MELODIST!!

すなねこ

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#032 Estremo Ⅲ

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東京都・39歳男性「息子が刑務所に入ってるって聞いて驚きましたよ。いや、いつかはやるって思ったんですけど…おまけに脱獄したらしくって、軍隊に追い回されてるそうです。本当に親不孝者のバカ息子ですよ!」


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 晴れてカーストの最下位についた京哉はそれまでの檻房から連れ出され、より薄暗い雑居房にその身を移された。
 例の如く新入りを睨み付ける複数の視線を浴びながら足を踏み入れた牢屋には、ロドリゲス達とはまた雰囲気の違う男達が10人程収監されていた。
 顔を伏せ、目だけで彼らの様子を伺っていると昨日の篩い分けでレオポルトの踏み台にされていた男達を発見した。

 通称、奴隷部屋と呼ばれているこの檻房には篩い分けでカースト最下層に落とされた囚人が集められるのだと、鉄格子の外を歩く看守達の会話から聞き取れた。



 そして、一度奴隷部屋を出た人間は二度とこの場所に戻る事はないという。
 その理由を京哉が知る事になったのは、翌日の刑務作業の時だった。

 看守達に連れられてやってきたのは、昨日と同じ作業場。しかし、プレス機の列を通り過ぎ、真っ直ぐ蜘蛛の部屋の前へと誘導される。
 そして、鍵のかかった重厚な扉が重苦しい音を立てて開くと早く中に入れと急かされる。

 作業場から続くベルトコンベアの先…何百という単位で作業台が並ぶだだっ広い空間。そして、その作業台に座らされた囚人達が黙々と組み立ているのは、京哉の予想通りハンネス機関であった。


「お前達は死ぬまでこの場所で刑務作業を行ってもら…」
一列に並んだ京哉達の前に立った看守がそう言い終わろうとした時、作業台に座る囚人の一人が物凄い勢いで自分の額を目の前の金属塊に何度も叩きつけながら大声で叫び始めた。
 足首と床のコンクリートを繋ぐ鉄の枷をガチャガチャ言わせながら暴れようとその場でもがき出した囚人の周りに看守達が集まる。そして、ブルーシートで彼の周囲を一周囲み、その内側で一発の銃声が響く。
 ブルーシートの隙間から転がり出た薬莢と、それに続いて漏れ出した囚人の血液。目隠しの為だと思われたブルーシートは血が飛び散らないようにする為のものだったようで、男がバタリと作業台の上に倒れ伏した後はさっさと退かされていた。
 前後左右の作業台に座る囚人達はまるでそれが日常であるかのように、全く気にしない様子で組み立てを続けている。

 1000個近い細かな部品を組み立て作るハンネス機関。非常に緻密な作業が続く組み立てでは、通常人の手が介する事はない。しかし、この偽造ハンネス機関工場では全てを囚人達の手作業で賄っているようだ。
 初期投資も人件費も無く、刑務所側の丸儲けということになる。


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 ブルーシートに乗せられた囚人の死体が撤去され床の血糊が綺麗に拭き取られた頃、マルツェルとレオポルトが連れ立って蜘蛛の部屋に入ってきた。

 作業台に座らされ両足首を床に固定された京哉は、指示通りに刑務作業を行いながら二人の会話に耳を傾けていた。


「最近、製造効率が落ちてるんですよ。ほら、最初の方は音楽家を全員この作業場にぶち込んでたでしょ?」
「…俺は当初の事は知らねぇな。ソイツらは全員死んだのか?」
「それはもう…半月ももちませんでしたよ」

革張りのソファに腰を下ろしたマルツェルは、両手に持ったコーヒーカップの片方をレオポルトに手渡す。そして香り立つ湯気を嗅ぎながら何かを懐かしむような表情を見せた。

「奴ら、育ちは良かったですからね。飲み込みも早くて手先も器用だったのに……人手不足が深刻になった頃、あなたに今のカースト制度を提案した訳です」
ガチャンとカップをソーサーに戻したマルツェルの手元をじっと見つめていたレオポルトは、フッと鼻で笑いながら返事を寄越す。
「人手不足ってのはアンタがこき使い過ぎたからだろ。篩い分けで腕っ節の弱ェ囚人を炙り出せって言われた時は一体何事かと思ったが…逆らわねェ駒が欲しかっただけってこったな」
ソーサーを無視してローテーブルの上にガッとカップを置いたレオポルトは、刑務作業を進める京哉の方を一瞥してから再び口を開いた。
「……篩い分けで負け残った奴が、必ずしも非力な野郎とは限らねェがな。いつか飼い犬に手を噛まれるかもしれねぇぞ」
徐に立ち上がり、作業場の方に進入してきたレオポルト。京哉の作業机の横に立つと、天板を大きな手で叩きながら大声を出した。
「今、俺の方睨んでただろうが……あぁ!?文句があるようだな?」
口からは乱暴な言葉が出ているが、視線で手を見ろと京哉に訴える。彼が退かしたその場所には小さな紙が置いてあり、すかさずそれを手に取った京哉はヘコヘコと頭を下げて平謝りしながら書き込まれていた文字を読んで頭の中に叩き込んだ。

 最後に机をドカッと蹴って戻ってきたレオポルトを、目をパチクリさせたマルツェルがまぁまぁと宥めた。

「あなたらしくもない…。睨まれたぐらいで怒るなんて……って、アレは昨日の…」

それ以上何も言うなとマルツェルを睨み付けたレオポルトは、ソファに乱暴に腰掛けて腕を組む。




【特別室の場所がわかった。3号…女囚棟の一番上だ。週に一度、水曜日の夜にリネン回収業者がこの1号棟から順番にワゴンを持って各棟を回る。それに隠れていれば特別室には難なく入れる。足元のソイツはテメェの奇妙な技を使えば簡単に外れるだろ?……ただしこの作戦は一方通行だ】



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 レオポルトがピョトルクフの王として君臨したのは、投獄された次の日であった。とにかく血の気の多い輩に一晩中絡まれ、気が付けば彼の周囲は全員昏倒していた。
 此処に来て早々、受刑者達全員に恐れられている男がいる、そんな噂を聞きつけたマルツェルは彼に声を掛けた。

「あなたのその、人を従える能力を是非刑務所の為に使ってください!もちろん、それ相応の対価は用意いたします」

 マルツェルは、ピョトルクフ内での自由な暮らしを提供する代わりに、囚人達をカースト制度で縛り上げて統率するように命じた。
 そして、と呼ばれる身分の者がどんどん蜘蛛の部屋に運ばれていくようになったのだ。彼らはレオポルトの駒使いになったのではない。偽造ハンネス機関を作るために選ばれた、奴隷だったのだ。

 最初の篩い分けが行われた翌日、レオポルトは蜘蛛の部屋に招かれた。作業台に座って黙々と作業をする囚人達の前に立ってその様子を見守っている年配の女囚。彼女の存在が気になり、レオポルトはマルツェルに尋ねた。

「…あのバアさんは?」
「あぁ。新しい囚人がどっと増えましたからね。部品の組み立方について指導させてるんですよ」

世界政府が秘匿している筈のハンネス機関の構造を完全に熟知している人間。ウィリアム・ハンネスの妻であり彼と同じ金属加工職人であったイザベラ・ハンネスである。

「……ポーランドの恥晒しか…。終身刑とは聞いていたが、ピョトルクフに収監されていたとはな」



 マルツェル曰く、この日の指導を終えるとまた長く独居房に入るという彼女。革張りのソファに招かれたイザベラは、目の前に出されたコーヒーには一切手をつけずにだんまりの状態だった。
 ふと、マルツェルが席を外した時、何故か彼女と話してみたいという感情が沸いてきたレオポルトが口を開く。

「アンタ、ハンネスの嫁なんだってな。大発明家で世界の救世主が、母国じゃ恥呼ばわりとはな」
すると、それまで一言も声を発していなかったイザベラがそっと顔を上げてレオポルトを見つめた。

「お前さんだって一族の恥じゃないか。刑務所こんな所にぶち込まれて所長の気分次第で犬死にさせられるんだ」
すっかり気を病んでいるのかと思いきや、悪態をつくだけの元気はありそうだと感心するレオポルト。
「それもそうだな」
コーヒーを啜りながらそう返すと、イザベラもマグカップに手を伸ばした。
「……ハンネス機関が戦争の道具になるってのは、研究の段階でわかっていたさ。それでも、育ち過ぎた文明の中で人間が生きていく為には石油に依存しない発電方法が必要だったんだよ」
「…いずれ捕まるとわかってて作り出したって訳か……高尚なこったな」
ぼんやりと天井を見てそう返したレオポルトを視界に収めると、イザベラは何故かクスクスと笑い始めていた。首を傾げる彼を見て、イザベラはどこか優しげな笑みを浮かべながらマグカップを傾ける。
「婆ちゃんっ子だね、お前さん。年寄りと話すのは嫌いじゃないんだろ?」
楽しげな様子で尋ねるイザベラに、レオポルトは自分を一人で育て上げてくれた祖母の顔を重ねた。
「……年寄りのそういう所が嫌いだったな。何でもお見通しってやつが」

 街のギャングとしてあらゆる犯罪に手を染めたレオポルトであったが、彼を悪の道に突き進ませたのは他ならない社会情勢であった。
 困窮する国民生活を顧みない政治家達、彼らのお膝元で汚職に塗れる警察官達。真っ当に生きる事が難しいこの時代に生まれた多くの若者が彼のように人の道を外れて行った。
 人を殺める行為は如何なる理由に於いても容認されないが、彼らがそれに至ったのは、間違いなく社会の…世界の変革が齎した抗いようのない貧しさからであった。

 そして、今横にいる老婆もまた、世界が犯罪者たらしめた存在。自分とは違い、本来このような場所にいてはならない人間だと、レオポルトは眉間にグッと皺を寄せた。


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 ピョトルクフ重刑務所から西に1キロ程の場所に立つ廃墟群の一角で、アランと椿は京哉を救出する算段を立てていた。
 英語で話し掛けるもののあまり理解できていない様子の椿を見たアランは、廃墟の壁にチョークを使って図を描きながら身振り手振りで何とか作戦について伝えようとしていた。
「うーん…どうしたものかなぁ…」
徐にPHSを取り出したアラン。彼の知る人物で日本語を話せる者を連絡帳から探し出そうと指を忙しなく動かしていると、6年ほど前に怪我を治してもらった医者の顔を思い出した。
 一か八かの思いで発信ボタンを押すと、長く電子音が続いた後に気怠そうな声で応答があった。

『……今、夜中の3時……』

そういえば…と、彼の所在については考えていなかったアラン。今はアジア圏にいるのだとわかり、慌てて謝りを入れた。

「本当に済まない!日本語に通訳してくれる人間を探しててさぁ…俺はアラン・コヴァルスキ。ドクターワカノミヤのPHSで間違いないかな?」






 雑居ビルでの戦闘を終えて品川の医院に戻って来ていた麗慈。ナツキの手の治療を終えて、先程ようやく床に着いたところだった。
 けたたましいPHSの着信音を聞いて、隣の部屋で爆睡していた託斗も目を覚ます。こんな夜中に連絡が入るなんて只事ではないと、何故か満面の笑みで麗慈の部屋に侵入してきた彼を足蹴にして戻るように促しながら、麗慈はアランからの依頼を聞いていた。

「……それをそのまま伝えれば良いのか?その…椿って奴に?」
『ああ、今目の前にいるから頼めるかい?』

頼み事は断れないのが若乃宮麗慈という男である。アランから聞いた情報をメモに取り、その名前も聞いたことがない人物の声が聞こえてくるのを待つ。

「…はい。電話に出るように言われて…」
「アンタが誰なのか知らないんだけど…その隣にいる男から聞いた事そのまま訳すぞ」

側から聞けば要領を得ないその内容に、麗慈は困惑しながらも通訳を続ける。そして、ひと通り話し終えると再度電話口に戻ってきたアランに明るい声色で礼を述べられた。

「助かったよ!ありがとう!彼女には帰る時にたくさんポーランド土産持たせて君の所に持っていくように言うよ!」
「いや…特に要らないけど……」

麗慈がそう答え終わる前に、通話は切られていた。騒がしい奴だと思いながらPHSを白衣の胸ポケットにしまうと、今度は背後で楽しげな表情を浮かべている子供大人を部屋から追い出すべく踵を返した。

「誰!?緊急任務!?」
「知らねーよ。ポーランドに不法就労で入国して聖職者相手に淫行働いた罪で収監された人間を脱獄させるとか言ってたが」
その内容を聞いてゲラゲラと笑っていた託斗であったが、まさかその当事者が自分の息子であるとはまだこの時は知る由も無かった。



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 夜も煌々と照明が照りつける作業場。ベルトコンベアから流れてきた部品をただひたすら組み立て続ける受刑者達には、食事と排泄の時間以外の自由は全くなかった。
 疲弊し切った体に鞭打って刑務作業を続ける彼らを他所に、事もあろうに楽しげに口笛を吹きながら作業を続ける京哉の姿があった。
 鼻歌も口笛も、音楽を奏でる事が罪であるポーランド国内。看守たちの耳に届けば、どんな懲罰が待っているかわからないと思われたが、どうやら蜘蛛の部屋此処に限ってはそうではないようだ。彼らは月曜から三日三晩、寝ずの作業を強いられている受刑者の頭がおかしくなったのだと思って見過ごしているようだった。恐らく、前例だらけなのだろう。

 今夜、イザベラ・ハンネスの収監されている女囚棟に忍び込むため、京哉は足枷と床のコンクリートとを繋ぐ太い鎖を切断する準備をしていた。
 楽器による音エネルギーの生成に比べて、口笛のような音程や音の伸びが不安定なものでの演奏はかなり時間がかかる。
 懲罰房で天井からぶら下がっていたものより数段太い造りの鎖に手こずってしまい、抜け出す準備が整った頃にはレオポルトに教えてもらったリネン業者が到着する時刻を10分ほど過ぎてしまっていた。

 夜の見張りは昼間の半分の人数の看守で行われており、囚人達は机に磔にされているという状況もあって出入り口の扉に鍵は掛かっていなかった。
 看守の目を盗み、扉から作業場の外に出る…それが次に京哉がクリアしなければならないミッションである。

 彼が座っている作業台から一番遠い位置に看守が移動したタイミングを見計らって、静かに椅子から降りて姿勢を低くする。
 なるべく足音を立てないように、かつ目立たないように作業台の間を縫って移動していた京哉。あと数メートルで出入り口に到着する、という間際……通りかかった作業台の囚人に襟首を掴まれた。
 ギョッとして目を見開いた京哉に、囚人が小声で頼み込む。
「なぁ、アンタ…どうやったか知らんがオレも助けてくれよ…」
面倒な事になったと顔を強張らせた京哉に、囚人は更に懇願した。
「こんな所で死にたかねぇよ……助けてくれよ…なぁ……」
「シーっ!静かにしろ!見つかったらどうすんだよ!無理無理!今からやることがあんの!」
襟を必死に掴まる囚人の手をどうにか引き剥がして出入り口に向かって急ぐ京哉。

「アイツ脱走してるぞ!!看守!!」

先程京哉に自分を助けろと迫った囚人が突然騒ぎ立てた。何事かと駆け付けた看守達が、出入り口から逃げ出す京哉の後ろ姿を確認して慌て出す。

「緊急連絡!作業場より囚人1名が逃亡!1号棟1階南側廊下を北上中!至急拘束せよ!」

看守の一人がトランシーバーに向かって叫ぶと、彼らは一斉に扉から廊下へと飛び出していった。



 騒がしい外の物音を独房のベッドの上で聞いていたレオポルト。京哉がヘマをやったのだと勘付いた彼は深いため息を吐きながら徐に上体を起こす。




 ジリジリとけたたましいサイレンの音と赤く回転する赤色灯の明かりで緊迫感に包まれた刑務所構内は、至る場所に看守が沸いていた。
 机や椅子などの大きな備品が積まれた暗がりの影に身を潜めていた京哉は、数人の看守が目の前を通り過ぎるのをやり過ごすと、少しだけ顔を出して周囲の状況を伺う。
 10メートル程先の大きな扉の前に、例のリネン業者の姿があった。大きなワゴンを押してシーツを回収して回っているのは中肉中背の壮年男。ワゴンを押している手には構内図のようなものが握られており、周囲の喧騒にオロオロと怯えている様子だった。

「おい!そこのお前!」

看守の声が近づき、京哉は再び身を潜める。彼はリネン業者の男に話しかけたようだった。

「は…はい……」
「今、囚人が一人逃げてる。もし見かけたらすぐ近くの看守を呼べ。あと、ココは危ないから先に3号棟に向かえ」

看守の指示を聞いて慌ててワゴンを押すスピードを早めた男は、扉横のカードリーダーにセキュリティカードを通し、開ボタンを連打していた。
 ゆっくりと駆動し始めた重厚な扉。恐らく他の棟とを繋ぐものだ。あのワゴンを逃してしまえば、次に扉を開ける手立ては恐らくもう無い。
 看守達が忙しなく右往左往する中、京哉は意を決して物陰から飛び出した。


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 看守達の視界に入る前に跳躍した京哉は、左右の壁を順に蹴って床と水平に移動すると、ワゴン通過後に閉まりかけた扉の向こう側に飛び込んで2号棟への侵入を果たした。そして、大きな物音に気が付いたリネン業者の男が踵を返すタイミングで彼の背後側を走り抜け、ワゴンの中にスルリと飛び込んだ。
 回収された埃っぽいシーツを頭の上に被ってじっと息を殺していると、暫くしてワゴンが動き出す。どうやら、男に気付かれなかったらしい。


 相変わらずサイレンや看守の足音がうるさく鳴り響く廊下を優雅に通り過ぎていった京哉は、そのまま計画通りに3号女囚棟に忍び込む事に成功したのだった。


 そして、エレベーターに乗り込んだワゴンが最上階に到着したタイミングでシーツの隙間から顔を出そうと頭上の布に手を掛けた………その時。



「え?」「んへ?」



 集めたシーツを隅に寄せようとした男と手が触れ合い、お互いに硬直する。男が叫び声を上げる前にワゴンから飛び出した京哉は、すぐさま彼の後方に移動してその首をコキっと鳴らして昏倒させた。
 ワゴンの中に男を隠す際にグレーの作業服と帽子を拝借し、京哉は素早くそれに着替える。男の上にパサッとシーツをかけた数秒後に、目の前を数名の看守が駆け抜けて行った。

 何とか看守達に見つからずに3号棟最上階で活動できる所までたどり着いたが、問題の特別室とやらを探して侵入するミッションが残っていた。
 おそらく、イザベラ・ハンネス一人が収監されている独居房であろうという事は想像がつくものの、具体的な場所がわからない。そして、鍵をどうやって調達すれば良いのか。




 カラカラとワゴンを押しながら廊下を歩いていると、目の前に警備室を発見した京哉。脱走した囚人を探す為にほとんどの看守が席を外していたが、手前のカウンターに一人だけ残っていた。その警備室の壁にキーボックスがあり、小さな鍵が刺さったままフタが半開き状態になっている。

 帽子を目深に被った京哉は、近くにワゴンを止めるとわざとドタドタと床を鳴らして警備室のカウンターに駆け寄った。当然身構えた看守が立ち上がって彼の方を睨み付ける。

「な…何だ!?」
「大変です!!さっきエレベーターでこの階に登ってきた所で囚人服を着た男に突き飛ばされて……」

京哉がアワアワとした演技でそう伝えると、看守は警棒を手にとって警備室から出てきた。

「その男はどこへ!?」
「エレベーターに乗って下の階に…!!」

ビシッと指差した方へ駆け出して行った看守の背中にベッと舌を出した京哉は、警備室に入ってキーボックスの中を覗き込んだ。
 3桁から4桁の数字が刻まれた金属のプレートのついた鍵がフックからぶら下がっており、雑居房の鍵には複数のプレートが取り付けられていた。おそらく、刻まれた数字は囚人番号なのだろう。
 周囲をぐるりと見まわした京哉は、カウンターに置かれたモニターにフロア構内図と囚人番号が表記された画面が映し出されている事を発見した。異常を知らせるセキュリティの類であろうが、これはラッキーとばかりに独房の位置を確認する。
 しかし、このフロアの独房は全部で10部屋もあるようで、その全てを調べる時間的余裕は無い。どうしたものかと考えていた時、遠くの方から看守達の迫る音が聞こえてきた。
 早く警備室から撤退しなければと焦りながらも、京哉はモニターに映し出された番号の中に存在しない囚人番号のプレートがついた鍵を発見する。
 急いでその1本を掴み取って警備室を飛び出すと、何事も無かったかのようにワゴンを押して看守達とすれ違った。


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 ワゴンの取手から手を離して京哉が顔を上げる。大きな空調室の両開きのドア、その右半分のノブに手を掛けてゆっくりと開く。
 扉の奥はより上の階に繋がる細い隠し階段となっており、周囲に誰もいない事を確認した彼はそっと一歩足を踏み出した。

 どこからか吹き込む風で肌寒い階段を上りきると、重厚な造りをした鉄製の扉が姿を現す。先程警備室からくすねてきた鍵を取り出し、祈るような気持ちでその先端を鍵穴に差し込んだ京哉は、ドキドキしながら左回りに手首をひねった。

 ガコン…という開錠の音と共に、暗くて気が付かなかった頭上のパトランプが高速で回り始める。激しいブザー音が鳴り響き、遠くの方から複数の足音が駆け寄ってくるのがわかった。

 一方通行の細い階段である為、逃げ場は扉の向こう側しかない。しかし、鍵を開けたはずなのにノブは左にも右にも空回りするだけである。

 空調室横の鉄扉が開け放たれた音は、追手がすぐ目の前まで迫ってきている事を示していた。





「イザベラ・ハンネス!!何事だ!!」


夜中だというのにガンガンと鉄扉を無遠慮に叩く看守達は、暫く経ってからゆっくりと押し開かれたそれの前に立つ杖をついた老婆と照明の落ちた室内を見て首を傾げた。


「……何事だとは何ですか?ついさっきまで寝ていたのに……この煩いサイレン、早く止めてくれます?」

杖の先でパトランプをコツコツと小突いて欠伸をする彼女に、咳払いをした看守の一人が尋ねた。

「この部屋に誰かが警備室から鍵を盗んで侵入を試みたようだが、誰も来ていないのか?」
「誰かって…こんな婆さんの所に夜這いするような奇特な奴がピョトルクフん中にはいるんですか?」

 彼女の収監されている部屋は、警備室で特別な操作を行わない限り、鍵を刺してから内側のノブを回さなければ警報装置が作動するようになっていた。マルツェルが蜘蛛の部屋の秘密を守る為に仕掛けた巧妙な罠である。

 おかしいなぁ…と訝しげな表情を浮かべた看守は、ベルトに引っ掛けてあった鍵の束の中から一本を取り出して鍵穴に突き刺す。
 そして彼らは最後に、杖を突きながらベッドに戻り横たわったイザベラの様子を見届けてから、しっかりと戸締りをして階段をズカズカと降りて行った。


 完全に足音が聞こえなくなった所で目を開けたイザベラは、横になったままマットレスに立て掛けてあった杖を手に持ち、ベッドと床の30センチ程の隙間にガツガツと突き刺し始めた。

「痛い痛いっ…!今出るから…!」

マットレスを支える骨組みに手を掛けて隙間から姿を現した京哉は、肩についた埃を払いながらイザベラの方に向き直る。
 彼の動きに合わせて上体を起こした彼女は、グレーの作業服を纏った怪しい青年の頭の先からつま先までを凝視した。

「……アンタがハンネスの嫁…?」
「それを聞く前に何か言う事があるだろ?」

ふぅっとため息を吐いたイザベラを見て、京哉は眉を下げながら頭を下げた。

「あ、ありがとう…ございました……助かりました」

しどろもどろな口調になった京哉を見て、イザベラはニヤリと口元に笑みを浮かべた。

「…[[rb:看守達 > アイツら]]が馬鹿で助かったね。それで、何が目的だい?私の素性を知ってここ迄来ただろうに」
「フルート…あー、えっと……10年ぐらい前に作ったタングステン製のフルートの事は覚えてる?」

京哉がそう尋ねた瞬間に、イザベラは大きく目を見開いた。


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「お前さん…楽団ギルドの人間かい?」
「そうだよ。ロジャーの依頼で作ったタングステンのフルートを貰ったのは僕」

掛け布団を持ち上げてマットレスに腰掛けたイザベラは、そうかそうか…と何かを懐かしむように頷いていた。よっぽど思い入れがあったのだろう。10年も前の作品だというのによく覚えている様子であった。
 嬉しそうな表情を見せている彼女を前にすると、京哉は何故此処に来たのかという理由を話し辛くなってしまった。まごまごと口元を動かしている彼の姿を見て、イザベラが逆に尋ねてくる。

「…あのフルートがどうかしたのかい?」
「えーと……実はですね………非常に申し上げにくいのですが………壊れてしまいまして…」

ギュッと目を瞑りながら白状した京哉が薄目を開けると、イザベラは口をあんぐりと開けて予想通りの反応のまま硬直していた。そして、マットレスに立て掛けた杖で彼をバシバシと殴り始める。

「馬鹿者っ!!どうやったらあんな頑丈なモンが壊れるんだい!!アレは私達夫婦にしか作れない技術の結晶なんだよ!」

土下座でひたすら謝り続ける京哉を睨み付けたイザベラであったが、急に諦めたように深く息を吐いて杖を元の場所に戻した。


「で…もう一度作り直せないか聞きにきたって訳だ。楽団ギルド旋律師メロディストがわざとお縄にかかってまで」
「おっしゃる通りです……」

しょんぼりと床を見つめてモジモジと指先をいじる京哉は、次のイザベラの言葉で更にショックを受ける。

「無理だよ。諦めな。タングステンなんて金属は夫の技術が無いと切り出せないんだ……普通に加工しようと思うと炉の方が溶けちまうからね」
「そ…そんなぁ……」

いよいよフルートを得る手段が無くなってしまった京哉。わざわざオーストリアに戻り、ポーランドに密入国、ピョトルクフにまで潜り込んだというのに……。

「…ただ」

そう付け足したイザベラは、鉄格子の付けられたはめ殺しの窓の方を見やりながらゆっくりと立ち上がった。杖を手に持ち、窓際まで歩み寄る。

ウィリアムあの人が作った炉が再現できれば…もしかしたら、はあるかもしれない」

踵を返して京哉の方に向き直った彼女は続けた。

「…あの人は何にでも興味があってね……今じゃ馬鹿馬鹿しいって言われてるけど、当時流行っていた宇宙工学の分野にも精通してたんだ」


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 人類が宇宙を夢見ていた時代、ロシアの国立科学技術大学で生み出された夢のような物質があった。
 新時代のセラミック耐熱材は、ハフニウムと炭素、窒素の三元系粉末を燃焼合成法によって作成し、放電プラズマ焼結という方法によって固化製造したものであり、その融点は4000度以上であるという。

 このセラミックに目を付けたハンネスは、独自に研究を重ねて更に特殊な物質を生み出していた。それが、約3400度にものぼる灼熱でタングステンを溶かし、加工するに耐え得る「ベリータこう」という素材であった。


「ベリータ鋼の精製は旋律師メロディストの技術があれば、その真似はできるだろうね。音エネルギーでセラミックを加工して作るから」

イザベラのその言葉に、京哉の顔は笑顔で輝いた。しかし、まだ喜ぶには早いと、彼女がスッと手を出して宥める。

「ただ熱に対する耐久度を上げ過ぎたせいか……この世に存在できる時間が非常に短いんだよ」

通常の金属加工で使う炉の全てをベリータ鋼でコーティングし続けるには、精度の高い演奏を長時間続けなければならない。

「……じゃあ、炉を使う作業の間はずっと演奏し続ける…って事?」
「いいや…あれ程硬い金属で作るんだ。普通のフルートとは工程が全く違う。管引き、トーンホール加工…プレス鍛造までは高温下でやる必要があるからね。その他、キイや細かい部品を作っておく必要があるから……相当腕の良い職人を雇って、最短で3日」

3日!?と素っ頓狂な声をあげて白目を剥いた京哉は、ある事に疑問を抱いた。

「…10年前はどうやって作ったんだよ?老体に鞭打って?」
「そうさ。あのあと丸2日眠った後、10日間は体動かなかったねェ…」

そんな力作中の力作を壊されたなんて、いくら何でも天国の夫も浮かばれない、とおいおい泣き真似を見せるイザベラ。絶望に打ちひしがれていた京哉に罪悪感が重く伸し掛かる。

「あともう一つ……」

そう口を開いたイザベラに、今度はどんな情報で絶望させてくれるのかと身構えていた京哉だったが、彼女が窓の外を見つめながらニヤリと子供っぽい悪戯な笑顔を見せている様子に小首を傾げる。

「加工の為の楽譜も含めて夫との思い出の品々は私が此処に捕まった時にマルツェルに奪われちまってね…」
「……燃やされてないならまだ救いようがある。心当たりはあるの?」

京哉の返事を聞いたイザベラは、杖を付きながらゆっくりと彼の方に歩み寄り、目前で立ち止まった。

「私はアンタにあのフルートを作る為の秘密を丸々教えてやったんだ。これ以上知りたいってんなら、こっちの願いも聞いてもらわなきゃ、割に合わないだろ?」






…………………………………………………………………………………



 再びイザベラを収監する特別室の警報が鳴り響き、多くの看守達が一斉に駆け付ける。扉を開け放って次々と乗り込んできた彼等は、鉄格子が嵌めてあったはずの小窓から何者かが外に逃走した形跡を発見した。
「イザベラ・ハンネス!これは一体どういう事だ!?」
これだけの騒ぎだというのにベッドの中で寝ていた彼女の肩をガクガクと揺さぶって起こした看守たち。周囲を取り囲んで小銃を構えている。

「……ん?…男がこの部屋に入ってきたのは夢じゃ無かったのかい?」
「ど、どういう事だ…?」

眠い目を擦って欠伸をしたイザベラは、楽しげな笑顔でそのの内容を看守達に伝えた。

「私に会う為にわざわざ刑務所こんな場所に潜り込んだって言ってたねェ…」
「逃走中の囚人かもしれない!どんな男だったか覚えているか?」
「そりゃあ、良い男だったさ。当然、ウチの旦那には負けるけど」

いきなり惚気出したと思えば、ヒヒヒッと魔女の様な怪しい笑い声を上げたイザベラの様子に顔を引き攣らせて後退した看守達。




 時刻はもうすぐ夜明けというところ。まだ陽が昇るには早く、星々が夜空を彩る様子を3号棟の屋上からぼんやりと眺めていた京哉は、激しく鼓膜を突くサイレンの音にスピーカーから流れた緊急連絡の声が重なってハウリングする様子に眉を顰めた。

『逃走中の囚人が構外に逃走を図った模様。緊急配備につけ』

何度も繰り返される緊急連絡に加えて、ピョトルクフを囲う高さ10メートル程の高い壁の上に設置された回転型の投光器が作動し、星明かりを掻き消すように赤い光を放って明滅し始めた。

「どうすっかなー……こっから先はノープランだし」

レオポルトのメモに書かれていたとおり、この作戦は文字通りの一方通行であった。炉のセラミックコーティングを可能にする為の楽譜を回収する手立ては無い。

「でも…約束しちゃったからなァ…」

 腕を組んで考え始めた京哉の耳に、また追手の足音が迫る。踵を返すと、看守たちが行列を作って屋上に繋がる梯子を登っている最中だった。
 どうにかこの場を切り抜けなければ、楽譜どころではない。3号棟屋上は地上30メートル。飛び降りればまず無事では済まないだろう。周囲に何か飛び移れるものが無いかと探していた京哉は、ピョトルクフに向かって砂地を爆走する1台のトラックを確認した。



 ボコボコと不安定な砂地を突っ走る車体。後輪で砂埃を巻き上げながら進むその平ボディの荷台では、カーキ色の布を被った椿が双眼鏡を構えてピョトルクフの方をジッと見据えていた。
「キョウヤは見つけられたかい?!」
運転席から大声を出して尋ねたアランに、椿は「オッケー!」と一言、同じく大声で返した。
 そして、布の下から取り出したロケットランチャーを構えると、上空に向かって斜め45度の角度で射出する。
 大きく弧を描いてピョトルクフを囲う壁を超えていったソレは、椿が確認した人影の立つ3号棟の屋上まで到達する。彼女がタイミング良く手元のボタンを押すと、飛翔物から小さなパラシュートがパッと開いて急停止した。


…………………………………………………………………………………


 急に何かを撃ち込まれたかと思えば、目の前に落下してきた30センチ四方の小包。それがアラン達からの助け舟だと察した京哉は、急いで駆け寄って外装を引き破った。

「取り逃すな!確保しろ!!」

気が付けば屋上に到達していた看守達。一斉に距離を詰めてきた彼等の目の前で駆け出した京哉は、大きく跳躍して3号棟から飛び降りる。

 すぐ様開いたパラグライダーの傘によって、京哉は徐々に壁の方へと近付いていった。ゆっくりと滑空しながら壁の上を超えていく彼の方に向かって、看守達が次々に発砲する。それに応じて、ロケットランチャーをライフルに持ち替えた椿が彼らに向けて威嚇射撃を始めた。




 柔らかな砂地に着地した京哉は、暫くしてその落下地点に到着したジープの方に視線を上げた。
「どう?なかなか刺激的な場所だったろう?」
相変わらず能天気な様子で笑い飛ばしてきたアランは車から降るとすぐ京哉のもとに駆け寄り、ハーネスとキャノピーとを繋ぐカラビナを取り外した。
「もう刑務所なんて入りたくないから転職しよっかな…」
「良いねぇ、良い仕事あったらオレにも紹介してくれよ!」
カラカラと笑いながら差し伸べられた手に掴まって起き上がった京哉は、トラックの荷台からずっとライフルを構えて離さない椿の方を見やった。そして、次の瞬間には立ち上がった彼女が京哉に向かって叫んだ。

「車が近付いてきてる!追手かと思ったけど、私が銃を構えたら窓から白いタオル出してきた!」

どうやら様子のおかしい車両がこちらに近付いて来るのだという。
 土煙を上げるそちらの方向を凝視していると、トラックの真後ろに停車したジープの中からレオポルトが顔を出した。

「よう、上手くやれたようだな」

 追ってきたのが彼だとわかると、京哉は笑みを見せて駆け寄っていった。

「ありがとう、アンタ犯罪者なのに良い人だな」
「犯罪者なのに、は余計だ。のんびりダベってる時間は無ェ。もうじき、マルツェルが要請した軍の車両がテメェをどうにかブチ殺そうと追ってくる筈だ」

 所長のマルツェルとは協調関係にあった筈なのに、こうして京哉が逃げる手助けをしているレオポルト。マルツェルにあらぬ誤解をされているのが癪だと述べていたが、そんな小さな事を気にする男では無いだろう。

「……答えてくれなさそうだけど、一応聞いて良い?アンタの望みは何だ?」
京哉のその問い掛けに、レオポルトはまたあの時見せた何か物思いに耽るような表情を見せる。
「…あのバアさんに何か頼まれてんだろ?じゃあ、俺から何か話してやる義理は無ェ。とっとと消え失せな。西は軍隊が検問張ってやがるから、山間の道を抜けると良い」

それだけ言い残したレオポルトは、運転席の看守に戻って良い、と告げた。

「元気でやれよー、囚人の王様ー!」

Uターンしていくジープの方に大きく手を振りながらトラックの助手席に乗り込んだ京哉。彼の姿をフロントミラー越しに確認したレオポルトは、薄らと笑みを浮かべて目を閉じた。



…………………………………………………………………………………



 ピョトルクフの裏門から敷地内に戻ってきたジープを迎え撃ったのは、マルツェルの指示で配置についた看守達。
 一斉に放たれた鉛玉が車体やガラスを貫通していく。ひとしきり弾丸の雨が止むと、ツカツカとブーツの底を鳴らして近づいたマルツェルが助手席のドアを開いた。
 バタンと大きな音を立てて地面に吸い込まれていったレオポルトは、全身に弾丸を浴びて血だらけの状態である。まだ息のある彼の顔を見下ろしたマルツェルは、感情の篭っていない声色で告げた。

「囚人の王なんてモノに権力を与え過ぎると碌なことにならないですね。全く、貴方にはガッカリしましたよレオポルト」

 片付けておけ、と最後に言い残したマルツェルの背中を見つめていたレオポルトの視界が次第に狭まっていく。


 ああ、罪人の最期なんてロクなモンじゃねぇな。


 そう声も無く呟いた彼の死に顔は満足気に笑っていたという。




[32] Estremo Ⅲ 完
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