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#061 Scemando Ⅳ
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湯河原町・14歳男性「女装がとてもお似合いでした!お兄様達と並んで母屋に向かう姿を見ましたがとてもお綺麗で驚きました。あ…ご本人は不服なご様子でしたので、常時変顔だったのがとても勿体無かったです…」
…………………………………………………………………………………
襖という襖が打ち破られ、母屋の中に雪崩れ込んできた村民達が力任せに竹槍を振るう。
屋敷にいた人間は誰であろうと構う事なく襲い始めた村民達の勢いは凄まじく、誰も止める事はできなかった。
「別宅の様子が気になります。右神様、どうか弟を…!」
竹槍が貫通する襖を必死に押さえ付ける彼らの願いを聞き受けた京哉は、動きにくい着物の裾をたくし上げて開け放った窓から屋根によじ登る。
雪が積もり冷たく滑る瓦屋根を伝って荒屋の方に移動すると、そちらにも村民達が雪崩れ込んでいた。こちらの建物とは違い、使用人の数も部屋数も圧倒的に少ない。峰や松川の居場所を特定されるのは時間の問題であった。
雪の降り積もった垣根に飛び降りた京哉は、庭を駆け回る村民達の動きを注視しながら荒屋の方に駆け出した。
「使用人が逃げ出した!」
村民の一人の掛け声で、荒屋に向かっていた京哉に周囲の視線が集中する。次の瞬間には竹槍を振り翳して京哉の方に向かってきた。
「待て待て!僕は使用人じゃない!」
思わず声を出して静止を促した京哉に、村民達は目を見開いて驚く。そして阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。
「きゃーっ!何で男がいるの!?」
「しかも女装!?何で!?」
「きっと変態よ!変態女装男!!」
ギャーギャーと喚く村民達に散々な言葉で打ちのめされた京哉は、薄らと目に涙を浮かべながら彼女達を振り払って叫んだ。
「ひどいっ!変態じゃないやい!可愛いから良いんじゃいっ!!」
うわーんと泣きながら走り去って行った京哉に、呆然と立ち尽くしていた村民達であったが、ふと我に帰って彼を追いかけ始めた。
…………………………………………………………………………………
襖を突き破った竹槍を綺麗な回し蹴りでへし折ったマオは、必死に襖を押さえ付けていた松川の手を取って押し入れの中に押し込んだ。
すぐ様室内に雪崩れ込んできた村民達と対峙したマオは、拳法の構えでじっと相手を睨み付ける。
「天津河一族がずっと村民を騙して搾取していた事はわかってるんだ!一人残らず殺してやる!」
「あの老耄が死んだら村は無くなるそうじゃないか!散々偉そうに村民に物を言いやがってこのザマかよ!」
老若問わず罵声を飛ばす彼女達。日本語の理解できないマオにとってそれは耳障りな騒音でしかなかったが、隠れている松川にとっては恐怖でしかない。
偽火葬について村民は既に騙され続けていた事を知っていた。
正妻の代わりに世継ぎを産む為にと、村中の女が掻き集められ、諭との営みを強要された。
それは彼女達にとって耐え難い屈辱であったに違いない。
そして、村の伝統を蔑ろにした諭の行動に怒り狂っていたのは老婆達である。この環境の中で一番死に近い場所にいる彼女達にとって、望まぬ形で葬られる事程許せぬものは無かったのだ。
次々と押し寄せる村民達を薙ぎ払っていたマオ。武術の心得があるのか、これが彼女の野生児としての能力なのか。しかし、多勢に無勢の最たるものでたった一人で松川を守り続けるのも限界があった。
村民の一人が勢い良く飛び出してマオに飛び掛かった。そして続け様に覆い被さってきた村民達によって押し潰され、身動きが取れなくなってしまう。
「請釋放我!!你的目的是什麼!?」
必死に押し返そうとするものの、更に人数を増やした肉の壁が重くのしかかり息をするのすらままならない状況に陥っていた。
「它會被粉碎!它會被粉碎! !」
マオの苦しげな声を聞き、思わず襖を開けて押入れから飛び出した松川。自身を睨み付ける村民達に震え上がり、足を竦ませる。
「コイツは…天津河の実子じゃ!末の子じゃ!」
「殺せ!天津河の血はここで途絶えさせろ!」
竹槍を振り上げて叫んだ村民達。彼女達の矛盾した主張に松川は戸惑った。
犬神村の村長は世襲制であり、天津河家の男が全員死ねば長となる存在を失う。それにも関わらず、松川を天津河の血を引く者であると知りながらその命を奪おうとしているのだ。
考え得るのはただ一つ。
天津河家を滅亡させ、村諸共全員が命を投げ捨てる事。
これまで外界からの人や物の侵入を拒んできたのは天津河家の力による物であった。しかし、一族が途絶え村としてのテイが保てなくなればその力も及ばなくなり、雅楽を奏で舞を奉納する儀式に関わった村民全員、音楽等禁止法のもとに重犯罪者である。
村で産まれ村の中で葬る。古より伝わる伝統に固執し続けた老人達の考えそうな事であった。
「ダメです…みなさんっ!落ち着いてください…!!」
怒り狂った村民達に松川の声は届かず、彼の目前に鋭利な切先が迫る。
轟音と共に猛烈な吹雪が室内に吹き込む。
綺麗に切り抜かれた土壁が砕け、瓦礫がゴロゴロと畳の上に転がった。
突如横殴りに襲ってきた衝撃に思わず足を止めた村民達は、土煙に咽せながら雪に白く輝くスワロウテイルの方を訝しげな表情で睨み付けた。
「大丈夫かーマオ?よく頑張ったな」
右手に太刀を携えた京哉が瓦礫を跨ぎながら室内に進入すると、村民達はまた悲鳴を上げた。
「きゃぁぁあぁっ!男がいるわ!」
「此処が女人村だと知って侵入してきた変態よ!」
ギャーギャーと騒ぎながら京哉から距離を取ろうとして我先にと室外に飛び出していく。
再度理不尽な変態扱いをされながら屈辱に耐える京哉。上げた口角をヒクヒクと引き攣らせながら、下敷きになっていたマオの腕を掴んで引き上げる。
…………………………………………………………………………………
『キョウヤ!大変!アイツらマツカワのことを…!』
「……あー、多分依頼云々の話じゃなくなってるだろうな」
畳の上にへたり込んでいた松川の正面に跪いた京哉は、放心状態の彼の肩を揺さぶった。
「…あ……右神様………村民達が屋敷に……大奥様は…は、母は無事でしょうか?」
ふと正気を取り戻した松川が今度は京哉の肩にしがみついて問いただす。
その時、何処からともなくガラスの割れる音が聞こえてきた。それも一度だけではない。続け様に破裂音が響く。
そして、廊下に出た3人が階段の方へ向かうと下階から吹き上げる熱風に行手を阻まれた。橙色の炎がすぐそこまで迫っていたのだ。
逃げ惑う村民達を追いかけ回していたのは、峰であった。炎に髪や皮膚を焼かれ、着物と癒着し痛々しい姿を晒している。それでも彼女は愉快そうに笑いながら手に持った柄杓で何か液体を撒き散らしていた。
透明の液体が宙に舞うのと同時に炎が勢いを増して燃え上がる。可燃性の液体のようである。
村の中でガソリンや灯油を使用する道具など見かけた事ないという松川の証言から、峰がこの日の為に事前に外界から取り寄せていたものであろうと推測できる。
燃え盛る廊下を狂ったように騒ぎながら駆け抜ける峰を見て彼女の元に駆け寄ろうとした松川の動きを京哉が止めた。
「行かせてください…!母は病気なんです!」
木造の階段を一気に炎が駆け上がり、京哉の制止を振り切って一歩足を踏み出そうとした松川の着物の裾を焦がす。
階段から下に降りるのは無理だと判断した京哉が彼の腕を掴んで引き上げ、その両肩に手を置いて正面から向き合う。
「アンタの母親は、くだらない因習と狂った村民達から子供を守る為に命を賭けた」
「……母…が…?」
頬を伝った雫がポタリと着物の合わせに沈む。
「僕は兄貴達にアンタを助けろと言われたが、できない。それは契約違反で、旋律師は許されていない事だからだ」
二人の様子を後方で見ていたマオはイヤーモニターから聞こえてきた中国語訳を聞いて目を見開く。そして、この状況でも松川を助けないと言った京哉の肩を強く叩いた。
『キョウヤ!酷いよ!マツカワをこの家に置いてけぼりにしたら助からないよ!キョウヤが助けないなら私が助ける!』
松川の方へと伸びてきたマオの腕を、京哉がガシッと掴んで首を横に振った。そして、呆然とする松川の方に向き直る。
「…母親を追って心中したいなら勝手にしろ。君は勝手にする権利がある。だから……もし助かりたいなら、勝手に着いて来ればいい」
スクっと立ち上がった京哉は迫り来る火の手から逃れる様に廊下を駆け抜け、両腕で頭部を庇いながら突き当たりのはめ殺し窓を突き破った。
すぐ下が納屋の屋根になっており、彼に続いて着地したマオは荒屋の方を見上げた。1階部分はほぼ火に包まれており、火に焼かれながら逃げ惑う村民達は竹林の方へと駆け抜けている。
彼らの衣服から地面の落ち葉へと引火し、更に火の手が広がっていた。
『マツカワ!早く!』
窓際で飛び降りるか否か戸惑っている様子の松川。背中は熱風によって焼かれるように熱い。バクバクと心臓がうるさく鼓動する中、階段を昇ってきた人影が松川の背後に迫っていた。
…………………………………………………………………………………
黒い気配に気が付き、ガバっと勢い良く振り返った松川。その視線の先には、所々炭化する程に全身焼け焦げてしまった人間の成れの果てが立っていた。
衣服は消失し、髪も全て燃えてしまっていた。
しかし、松川にはソレが誰なのか、何故じっと動かずに自分を見つめているのかわかっていた。
「……母様…」
もう彼女が助からない事は誰の目にも明らかであった。
彼が母屋からこの屋敷に移ったのは10歳になったその日であった。峰はハッキリと松川の事を自身の息子であると認識していた。
「天津河の女達は私の事を大層憎んでいるの。だから、あまり近くにいては駄目よ」
峰からのその忠告を聞けば、彼女がこれ迄にどんな地獄を生きてきたのか想像に容易かった。そして彼女は、再会した息子達全員に次の言葉を伝えていたのだ。
「……『生きているだけで良い。私の可愛い子供達』。ぼくはそう言っていただけて…全てが報われました。だから…生きます」
窓枠に足を掛けた松川は、最後にもう一度振り返る。
「ぼくは母様の子供に産まれて幸せでした」
そう言い残し、納屋の屋根に飛び降りた松川。最後に見た母親の顔は皮膚も筋肉も焼けて硬直し、表情など無かった筈なのに、何故か幸せそうに微笑んでいるようであった。
荒屋と同様に激しく燃え盛る母屋の裏を通り過ぎ、険しい山道を降りながら三叉路の辺りまで避難してきた3人。
かなり距離をとった場所ですら、屋敷からの阿鼻叫喚の声は聞こえていた。
『村人が住んでる場所もみんな燃えてた……村と一緒に消えるつもりなんだ…』
火葬は村の伝統に反するものだと、天津河諭の案を突っぱねて文句を言い続けていた村民達が、結果的に全員焼かれる運命を辿るという皮肉。
「……因習村ねぇ…。蓋を開けてみればとんでもない人怖愛憎劇だった訳だ。楽団にはどう報告したものか……」
結局助ける形になった松川。彼の今後の人生は間違いなく波乱な物になるだろう。
とりあえず新宿自警団の世話にでもなるか。そんな事を考えながら歩く京哉の背後で、甲高い破裂音が炸裂した。彼が振り返る間も無く、後ろを歩いていた松川はその場に倒れる。
こめかみに一発、遠距離からの狙撃による即死であった。
泣き崩れるマオ。彼女の隣でじっと松川の死に顔を眺めていた京哉の脳裏にはこの場にいるはずのない『彼』の存在が浮かんでいた。
…………………………………………………………………………………
橙に染まる犬神村の集落。1番高く作られた見張り台の上でライフルを構えていたダンタニアンは、命中を確認するとスコープから目を離した。
「これでよろしいですか。…要求は以上でしたら、我々もそろそろ帰り…」
背後に立つ老婆達の手には竹槍が携えられており、鋭利な先端はダンタニアンの方に向けられている。
「……村から出る事は許されん…何人たりとも……!この村で死ぬのだ!!」
そう叫びながら老体に鞭打ち長い竹槍を振りかぶる老人。しかし、彼女の切先が届く前にサラフィエルがその胸倉を鷲掴みにして櫓から地上へと投げ捨ててしまった。
重力のままに落下していく老婆。無情な叫び声は遠のきカエルが潰れるような音がして静まり返った。
その様子を見ていた他の老婆達は一斉に焦り出す。我先にと梯子を降りようとして足を滑らせて落下する者、手を合わせて祈り続ける者。
喧騒に包まれた見張り台の周囲が静まり返った時、その頂きには二人の人影だけが一面橙色の世界にポツンと黒い影を落としていた。
「さて、我々もお暇しましょうか」
ライフルをガンケースに仕舞いながら呟くダンタニアン。彼の横でまたつまらなそうに天を仰ぐサラフィエルは見張り台の手摺に足を掛けて高く飛び上がった。
老いた村民達は侵入者であるダンタニアンとサラフィエルに『生贄の儀式』の真相を明かしていた。
「…成程、わかりました。あなた方は死して尚、犬神村に産まれた者としての尊厳を大事にしたい…ということですね。騙し討ちで焼かれるなど死んでも嫌だ…と」
じっと正面で対峙していた老婆は、静かに首を縦に振った。
「数刻後…わしらは天津河の屋敷に攻め入る。その後、神楽舞台から川に飛び込むつもりじゃ」
「……それで…ぼくらに何を要求しようというんですか?」
日本語がわからないサラフィエルは、突然ケタケタと笑い始めた老婆に驚き肩を震わせる。
「もし天津河の屋敷から出てきた人間が村から逃げ出そうとしたら、その背中に背負っているモンで撃ち殺して欲しい」
犬神村はここで終焉を迎えるのだ。この村で産まれた者は、この村で葬られる。老人達にとって、その伝統が全てだった。
何人たりともこの村から下界へと逃げ仰ることは許さない。血が滲むほど強く握りしめられた老婆の拳からは、自分達を長年に渡り騙し続けた天津河諭に対する怒りの凄まじさが伝わる。
老婆達の願いを聞き受けたダンタニアンは、村民達が竹槍を担いで集結する様子を数名の村民と共に見張り台の上から眺めていたのだ。
彼女達が攻め入って間も無く、天津河の屋敷から爆音が響き渡り、建物はあっという間に炎に包まれた。
強い山間の風で飛んできた火の粉が引火し、村民達の家にも次々と燃え広がっていく。
「…滑稽ですね。これが貴女方の望んだ終焉というやつですか」
燃え盛る家々を眺めながら呟いたダンタニアンの言葉に、彼らが逃げないようにと背後で見張っていた村民達は眉を顰めた。
「何が言いたい…!」
「ええ…まぁ、死んで焼かれるのは御免だと我儘を言い続けた人間が火に焼かれて死ぬ姿程、スカッとする見世物は無いなぁと思いまして」
ゆっくりと振り返ったダンタニアンは痩けた頬を引き攣らせながら、大層愉快そうに笑っていた。不気味な引き笑いの声に彼女達は震え上がる。
「…白い燕尾服。おい、出てきたよ。楽団の狗だ」
じっと屋敷の方を見ていたサラフィエルは、竹林を抜けて獣道を進む京哉達の姿を確認し指差した。すると、怯えていた筈の村民達は見張り台から落ちそうになる程身を乗り出し、叫び始める。
…………………………………………………………………………………
「天津河の人間だ!殺せ!」
「村の外になど逃がすものか!撃ち殺せ!」
途端にうるさくなった見張り台の上で、ガンケースからライフル銃を取り出したダンタニアンがスコープを覗き込む。
京哉の横に人民服の少女、そしてその後ろを松川が歩いていた。
「タクト・ウガミの倅から始末しちまえよ。チャンスだろ」
「ソレはいけませんよ。ミゲルさんに怒られてしまいますからね」
そう言いながらマオの背中に銃を構えたダンタニアンは、彼女の隙の無さに驚いた。何故か当たらない気がする。根拠の無い妄想が瞬時に頭に浮かび、彼はマオに向かって引き金をひく事を諦めた。
「アレは村の人間では無さそうですから…後ろの着物の方が天津河の血を引く人物…ということですね?」
再度スコープを覗き込み、松川に狙いを定める。
「そうだ!忌まわしき血を引く人間だ!」
「逃すな!殺せ!!」
野次を飛ばすだけの村民達の態度に呆れながら、ダンタニアンは次第に呼吸を整えていった。
動き続ける標的を確実に仕留める事は、並大抵の腕前では成功し得ない。ましてや、吹雪で視界の悪い中だ。命中率は格段に下がる。
耳障りな音を意識の外に追いやるように集中し、じっくりと狙いを定めていく。
…………………………………………………………………………………
再び三叉路まで戻ってきた京哉は、松川の遺体を両腕で抱えていた。
齢14で生涯を終えた少年。生まれたその日に自身の“存在”を生贄にされ、一生日向で生きることのできない運命を背負わされた不運な子どもであった。
祀の為に建てられた木造の神楽舞台。断崖絶壁の上に建てられたこの舞台は数十メートル下を流れる激流の川の上にせり出しており、手摺の向こう側に身を乗り出せば間違いなく死が待っている。
『……川に流すの?』
「そんな可哀想な事するかよ。コイツは『村人としての尊厳ある死』なんてクソ喰らえな拘りの所為で散々な人生を送ってきたんだ。せめて、母親と同じ場所に旅立って欲しいだろ」
屋根のある舞台の中央に松川の遺体を置いた京哉は、ぼんやりと半開きになっていた彼の瞼をそっと手で閉じさせる。そして、燕尾服の懐から取り出したオイル式のライターのフリントホイールに親指をかけ、勢い良く滑らせた。出力が最大になるように調節し、胸の上で組んだ松川の手に火のついたライターを持たせた。
「旋律師が現場の証拠隠滅に使う特殊なヤツ。火葬の温度にまでは到達しないけどバケツの水かけても火が消えないように設計されてるから、この舞台ごと綺麗に燃えてくれると思う」
そう言いながら手を合わせた京哉を真似て、マオも柏手を打った。
東の空がいつの間にか朝焼けに燃えている。
大火事の鎮静化と共に、赤々と染まっていた雪もパッタリと降り止んでいた。
三叉路から村の外に出た京哉は、PHSを取り出してJACを呼び出す。AIだというのに応答までのコール数はランダムであり、これが妙な人間臭い行動を取る彼に対する苛立ちの一因でもあった。
『やあ、随分と早起きだね。調子はどうだい?』
毎度お馴染みの『陽気なアメリカ人』気取りの語り口に文句を言ってやりたい衝動が抑えられたのは、今回の依頼があまりにも無慈悲な結果に終わった事が理由で間違い無いだろう。
「最悪に決まってんだよ。ヒト怖トンデモ村のインチキ案件だったって、GO出した上層部全員に説教してやりてぇよ」
犬神村の神楽に纏わる調査の有意性。それは、第21楽章の所在にまつわるロジャーから託斗に対する疑念を解決する為だと京哉が知ったのは、かなり時が経過した後になる。
…………………………………………………………………………………
悪路を進むジープの助手席で踏ん反り返っていたシェリーは、意図せず得てしまった情報に心を掻き乱されていた。
京哉の誕生日だとは知らず、誰も彼を祝っていない。
「…まぁ、黙ってたって事はむしろ知られたくなかったんじゃない?だって、京ちゃんだよ?…祝って欲しかったら絶対に自分から言い出すよ。何日も前から」
「………確かに」
“だって、京ちゃんだよ?”がこれ程までに説得力のある言葉だとは知らなかったシェリーは感心したように首を縦に振っていた。
そして、祐介が言うように本当に京哉が誕生日の事を隠していたとするならば……彼女はその理由を考え始める。
「恥ずかしかった…とか?クリスマスに産まれたとか、なんかキョウヤのくせに生意気だし…似合わないし…」
「誕生日に似合うも何もないでしょう…。もしかしたら、嫌な思い出とかあったのかもね。京ちゃん、自分の事全然話してくれないからさ…」
掘り起こされたくない過去があるなら、仕方ないのかもしれない。ただ、シェリーの胸のつかえは取れなかった。
「……あ、あのさ…別に…今から言うのはキョウヤの事じゃないんだけど……」
あまりにもわかりやすい前置きに、祐介は苦笑いを浮かべる。
「誰にも……産まれてきた事祝ってもらえないって……悲しくならないのかな…」
シェリーも祐介も、京哉の出生の秘密や母親との死別、その後の幼少期の地獄のような日々について一切知らない。
共に暮らしているものの、お互いの過去には深く踏み入らないのが不文律になっていたからだ。
だから、シェリーは“今”の彼しか知らない。
「…誕生日を祝う事自体が嫌いな訳じゃないんだよ、多分。私の時は歳食ったとかババァに近づいたとか嫌味言ってきたけど……おめでとうとも言ってたし…」
自分の誕生日だけが嫌いな人間など存在するのだろうか。そう考えたシェリーは彼女なりの答えに行き着いたのだという。
「もしかしたら……逆に、キョウヤにとって誕生日ってすごく特別なものなのかもしれない…。だから…レイジには教えてたのに、アタシ達には教えてくれなかったんだと思う…」
彼の好物が卵の黄身だということも、イースト・アラベスクの船内で麗慈から聞いた情報であった。
付き合いの長い者、心の内を明かせる者にしか自分を曝け出さない。
あんなに自由奔放な振る舞いをする癖に、パーソナルスペースは広いのだ。
「まぁ…わかるよ、そりゃ。京ちゃんと初めて出会った時と今じゃ…まるでヒトが違うし、猫かぶってるってのも」
3年前の事を思い出しながら呟いた祐介の横顔に、シェリーはつい今し方思い付いた“超名案”について打診する。
「ねぇキョウヤの誕生日…ちょっと遅れたけど祝おうよ」
あの減らず口を黙らせてお涙ちょちょぎれさせてやる!と意気込むシェリー。目的は其処なのだと呆れた表情を見せる祐介であったが、彼女の提案には全面的に賛成であった。
帰ったら輪飾でも作ろうと返し、早く帰ろうというシェリーのリクエストに応えてグッとアクセルを踏み込んだ。
[61] Scemando Ⅳ 完
…………………………………………………………………………………
襖という襖が打ち破られ、母屋の中に雪崩れ込んできた村民達が力任せに竹槍を振るう。
屋敷にいた人間は誰であろうと構う事なく襲い始めた村民達の勢いは凄まじく、誰も止める事はできなかった。
「別宅の様子が気になります。右神様、どうか弟を…!」
竹槍が貫通する襖を必死に押さえ付ける彼らの願いを聞き受けた京哉は、動きにくい着物の裾をたくし上げて開け放った窓から屋根によじ登る。
雪が積もり冷たく滑る瓦屋根を伝って荒屋の方に移動すると、そちらにも村民達が雪崩れ込んでいた。こちらの建物とは違い、使用人の数も部屋数も圧倒的に少ない。峰や松川の居場所を特定されるのは時間の問題であった。
雪の降り積もった垣根に飛び降りた京哉は、庭を駆け回る村民達の動きを注視しながら荒屋の方に駆け出した。
「使用人が逃げ出した!」
村民の一人の掛け声で、荒屋に向かっていた京哉に周囲の視線が集中する。次の瞬間には竹槍を振り翳して京哉の方に向かってきた。
「待て待て!僕は使用人じゃない!」
思わず声を出して静止を促した京哉に、村民達は目を見開いて驚く。そして阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。
「きゃーっ!何で男がいるの!?」
「しかも女装!?何で!?」
「きっと変態よ!変態女装男!!」
ギャーギャーと喚く村民達に散々な言葉で打ちのめされた京哉は、薄らと目に涙を浮かべながら彼女達を振り払って叫んだ。
「ひどいっ!変態じゃないやい!可愛いから良いんじゃいっ!!」
うわーんと泣きながら走り去って行った京哉に、呆然と立ち尽くしていた村民達であったが、ふと我に帰って彼を追いかけ始めた。
…………………………………………………………………………………
襖を突き破った竹槍を綺麗な回し蹴りでへし折ったマオは、必死に襖を押さえ付けていた松川の手を取って押し入れの中に押し込んだ。
すぐ様室内に雪崩れ込んできた村民達と対峙したマオは、拳法の構えでじっと相手を睨み付ける。
「天津河一族がずっと村民を騙して搾取していた事はわかってるんだ!一人残らず殺してやる!」
「あの老耄が死んだら村は無くなるそうじゃないか!散々偉そうに村民に物を言いやがってこのザマかよ!」
老若問わず罵声を飛ばす彼女達。日本語の理解できないマオにとってそれは耳障りな騒音でしかなかったが、隠れている松川にとっては恐怖でしかない。
偽火葬について村民は既に騙され続けていた事を知っていた。
正妻の代わりに世継ぎを産む為にと、村中の女が掻き集められ、諭との営みを強要された。
それは彼女達にとって耐え難い屈辱であったに違いない。
そして、村の伝統を蔑ろにした諭の行動に怒り狂っていたのは老婆達である。この環境の中で一番死に近い場所にいる彼女達にとって、望まぬ形で葬られる事程許せぬものは無かったのだ。
次々と押し寄せる村民達を薙ぎ払っていたマオ。武術の心得があるのか、これが彼女の野生児としての能力なのか。しかし、多勢に無勢の最たるものでたった一人で松川を守り続けるのも限界があった。
村民の一人が勢い良く飛び出してマオに飛び掛かった。そして続け様に覆い被さってきた村民達によって押し潰され、身動きが取れなくなってしまう。
「請釋放我!!你的目的是什麼!?」
必死に押し返そうとするものの、更に人数を増やした肉の壁が重くのしかかり息をするのすらままならない状況に陥っていた。
「它會被粉碎!它會被粉碎! !」
マオの苦しげな声を聞き、思わず襖を開けて押入れから飛び出した松川。自身を睨み付ける村民達に震え上がり、足を竦ませる。
「コイツは…天津河の実子じゃ!末の子じゃ!」
「殺せ!天津河の血はここで途絶えさせろ!」
竹槍を振り上げて叫んだ村民達。彼女達の矛盾した主張に松川は戸惑った。
犬神村の村長は世襲制であり、天津河家の男が全員死ねば長となる存在を失う。それにも関わらず、松川を天津河の血を引く者であると知りながらその命を奪おうとしているのだ。
考え得るのはただ一つ。
天津河家を滅亡させ、村諸共全員が命を投げ捨てる事。
これまで外界からの人や物の侵入を拒んできたのは天津河家の力による物であった。しかし、一族が途絶え村としてのテイが保てなくなればその力も及ばなくなり、雅楽を奏で舞を奉納する儀式に関わった村民全員、音楽等禁止法のもとに重犯罪者である。
村で産まれ村の中で葬る。古より伝わる伝統に固執し続けた老人達の考えそうな事であった。
「ダメです…みなさんっ!落ち着いてください…!!」
怒り狂った村民達に松川の声は届かず、彼の目前に鋭利な切先が迫る。
轟音と共に猛烈な吹雪が室内に吹き込む。
綺麗に切り抜かれた土壁が砕け、瓦礫がゴロゴロと畳の上に転がった。
突如横殴りに襲ってきた衝撃に思わず足を止めた村民達は、土煙に咽せながら雪に白く輝くスワロウテイルの方を訝しげな表情で睨み付けた。
「大丈夫かーマオ?よく頑張ったな」
右手に太刀を携えた京哉が瓦礫を跨ぎながら室内に進入すると、村民達はまた悲鳴を上げた。
「きゃぁぁあぁっ!男がいるわ!」
「此処が女人村だと知って侵入してきた変態よ!」
ギャーギャーと騒ぎながら京哉から距離を取ろうとして我先にと室外に飛び出していく。
再度理不尽な変態扱いをされながら屈辱に耐える京哉。上げた口角をヒクヒクと引き攣らせながら、下敷きになっていたマオの腕を掴んで引き上げる。
…………………………………………………………………………………
『キョウヤ!大変!アイツらマツカワのことを…!』
「……あー、多分依頼云々の話じゃなくなってるだろうな」
畳の上にへたり込んでいた松川の正面に跪いた京哉は、放心状態の彼の肩を揺さぶった。
「…あ……右神様………村民達が屋敷に……大奥様は…は、母は無事でしょうか?」
ふと正気を取り戻した松川が今度は京哉の肩にしがみついて問いただす。
その時、何処からともなくガラスの割れる音が聞こえてきた。それも一度だけではない。続け様に破裂音が響く。
そして、廊下に出た3人が階段の方へ向かうと下階から吹き上げる熱風に行手を阻まれた。橙色の炎がすぐそこまで迫っていたのだ。
逃げ惑う村民達を追いかけ回していたのは、峰であった。炎に髪や皮膚を焼かれ、着物と癒着し痛々しい姿を晒している。それでも彼女は愉快そうに笑いながら手に持った柄杓で何か液体を撒き散らしていた。
透明の液体が宙に舞うのと同時に炎が勢いを増して燃え上がる。可燃性の液体のようである。
村の中でガソリンや灯油を使用する道具など見かけた事ないという松川の証言から、峰がこの日の為に事前に外界から取り寄せていたものであろうと推測できる。
燃え盛る廊下を狂ったように騒ぎながら駆け抜ける峰を見て彼女の元に駆け寄ろうとした松川の動きを京哉が止めた。
「行かせてください…!母は病気なんです!」
木造の階段を一気に炎が駆け上がり、京哉の制止を振り切って一歩足を踏み出そうとした松川の着物の裾を焦がす。
階段から下に降りるのは無理だと判断した京哉が彼の腕を掴んで引き上げ、その両肩に手を置いて正面から向き合う。
「アンタの母親は、くだらない因習と狂った村民達から子供を守る為に命を賭けた」
「……母…が…?」
頬を伝った雫がポタリと着物の合わせに沈む。
「僕は兄貴達にアンタを助けろと言われたが、できない。それは契約違反で、旋律師は許されていない事だからだ」
二人の様子を後方で見ていたマオはイヤーモニターから聞こえてきた中国語訳を聞いて目を見開く。そして、この状況でも松川を助けないと言った京哉の肩を強く叩いた。
『キョウヤ!酷いよ!マツカワをこの家に置いてけぼりにしたら助からないよ!キョウヤが助けないなら私が助ける!』
松川の方へと伸びてきたマオの腕を、京哉がガシッと掴んで首を横に振った。そして、呆然とする松川の方に向き直る。
「…母親を追って心中したいなら勝手にしろ。君は勝手にする権利がある。だから……もし助かりたいなら、勝手に着いて来ればいい」
スクっと立ち上がった京哉は迫り来る火の手から逃れる様に廊下を駆け抜け、両腕で頭部を庇いながら突き当たりのはめ殺し窓を突き破った。
すぐ下が納屋の屋根になっており、彼に続いて着地したマオは荒屋の方を見上げた。1階部分はほぼ火に包まれており、火に焼かれながら逃げ惑う村民達は竹林の方へと駆け抜けている。
彼らの衣服から地面の落ち葉へと引火し、更に火の手が広がっていた。
『マツカワ!早く!』
窓際で飛び降りるか否か戸惑っている様子の松川。背中は熱風によって焼かれるように熱い。バクバクと心臓がうるさく鼓動する中、階段を昇ってきた人影が松川の背後に迫っていた。
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黒い気配に気が付き、ガバっと勢い良く振り返った松川。その視線の先には、所々炭化する程に全身焼け焦げてしまった人間の成れの果てが立っていた。
衣服は消失し、髪も全て燃えてしまっていた。
しかし、松川にはソレが誰なのか、何故じっと動かずに自分を見つめているのかわかっていた。
「……母様…」
もう彼女が助からない事は誰の目にも明らかであった。
彼が母屋からこの屋敷に移ったのは10歳になったその日であった。峰はハッキリと松川の事を自身の息子であると認識していた。
「天津河の女達は私の事を大層憎んでいるの。だから、あまり近くにいては駄目よ」
峰からのその忠告を聞けば、彼女がこれ迄にどんな地獄を生きてきたのか想像に容易かった。そして彼女は、再会した息子達全員に次の言葉を伝えていたのだ。
「……『生きているだけで良い。私の可愛い子供達』。ぼくはそう言っていただけて…全てが報われました。だから…生きます」
窓枠に足を掛けた松川は、最後にもう一度振り返る。
「ぼくは母様の子供に産まれて幸せでした」
そう言い残し、納屋の屋根に飛び降りた松川。最後に見た母親の顔は皮膚も筋肉も焼けて硬直し、表情など無かった筈なのに、何故か幸せそうに微笑んでいるようであった。
荒屋と同様に激しく燃え盛る母屋の裏を通り過ぎ、険しい山道を降りながら三叉路の辺りまで避難してきた3人。
かなり距離をとった場所ですら、屋敷からの阿鼻叫喚の声は聞こえていた。
『村人が住んでる場所もみんな燃えてた……村と一緒に消えるつもりなんだ…』
火葬は村の伝統に反するものだと、天津河諭の案を突っぱねて文句を言い続けていた村民達が、結果的に全員焼かれる運命を辿るという皮肉。
「……因習村ねぇ…。蓋を開けてみればとんでもない人怖愛憎劇だった訳だ。楽団にはどう報告したものか……」
結局助ける形になった松川。彼の今後の人生は間違いなく波乱な物になるだろう。
とりあえず新宿自警団の世話にでもなるか。そんな事を考えながら歩く京哉の背後で、甲高い破裂音が炸裂した。彼が振り返る間も無く、後ろを歩いていた松川はその場に倒れる。
こめかみに一発、遠距離からの狙撃による即死であった。
泣き崩れるマオ。彼女の隣でじっと松川の死に顔を眺めていた京哉の脳裏にはこの場にいるはずのない『彼』の存在が浮かんでいた。
…………………………………………………………………………………
橙に染まる犬神村の集落。1番高く作られた見張り台の上でライフルを構えていたダンタニアンは、命中を確認するとスコープから目を離した。
「これでよろしいですか。…要求は以上でしたら、我々もそろそろ帰り…」
背後に立つ老婆達の手には竹槍が携えられており、鋭利な先端はダンタニアンの方に向けられている。
「……村から出る事は許されん…何人たりとも……!この村で死ぬのだ!!」
そう叫びながら老体に鞭打ち長い竹槍を振りかぶる老人。しかし、彼女の切先が届く前にサラフィエルがその胸倉を鷲掴みにして櫓から地上へと投げ捨ててしまった。
重力のままに落下していく老婆。無情な叫び声は遠のきカエルが潰れるような音がして静まり返った。
その様子を見ていた他の老婆達は一斉に焦り出す。我先にと梯子を降りようとして足を滑らせて落下する者、手を合わせて祈り続ける者。
喧騒に包まれた見張り台の周囲が静まり返った時、その頂きには二人の人影だけが一面橙色の世界にポツンと黒い影を落としていた。
「さて、我々もお暇しましょうか」
ライフルをガンケースに仕舞いながら呟くダンタニアン。彼の横でまたつまらなそうに天を仰ぐサラフィエルは見張り台の手摺に足を掛けて高く飛び上がった。
老いた村民達は侵入者であるダンタニアンとサラフィエルに『生贄の儀式』の真相を明かしていた。
「…成程、わかりました。あなた方は死して尚、犬神村に産まれた者としての尊厳を大事にしたい…ということですね。騙し討ちで焼かれるなど死んでも嫌だ…と」
じっと正面で対峙していた老婆は、静かに首を縦に振った。
「数刻後…わしらは天津河の屋敷に攻め入る。その後、神楽舞台から川に飛び込むつもりじゃ」
「……それで…ぼくらに何を要求しようというんですか?」
日本語がわからないサラフィエルは、突然ケタケタと笑い始めた老婆に驚き肩を震わせる。
「もし天津河の屋敷から出てきた人間が村から逃げ出そうとしたら、その背中に背負っているモンで撃ち殺して欲しい」
犬神村はここで終焉を迎えるのだ。この村で産まれた者は、この村で葬られる。老人達にとって、その伝統が全てだった。
何人たりともこの村から下界へと逃げ仰ることは許さない。血が滲むほど強く握りしめられた老婆の拳からは、自分達を長年に渡り騙し続けた天津河諭に対する怒りの凄まじさが伝わる。
老婆達の願いを聞き受けたダンタニアンは、村民達が竹槍を担いで集結する様子を数名の村民と共に見張り台の上から眺めていたのだ。
彼女達が攻め入って間も無く、天津河の屋敷から爆音が響き渡り、建物はあっという間に炎に包まれた。
強い山間の風で飛んできた火の粉が引火し、村民達の家にも次々と燃え広がっていく。
「…滑稽ですね。これが貴女方の望んだ終焉というやつですか」
燃え盛る家々を眺めながら呟いたダンタニアンの言葉に、彼らが逃げないようにと背後で見張っていた村民達は眉を顰めた。
「何が言いたい…!」
「ええ…まぁ、死んで焼かれるのは御免だと我儘を言い続けた人間が火に焼かれて死ぬ姿程、スカッとする見世物は無いなぁと思いまして」
ゆっくりと振り返ったダンタニアンは痩けた頬を引き攣らせながら、大層愉快そうに笑っていた。不気味な引き笑いの声に彼女達は震え上がる。
「…白い燕尾服。おい、出てきたよ。楽団の狗だ」
じっと屋敷の方を見ていたサラフィエルは、竹林を抜けて獣道を進む京哉達の姿を確認し指差した。すると、怯えていた筈の村民達は見張り台から落ちそうになる程身を乗り出し、叫び始める。
…………………………………………………………………………………
「天津河の人間だ!殺せ!」
「村の外になど逃がすものか!撃ち殺せ!」
途端にうるさくなった見張り台の上で、ガンケースからライフル銃を取り出したダンタニアンがスコープを覗き込む。
京哉の横に人民服の少女、そしてその後ろを松川が歩いていた。
「タクト・ウガミの倅から始末しちまえよ。チャンスだろ」
「ソレはいけませんよ。ミゲルさんに怒られてしまいますからね」
そう言いながらマオの背中に銃を構えたダンタニアンは、彼女の隙の無さに驚いた。何故か当たらない気がする。根拠の無い妄想が瞬時に頭に浮かび、彼はマオに向かって引き金をひく事を諦めた。
「アレは村の人間では無さそうですから…後ろの着物の方が天津河の血を引く人物…ということですね?」
再度スコープを覗き込み、松川に狙いを定める。
「そうだ!忌まわしき血を引く人間だ!」
「逃すな!殺せ!!」
野次を飛ばすだけの村民達の態度に呆れながら、ダンタニアンは次第に呼吸を整えていった。
動き続ける標的を確実に仕留める事は、並大抵の腕前では成功し得ない。ましてや、吹雪で視界の悪い中だ。命中率は格段に下がる。
耳障りな音を意識の外に追いやるように集中し、じっくりと狙いを定めていく。
…………………………………………………………………………………
再び三叉路まで戻ってきた京哉は、松川の遺体を両腕で抱えていた。
齢14で生涯を終えた少年。生まれたその日に自身の“存在”を生贄にされ、一生日向で生きることのできない運命を背負わされた不運な子どもであった。
祀の為に建てられた木造の神楽舞台。断崖絶壁の上に建てられたこの舞台は数十メートル下を流れる激流の川の上にせり出しており、手摺の向こう側に身を乗り出せば間違いなく死が待っている。
『……川に流すの?』
「そんな可哀想な事するかよ。コイツは『村人としての尊厳ある死』なんてクソ喰らえな拘りの所為で散々な人生を送ってきたんだ。せめて、母親と同じ場所に旅立って欲しいだろ」
屋根のある舞台の中央に松川の遺体を置いた京哉は、ぼんやりと半開きになっていた彼の瞼をそっと手で閉じさせる。そして、燕尾服の懐から取り出したオイル式のライターのフリントホイールに親指をかけ、勢い良く滑らせた。出力が最大になるように調節し、胸の上で組んだ松川の手に火のついたライターを持たせた。
「旋律師が現場の証拠隠滅に使う特殊なヤツ。火葬の温度にまでは到達しないけどバケツの水かけても火が消えないように設計されてるから、この舞台ごと綺麗に燃えてくれると思う」
そう言いながら手を合わせた京哉を真似て、マオも柏手を打った。
東の空がいつの間にか朝焼けに燃えている。
大火事の鎮静化と共に、赤々と染まっていた雪もパッタリと降り止んでいた。
三叉路から村の外に出た京哉は、PHSを取り出してJACを呼び出す。AIだというのに応答までのコール数はランダムであり、これが妙な人間臭い行動を取る彼に対する苛立ちの一因でもあった。
『やあ、随分と早起きだね。調子はどうだい?』
毎度お馴染みの『陽気なアメリカ人』気取りの語り口に文句を言ってやりたい衝動が抑えられたのは、今回の依頼があまりにも無慈悲な結果に終わった事が理由で間違い無いだろう。
「最悪に決まってんだよ。ヒト怖トンデモ村のインチキ案件だったって、GO出した上層部全員に説教してやりてぇよ」
犬神村の神楽に纏わる調査の有意性。それは、第21楽章の所在にまつわるロジャーから託斗に対する疑念を解決する為だと京哉が知ったのは、かなり時が経過した後になる。
…………………………………………………………………………………
悪路を進むジープの助手席で踏ん反り返っていたシェリーは、意図せず得てしまった情報に心を掻き乱されていた。
京哉の誕生日だとは知らず、誰も彼を祝っていない。
「…まぁ、黙ってたって事はむしろ知られたくなかったんじゃない?だって、京ちゃんだよ?…祝って欲しかったら絶対に自分から言い出すよ。何日も前から」
「………確かに」
“だって、京ちゃんだよ?”がこれ程までに説得力のある言葉だとは知らなかったシェリーは感心したように首を縦に振っていた。
そして、祐介が言うように本当に京哉が誕生日の事を隠していたとするならば……彼女はその理由を考え始める。
「恥ずかしかった…とか?クリスマスに産まれたとか、なんかキョウヤのくせに生意気だし…似合わないし…」
「誕生日に似合うも何もないでしょう…。もしかしたら、嫌な思い出とかあったのかもね。京ちゃん、自分の事全然話してくれないからさ…」
掘り起こされたくない過去があるなら、仕方ないのかもしれない。ただ、シェリーの胸のつかえは取れなかった。
「……あ、あのさ…別に…今から言うのはキョウヤの事じゃないんだけど……」
あまりにもわかりやすい前置きに、祐介は苦笑いを浮かべる。
「誰にも……産まれてきた事祝ってもらえないって……悲しくならないのかな…」
シェリーも祐介も、京哉の出生の秘密や母親との死別、その後の幼少期の地獄のような日々について一切知らない。
共に暮らしているものの、お互いの過去には深く踏み入らないのが不文律になっていたからだ。
だから、シェリーは“今”の彼しか知らない。
「…誕生日を祝う事自体が嫌いな訳じゃないんだよ、多分。私の時は歳食ったとかババァに近づいたとか嫌味言ってきたけど……おめでとうとも言ってたし…」
自分の誕生日だけが嫌いな人間など存在するのだろうか。そう考えたシェリーは彼女なりの答えに行き着いたのだという。
「もしかしたら……逆に、キョウヤにとって誕生日ってすごく特別なものなのかもしれない…。だから…レイジには教えてたのに、アタシ達には教えてくれなかったんだと思う…」
彼の好物が卵の黄身だということも、イースト・アラベスクの船内で麗慈から聞いた情報であった。
付き合いの長い者、心の内を明かせる者にしか自分を曝け出さない。
あんなに自由奔放な振る舞いをする癖に、パーソナルスペースは広いのだ。
「まぁ…わかるよ、そりゃ。京ちゃんと初めて出会った時と今じゃ…まるでヒトが違うし、猫かぶってるってのも」
3年前の事を思い出しながら呟いた祐介の横顔に、シェリーはつい今し方思い付いた“超名案”について打診する。
「ねぇキョウヤの誕生日…ちょっと遅れたけど祝おうよ」
あの減らず口を黙らせてお涙ちょちょぎれさせてやる!と意気込むシェリー。目的は其処なのだと呆れた表情を見せる祐介であったが、彼女の提案には全面的に賛成であった。
帰ったら輪飾でも作ろうと返し、早く帰ろうというシェリーのリクエストに応えてグッとアクセルを踏み込んだ。
[61] Scemando Ⅳ 完
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