遅れて巻き起こった衝撃波でアスファルトが捲れ上がった。
「妙なワザ使いやがるっ…!」
鋭利な破片から二人を守るように腕を広げた鬼頭は、次の瞬間には目の前に現れていたメタトロンの速い拳を顔面にまともに浴びてしまい、後方に仰け反る。
「ハジメくんっ!」「創さんっ!」
悲鳴のような二人の呼びかけに、鬼頭はギリギリ踏みとどまって割れたサングラス越しにメタトロンを睨みつけた。そして、猛スピードで振り回した腕を相手の首に当てる。
「おいおい…最近こんなのばっかりだなっ!」
今度は反撃してきたメタトロンの拳が鬼頭の頬に当たった。そのまま殴り合いが始まり、骨がぶつかり合う音がシェリー達の頭上で響く。
「しつこい、しつこーい!さっさとくたばれ禿頭ー!」
更に激しい曲を弾き始めたサンダルフォン。それと連動するように、拳や足にまとわりついている電気がより強力になっていった。繰り出した拳を去なされて両手首を捉えられると、鬼頭の体には一瞬電気が流れた。


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 バチバチと拳から放電するメタトロンと彼の後方でエレキベースを掻き鳴らす妹の姿に、鬼頭は襲い来る拳を避けながら彼らの攻撃手段について考察し始めた。

 サンダルフォンはエレキベースで発生させた音エネルギーをハンネス機関で増幅させ、更にスラップによって作り出したマイクロ波に乗せてメタトロンが手脚に装着している特殊な受電ユニットに無線送電していた。
 大男単体でも恵まれたフィジカルによって高威力の打撃を繰り出す事ができるが、受電ユニットにも超小型のハンネス機関が搭載されていて打音を拾ってわずかな衝撃波を産み出す。そこにサンダルフォンからの送電が乗る事で、常人離れした破壊力を得るのだ。

 鬼頭がシェリーと茅沙紀の前で腕を広げながら後退する様子を見たサンダルフォンは、ニヤリと笑う。
「兄貴!そろそろ10ミリアンペアぐらいいけそう?」
「おう!とっくにギア上がってきてるぜ!」

 先程の電撃よりも出力を上げようとしているようだ。これからの攻撃は電気の特性上更に高威力、広範囲に及ぶと察した鬼頭。先程の攻撃で手足に僅かな痺れを感じていた彼は、首をバキバキと鳴らして遠隔地にいる託斗に合図を送る。

『創くんの指示が出たら後ろの商業ビル跡に駆け込んで』
イヤーモニターから託斗の声が聞こえた直後、鬼頭がメタトロンとサンダルフォンを見据えたまま大声で叫んだ。

「行け!」

二人が駆け出したのとほぼ同時に、サンダルフォンが大きなダウンストロークで電力を兄に送る。繰り出された拳を寸前で避けるも、アスファルトにめり込んだ場所から半径3メートル程の範囲に電撃を帯びた衝撃波が走った。
 鬼頭が膝を着いた隙にメタトロンは逆の拳を振り下ろすも、咄嗟に躱されて耳の横を掠めた。勢いそのままに殴り付けた地面がバリバリと音を立てながら隆起する。
「兄貴!コイツこんなに図体デカいのにめちゃくちゃ動けるよ!」
「ああ!20まで上げていくぞ!」
サンダルフォンが更に激しく演奏を始めると、兄が纏っていた紫色の祭服がボロボロと燃え落ちた。



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 スクランブル交差点に面した廃ビルの中に逃げ込んだシェリーと茅沙紀。乱れる息を必死に鎮めながら瓦礫を避けて身を隠せる場所を探す。
 そして、奥に見えた半円状の受付カウンターの裏を目指し走り続けるものの、突如数メートル先の天井から通気口の金網が落下し、甲高い音を響かせてフロアの床に転がった。
 続けて、アサルトスーツを纏った男達がゾロゾロと通気口から1階フロアに侵入し、二人の行手を阻むように壁を作った。同時に数人がシェリーの方目掛けて駆け寄って来る。



「チサキ…ッ!」
茅沙紀に抱き付いて目をギュッと瞑ったシェリーに、迫り来る男の腕が伸びる。茅沙紀もシェリーの頭を両腕で抱え込みながら目を瞑った。

 そして、その指先が彼女の腕に触れようという間際、アサルトスーツの男の腕はだらんと垂れ下がり、前屈みの不自然な格好で胸から血を流し始めた。彼の後を追っていた男達は異変を感じ取り急いで足を止める。まるで何かに心臓を貫かれた男が宙を浮いているような状態なのだ。

 シェリーと茅沙紀の肩に何者かが掴まる感覚が伝わると、二人は安堵した表情でお互いの顔を見つめた。

「そろそろ解けるよ、京ちゃん!」

何処からともなく聞こえてきた梓の声。そして、今まで目の前の何も無かった空間に京哉の姿が現れる。彼女達の後方で肩を抱いていたのは梓だった。彼女はヴァイオリンを左顎に挟んだまま、弦から弓は離れていた。

 宙を浮く男の理由。それは、京哉の右手に握られていた太刀がアサルトスーツの男の胸を貫いていたからだった。彼が手首を返すと刃から男がズルズルと抜けて床に力無く倒れ込む。刃についた血を払い、向かってくる大勢の敵との立ち回りが始まった。
 飛び掛かってきた敵を下段から切り払って仰け反らせ、邪魔だとばかりに蹴り飛ばす。それを避けるように左右から雪崩れ込む男達が四方から京哉を押さえ込もうと飛び掛かった。しかし、彼らの動きを見た京哉が瞬時にしゃがみ込むとそのままの勢いでお互いの頭や顔を打ち付けてその場に静止する。
 一度納刀するように左手側の腰付近に太刀を滑らせた京哉は、姿勢を低く保ったまま抜刀回転斬りで四人を一気に片付けた。
 一人、また一人と地面に吸い込まれていく敵は最初50人近くの大軍勢だったものの、ほんの数分でその全員が制圧されてしまう。

『京哉、創くんがそろそろ持たない』

右耳のイヤーモニターから託斗の声が流れ、京哉は踵を返して走り出した。

 ガラス扉の向こうに彼の足音が消えていくと、フロア全体がシンと静まり返る。そして、息をするのを忘れていたのか茅沙紀がブハッと苦しげに声を上げた。
「た…助かった……」
シェリーと共に床にへたり込んだ茅沙紀を見て、梓はニコニコと笑っている。
「なぁに?私と京ちゃんがずっと後ろで護衛してたんだから心配することないのに」
「そ、それはそうなんですけど…やっぱり目の前に怖い人達が出てくると萎縮しちゃうっていうか…」
あわあわと身振り手振りで心情を伝えようとしている茅沙紀の横で、シェリーは落ち着いた様子で息を吐いた。



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 スクランブル交差点の真ん中で対峙する大男二人。そこら中のアスファルトが捲れ上がり足場の悪い中、メタトロンは身軽に左右のステップを踏みながら拳を構えている。その一方で、息を切らしながら肩を抑えている鬼頭。

 サムピングとプルを複雑に織り交ぜながら、サンダルフォンが楽しげに演奏を再開した。シールドの先に接続されているハンネス機関が先程よりも激しく上下に震え、兄の掌が纏う電気量も跳ね上がっているのがわかる。
 鬼頭は飛び上がって殴り付けてきたメタトロンの拳を両腕でガードすると、次に襲い掛かる反対の拳を避けて距離を取った。彼の動きを見て、向かいの大男は訝しげな表情をする。
「手品はじっくり見せるもんじゃねぇぞ、デケェの」
意味深な鬼頭の言葉にメタトロンは妹に合図を送った。
「そろそろ決めるんだね、兄貴!」
兄の意図を汲み取った彼女は、マイクロ波の出力を上げた。逆立っていたメタトロンの髪がバサバサと揺れ始め、彼の額からは汗が滲む。駆け出した兄の方をずっと注視していた筈の鬼頭だったが、気が付けば至近距離に彼が迫っており拳を振り上げている。
「仕掛けがわかっても力で捩じ伏せられたら意味ねーんだよ!デケェの!」
両足を地面に着けた瞬間に、突き出した拳が半径10メートル程の巨大なクレーターを形成した。物凄い風圧に晒された鬼頭はアスファルトの砕け散った瓦礫と共にその巨体を宙に浮かせる。捲れ上がった地面から吹き出した砂埃で辺り一帯が茶褐色に染まっていった。
 ほぼ視界がゼロという状況で目を細めると、上空から人影が落ちてくるのが見える。落下地点に先回りしたメタトロンがもう一度拳を構えてタイミングを見計らった瞬間、青白い光に包まれて血飛沫が舞った。

 肩の激しい痛みによろけたのはメタトロン。咄嗟に演奏を止めた妹は、鬼頭と兄の間に立つ白い燕尾服姿の京哉に目を凝らす。彼の持つ太刀の刀身は血に濡れており、ふと自分の足元に視線を移すとそこには彼女の兄の右腕が落ちていた。
「兄貴っ!!」
血相を変えて駆け寄ろうとしたサンダルフォンを、兄が左手で制止させる。
「弾け!50ミリアンペアだ!」
兄の大声に、妹は眉間にグッと力を入れながら頷く。
 皮膚のあちこちが焦げるなか、メタトロンは歯を食いしばりながら構えた。
「キョウヤ・ウガミ!やっぱりテメェはこの俺が殺す運命だったみたいだな!」
「だーから…それ、誤解だっつってんだろ?矢波の事なんて知ったこっちゃねーんだよ」
2回目の問答に飽き飽きという表情の京哉を見て、メタトロンは大股で足を踏み出しながら叫んだ。
「それでも殺す!テメェが原因だって事はわかってんだよ!」
爪の先から血が滲み始めた腕を振りかぶると、彼は京哉に向かって走り出した。


…………………………………………………………………………………



 土煙の舞うスクランブル交差点の様子をビルのガラス扉の内側から眺めていたシェリー、茅沙紀、梓の三人。黒い大きな人影がゆらゆらとこちらに近づいて来ているのが見え、梓は二人を自分の後ろに下がらせた。目を凝らして弓を構えた彼女だったが、人影の正体に気が付きガラス扉を開けて彼を招き入れた。
「お疲れ、創くん!」
割れたサングラスを外しながら屋内に入ってきた鬼頭は、疲れ切った様子で床に横倒しになって積まれていた棚の上にドカっと勢い良く腰掛けた。
「参ったぜ、まったく。人手が足りないのも困りもんだなぁ」
「託斗を出すわけにもいかなかったからね。麗慈は正面切った戦闘に向いてないし。創くんが居てくれて助かったよ」
笑顔でグータッチを交わす鬼頭と梓の横で、茅沙紀がまたもや慌て出した。
「はは創さん、肩どうしたんですか!?怪我してる…」
火傷を負った様子の鬼頭は、腕を上げながら平気だというアピールをした。
「コイツのお陰であのデケェ奴の種明かしを京哉にしてやれたんだ。怪我の功名ってやつだな」
種明かし?と問い返したシェリーに、鬼頭はニヤリと笑ってみせる。
「あの電気を帯びた攻撃のことでしょ?何アレ、触ったらこっちはおしまいじゃない。ズルい」
梓が眉を顰める様子に、彼はガハハと豪快に笑った。
「いや、攻略も案外簡単さ。電気を込めての殴りの前はモーションが違う。必ず地面に足が着いた状態じゃないとあの大技は出せないらしい」
そういえば、と梓は思い返した。
「人間が電気を帯びるなんてのは到底何のリスクも無しに出来る技じゃねぇ。アースと同じように身体側に流れてきた電気を逃した状態じゃねぇと、あの特殊な道具でぶっ放せねぇ。自分が感電しちまうからな」
「成程ねェ…」
納得したように小さく小首を振っている梓は、思い出したように再度問う。
「でも、出力上げられたらやっぱり危険なんじゃない?電気だし」
「それは奴にとっても同じさ。演奏とハンネス機関で電気は半永久的に生み出せるが、受け取る側がいつかは耐えられなくなっちまう」
鬼頭のわかりやすい解説に、一同はパチパチと拍手を送った。そして、そんな敵と対峙している京哉の様子を見守るべくガラス扉の前に戻っていった。


 一方、遠隔地から指示を出していた託斗は、新宿上空に飛ばしたドローンの映像を路地裏に停車させていたワゴン車の中から眺めていた。
「あとどれくらい保つと思う?」
運転席に座っている麗慈に向けて問い掛けた託斗はニヤニヤと笑顔を浮かべていた。
「どっちが?」
「どっちも!」
妙に楽しげな様子の彼にイライラしながらも、麗慈は仕方なくといった表情で回答する。
「男の方はこのままだと5分持たないだろうな。その前に女の方がくたばりそうだけど」
彼がそう言う間に、ドローンからの映像ではサンダルフォンがその場にしゃがみ込んで手首を押さえていた。
「僕もそう思ってたーって言おうと思ったのに……」
「何がしたいんだよアンタは…」
先に答え合わせされたと言って唇を尖らす託斗の様子に呆れ返っていると、画面からは兄が妹に駆け寄る映像が流れてきた。
「アイツ、どーすんだろうな。甘ェから」
麗慈がボソリと呟くと、それまで散々ニヤけていた託斗の顔から表情が消えた。
「殺せないだろうね。仕事じゃないから」
明らかに雰囲気の変わった彼の様子をフロントミラーで確認した麗慈は、此方に向かってきている双子達に連絡を入れようとトランシーバーに手を掛けた。


…………………………………………………………………………………



 手首を押さえながらアスファルトに蹲るサンダルフォン。彼女に駆け寄った兄の方も痺れる脚を引き摺っていた。
「おい…!まさかもう…」
「っ……馬鹿兄貴!戦闘中に敵に背中向ける奴がいるかよ!」
妹は兄の肩を掴みながら立ち上がると、弦の上に手を乗せた。
「もう止めろ!あんな奴俺一人で十分だ!」
腕を掴まれた妹は矢張り動かすのにも激痛が走るようで悲鳴を上げる。

 二人の様子を近くで見ていた京哉は、どうしたものかと髪を掻いていた所、こちらを振り返ったメタトロンと目が合った。
「…なに?命乞い?」
唇を尖らせて尋ねると、鼻で笑ったメタトロンは立ち上がって踵を返す。
「はっ…そんなダセェ真似誰がするかよ!さっさとその憎たらしい顔ぶっ潰してやるからよ!」
駆けて来た大男の左腕の大振りは空を切り、代わりに京哉の拳が彼の鳩尾に入った。電気の負荷をかけ続けた肉体では阿須賀と戦った時のようなキレはもう出せない。
「何でアンタ、妹連れ回してんだ?そんな無茶な闘い方しなくても一人の方が強かったんじゃねぇのか?」
そう尋ねた京哉を睨み付けたメタトロン。縋り付くように燕尾服の襟を掴むと、息を切らしながら俯いた。
「……こうするしかねぇんだよ、俺達は。一人分の生きる意味ってやつを俺は分け与えられた…っ!だから……」




 1発の銃声がビル群に反響し、はるか遠くまでこだまする。



 振り返ったメタトロンの背後で、彼女がバタリと地面に伏した。肩から血を流して苦しそうに浅い息を繰り返す妹の姿に、兄は状況が掴めないまま顔面が蒼白になる。
 京哉が周囲を見回すと、対面のビルの屋上からこちらを睨むライフルのスコープが陽光に一瞬反射した。メタトロンもそれに気が付いた様で、妹に覆い被さる。再び銃声が響き、今度は彼の脚を貫いた。
 京哉は捲れ上がったアスファルトの影になる場所に咄嗟に身を隠す。太刀をフルートに戻して息を吹き込むが、音速を超えるライフルの弾を音エネルギーで溶かすことが出来ない。
 次の弾丸はメタトロンの米神から頭を貫き、彼は妹の上に力無く倒れ込んだ。
「……兄貴…!?」
踠きながら兄の下から這い出ようとする妹には更に兄の身体を貫通した数発の弾丸が当たり、彼女は動かなくなった。



 麗慈の指示を受けて駆け付けた双子は、既に敵の二人が死んでいる事に戸惑っていた。
「京哉クン…これは一体?」
「若乃宮から応援に行くように連絡受けたけど…お前の仕業じゃねぇよな?」
ナツキもフユキは横たわる二人の前に跪きながら呆然とした表情で彼らを見つめる京哉に尋ねる。彼は静かに首を横に振った。
「ビルの上から狙撃された。この二人を狙ってたみたいだ」
 一体誰が…疑問を抱えながら周囲を見回していた時、僅かな息遣いが彼らの耳に入る。三人は直様メタトロンの身体を持ち上げて妹の上から退かした。


 何かを伝えようとするサンダルフォンの口元に、京哉が耳をそばだてた。
「……ヤナ…ミだ……うったのは…」
「は?矢波……?奴が生きてたとして、何でアンタらを…」
告げられた予想外の名前に、京哉は訝しげな表情でそれを否定する。しかし、彼女は震える唇で息を吸い込みながら掠れた声で続けた。
「……アイツは………アイツだけは許しちゃ……」
京哉は顔を離し、力尽きた彼女の瞼を手で閉じさせる。

「ウガミ、ヤナミってのは誰なんだよ?」
立ち上がった京哉に、ナツキが尋ねる。
「…僕が前に受けた依頼で会った異端カルトの三下……だと思ってたんだけど、わからなくなってきた…」
京哉はかつて、ビルの屋上からライフルで狙撃をしていた矢波の顔にできた擦過痕を思い出した。目標がズレた瞬間に軌道をずらして、確実に仕留める技術。それは、地上50メートル程の高さから空気抵抗も加味して頭を撃ち抜いた先程の狙撃手のものと考えて良いだろう。
「仲間…ではなかったんでしょうか?」
フユキが呟くように問うたその答えは、兄妹が口を閉ざされた今となっては本人から聞き出すしか知る由は無かった。



…………………………………………………………………………………


 


「ええ、ちゃんと。恐らく何も話してません。ははは…そうですねぇ…」

 新宿の廃墟ビル群の成す入り組んだ小道を歩きながら誰かと通話をする人影があった。暗がりに入って落書きされたコンクリート塀にもたれかかった彼は、肩に背負っていたガンケースを地面に置いて話し込み始める。

『ダンタニアン、君もあまり意地の悪い事ばかりするなよ。神はいつ何時も君の行いをご覧になっているんだからね』
「承知しましたよ、ミゲル殿」
『それはそうと、彼は君の事を親友だと言っていたが…あっさりと殺してしまうなんて実際のところはどうだったんだ?』
電話口のミゲルにそう尋ねられると、ダンタニアンと呼ばれた男…黒いジャンパーのフードを目深に被った男はニチャリと不気味な笑みを浮かべた。
「親友ですか…嬉しいですねぇ。彼はボクが教祖ごっこをしている時にかなり心酔してくれていたんですよ……いやあ……彼は実に良い……馬鹿正直に生きる馬鹿の心を踏み躙ってやるのは実に気持ちが良い!」








…………………………………………………………………………………



 かつてロックスターと呼ばれた男、それが兄妹の祖父であった。
 二人が祖父と三人で暮らす家に異端カルトの人間が尋ねてきた翌日の事。目を覚ますと、そこは彼らにとっては見知らぬ街、東京・鶯谷であったという。
 どうやって、何の目的で連れて来られたのか彼等にはわからなかった。ただ、言葉もわからぬこの地でどうしたら良いのか、全くわからぬまま途方に暮れていたその時、矢波…ダンタニアンが二人の前に現れた。

「あなた方と同じように、行く宛のない方々が集う場所があります」

 英語を話せるダンタニアンを、兄妹は頼らざるを得なかった。教祖という立場で言葉巧みに人を誑し込むダンタニアンの怪しげな笑顔を、妹はいつも気味悪がっていた。
 しかし、兄の方はというと生来正直で人を信じやすい性格であり、ダンタニアンの言葉に深く心酔していった。

「嫌だなぁ、君とは対等な立場でありたいんです。そんな畏まらないでくださいよ」

 ダンタニアンは兎に角、兄妹に親切に接した。住む場所から配給の受け取り方まで、懇切丁寧に教えた。
 そしてある日、祖父の影響でベースを弾くことができた妹の方に一冊の楽譜を手渡したのだ。題名は『霊歌スピリチュアル』。
 クラシック音楽として作られた模造かさスコアを彼女が得意な電気撥弦楽器エレキベースで奏でた所、特殊な作用を見せた。
 それが、音エネルギーからマイクロ波を産み出すスラッピングである。この祝福を得た妹は、同時に災厄も被る事になった。それは、演奏する度に骨や筋肉が縮んでいくというものである。彼女はこの時、22歳であった。

 異端カルトは妹を兄から引き離そうとした。ダンタニアンを嫌っていた妹は、兄を置いていくならもう演奏はしないと、異端カルトの勧誘を頑なに断っていた。
 兄は妹の従順さを損なう悪質な存在と判断した異端カルトは、彼を始末しようとした。日々、兄妹は追い回されて命を狙われるようになる。
 そんな彼らに再び手を差し伸べたのは、ダンタニアンであった。


「生きてアメリカの地に帰りたいなら、我々の仲間になることです。ボクなら彼らに掛け合って、それなりの地位を保証することができますよ。ただし、一人分の枠だけですが…」
「兄貴と一緒じゃないなら、私は絶対に行かない」
「では、このようにするのはいかがでしょうか……一人分の…生きる意味を二人で分かち合うのです」


 兄は喜んだ。妹と一緒なら何処へなりとも、どんなことでもやると言った。


 
 こうして兄妹は、異端カルトの使徒となった。
 メタトロン、サンダルフォンという名を授かって常に行動を共にした。
 政府からの依頼を受けて多くの人や物を壊した。
 多くの人や物を……。



「妹に…これ以上悲しい思いをさせたくない…ヤナミ、何とかならないのか?」
「……それは困りましたね。一度冠した名を返すというのは、神に対してあまりにも不敬極まり無い行為ですから」
「アイツはあの曲を弾くたびに苦しんでるんだ……アイツの苦しみも俺が半分背負えたら……」



 特殊な受信機器を両手と両足に装着した兄は、身体を電気に慣らすよう毎日訓練を受けた。
 自分がこの苦しみに耐えれば、妹はきっと喜んでくれる。そう思って日々耐えてきた。



 妹は嬉しいと言って笑ってみせた。
 しかし、その心は泣いていたのだ。
 自分の演奏が、大好きな祖父に習ったエレキベースが、兄の身体を蝕み続けなければいけなくなった事に。






『残念だよ。彼女のマイクロ波を作り出す演奏技術はかなり特殊だったからね。出来れば生きたまま戻って欲しかったなぁ』

ミゲルの声に、ダンタニアンは我に帰った。そして、ガンケースを担ぎ直すと暗がりから出て再び新宿の街を歩き始めた。

「いい勉強になりましたよ。やはり兄妹だの親子だのの血の繋がりはクソの役にも立たないという、ね。ボクも情に流されてしまいましたよ、今回は…なにせ、のお願いでしたから」

 心にもない事をつらつらと並べ話すダンタニアンの姿は、ペテン新興宗教の教祖と言うに相応しいのかもしれない、と電話口のミゲルは口元に笑みを浮かべていた。





[23] Contredanse 完
 
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