MELODIST!!

すなねこ

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#033 Estremo Ⅳ

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東京都・31歳男性「超能力とか心霊の類は信じていなかった事もあって、異能を持つ人間が本当に目の前に現れた時は驚きました。あと、ツンデレツインテールと男の娘ツインズ…大昔の創作ネタだと思ってたんですよ」


…………………………………………………………………………………




「私はもうあと何年か生きられれば満足さ。こんな湿っぽい場所でも慣れれば静かで過ごし易いもんだよ。欲を言えば…料理はもう少し薄味にしてもらいたいところだけど」



「それじゃあ、アンタの望みって一体何だよ?」



「ああ…お前さんが楽団ギルドの人間ってんなら
、こんな事も頼み易くて困っちまうねェ…」











…………………………………………………………………………………



 ピョトルクフ重刑務所内に響くけたたましいサイレンの音。パトランプの光で赤く染まった石畳を駆け抜けていく看守達が向かっていたのは、所長マルツェルがハンネス機関を密造していた蜘蛛の部屋である。
 ピョトルクフ内の刑務作業室に世界政府の強制捜査が入るという情報が齎されたのは、つい半刻前の事。
 マルツェルの指示で集まった看守達によって、床のコンクリートに磔にされていた囚人達が次々と解放されていき、監房に移されていく。

 現在、ハンネス機関の製造は世界政府のよって許可された指定業者のみが請け負っている。それ以外の者は例え商用利用目的でなくても、全て密造とみなされて厳しい罰則を受ける事になる。
 
 囚人達に作らせていた部品、組み立て途中の鉄塊も全て地下倉庫に移送させて証拠隠滅を図ったマルツェル。
 自室に保管していた密造ハンネス機関の販売に関する資料を必死にシュレッダーに掛けていると、コンコンと扉をノックする音にビクリと肩を震わせた。

「今忙しい!後にしろ!」

余裕の無い表情でそう言い放つと、最後の紙の束を無理矢理シュレッダーに捩じ込んだ。額に滲む汗を袖で拭いながら長椅子に座り、大きく息を吸い込む。
 これからやって来る政府の人間をどう欺けば良いか、その事で頭がいっぱいだったマルツェルは、音も無く侵入してきた一人の囚人の存在に気付いていなかった。



「やあやあ、所長殿。息災にお過ごしのようで何よりです」


膝の上に両肘を付き、手を組んでその上に額を乗せていたマルツェルの瞳がギョロリとその声の方を向く。

 何故、目の前に囚人服の男が立っているのだ。

 何故…あの男がピョトルクフの中に潜り込んでいるのだ。


 飛び出そうな程激しく脈打つ心臓の拍動を感じながら、マルツェルはガバっと顔を上げた。


「き、貴様…何故……」


彼がその疑問を口から出し終わる前に、目の前の男は横縞柄の囚人服から白い燕尾服へと一瞬で様変わりした。


「……旋律師メロディスト…貴様、音楽家だったのか…」
「そ。あるご婦人からの依頼で戻ってきちゃいましたー」

ニコリと上品に笑った京哉であったが、その顔からは徐々に表情が失われていく。

 ローテーブルの天板をドンと右足の白いオペラパンプスの底で鳴らすと、彼はマルツェルの顔を覗き込みながら続けた。


「………狡猾だねェ、アンタ。実質、材料費だけでジャブジャブ金が舞い込んでくる夢の装置を開発した訳だ。その歯車は理不尽に逮捕された音楽家と、暴力に逆らえないひ弱な受刑者達……ボロい商売だねェ」
「き、貴様に何がわかる!?」

グイグイと京哉に詰め寄られたマルツェルは堪らず立ち上がって叫ぶと、息を荒げながら制帽を床に投げ捨てた。

「やっとの思いで昇進に漕ぎ着けたというのに、割り当てられたのは辺鄙な場所に建つ古びた箱物の中で馬鹿どもの監視役だ!」

米神に太い血管を浮き立たせて怒りに震えるマルツェルの様子を見て、京哉は興味なさそうに答える。

「……ハズレ押し付けられたんなら金ぐらい自由に稼がせろ、と……」
「ああ、そうだ…!!囚人達あんな奴等なんざ、いくら死んだって悲しむ人間なんていやしない!どいつもこいつも、自分の欲求を抑えられない猿どもだ!この世から消えた方が世間様の為だろう!?それなら死ぬまで利用してやるだけだ!」


ゼエゼエと肩で息をしながらガンホルダーに手を伸ばしたマルツェルであったが、拳銃を持った自分の腕が目の前のローテーブルの上を転がる光景に、何が起こったのかわからないという表情を浮かべていた。




…………………………………………………………………………………



 1本目の天叢雲剣アメノムラクモノツルギが手の中から消えると、京哉は木の床に突き刺さっていた2本目の剣の柄を握った。

 マルツェルの自室に忍び込む前に母親の形見のフルートで演奏していた「素戔嗚尊スサノオノミコト」によって、京哉は8本限りの必中の刃を手に入れていた。

 タングステンのフルートがあれば、こんな死のリスクを犯さずにマルツェル程の小物を斬り刻む事は容易かっただろう。
 しかし、もしあのフルートが破壊されていなかったとしても、今回彼が受けた依頼は別の方法で遂行していた事だろう。

 それが、イザベラ・ハンネスという職人に対する敬意だからだ。彼女の…彼女達の傑作を、この男の血で汚す事は、京哉にはできなかった。







あの男マルツェルに……もうこれ以上私ら夫婦の思い出で、人を殺させないでくれないかい」


 女囚棟の特別室で聞いたイザベラからの依頼。京哉は彼女のその悲痛な表情に、ザルツブルグの楽器店で自分の帰りを待つウォルター・キックスを重ねた。

 音が人を殺す…ハンネス機関の登場で明るみになった事実が、イザベラを監獄に閉じ込められる理由を作った。
 では、誰が殺人を犯す手段として音を使っているのか。
 そこには紛れもなく京哉達旋律師メロディストや、彼らに敵対する異端カルトの者達も含まれていた。

 戦争を終わらせる為に、核を使用する。大国が第二次世界大戦を終わらせたと言い張るこの理論と、やっている事は同じである。



 しかし、旋律師メロディストに願いを託したイザベラは十分に理解していた。

 世界には、闇に生きる者にしか解決できない理不尽が存在する事を。






 右腕を失い、バランスを崩した身体で床をのたうち回りながら唸り声を上げているマルツェルの目の前で、赤く輝く刀身が煌めく。


「地獄で会おうぜ、マルツェル」


静かに振り抜かれた剣は彼の喉を掻っ捌き、勢い良く吹き出した血液が京哉の白い燕尾服を汚した。







…………………………………………………………………………………



 トラックの荷台で体育座りする椿は、カーキ色の布を肩から羽織りながらぼんやりと星空を眺めていた。
 とても乗り心地が良いとは言えないその場所は、でこぼことした悪路を進む事でさらに激しい揺れに襲われる。


「キョウヤ、レディースファーストって言葉知ってるかな?」
椿アイツが荷台乗るって言って聞かねーんだもん。アンタの隣に座るのが苦痛なんじゃない?」

京哉の答えを聞いたアランは、それもそうだと笑い飛ばしながらアクセルを踏み込んだ。



 オーストリアに戻る長距離列車に乗る為クラクフに向かうトラックは、ようやく舗装された道の上を走り出した。
 揺れがおさまったのと同時に、また嘘のように一瞬で眠りについた椿の様子を小窓から見届けた京哉。フロントガラスの方向に向き直って眠たそうに欠伸をすると、アランからブーイングが飛んできた。
「助手席に座っておいて居眠りしたいだなんて、釣れない事言わないでくれよ。そもそも、今日の件はどうやって社長を口説いたんだい?」
「ああ…依頼を受ける基準満たしてないのに…って所?」
そうそう、とフロントミラーの角度を直しながら京哉を一瞥するアラン。




 ピョトルクフ刑務所所長のマルツェルを殺害して欲しい。それが、イザベラ・ハンネスからの依頼だった。

 獄中におり、個人資産も全て取り上げられてしまったイザベラには、楽団ギルドに対して報酬を支払う能力が無いのは明白だった。本来、この様な状況では楽団ギルド上層部の会議で依頼を蹴られる場合が殆どだ。
 しかし、ロジャーはピョトルクフの現状こそが楽団ギルドに利益を齎すと考えていた。



 音エネルギーの台頭後、音楽肯定派と音楽否定派の主張をたがう両者によって世界は二分された。
 どちらにも属さず、ただ人類の平和平等を願う永世中立的な組織として国際連合から独立したこの世界政府という組織には、「非人道的活動の一切を取り締まる」為の強い権限が与えられていた。
 具体的には、音楽肯定派、音楽否定派のどちらの立場の国にも政治介入できる発言権と、やむを得ない場合の武力行使である。

 音エネルギーの武力転用を可能にするハンネス機関の製造方法、権利の全てを世界政府が管理する事になった大きな理由はここにあった。

 石油が枯渇した世界で人類がエネルギーを得る方法は、次なる技術開発が進まない限り音エネルギーを利用したハンネス機関の使用以外無い。
 主張と矛盾するが、音楽否定派の国家においても発電の為にハンネス機関を使用している。
 しかし、音楽肯定派の国々とではその所有数に大きな差がある。肯定派の国々では当然音エネルギーの武力転用も容認している訳で、ハンネス機関を搭載した戦略兵器が次々に開発されていく筈である。
 ハンネス機関の所有数そのものがその国の武力を示すとなれば、戦争のような国家間の対立になった場合、音楽否定派の国々は圧倒的武力差を前になす術なく敗戦に至る。

 音楽肯定派の国による、音エネルギーを利用した一方的な虐殺を防ぐ為、世界政府の徹底管理のもとハンネス機関が生産されている訳だ。

 そんな世界の秩序を乱すのが、今回ピョトルクフ刑務所構内でのハンネス機関の密造である。彼らは、囚人に作らせたハンネス機関を紛争地域に売り捌いていたが、この噂を聞き付けた音楽肯定派の国家が大量に買い付けたとする。世界政府の管理が及ばない所で戦力を蓄えていったその国は、間違いなく脅威となってしまうだろう。

 だから、彼らはピョトルクフでの行いを容認するわけにはいかないのだ。


…………………………………………………………………………………


「ピョトルクフでの密造の件をバラして、所長殺害と製造ラインの破壊の依頼主をイザベラ・ハンネスから世界政府にすり替えるでしょ。そうすれば、楽団ギルドとしては世界平和維持なんていう大義名分のもと動けるから、奴らに恩も売れるし、僕の目的も余裕で達成できたって話」

再び大きな欠伸をした京哉は、眠い目を擦りながらアランに1冊の楽譜を見せた。

「それが、夢のようなセラミックコーティングを作り出すお宝って事だね。ハンネス本人が作曲したのかい?」
「さぁ…そこまでは聞いてない。どっかに作曲者の名前が……」

楽譜の表紙をめくってパラパラと中身を確認していた京哉は、最後のページを見るや否や驚愕と怒りでワナワナと打ち震え始めた。

「え?なになに?誰が書いた曲だったのさ?」

一向に口をきいてくれなくなってしまった京哉から楽譜を奪ったアランは、彼を豹変させたその最後のページに目を通す。

 そこには、ハッキリとTAKUTO UGAMIの文字が書き記されており、京哉の怒りの理由がようやく判明する。


 京哉のフルートが破壊された後、修理できそうな職人を探してきたと彼に情報を寄越したのは託斗本人であった。
 過去にハンネスの依頼でセラミックコーティングの楽譜を書いていたのなら、通常の方法ではタングステンでフルートを製作する事は無理だと知っていた筈なのだ。
 それなのに、京哉をわざわざオーストリアに行かせた理由。それは……


「忘れてたんだろうね……君のお父さん、何百と曲を書いてるから…」
「ぎゃあああああっ!!僕のこれまでの努力は一体何だったんだよ!!…殴る……絶対に殴ってやる!!あんの…馬鹿親父っ!!!」

隣で吠える京哉の怒りはちょっとやそっとじゃ収まらないと踏んだアランは、苦笑いを浮かべながら彼の文句を全て聞き流す事にした。






…………………………………………………………………………………


 アランに持たされたチョコレートやらクッキーやらのお菓子を両腕に抱えていた椿の横で、京哉は楽団ギルドに連絡を入れていた。
 やっとフルートを打ち直す目処が立った事、最低三日間はザルツブルグから動けない事、そして、まだ気が収まらなかったのだろう、父親についての愚痴をミーアに報告する。

『それは災難だったな。まぁ…あの男の事だ。どうせ問い詰めた所で嘘八百並べて何処かに姿を眩ますだけだろうな。殴るなら日本に帰っていの一番が良い』

真面目なミーアの口から返ってきた言葉だ。彼女は本当に殴った方が良いと思っているのかもしれない。それ程、過去から現在において託斗の行動に悩まされてきたのだろう。

『タングステンは貴重な金属だ。失敗の無いようじっくりと作業して欲しい…と言いたい所だが、こちらもだいぶ事情が変わってきた』
「……何かあったんですか?」

一瞬言葉を詰まらせたミーアの様子に、京哉は不穏な雰囲気を感じ取る。

『遂にウィーンでも異端カルトによるものと見られる[[rb:旋律師 > メロディスト]]狩りが始まったようだ…』



 ドナウ川から上がった旋律師メロディストの死体。警察によれば明らかに溺死体だったと言うが、直接的な原因を調べていた調査班の人間は作業中に死体の爆発によって全員死亡している。

「…奴ら、支部長を狙って死体に爆弾を仕掛けたんじゃ……」
『誰が身元確認に来るかは特定できなかった筈だから、楽団ギルドの人間を狙うにしても無差別だった可能性は高いよ』

たまたま離れた場所で警察の聴取を受けていた彼女は難を逃れたが、楽団ギルドのお膝元でヨーロッパ支部長迄が大事に巻き込まれれば、組織としてはかなりの痛手である。

『君も敵に顔が割れているんだ。十分警戒して帰るように。同行している少女も巻き込むわけにはいかないだろ?』



  PHSをスラックスのポケットにしまい込んだ京哉は、ホームで待たせていた椿の元に向かった。
 すると、子供達に囲まれて持っていたお菓子をせがまれている彼女の困り顔と目が合う。
「要らねーならあげちゃえば良いだろ」
「……多分、これは私の分じゃない。作戦の途中でお世話になった男の人へのお土産だと思うから…」
椿は京哉救出の算段をアランと話し合う中で、どうしても越えられない言葉の壁に彼が悩んでいた事を話す。そして、アランの言葉を椿に通訳した男の存在を知った京哉。

「アランは彼の事をドクターと呼んでいた。多分組織の関係者ではあると思うんだけど…」
「あー……」

ピンときた様子の京哉は、椿が抱えていたお菓子の山を奪うと、集まってきていた子供達にポイポイと投げ渡していった。

「良いの?」
「大丈夫、大丈夫。ソイツ、知り合いだから。1個だけ持って帰ろ」

そう言いながら京哉の手元に残っていたのは、マコヴィェツと書かれた切り分けられたロールケーキの箱。それを椿に返すと、地面に置いてあったスーツケースを持ってホームに入ってきた長距離列車の乗車列へと移動していった。

 
…………………………………………………………………………………




 その日、双子の姿は品川の医院の中にあった。怪我の具合を診せるために麗慈の元を訪れていたナツキであったが、同行してきたフユキは何故か周囲をキョロキョロと警戒しながら時折怯えたような表情を見せている。

「大丈夫だって、フユキ。そんなビビんなよ」
「で、でも……すっごく怖いんだよ、あの人…」

角に差し掛かる度に左右を確認しながら進むフユキが恐れていたのは、作戦決行日に彼を強く怒鳴りつけた男の存在である。

 閖塚巳継は京哉が日本を離れる穴埋めとしてウィーンから派遣されてきた旋律師メロディストである。
 オーボイストである巳継は、氷を使った戦闘で相手の動きを鈍らせたり、絶対零度の氷結で死に至らしめたりと、強力な異能を持っていた。
 1気圧の場合、圧力が高くなると沸点や凝固点は高くなる。通常、摂氏0度で氷へと凝固する水だが、巳継の演奏が生み出した緻密な音エネルギーの合成波が空気中の分子にぶつかる事により圧力が急激に高くなり、その結果室温でも空気中の水分が凝固し、氷を用いた攻撃を可能にするのだ。

 そして、彼もまた託斗から超絶技巧を授かった21人の奏者の一人であった。
 巳継の持つ楽譜スコア罔象女神ミツハノメノカミという水の女神の物語をモチーフにして書かれた楽曲だ。




 ナツキに手を引かれてたどり着いた診察室の前で、扉の向こうから何やら言い争っている声が聞こえてくる。顔を見合わせた双子はそっと扉を開けて隙間から中の様子を伺い始めた。


「だから…此処にいる意味がわかんねーっつってんの。早くそのものぐさ太郎連れてどっか他の場所で護衛なり何なりしてろよ」
「まさか右神先生の事をものぐさ太郎と呼んだのか?このお方が楽団ギルドのためにどれだけ尽力なさったのか…」
「はいはい、何でも結構。とっとと出ていけ。仕事の邪魔だ」


どうやら、麗慈と巳継の二人が何やらやりあっている様だった。再び扉を閉めて半歩後退した双子は、どうしたものかと首を傾げて唸る。

「麗慈クン、あの人の事嫌いだって言ってたもんね…」
「オレも第一印象はあんま良くなかったけど、オーストリアで何があったんだろうな?若乃宮には聞き辛いし…」

うだうだとしている内に、診察室の中からは託斗が二人を宥める声が聞こえてきた。顔を見合わせて扉に近付いたナツキとフユキは聞き耳を立てる。

「まぁまぁ、麗慈も巳継も…僕の為に争わないでおくれよ」
「……じゃあ、その諸悪の根源に出て行って貰った方が早いな」


 双子が耳を欹てていた所、引き戸がいきなりガッと開け放たれ、中から摘み出された託斗が彼等と正面衝突してしまう。ピシャリと閉ざされた扉を隔てて、室内からは引き続き二人の言い争う声が絶えない。


「痛たた…おや?夏冬ツインズじゃないか。どうしたの?」
額を摩りながら尋ねてきた託斗は、諸悪の根源と言われていたにも関わらず、ヘラヘラと楽しそうな表情を浮かべていた。
「こんにちは、京哉クンのお父さん」
「オレの手、診てもらう日なんだけどさ…二人はずっとケンカしてんの?」
ナツキの問い掛けに、託斗は肩を竦めた。
「まったくー…一体何年前の事を腹立ててるんだろうね、あの二人は。良い加減忘れちゃえば良いのにさぁ。大人気ないよねー」
アンタが『大人気なさ』を指摘するんだ…と、心の中で声を合わせた双子。しかし、彼らのオーストリア時代を多く知る託斗であれば、その確執の理由を教えてくれるかもしれない。
 ゴシップ大好き兄弟はすかさず託斗を取り囲んで、廊下の待合椅子に誘導していった。彼を中心に両側に腰掛けてその目を輝かせる。



「え?麗慈が何で巳継を嫌ってるのか知りたい?」
やはりそれを聞かれるか、と何故か嬉しそうにニヤけている託斗。どうしようかなぁと悩む素振りを見せている。
「じゃあ教えてあげたら、麗慈に僕達が此処にいさせて貰えるように説得してくれる?」
「しますします!」
「する!何でもするから!」

二つ返事で了承した彼等の期待に満ちた表情を見て、満足げな様子の託斗。しかし彼がを何かを語り始めようとしたその時、診察室の扉が勢いよく音を立てて開け放たれた。

 そこには鬼の形相をした麗慈が仁王立ちしており、無言で手招かれたナツキとフユキはカタカタと小刻みに身体を震わせながら黙って診察室の中に入っていく。
 彼等と入れ違いに退出してきた巳継に促され、おしゃべり大好きな子供大人は何も口外できぬままズルズルと連行されていった。



…………………………………………………………………………………
 

 麗慈がナツキの治療をしている間、下階のロビーでは祐介と道夫を連れて来た鬼頭も加わって反省会が行われていた。

 先日託斗もまみえた敵は、自分を指示役だと語っており異端カルトの中でも最高クラスの幹部であると思われる。
 片脚を欠損させるという痛手を追わせる事に成功したものの、何の情報も引き出せぬまま取り逃してしまった事に関しては作戦失敗と言わざるを得ない。
 また、鬼頭達が対峙した敵にもまんまと逃げられてしまっている。


「明らかな戦力不足だったとは言えど…相手は雑居ビルとネカフェに1人ずつ……もう少し戦えても良かったが少々情けなかったな」

マグカップに淹れられた煎茶を啜りながらそう切り出した鬼頭。本来は戦闘要員でない彼も前回の作戦に駆り出されており、その事も鑑みて場にいた全員が唸った。


「そもそも、東京に派遣されてる旋律師メロディストの数が少な過ぎるんだよ。異端カルトのお膝元になってるっていうのに、ロジャーは一体何をやってるんだか」

戦闘の向き不向きすら謎なこの男だが、そう言いながら、やれやれ…と肩を竦めた託斗もまた本来この場にいるべき人間ではなかった。

「社長の方はジャックが掌握された件の後始末とアメリカ支部のサポート……あと、ヨーロッパ各地で勃発している旋律師メロディスト狩りの対応に追われています」

巳継がそう答えると、鬼頭がコクコクと頷いていた。

「やはりそうか…。人員確保なんてのも難しい話だけに、今いる人間をどう護るかに全振りしてるんだろう」

 難しい顔をして話し合っている彼等から数歩下がった場所で気不味そうに額に汗を流す道夫。彼の様子に気が付いた祐介が隣から声を掛けた。

「大丈夫?道夫さん…」
「あ、えぇ……ぼくが変な相談してしまったばかりに、こんな事態になったのかなぁと思うと……とても申し訳ない気持ちになるというか…」

尻すぼみに声のボリュームが落ちていく道夫の話し方からは、本当に心からの申し訳なさが伝わってくる。

「気にするな、道夫。敵さんは元々コイツを狙ってアレコレ仕掛けてきてんだ。むしろ、巻き込まれたのはアンタらの方だよ」

踵を返して歩み寄ってきた鬼頭が道夫の背中をバシンと力強く叩く。コイツ、と指差された託斗は何故かニッコリと笑って手を振っていた。

「ただ、道夫さん…あのミゲルとかいう外人と何回か接触してるんだよね?顔は確実に覚えられてるとして…これからどうする?」

 楽団ギルドの関係者らと行動を共にしてもしなくても、道夫は今後も何らかの形で異端カルトの人間に接触を図られる可能性はある。そうして、道夫が持ち掛けられた話が楽団ギルドにとって不利益なものならば、彼を排除しなければならなくなってしまうのだ。


「ぼくはあのビルを出ていけと言われればすぐにでもそうしますし…ただ、前も言いましたが次に住む場所が見つかるまではお時間をいただきたく…」
またモゴモゴと尻窄みな声量で答えた道夫に、治療を終えて合流したナツキとフユキが声を掛けた。

「道夫サンが狙われる可能性があるなら、いっそ囮になってもらえばいいんじゃないですか?」
「一人になった時に狙われるよりは、オレ達が傍にいた方がマシだろ?」
ワイワイと前向きな言葉に囲まれて少し表情が明るくなった道夫であったが、水を刺したのはやはりこの男である。
「行動を共にするなら、せめて何か作戦に役立つ特技の一つでも持ち合わせていて欲しいものだが…」
巳継の言葉に、鬼頭と双子は顔を歪めた。
「ま、まぁ…本当に何かあったら良いなーぐらいだから…道夫サン」
「麻雀が強いとか、そんな感じでも良いぜ!」
フユキとナツキがフォローを入れると、口をモゴモゴさせ始めた道夫が声を絞り出す。
「……ば…」
「バ?」
その場にいた全員が声を合わせて聞き返す。

「爆弾とかなら…作れますよ。旧時代のやつ……火薬とか使って……あ、でもこういうのは役に立たないですよね…すみません…」




…………………………………………………………………………………



 久しぶりの娑婆の空気を楽しむ余裕も無く京哉が向かったのは、ウォルター・キックスの楽器店。いよいよ、オーストリアに渡航した本来の目的を達成する時が来たのだ。
 カウンターの奥で楽器を組み立ている最中のウォルターを見るや否や、京哉は店内を駆け出して彼の目の前に楽譜を突き出した。

「うわっ…何だよいきなり!?」

事の経緯を知らないウォルターとしてはごく普通の反応をしたつもりだったが、やけにボロボロな京哉を見て相当な事情があるのだと察した。

「ハンネスの嫁に会ってきた…!フルート、作り直せるかもしれないって!」

ゼェハァと窶れた表情で説明を始めた京哉の話を一通り耳に入れるウォルター。
 ベリータ鋼なる未知の物質に関しては若干眉唾物だと訝しげな表情を見せたものの、タングステン製のフルートが実際に存在していた以上京哉の話を信じるしかない。

「理屈はわかった。とりあえず、ベリータ鋼とやらに加工する前のセラミックを用意する必要があるな。知り合いの素材屋をあたってみよう……って」

必要な材料を紙に書き出していたウォルターが顔を上げた時には、店に来るなり一方的に情報を投げつけてきた京哉はカウンターに突っ伏して死んだように寝てしまっていた。

 ピクリとも動かない京哉に肩を貸して店の奥に運び込んだウォルターは、途中ですれ違った母親に外に突っ立っている筈の椿も中に呼んでやれ、と声を掛ける。
 そして、楽器倉庫の一角に積み重ねられた分厚いマットの上に爆睡中の京哉を投げ捨てながら、金属製のシェルフに保管してあった彼のフルートの残骸に視線を移す。

「………もうすぐ元に戻してやるからな」

まるで小動物に語りかけるような優しい声色と眼差しのウォルターは、最後にその金属片を撫でてから楽器倉庫の照明を落とした。



[33] Estremo Ⅳ 完
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