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#059 Scemando Ⅱ
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ウィーン・37歳男性「社長秘書をさせていただいておりますが、やはりまだあの方との会話は緊張すると言いますか…時々通じていないなぁと感じる事があります。聞く耳を持たな…あ、すみません、今のは失言でした」
…………………………………………………………………………………
犬神村に向かう唯一の獣道の前に立った二つの人影。落ち葉がふかふかと柔らかい不安定な地面を踏み締めながら進んでいくと、二股の道に突き当たる。
懐中電灯で錆びた鉄製の立て看板を照らすが、そこに記された文字を解析するのに非常に難儀した。
「……恐らく左側の道が犬神村に繋がるかと。もう一方は……錆が酷くて読めませんねェ…」
首を横に振りながら解読作業を断念したダンタニアンは、ずり落ちてきたガンケースの肩紐を直しながら体を犬神村に続く道の方へと向ける。
「本当にこんな山奥の寂れた集落に第21楽章が隠されてんのか?」
まるで期待していない様子で尋ねるサラフィエルは、泥濘んだ足元を睨み付けていた。
「楽団が何の根拠も無しに旋律師を寄越すとは思えません。特に我々が追いかけてきた…右神託斗の倅については、よく楽譜関連の依頼に向かわされるようですし」
後方から聞こえてくる「ふぅん…」と譫語のような返事を無視して先に進んでいくと、程なくしてぽっかりと開けた場所に建つ数軒の家々が見えてきた。
日が暮れて久しく、電気の通っていない村の中は真の暗闇に包まれていた。しかし、ダンタニアンが手にしていた懐中電灯の明かりによって余所者の進入に気が付いた村民たちが一斉に松明を持って飛び出してくる。
身構える二人の周囲をぐるりと取り囲んだ村民達。どこを見ても老婆の姿しかない。男は村長以外存在しないという噂は本当だったのだとダンタニアンは感嘆の声を漏らす。
そして、彼が聞いた噂話とやらが全て本当であるならば、彼女達は生贄にされる側の人間である。
「……立ち去れ。此処は面白半分に足を踏み入れて良い場所ではない」
松明の橙色の灯りを揺らしながら一歩近づいてきた村民が、しゃがれた声で二人に告げる。
「面白半分だなんて滅相もございませんよ。我々は調査に参ったのです。何か困り事はありませんか?」
口から出任せに放った言葉だと早々に気付かれたのだろうか。老婆達は返事すらしようとせずにジッとダンタニアンを見つめている。
「村で病気を患っていらっしゃる方は?我々は僻地で孤立している高齢者の医療サポートを行っておりまして…」
嘘に嘘を重ねるのは彼の得意とする所である。ベラベラと饒舌に話し続けるダンタニアンの様子に、老婆のうちの一人が何やらヒソヒソと周囲に耳打ちをし始めた。
「何だ…?気味悪ィババァどもだな…」
言葉が通じないのを良い事に文句を垂れるサラフィエルに、慌てて黙るよう促したダンタニアンだったが彼女達がゾロゾロと自分の家の方向に帰って行く様子を唖然とした表情で見ていた。
「……ついてきなさい」
静かな口調でそう告げた老婆は、杖を突きながら重い足取りで踵を返す。いきなりどういう風の吹き回しなのかと顔を見合わせたダンタニアンとサラフィエルであったが、老婆の姿を見失うまいと意を決して彼女の後を追った。
…………………………………………………………………………………
荒屋の最奥の部屋で依頼人と二人きりになった京哉。峰が小さな行燈に火を灯すと、すっかり暗くなっていた室内がぼんやりと橙色に照らされる。
「…この村の奇祭については、何となく聞いているのかしら?」
正面に座った峰に尋ねられ、京哉はJACからもたらされた情報を思い返す。
「はい。世継ぎが産まれる度に五穀豊穣を願う生贄の儀式が行われている、と…」
「ええ……ただ、今の村長になってからしばらく、男児が産まれなかったの。私は役に立たない妻としてこの古臭い家に隔離されて……」
まるで他人事のように淡々とした口調で語る峰の様子に違和感を覚える。
「私がお払い箱になってから…あの人、村の女を屋敷に呼び込んでは次々と子を成していって…」
「そ、側室ってやつですか……?」
村長という立場を利用した搾取にしか聞こえないが、一応妻という立場の峰には気を遣った言い方で尋ねる京哉。しかし、当の本人は何が可笑しかったのだろうか、愉快そうに笑っていた。
「ただの女遊びよ。あんなジジィになっても続いてるんだから大したものだわ…」
先程荒屋に入る前に京哉が見かけた村長らしき男の姿を思い出し、峰の発言に納得する。
「村の女との間に、これまで何人も男の子は産まれてきたのだけれど……鬼に盗られてしまうのよ…」
祀で舞う神楽の最中に突如跡取りとなる男児が発火、焼死する。因習村に伝わる俄かには信じ難い噂話だ。
「私が今回貴方をこの村に呼んだのはね……神楽に原因があるんじゃないかと思ったからなの。音楽の事なんて私には全然わからないから、専門の人に聞いてもらった方が良いんじゃないかって」
峰の話によると、現村長である夫の天津河諭が就任した年、村は豪雨に襲われて半分以上の家々が洪水によって流されるという甚大な被害を受けたのだという。
その際、かつて母屋の隣にあった蔵の中に保管されていた神楽の楽譜も建物ごと消失してしまい、以降人伝てに曲が受け継がれていったのだ。
「村を出入りしている行商人に相談をしたら、世の中には楽曲に呪いを込めることの出来る呪術師が存在していて、もしかしたら伝承された神楽の内容が偶然呪いを持つような物になってしまったんじゃないかって教えてもらったのよ」
「曲が呪いを……ですか」
現に、京哉は超絶技巧の楽譜に込められた災厄という呪いとの因果で異能を得ている。あり得ない話では無いと納得する。
しかし、偶然というのは信じ難い。超絶技巧を産み出した父親曰く、確かな知識と論理的なロジックを用いなければ呪曲は生み出せないのだ。
失敗した良い例が、異端の作曲家が紡いだ数々の盗作である。
「わかりました。是非一度聞かせてください」
自身には知識が無い為判別できないが、耳で聴いたものを楽譜に起こす事はできる。気は進まないがオーストリアに帰国した父親に解析して貰えば良い。
「良かったわ……これで呪いが無くなれば、やっとあの人も隠居してくれるんだから」
ニコリと笑った峰の笑顔に、何故か薄気味悪さを感じる。
その理由が少しずつ明らかになっていったのは、峰に呼び出された松川や使用人達に案内されて屋敷の中を見て回っている時からであった。
「そういえば…松川さんっていくつなの?」
着物を着ているせいか年齢の読めない姿に、思わず京哉が尋ねる。すると、少し気不味そうに苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「ええと…14歳です。この村では12歳で成人と見なされますので、一応大人という事にはなりますね」
明かされた実年齢に目を見開いた京哉。この閉塞的な村の中にしっかりとした教育機関があるとも思えず、学校には行けていないのだと悟る。
それにしてもしっかりとした受け答えのできている松川はだいぶ大人びており、誰がそのように躾けたのか気になった京哉は再び尋ねた。
「もしかして、さっきの大奥様が色々教えてくれた感じ?裏では厳しそうだからなー」
「い、いえ!コレはおに…」
慌てて口走った様子の松川は、そこまで言うと両手で口を抑える。小首を傾げた京哉は、松川の後ろを歩いていた他の使用人達の纏う雰囲気が一変したことに気がつく。
「鬼?」
「えっと……」
困り顔であたふたとする松川の肩をトントンと叩いたのは、使用人達のうちの一人であった。
「お部屋にご案内致します」
笑顔を取り繕った松川がそう告げると、他の使用人達に見送られながら2階の一室に誘われていく。
…………………………………………………………………………………
12畳程の和室には、先にマオが到着しており京哉を見るなり嬉しそうに立ち上がって手を振っていた。
『キョウヤ!温泉温泉!』
合流するなり何のことだと訝しげな表情を見せた京哉に、松川が丁寧に説明を付け加える。
「犬神村周辺は天然温泉が湧いている場所がいくつかありまして…よろしければご案内致しましょうか?」
温泉かぁ、と面倒くささの方が勝って重い腰の上がらない京哉の代わりにマオが元気よく手を挙げた。
『温泉いこう!混浴か!?混浴なのか!?』
鼻息を荒くするマオの中国語を理解できない松川が戸惑う様子を見て、仕方なくイヤーモニターからの翻訳結果を伝える京哉。すると、松川は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「いえ…むしろ女性用の露天風呂しかありません」
犬神村は村長以外全員女だったのだと思い出した京哉はポンと手を叩いて納得した様子を見せる。
『こ…混浴ぅ……』
「じゃあ、マオは松川さんと一緒に行ってこいよ」
残念そうに項垂れるマオに提案した京哉であったが、意外にも先程案内しようかと言っていた松川の方が手をブンブンと振ってそれを拒否してきた。
「え?松川さんもガキの世話は御免って感じ?」
「いえいえ、滅相もございません!……ええと……実は…」
困惑した表情でモゴモゴと何かを告げようとした松川。しかし、何かを躊躇っている様子でなかなか言葉を発しようとしない。
『女湯しかないならマツカワも入れないじゃん。キョウヤ、何言ってるの?』
やる気のない表情でマオが座卓に肘を付きながら指摘する。彼女の言葉の意味が飲み込めず、京哉は聞き返す。
「は?え、どういうこと?」
『どうもこうも…マツカワ、男でしょ?』
バッと松川の方を振り返った京哉は、じっとその顔を観察する。
「……あのー………間違ってたらごめんなさいね、松川さん…。もしかして、ついてます?」
丁寧に不躾な質問をする目の前の男に、松川は頬を赤らめながらゆっくりと首を縦に振った。
有栖川兄弟の前例もあったため、今更驚きはしない。しかし、彼らと違って松川は14歳ということもあり声から判別することができなかった。てっきり女だとばかり思っていた京哉は、へぇー…と感嘆の声を漏らす。
しかし、数秒の後に京哉の頭には疑問が浮かんでいた。
「ん?待って…何で村長以外に男がいんの?」
その質問には答え辛いようで、更にモジモジと口篭ってしまった。そんな彼の様子に、京哉はある最悪な事態を想像してしまう。
もし、松川が村長の子供であったとしたら…。
峰は言っていた。自分は男児を産む事ができず、お払い箱になった、と…。そして今、峰の夫は母屋で女達を侍らせている。
村の因習では役目を終えた村長は生贄側になるとされていた。もし、それを回避したいが為に既に存在している世継ぎの存在を隠しているのだとしたら。
そして、峰が「鬼に盗られる」と表現した、男児の焼死についても呪いなどではなく意図的に現村長が仕組んだものだとしたら…。
同じ男である京哉には彼の感覚は理解し難いが、周囲に同性が全く存在せず、いくら女遊びをしても咎められない立場になったとしたら、倫理観や道徳観念が壊れてしまうのかもしれない。
自己の欲求の為に子に窮屈な生活を強いたり、その命を奪ったり…。正に鬼畜の所業であり、看過できるものでは無い。
これらの仮定が現実のものであるならば、峰は気付いていないというのだろうか?
…………………………………………………………………………………
産まれたばかりの男児の為に生贄の祀が開かれる事になる。奉納する神楽の練習をするという事で、京哉とマオは松川に案内されて朝から森の中を歩いていた。
村を出て暫くの所にある錆び付いた立て看板。二股に別れている道を村とは反対方向に進んでいくと、次第に水の流れる音が聞こえてくる。
山中を流れる川の近くに祀に使用する櫓が組んであった。此処で神楽の演奏に合わせて舞を奉納し、生贄が川に身を投げるのだという。
櫓の上には雅楽に使用される和楽器を持った者達が既に練習を始めていた。
音楽等禁止法で祭に使用される音楽も全面的に取り締まりの対象になっている国内で、これ程の規模の演奏が野放しになっているのは犬神村が外部との人や物の流れの一切を徹底管理しているからであった。情報は敢えて外に出そうと思わなければ、なかなか下界には届かない。
『キョウヤ、あそこにいる人達…』
マオが指差した先には、峰の屋敷にいた寡黙な使用人達がいた。巫女の装束を纏っており、舞の振り付けを確認していた。
「あ…ちょっと不気味な人達」
『マツカワと一緒。あの人達も男』
マオの言葉に思わず大きな声を出しそうになった京哉は両手で口を押さえて物理的にそれを阻止する。そして、隣に控えていた松川の方に顔を向けた。
「……あの人達も男だって、マオが言ってんだけど…」
京哉がこっそりと尋ねると、松川は肩を振るわせて飛び上がった。そして、一歩後退しはくはくと口を動かしながら返答に困った様子を見せる。どうやら、図星のようだ。
性別を偽りながら村の長の邸宅で生きる理由とは一体何なのだろうか。深まる謎にもやもやを抱えながらぼんやりと見つめていた先で、彼らが巫女装束で舞台の定位置に立ったのと同時に和楽器の演奏が始まった。
柄の先に複数の鈴が円錐状に取り付けられ、反対側の端に長い色とりどりのタッセルが靡く神楽鈴を持った巫女達が並んで舞う様子を不思議そうに眺めるマオ。その隣で京哉は、雅楽を奏でる奏者達に意識を集中させる。
いくら耳で聴いたものを楽譜におこせる能力に優れていても、合奏となれば相当集中しなければ全てを聴き取ることは難しい。
ましてや、普段演奏することのない雅楽というジャンル。
一通りの聴き取りが終わる頃にはかなり疲弊した様子で遠くの山々の頂きを放心状態で眺めていた。
「…だ、大丈夫ですか?お疲れの様ですが…やはり呪いが……」
心配した松川が話し掛けるも、京哉は苦笑いを浮かべながら答える。
「呪いがどうの…ってのはこれから専門の奴に聞くつもりだから今はわからないけど、特に変だと思う所は無かったような…」
「そ、そうですよね……」
ホッとした表情を浮かべた松川。彼は自身が呪いによって発火する事を恐れていたのかもしれない。そうするとやはり、彼は村長の血を引く男児という事になるのだろうか。
…………………………………………………………………………………
ロジャーは[[rb:楽団 > ギルド]]社屋の地下牢の前で立ち止まった。通気口から鼻歌が聞こえてくる。想像通り反省のハの字も無い奴だと呆れ返りながら、右手に持っていた鍵を突き刺して重たい金属製の扉を押し開いた。
後ろ手に縛られた状態で中央の柱に固定されていた託斗は、ロジャーの姿を見るなり嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべている。
「やっと出られるのかー…今日で何日目?」
「3日目だ。本当ならあと10日程此処で反省してもらいたいところだが…時間の無駄だろう」
日本での数々の違反行為に対する処罰として、オーストリアに帰国後すぐこの場所に捕えられていた託斗。
楽団に力を齎す要であるが故、上層部の人間でさえも彼を強く咎める様な事はできなかった。
「上層部の連中は満足してた?僕の可哀想な姿を拝めて」
ケラケラと笑いながら解放された手首を摩っている託斗に、ロジャーは「誰が可哀想だって?」と聞き返す。
アメリカ支部の壊滅、オーストリア支部長の失踪、そしていまだに続く深刻な旋律師狩りの被害によって、楽団の捌ける依頼件数は大幅に減り、大損益を被っていた。
このままでは法人としての存続が危ぶまれると、託斗が捉えられていた3日間通しで開催されていた上層部の会議で、とある決定がなされたという。
「大編成のオーケストラを復活させる?」
かつて、戦力増強を測ったロジャーが選抜の為に立ち上げた第一、第二オーケストラの事である。
「ああ。今回は何もオーディションをやろうって話じゃない。目的はあくまでも原資の獲得だ」
「一般人募ってハンネス機関でも回させようって話?売電でひと儲けなんて今時古くない?」
旋律師の選抜が目的ではないというのであれば、何をしようとしているのか。小首を傾げた託斗に、ロジャーは右手の指を3本立てて返す。
「お前に書かせた大編成の3曲…アレの力を借りたいという打診が来ている」
ロジャーのリクエストで託斗が作曲した、オーケストラの曲が存在する。
超絶技巧とは異なり、大人数での演奏を前提とした編成になっていた。そして、オーダー通りにしっかりと呪いが込められており、演奏によって莫大なエネルギーを生み出す事ができるが奏者は災厄を受けるようになっている。
旋律師以外の演奏…フィジカル面で劣る一般人が参加すれば昏睡状態に、最悪死に至る危険性もあった。
「……使わないっていう条件で書いたんだけどな、僕。アレは抑止力だって言うからさ」
自身を睨み付けてくる託斗の反応に、ロジャーは冷たく感情の無い声色で返した。
「誰に対する…何に対する抑止力なのか、考えてみれば答えは簡単に出てくる。ああ、お前はこの3日間…一切の情報から隔離されていたんだったな」
ロジャーは背広の胸ポケットにしまっていたPHSを託斗に手渡した。地下牢に捕える際に彼から没収したものである。
…………………………………………………………………………………
楽団社給のPHSでは組織内の人間に関する情報が随時更新されている掲示板を閲覧することが出来る。
日本を出発してから現在までの出来事をソートして表示させた託斗は、日本で24日の夜に発生した大規模な反政府運動についてまとめられた記事に目を通す。
自警団、そして活動家達が圧倒的敗北を喫したという記述の最後に、楽団関係者の被害状況が記載されていた。
有栖川ナツキ、有栖川フユキ、そして新妻梓の3名が死亡。原因は政府側が放った未確認兵器である。
画面をスワイプする指が止まり、託斗の瞳が揺れた。
「……未確認…兵器…?」
動揺を隠せないと言った様子で尋ねた託斗に、ロジャーは無言で首を縦に振った。
「他の……ウチの関係者は?全員戦闘に参加した訳じゃないのか?」
「死亡した3名が逃した…という説明が正しいだろうか…。お前の息子とレイジも違う場所で同じ兵器と対峙したようだが、擦り傷一つ無く元気にやってる」
ロジャーの回答を聞いた託斗は、そっとPHSの画面をオフの状態にして懐に仕舞い込んだ。そしてペタペタとビーチサンダルの底を鳴らしながら再び歩き出した彼に、何故理由を尋ねないのかと問うロジャー。
「簡単だろ。その未確認兵器とやらが、アイツにとって相性の良い相手だったからさ。金属でできているとか、ね」
有栖川兄弟は銃器、梓は対人戦闘に長けていた。どちらとも相性が悪いとなれば、京哉が得意とする金属の状態変化が勝利の要因であろう。
「まあ、それだけではないようだがな…」
「……何だって?」
含みのある言い方に首を傾げた託斗であったが、ドタドタと忙しない足音を立てながら地上から繋がる階段を駆け降りて来たモーガンの方に振り返る。
「社長、お見えになりました」
息を整えながら額に滲む汗を小さなタオルハンカチで拭うモーガンは、託斗の視線に気がつくとペコリと頭を下げる。
「ウガミさんも同席をお願い致します。世界政府の最高責任者、クロークス・ヴァーグ氏がいらっしゃってますので」
世界政府という単語に、託斗は眉を顰めた。
帰国前、麻布署に潜入している伊調から聞いた話では、13年前シエナの死体を持ち出したのは彼らである。しかも、その事実を日本の警察…政府の管理する組織に揉み消させているのだ。
単純に考えれば敵と何らかの繋がりがある組織が楽団に接触をはかる意図が普通ならわからない。
……………………………………………………………………………
幾つもの可能性を考え込むうちに最上階の社長室に到着していた託斗は、ロジャーと握手を交わしているクロークスという中肉中背中年男の横顔を睨み付ける。
「突然の訪問にも関わらず、快く歓迎してくださり誠にありがとうございます」
「いえ…こちらとしても『真相』を知る事は急務でしたので……」
モーガンがクロークスを上座へと案内し、ロジャーと託斗は彼の正面に並んで座る。
早速ですが…、と切り出したクロークスがローテーブルの上に乗せたのは一冊の16穴ファイル。プラスティックの表紙を捲り、目に飛び込んできたのは手書きで綴られた『起動手順書』の文字である。
「事前にご説明した通り、零式の起動には莫大な電力を要します。これはオーストリア国民が10日間生活するのに消費する量…という表現でご想像いただけるかと思います」
手書きの紙を捲ったクロークスは、次のページに描画されていたムカデに似た様相の設計図を指差す。
「起動後、崩壊プログラムが開始される前に決着をつけ、再び眠りにつかせる必要があります。決定打としては…こちらの顎部分に搭載された荷電粒子砲から放たれる中性子ビームに…」
「ちょっと待って……何を話してるの?昨日観たSF映画について?」
クロークスの説明を遮った託斗は、ロジャーの方に向き直った。自身がこの場に呼ばれた理由…それが先程京哉について彼が含みを持たせた理由だと直感する。
暫くの間社長室に沈黙が流れる。そして、ゆっくりと語り始めたロジャーが開口一番に発したのは彼女の名前であった。
「シエナ・シルヴェスターの脳を移植して造られた超巨大リーサルウェポンが日本の地下に眠っている。世界政府はこの世界を正しい方向に導く為に、反音楽政策を強行する国々への殲滅作戦を決行するべく我々に協力を仰いできた訳だ」
[59] Scemando Ⅱ 完
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犬神村に向かう唯一の獣道の前に立った二つの人影。落ち葉がふかふかと柔らかい不安定な地面を踏み締めながら進んでいくと、二股の道に突き当たる。
懐中電灯で錆びた鉄製の立て看板を照らすが、そこに記された文字を解析するのに非常に難儀した。
「……恐らく左側の道が犬神村に繋がるかと。もう一方は……錆が酷くて読めませんねェ…」
首を横に振りながら解読作業を断念したダンタニアンは、ずり落ちてきたガンケースの肩紐を直しながら体を犬神村に続く道の方へと向ける。
「本当にこんな山奥の寂れた集落に第21楽章が隠されてんのか?」
まるで期待していない様子で尋ねるサラフィエルは、泥濘んだ足元を睨み付けていた。
「楽団が何の根拠も無しに旋律師を寄越すとは思えません。特に我々が追いかけてきた…右神託斗の倅については、よく楽譜関連の依頼に向かわされるようですし」
後方から聞こえてくる「ふぅん…」と譫語のような返事を無視して先に進んでいくと、程なくしてぽっかりと開けた場所に建つ数軒の家々が見えてきた。
日が暮れて久しく、電気の通っていない村の中は真の暗闇に包まれていた。しかし、ダンタニアンが手にしていた懐中電灯の明かりによって余所者の進入に気が付いた村民たちが一斉に松明を持って飛び出してくる。
身構える二人の周囲をぐるりと取り囲んだ村民達。どこを見ても老婆の姿しかない。男は村長以外存在しないという噂は本当だったのだとダンタニアンは感嘆の声を漏らす。
そして、彼が聞いた噂話とやらが全て本当であるならば、彼女達は生贄にされる側の人間である。
「……立ち去れ。此処は面白半分に足を踏み入れて良い場所ではない」
松明の橙色の灯りを揺らしながら一歩近づいてきた村民が、しゃがれた声で二人に告げる。
「面白半分だなんて滅相もございませんよ。我々は調査に参ったのです。何か困り事はありませんか?」
口から出任せに放った言葉だと早々に気付かれたのだろうか。老婆達は返事すらしようとせずにジッとダンタニアンを見つめている。
「村で病気を患っていらっしゃる方は?我々は僻地で孤立している高齢者の医療サポートを行っておりまして…」
嘘に嘘を重ねるのは彼の得意とする所である。ベラベラと饒舌に話し続けるダンタニアンの様子に、老婆のうちの一人が何やらヒソヒソと周囲に耳打ちをし始めた。
「何だ…?気味悪ィババァどもだな…」
言葉が通じないのを良い事に文句を垂れるサラフィエルに、慌てて黙るよう促したダンタニアンだったが彼女達がゾロゾロと自分の家の方向に帰って行く様子を唖然とした表情で見ていた。
「……ついてきなさい」
静かな口調でそう告げた老婆は、杖を突きながら重い足取りで踵を返す。いきなりどういう風の吹き回しなのかと顔を見合わせたダンタニアンとサラフィエルであったが、老婆の姿を見失うまいと意を決して彼女の後を追った。
…………………………………………………………………………………
荒屋の最奥の部屋で依頼人と二人きりになった京哉。峰が小さな行燈に火を灯すと、すっかり暗くなっていた室内がぼんやりと橙色に照らされる。
「…この村の奇祭については、何となく聞いているのかしら?」
正面に座った峰に尋ねられ、京哉はJACからもたらされた情報を思い返す。
「はい。世継ぎが産まれる度に五穀豊穣を願う生贄の儀式が行われている、と…」
「ええ……ただ、今の村長になってからしばらく、男児が産まれなかったの。私は役に立たない妻としてこの古臭い家に隔離されて……」
まるで他人事のように淡々とした口調で語る峰の様子に違和感を覚える。
「私がお払い箱になってから…あの人、村の女を屋敷に呼び込んでは次々と子を成していって…」
「そ、側室ってやつですか……?」
村長という立場を利用した搾取にしか聞こえないが、一応妻という立場の峰には気を遣った言い方で尋ねる京哉。しかし、当の本人は何が可笑しかったのだろうか、愉快そうに笑っていた。
「ただの女遊びよ。あんなジジィになっても続いてるんだから大したものだわ…」
先程荒屋に入る前に京哉が見かけた村長らしき男の姿を思い出し、峰の発言に納得する。
「村の女との間に、これまで何人も男の子は産まれてきたのだけれど……鬼に盗られてしまうのよ…」
祀で舞う神楽の最中に突如跡取りとなる男児が発火、焼死する。因習村に伝わる俄かには信じ難い噂話だ。
「私が今回貴方をこの村に呼んだのはね……神楽に原因があるんじゃないかと思ったからなの。音楽の事なんて私には全然わからないから、専門の人に聞いてもらった方が良いんじゃないかって」
峰の話によると、現村長である夫の天津河諭が就任した年、村は豪雨に襲われて半分以上の家々が洪水によって流されるという甚大な被害を受けたのだという。
その際、かつて母屋の隣にあった蔵の中に保管されていた神楽の楽譜も建物ごと消失してしまい、以降人伝てに曲が受け継がれていったのだ。
「村を出入りしている行商人に相談をしたら、世の中には楽曲に呪いを込めることの出来る呪術師が存在していて、もしかしたら伝承された神楽の内容が偶然呪いを持つような物になってしまったんじゃないかって教えてもらったのよ」
「曲が呪いを……ですか」
現に、京哉は超絶技巧の楽譜に込められた災厄という呪いとの因果で異能を得ている。あり得ない話では無いと納得する。
しかし、偶然というのは信じ難い。超絶技巧を産み出した父親曰く、確かな知識と論理的なロジックを用いなければ呪曲は生み出せないのだ。
失敗した良い例が、異端の作曲家が紡いだ数々の盗作である。
「わかりました。是非一度聞かせてください」
自身には知識が無い為判別できないが、耳で聴いたものを楽譜に起こす事はできる。気は進まないがオーストリアに帰国した父親に解析して貰えば良い。
「良かったわ……これで呪いが無くなれば、やっとあの人も隠居してくれるんだから」
ニコリと笑った峰の笑顔に、何故か薄気味悪さを感じる。
その理由が少しずつ明らかになっていったのは、峰に呼び出された松川や使用人達に案内されて屋敷の中を見て回っている時からであった。
「そういえば…松川さんっていくつなの?」
着物を着ているせいか年齢の読めない姿に、思わず京哉が尋ねる。すると、少し気不味そうに苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「ええと…14歳です。この村では12歳で成人と見なされますので、一応大人という事にはなりますね」
明かされた実年齢に目を見開いた京哉。この閉塞的な村の中にしっかりとした教育機関があるとも思えず、学校には行けていないのだと悟る。
それにしてもしっかりとした受け答えのできている松川はだいぶ大人びており、誰がそのように躾けたのか気になった京哉は再び尋ねた。
「もしかして、さっきの大奥様が色々教えてくれた感じ?裏では厳しそうだからなー」
「い、いえ!コレはおに…」
慌てて口走った様子の松川は、そこまで言うと両手で口を抑える。小首を傾げた京哉は、松川の後ろを歩いていた他の使用人達の纏う雰囲気が一変したことに気がつく。
「鬼?」
「えっと……」
困り顔であたふたとする松川の肩をトントンと叩いたのは、使用人達のうちの一人であった。
「お部屋にご案内致します」
笑顔を取り繕った松川がそう告げると、他の使用人達に見送られながら2階の一室に誘われていく。
…………………………………………………………………………………
12畳程の和室には、先にマオが到着しており京哉を見るなり嬉しそうに立ち上がって手を振っていた。
『キョウヤ!温泉温泉!』
合流するなり何のことだと訝しげな表情を見せた京哉に、松川が丁寧に説明を付け加える。
「犬神村周辺は天然温泉が湧いている場所がいくつかありまして…よろしければご案内致しましょうか?」
温泉かぁ、と面倒くささの方が勝って重い腰の上がらない京哉の代わりにマオが元気よく手を挙げた。
『温泉いこう!混浴か!?混浴なのか!?』
鼻息を荒くするマオの中国語を理解できない松川が戸惑う様子を見て、仕方なくイヤーモニターからの翻訳結果を伝える京哉。すると、松川は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「いえ…むしろ女性用の露天風呂しかありません」
犬神村は村長以外全員女だったのだと思い出した京哉はポンと手を叩いて納得した様子を見せる。
『こ…混浴ぅ……』
「じゃあ、マオは松川さんと一緒に行ってこいよ」
残念そうに項垂れるマオに提案した京哉であったが、意外にも先程案内しようかと言っていた松川の方が手をブンブンと振ってそれを拒否してきた。
「え?松川さんもガキの世話は御免って感じ?」
「いえいえ、滅相もございません!……ええと……実は…」
困惑した表情でモゴモゴと何かを告げようとした松川。しかし、何かを躊躇っている様子でなかなか言葉を発しようとしない。
『女湯しかないならマツカワも入れないじゃん。キョウヤ、何言ってるの?』
やる気のない表情でマオが座卓に肘を付きながら指摘する。彼女の言葉の意味が飲み込めず、京哉は聞き返す。
「は?え、どういうこと?」
『どうもこうも…マツカワ、男でしょ?』
バッと松川の方を振り返った京哉は、じっとその顔を観察する。
「……あのー………間違ってたらごめんなさいね、松川さん…。もしかして、ついてます?」
丁寧に不躾な質問をする目の前の男に、松川は頬を赤らめながらゆっくりと首を縦に振った。
有栖川兄弟の前例もあったため、今更驚きはしない。しかし、彼らと違って松川は14歳ということもあり声から判別することができなかった。てっきり女だとばかり思っていた京哉は、へぇー…と感嘆の声を漏らす。
しかし、数秒の後に京哉の頭には疑問が浮かんでいた。
「ん?待って…何で村長以外に男がいんの?」
その質問には答え辛いようで、更にモジモジと口篭ってしまった。そんな彼の様子に、京哉はある最悪な事態を想像してしまう。
もし、松川が村長の子供であったとしたら…。
峰は言っていた。自分は男児を産む事ができず、お払い箱になった、と…。そして今、峰の夫は母屋で女達を侍らせている。
村の因習では役目を終えた村長は生贄側になるとされていた。もし、それを回避したいが為に既に存在している世継ぎの存在を隠しているのだとしたら。
そして、峰が「鬼に盗られる」と表現した、男児の焼死についても呪いなどではなく意図的に現村長が仕組んだものだとしたら…。
同じ男である京哉には彼の感覚は理解し難いが、周囲に同性が全く存在せず、いくら女遊びをしても咎められない立場になったとしたら、倫理観や道徳観念が壊れてしまうのかもしれない。
自己の欲求の為に子に窮屈な生活を強いたり、その命を奪ったり…。正に鬼畜の所業であり、看過できるものでは無い。
これらの仮定が現実のものであるならば、峰は気付いていないというのだろうか?
…………………………………………………………………………………
産まれたばかりの男児の為に生贄の祀が開かれる事になる。奉納する神楽の練習をするという事で、京哉とマオは松川に案内されて朝から森の中を歩いていた。
村を出て暫くの所にある錆び付いた立て看板。二股に別れている道を村とは反対方向に進んでいくと、次第に水の流れる音が聞こえてくる。
山中を流れる川の近くに祀に使用する櫓が組んであった。此処で神楽の演奏に合わせて舞を奉納し、生贄が川に身を投げるのだという。
櫓の上には雅楽に使用される和楽器を持った者達が既に練習を始めていた。
音楽等禁止法で祭に使用される音楽も全面的に取り締まりの対象になっている国内で、これ程の規模の演奏が野放しになっているのは犬神村が外部との人や物の流れの一切を徹底管理しているからであった。情報は敢えて外に出そうと思わなければ、なかなか下界には届かない。
『キョウヤ、あそこにいる人達…』
マオが指差した先には、峰の屋敷にいた寡黙な使用人達がいた。巫女の装束を纏っており、舞の振り付けを確認していた。
「あ…ちょっと不気味な人達」
『マツカワと一緒。あの人達も男』
マオの言葉に思わず大きな声を出しそうになった京哉は両手で口を押さえて物理的にそれを阻止する。そして、隣に控えていた松川の方に顔を向けた。
「……あの人達も男だって、マオが言ってんだけど…」
京哉がこっそりと尋ねると、松川は肩を振るわせて飛び上がった。そして、一歩後退しはくはくと口を動かしながら返答に困った様子を見せる。どうやら、図星のようだ。
性別を偽りながら村の長の邸宅で生きる理由とは一体何なのだろうか。深まる謎にもやもやを抱えながらぼんやりと見つめていた先で、彼らが巫女装束で舞台の定位置に立ったのと同時に和楽器の演奏が始まった。
柄の先に複数の鈴が円錐状に取り付けられ、反対側の端に長い色とりどりのタッセルが靡く神楽鈴を持った巫女達が並んで舞う様子を不思議そうに眺めるマオ。その隣で京哉は、雅楽を奏でる奏者達に意識を集中させる。
いくら耳で聴いたものを楽譜におこせる能力に優れていても、合奏となれば相当集中しなければ全てを聴き取ることは難しい。
ましてや、普段演奏することのない雅楽というジャンル。
一通りの聴き取りが終わる頃にはかなり疲弊した様子で遠くの山々の頂きを放心状態で眺めていた。
「…だ、大丈夫ですか?お疲れの様ですが…やはり呪いが……」
心配した松川が話し掛けるも、京哉は苦笑いを浮かべながら答える。
「呪いがどうの…ってのはこれから専門の奴に聞くつもりだから今はわからないけど、特に変だと思う所は無かったような…」
「そ、そうですよね……」
ホッとした表情を浮かべた松川。彼は自身が呪いによって発火する事を恐れていたのかもしれない。そうするとやはり、彼は村長の血を引く男児という事になるのだろうか。
…………………………………………………………………………………
ロジャーは[[rb:楽団 > ギルド]]社屋の地下牢の前で立ち止まった。通気口から鼻歌が聞こえてくる。想像通り反省のハの字も無い奴だと呆れ返りながら、右手に持っていた鍵を突き刺して重たい金属製の扉を押し開いた。
後ろ手に縛られた状態で中央の柱に固定されていた託斗は、ロジャーの姿を見るなり嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべている。
「やっと出られるのかー…今日で何日目?」
「3日目だ。本当ならあと10日程此処で反省してもらいたいところだが…時間の無駄だろう」
日本での数々の違反行為に対する処罰として、オーストリアに帰国後すぐこの場所に捕えられていた託斗。
楽団に力を齎す要であるが故、上層部の人間でさえも彼を強く咎める様な事はできなかった。
「上層部の連中は満足してた?僕の可哀想な姿を拝めて」
ケラケラと笑いながら解放された手首を摩っている託斗に、ロジャーは「誰が可哀想だって?」と聞き返す。
アメリカ支部の壊滅、オーストリア支部長の失踪、そしていまだに続く深刻な旋律師狩りの被害によって、楽団の捌ける依頼件数は大幅に減り、大損益を被っていた。
このままでは法人としての存続が危ぶまれると、託斗が捉えられていた3日間通しで開催されていた上層部の会議で、とある決定がなされたという。
「大編成のオーケストラを復活させる?」
かつて、戦力増強を測ったロジャーが選抜の為に立ち上げた第一、第二オーケストラの事である。
「ああ。今回は何もオーディションをやろうって話じゃない。目的はあくまでも原資の獲得だ」
「一般人募ってハンネス機関でも回させようって話?売電でひと儲けなんて今時古くない?」
旋律師の選抜が目的ではないというのであれば、何をしようとしているのか。小首を傾げた託斗に、ロジャーは右手の指を3本立てて返す。
「お前に書かせた大編成の3曲…アレの力を借りたいという打診が来ている」
ロジャーのリクエストで託斗が作曲した、オーケストラの曲が存在する。
超絶技巧とは異なり、大人数での演奏を前提とした編成になっていた。そして、オーダー通りにしっかりと呪いが込められており、演奏によって莫大なエネルギーを生み出す事ができるが奏者は災厄を受けるようになっている。
旋律師以外の演奏…フィジカル面で劣る一般人が参加すれば昏睡状態に、最悪死に至る危険性もあった。
「……使わないっていう条件で書いたんだけどな、僕。アレは抑止力だって言うからさ」
自身を睨み付けてくる託斗の反応に、ロジャーは冷たく感情の無い声色で返した。
「誰に対する…何に対する抑止力なのか、考えてみれば答えは簡単に出てくる。ああ、お前はこの3日間…一切の情報から隔離されていたんだったな」
ロジャーは背広の胸ポケットにしまっていたPHSを託斗に手渡した。地下牢に捕える際に彼から没収したものである。
…………………………………………………………………………………
楽団社給のPHSでは組織内の人間に関する情報が随時更新されている掲示板を閲覧することが出来る。
日本を出発してから現在までの出来事をソートして表示させた託斗は、日本で24日の夜に発生した大規模な反政府運動についてまとめられた記事に目を通す。
自警団、そして活動家達が圧倒的敗北を喫したという記述の最後に、楽団関係者の被害状況が記載されていた。
有栖川ナツキ、有栖川フユキ、そして新妻梓の3名が死亡。原因は政府側が放った未確認兵器である。
画面をスワイプする指が止まり、託斗の瞳が揺れた。
「……未確認…兵器…?」
動揺を隠せないと言った様子で尋ねた託斗に、ロジャーは無言で首を縦に振った。
「他の……ウチの関係者は?全員戦闘に参加した訳じゃないのか?」
「死亡した3名が逃した…という説明が正しいだろうか…。お前の息子とレイジも違う場所で同じ兵器と対峙したようだが、擦り傷一つ無く元気にやってる」
ロジャーの回答を聞いた託斗は、そっとPHSの画面をオフの状態にして懐に仕舞い込んだ。そしてペタペタとビーチサンダルの底を鳴らしながら再び歩き出した彼に、何故理由を尋ねないのかと問うロジャー。
「簡単だろ。その未確認兵器とやらが、アイツにとって相性の良い相手だったからさ。金属でできているとか、ね」
有栖川兄弟は銃器、梓は対人戦闘に長けていた。どちらとも相性が悪いとなれば、京哉が得意とする金属の状態変化が勝利の要因であろう。
「まあ、それだけではないようだがな…」
「……何だって?」
含みのある言い方に首を傾げた託斗であったが、ドタドタと忙しない足音を立てながら地上から繋がる階段を駆け降りて来たモーガンの方に振り返る。
「社長、お見えになりました」
息を整えながら額に滲む汗を小さなタオルハンカチで拭うモーガンは、託斗の視線に気がつくとペコリと頭を下げる。
「ウガミさんも同席をお願い致します。世界政府の最高責任者、クロークス・ヴァーグ氏がいらっしゃってますので」
世界政府という単語に、託斗は眉を顰めた。
帰国前、麻布署に潜入している伊調から聞いた話では、13年前シエナの死体を持ち出したのは彼らである。しかも、その事実を日本の警察…政府の管理する組織に揉み消させているのだ。
単純に考えれば敵と何らかの繋がりがある組織が楽団に接触をはかる意図が普通ならわからない。
……………………………………………………………………………
幾つもの可能性を考え込むうちに最上階の社長室に到着していた託斗は、ロジャーと握手を交わしているクロークスという中肉中背中年男の横顔を睨み付ける。
「突然の訪問にも関わらず、快く歓迎してくださり誠にありがとうございます」
「いえ…こちらとしても『真相』を知る事は急務でしたので……」
モーガンがクロークスを上座へと案内し、ロジャーと託斗は彼の正面に並んで座る。
早速ですが…、と切り出したクロークスがローテーブルの上に乗せたのは一冊の16穴ファイル。プラスティックの表紙を捲り、目に飛び込んできたのは手書きで綴られた『起動手順書』の文字である。
「事前にご説明した通り、零式の起動には莫大な電力を要します。これはオーストリア国民が10日間生活するのに消費する量…という表現でご想像いただけるかと思います」
手書きの紙を捲ったクロークスは、次のページに描画されていたムカデに似た様相の設計図を指差す。
「起動後、崩壊プログラムが開始される前に決着をつけ、再び眠りにつかせる必要があります。決定打としては…こちらの顎部分に搭載された荷電粒子砲から放たれる中性子ビームに…」
「ちょっと待って……何を話してるの?昨日観たSF映画について?」
クロークスの説明を遮った託斗は、ロジャーの方に向き直った。自身がこの場に呼ばれた理由…それが先程京哉について彼が含みを持たせた理由だと直感する。
暫くの間社長室に沈黙が流れる。そして、ゆっくりと語り始めたロジャーが開口一番に発したのは彼女の名前であった。
「シエナ・シルヴェスターの脳を移植して造られた超巨大リーサルウェポンが日本の地下に眠っている。世界政府はこの世界を正しい方向に導く為に、反音楽政策を強行する国々への殲滅作戦を決行するべく我々に協力を仰いできた訳だ」
[59] Scemando Ⅱ 完
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