MELODIST!!

すなねこ

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#072 Jusqu’à la fin

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東京都・37歳男性「野郎だらけの場所で寄り添って眠るなんてのは、精神的に削られるように感じるな。あの二人は慣れた様子で抵抗も無くくっついてたけど、傍観する身としてはかなり目のやり場に困ったぞ…ありゃ」


…………………………………………………………………………………



 港区のタワーマンション群にも重機の隊列は進行していた。あれ程高さのある建造物だ。取り壊す際には通常であればかなりの手間を要して周囲の環境に配慮しながらじっくりと進めるべきもの。

 ただし、一帯を更地にしてしまおうというのだから話は簡単であった。



 鬼頭と合流した京哉達は、まだ解体の手が及んでいない廃ビルに入る家電量販店跡の一角を間借りしてその日の宿にしていた。
 唯一の女子だからと言われ内鍵の掛かる小綺麗なスタッフルームで眠っていたシェリーは、身体を下から小刻みに突き上げられる振動で目を覚ます。
 鍵を開けてフロアに出てみると、同じように起きてきた祐介や道夫達がガラス張りになっていた北側の廊下に集まっていた。
 双眼鏡で海岸の方を観察している鬼頭の隣に並び、何か見えるのか尋ねるシェリー。
「…ありゃあ……港区のタワマンの解体が始まったようだな」
「タワマン……じゃあ、アタシ達が住んでた所ももう…」
眉を顰めたシェリーに、鬼頭が双眼鏡を手渡す。
 真っ暗な海岸線の方向にぼんやりと浮かぶ白い光。時折遠くの方から爆発音のようなものも聞こえてきた。

「本当に……東京を更地にするつもりなんだ……」

そっと双眼鏡を顔から離したシェリーは、ふと何かに気がついて周囲を見回した。何か探しているのかと、祐介が彼女に声を掛ける。

「どうしたの、シェリーちゃん?」
「ああ…うん……キョウヤがいないから…」

歯切れ悪くそう返してきたシェリー。
 先日の一件で少しは素直になったのかと思えば、やはり天邪鬼で頑固者なスタンスは変わっていないようである。心配ならそう言えばいいのに、そう思った矢先に今度は近くで建物が崩壊する大きな音と振動が伝わってきた。

「アイツら…重機だけじゃ埒が開かなくなって爆弾放り投げ始めたな…っ!」
隣のビルが倒壊したのだろうか、土煙が道路に充満するのを確認した鬼頭は、よろけたシェリーを担ぎ上げて脱出口の方へと歩き始めた。
 それに続く祐介や道夫であったが、非常階段まであと数メートルという所で急に立ち止まった鬼頭の背中に衝突して玉突き事故を起こす。

「っててて…どうしたの創くん?」
大きな鬼頭の背中の傍から向こう側を覗き込むと、そこには見覚えのあるムカデを模した機械兵器…。ギチギチと大きな前顎を鳴らしながら此方の動きを伺っていた。

「…俺達が生身で戦える相手じゃねぇ。合図出したら一斉に散るぞ」

現状、逃げる以外他に助かる術は無い。静かに頷いた祐介と道夫は、「今だっ!」という号令で踵を返して走り出した。


 しかし、後方で待ち構えていたのは全く同じ見た目をした機械兵器。それも、全部で5体は確認できる。

「ひっ……祐介殿っ!これは…」
「いやあ、絶体絶命ってやつだよね…」

流れ落ちる冷や汗。襲い掛かってきた節足類の化け物達に対してなす術なく、二人は腕で頭を覆いながらその場に身を屈めた。

 青白い光がフロア一帯を眩く照らし、金属製のムカデの足が先端の方からドロドロと溶けていく。
 1500℃まで急上昇した液状の鋼がビニール材の貼られた床をジュウジュウと焦がし、やがて発火する。

「消化消化!濡れてまうで兄さんら!」

バケツを持った阿須賀がどこからともなくやってきて、発火した場所に水をかけて回る。振り返ると、鬼頭の目の前で対峙していた機械兵器の足も溶かされており、その周囲で発生したボヤを麗慈がバケツの水で消し止めていた。
 そして、最後に登場したのは眠気まなこでフラついている京哉である。今にもフルートを手から落としそうになっていた。

 廃ビルの外を見張っていたのは阿須賀と麗慈である。異変を察知して、爆睡していた京哉を叩き起こしてくれたのであろう。
 その証拠に、しっかりしろと麗慈に背中を叩かれている京哉は大層不満な様子である。




…………………………………………………………………………………


 シェリー達を安全な場所に避難させ、残った楽団ギルド関係者と阿須賀で足をもがれたムカデ達を横一列に並べて囲む。

「お前さんらの話によれば…中には子供の死体が入ってる訳か。こんなモン開発した奴は酔狂通り越してキチガイだな」
「問題は、その酔狂だか気狂いの出資者が誰かって事だ。普通に考えりゃ日本政府だが、オルバスの設計図を所持していた異端カルトがスポンサー募って増産してるんなら…世界中の音楽否定派国家から金が湯水のように湧いてきてる可能性もある」
サングラスを外してムカデの残骸を凝視した鬼頭が述べた感想に、麗慈が末恐ろしい仮定の話で返す。つまり、それが事実であればいくら狩り取ってもキリが無いと言う事なのである。

「…東京ではもう生きていかれへんかもな。千代田区以外の人間は続々と都外へ移動し始めとるっちゅう噂や。まぁ、いつ政府が地方に手ェ出し始めるかわからへんけど…」

阿須賀の報告に、麗慈と京哉は顔を見合わせた。

 諸外国を焚き付け、あわや世界大戦という所まで緊張を高めるのが異端カルトの狙い。事態を重く見た世界政府に零式自鳴琴を起動させたいのだ。
 そして、何らかの方法でそのコントロールを奪い取り、巨体に秘められた力で世界を破壊して回るのだろうか。

 鬼頭や麗慈にしてみれば、これ以上東京に留まる理由はない。危険に晒される前に他所に避難するべきであろう。
 しかし、阿須賀と京哉にはなすべき事が残されていた。凌壱と決着を付けること。そして、異端カルトに拉致されたミーアを救出すること。

「麗慈…シェリー達連れて出来るだけ遠くに逃げて欲しい。異端奴らは確実にアイツを狙ってる」
異端カルトは零式自鳴琴について自分達よりもかなり早い段階で情報を得ていた。起動条件についても多くを知っていたとしても不思議ではない。
 そして、ペネムのようにシェリーを模した存在を造り出しながらも、度々彼女を拉致しようとしていた彼らの動きやオルバスの設計図で纏めて記述されていた事を加味すれば、やはり彼女を利用しようとする異端カルトの近くにいるべきではない。…京哉はそう考えていた。

「それを聞いて、アイツが大人しく逃げると思うか?」
鬼頭の指摘に麗慈も大きく頷く。
「何や、ようわからん単語ポンポン聞かされて状況全く理解でけへんけど、嬢ちゃんの事やから危のうても京ちゃんと一緒におるー言うて聞かへんのとちゃうか?」
阿須賀の言葉に、麗慈は再び首を縦に振っていた。そして真っ直ぐに京哉の方を見据えた彼がようやく口を開く。
「ちなみに俺も子守りついでに逃げるつもりなんて毛頭無ェからな。パーティーにヒーラーは必須だって道夫に教えられただろ」
「……何十年前のゲームの話してんだよ、ソレ…」

一通り話が纏まった様子の一同を見回して、鬼頭が腕を組みながら今後の方針を述べた。

楽団ギルドからの連絡が無い以上、俺達は日本から動けねぇ。逃げろと指示があったとしても、京哉と阿須賀の目標達成するまでは全員動くつもりは無ェって事で、全員揃って懲戒覚悟ってこった」

鬼頭が突き出した拳に全員が合わせてグータッチをする。しかし、最後に彼と拳を突き合わせた阿須賀が表情を一変させた。

「えっ!?ちょい待って…ワシもお仕置き食うんか!?」
「当たり前じゃん。逆さ吊りで赤道一周だよ」
見た事も聞いた事もない厳罰で阿須賀を脅して楽しんでいる京哉をヨソに、麗慈は鬼頭を小突いた。

「……無理はすんなよ。ムカデ退治で相当無茶したって聞く」
無表情でそんな気遣いの言葉を掛けてきたのが意外過ぎて、鬼頭は暫くの間口をポカンと開けていた。
「な、何だよ…」
「遂に医者の良心ってやつに目覚めたのか?心配には及ばないけどよ」
一体人を何だと思っているのだと呆れ返った麗慈が非常扉の向こうにスタスタと消えて行ったのに続いて、京哉達も廃ビルから脱出すべく歩き始めた。





…………………………………………………………………………………




 その日、都野崎仁一はプライベートヘリで長崎県を訪れていた。五島列島北東部に位置する野崎島には彼の実家がある。
 100年以上前には既に人口のほとんどが本州に流出しており、現在も島に住む人間は所謂名家と言われた都野崎家とその使用人数名だけとなっていた。


 海の見える小高い丘の上の古い邸宅。手入れは行き届いており、庭のハイビスカスは今でも綺麗に花を咲かせている。
 庭木や花壇に水やりをしていた使用人の老婆がふと顔を上げたところに立っていた都野崎を見て、彼女は腰を抜かすほど驚いた様子であった。

「坊っちゃま!?あらら…大変だこと!ばぁやったら、こんな泥だらけの服でお迎えしてしまうなんて…」
慌ててエプロンに着いた土を叩き落とす老婆に、都野崎は楽しげに笑みを浮かべている。
「ばぁや、良いよ。突然帰ってきたのはこちらなんだし、それにただ実家に帰っただけの家の人間だ。畏まる事ないさ」

 抜かれた雑草や剪定した木の枝を入れた手押し車を押し始めた都野崎の隣で申し訳なさそうに頭を下げている老婆。
「ばぁや、やめてくれよ。総理大臣になっても私は私だよ。昔のように接して貰った方が嬉しいんだ」

 そこには、東京を…その果てには日本全体を自身の理想通りに作り替えようとしている暴君の様相は何処にも見られない。



 仏間の仏壇に手を合わせた都野崎。彼の家系の男は代々政治家であった。祖父、父親共に長崎県知事を勤めており、都野崎家から初めての国会議員が誕生した時には一族総出で祝ったという。
 裕福で優しい祖父母、両親に囲まれて育った彼が何故これ程までに歪んでしまったのだろうか。


「坊ちゃま、お紅茶を淹れて参りましたよ」

老婆の使用人が窓際に置かれたソファに腰掛ける都野崎の元にティーカップを乗せた盆を持って歩み寄った。

 美しいハイビスカスの庭を眺める都野崎に向かって、彼女は戸惑いながら声を掛ける。

「…医者の話ですと、深雪ミユキ様の容体芳しくないという事で…残念ながら来年の春までもたない、と…」
深雪とは、都野崎の妹であった。
 彼女は学生時代に青年海外協力隊として発展途上国でのボランティア活動に参加している途中で現地の暴漢に襲われて脊髄を損傷し、植物人間状態となっていた。
「そうか。伝えてくれてありがとう。帰りに病院に寄っていくことにするよ」
ティーカップを受け取った都野崎は穏やかな口調で返すと、妹とよく一緒に飲んでいた懐かしい紅茶の味を噛み締めながらそっと目を閉じた。



 誰よりも優しく、人の痛みのわかる妹であった。
 深雪が変わり果てた姿で日本に帰還した際、誰よりも激昂したのは都野崎であった。

 貧しさに、不自由さに喘ぐ人間に手を差し伸べた彼女がどうして…。
 職が無いのは、食料が無いのは、その昔に国の統治権を勝手に主張してきた先進国のせいだと宣う彼らに、日本は多大なる支援をしてきた。
 人や物、金を大量に送り出したが、その結果はどうだ。見返りを求めないボランティア精神を主張するのは施される側ではなく、施す側であるべきだ。
 施しを受けた結果、彼らの生活は変わったのか。否、何も変わっていない。確かに救われた人間もいるし、学をつけて国の発展に貢献しようという志ある者も居た。しかし、国全体が変わる事は無かった。

 所詮は皆、自分勝手なのだ。先進国民と対等に、平等に文化的で平和で裕福な生活を送る権利を主張し、その手助けをされたとて、それを教授したのが変わろうとする人間でなければ生活はいつまで経ってもどん底のまま。
 生まれのせいだ、理不尽だと。いつまでも腐ったままの人間は世界中に山のように存在する。それでいて、自ら動く事もせずただのうのうと不平不満を垂れて泥水の中を生きる。

 多くを助けようとして裏切られた深雪。私利私欲のまま自分勝手に彼女を傷付けた男ですら、自らの足で自由に動き、物を食べ、感情を持つことのできる世界などもう存在する価値が無い。
 今この瞬間に突発的に科学技術が発展し、ものの数日で地球全体を楽園に作り変えたとしても、その世界に深雪は存在しないのだ。



 都野崎は政治家一家に生まれたが故、幼い頃より世界の真理に気が付いていた。
 世界は理不尽だ。世の中は残酷だ。
 この世に生きる人間全員が平和に、平等に、何不自由なく生きる為には、世界は広過ぎるし人間は多過ぎる。

 だから、都野崎は考えたのだ。
 国民全てを救おうなどと言うのは、世間知らずの温室育ちで英雄気取りな馬鹿の世迷言である。
 自らが上に立つ者となり、その両手で掬い上げられるだけの命を幸せにさせようではないか、と。




…………………………………………………………………………………


 背広の胸ポケットにしまっていた携帯端末が震え、秘書からの連絡だと立ち上がった都野崎。
 いつまでも手を振って見送る使用人達に手を振り返し、プライベートヘリを停めていた丘の上の開けた場所まで移動してきた。
 携帯端末を手にとって着信に応えた都野崎の顔に表情は無かった。

「…今から島を出てそのまま東京に戻る。計画通りに進めてくれ」

黒服が開けたキャビンドアから機内に乗り込んだ都野崎には、まるで後方で響いた爆発音が聞こえなかったようだ。
 上空50メートル程まで火柱が上がった場所は、先程まで彼が里帰りをして過ごしていた実家の邸宅である。
 美しく咲き誇った花々も全て爆風で散り散りになり、逃げ遅れた使用人達が灼熱に焼かれながらもがき苦しんでいた。



「おかげさまで気持ち良く次の政策に移れそうだ」



都野崎が隠し持っていた盗聴器で邸宅内での会話を全て聞いていた秘書の男は、口をまごまごさせて何か言いたげな様子を見せていた。
 燃え盛る実家を他人事のような平然とした表情で眺める彼に、膝の上に握った両の拳に力を込めた秘書の男は思い切って口を開く。


「…総理……深雪様の所へは寄らなくてよろしいのでしょうか?……差し出がましい事を申し上げようとしている事は重々承知の上です。しかし……もう長くはないと…」

まるで、銃口を向けられているかの様に体を震わせながら訴える彼の肩を力強く叩いた都野崎は、口元に笑みを浮かべて返した。
「神にすら見放された人間だ。お前が気にかける必要は無い」

 都野崎が総理になり、現在の政治路線を強行的に推し進めた発端である筈の妹の存在すらも、今の彼にとってはどうでも良いものになってしまっていた。
 救う事の出来ない命は捨て置く。彼女は都野崎が理想とする平等には到底及ばぬ者であるというのだろう。







…………………………………………………………………………………



 半分程の高さにまで削られたビル群の隙間から朝陽が昇り始めた。
 追い出された家電量販店の入るビルから程近い公園に逃げ込んだ京哉達は、同様に住処を追われてやってきた渋谷区民に紛れて夜を明かしていた。

 年の瀬の寒さ厳しい東京の街。朝露を凌ぐ屋根すら無く、持ち寄ったダンボールの上で身を寄せ合うしか無い。公園内は半分に分けられており、男女別に区画を設けていた。
 一人見知らぬ者達と共に眠っていたシェリーは誰よりも早く目を覚まし、猿団子状態の人集りの中から抜け出す。


 ビチャビチャと水が絶え間なく漏れ出ている水道で顔を洗い、ふと視線の先に見えた人影に目を見開いた。
 黒いブカブカのパーカーを纏うショートボブの黒髪。見間違える訳がない。椿であった。

 阿須賀からは、新宿区民の生存は絶望的だと聞かされていたが、彼女は指定された公園に避難せず何処かに潜んでいたのだろう。
 生きて再会できた事が嬉しくて、シェリーは思わず彼女の方に駆け出していた。そして、いつからそこに立っていたのだろうか。すっかり冷え切った体を抱き締める。


「ツバキ!良かった…生きてたんだね!」
涙で瞳を潤ませながら喜んでいる様子のシェリーを見て、椿は苦笑を浮かべた。
「……うん。私もシェリーに会えて嬉しいよ」
口ではそう言うものの、彼女の表情はあまり嬉しそうではない。何かあったのかと聞こうとした時、シェリーの腹に硬いものが押し付けられる。
 恐る恐る視線を落とせば、鈍色に光る銃身。椿の指は引き金に掛かっていた。

「…なに…コレ……ツバキ、何で…」

椿の両の瞳からは大粒の涙がボロボロと流れ落ちていた。そして、しゃくりあげながら悲痛な声を上げる。

「っ……阿須賀に…会わせて………」





 銃を持った女が公園にやってきたという噂を聞き、渋谷区民達は我先にと走って移動を開始していた。逃げ惑う人々の流れとは反対側を向き、シェリーの腰に銃口を食い込ませる椿。
 二人の目の前には、阿須賀の姿があった。その後方には京哉達もいる。


 人集りが全て消え去った公園は静寂に包まれており、椿の微かな息遣いが聞こえてくる程であった。



「………来たで、椿」

最初に口を開いたのは、阿須賀であった。どうやら事情を察している様子で彼女の方を真っ直ぐに見据えている。

 パーカーのポケットから取り出したのは、スミス&ウェッソンのJフレームリボルバー。それを阿須賀の足元に投げつけた。

「ツバキ……」
人質となっているシェリーが震える声で彼女を呼ぶと、徐にパーカーのジッパーを開けた姿にその場にいた全員が驚愕する。




…………………………………………………………………………………



 胸元や腹にガムテープと結束バンドで無理矢理固定された爆弾。略式ハンネス機関を用いたものであった。

「……凌壱兄さんか」

怒りに満ちた低い声で尋ねた阿須賀に、椿は静かに頷く。

「…西公園に向かう途中で捕まったの。お前はまだ利用できるから行くなって……」

過呼吸寸前の荒々しい吐息を漏らしながら語る椿の手は震えていた。

「私じゃ…阿須賀に敵わないのなんて知ってるからさ、あの人……だから………自分で死ぬしかない状況にするからって言われて…それで……」
「椿…もうエエよ」

リボルバーを拾い上げた阿須賀がしようとしている事を察した京哉が声を上げた。

「待てよ。遠隔操作型なら起動ボタン持ってるヤツ見つけ出せれば…」

その提案に首を横に振った阿須賀。

「逆を言えば近くでワシらの事見とるっちゅう訳やろ?京ちゃんらが動けば、椿の身が危ない」

そう言いながら安全装置を外し、銃口を頸動脈の場所に押し付ける。


「阿須賀……ごめん………ごめんね……私のせいで……阿須賀がぁ…」

再び号泣し始めた椿を横目で見やったシェリーは、彼女の体が冷え切っていた理由を悟った。

 阿須賀を死なせたくなくて、ずっと寒い中独りきりで震えていたのだろう。彼女の命が危ないとわかれば、阿須賀は絶対に相手の言いなりに動いてしまうとわかっていたから。
 そんな心優しい彼女を利用した凌壱という男の顔を思い出し、シェリーは眉間に深くシワを刻み付ける。


 ふぅ、と小さく息を吐いて銃を握る右手の人差し指を引き金に掛けた時、後方で見守っていた麗慈が彼に呼び掛けた。

「阿須賀、せめて死ねよ」

とんでもないアドバイスが飛び出して周囲は困惑する。しかし、その意図を直ぐに理解した京哉と鬼頭、そして、シェリー。

「大丈夫だよ、ツバキ。皆を信じて……」

この期に及んで人質が何を言うのか。涙でマトモに見えない視界でシェリーの方を見ると、その横顔は自信すら垣間見えた。






ドゥンッ………


一発の銃声が早朝の公園に響く。


…………………………………………………………………………………



 頸動脈からは夥しい量の血液が吹き出し、阿須賀は力無く地面に倒れ伏す。

 一斉に彼の元に駆け寄る京哉と鬼頭は、どう見ても即死状態の彼を急いで担ぎ上げて麗慈と共に走り出していた。



 自分のせいで阿須賀が死んでしまった。椿は膝から崩れ落ち、呆然と血溜まりの方を見詰める。
 踵を返し彼女の肩に手を置いたシェリーは、やはり先程と同じように力強い眼差しで椿を真っ直ぐに捉えていた。


「ツバキ、大丈夫だよ。絶対に阿須賀は助かるから。ツバキの事も助ける…っ!今は下手に動いて爆弾のスイッチ押されたら大変だし……一度、その命令してきた人の所に戻る?」

何処で凌壱の手の者が椿を見張っているかわからない。彼女の身の安全を第一に行動する必要があった。

 根拠も無くここまでハッキリと口にできる言葉ではない。シェリーを信じ小さく頷いた椿は、彼女の手を借りながら立ち上がりゆっくりと歩き始めた。



 シェリーは確信していた。阿須賀は麗慈の超絶技巧で必ず蘇生できる。彼が死んだと言う報告を聞けば、椿に巻き付けられた爆弾も解除される筈。
 そうすれば、彼女を利用してる人間達の所に行って京哉達が救出してくれるだろう。


 まだ状況を把握できずに顔面蒼白状態の祐介と道夫の元に駆け寄り、阿須賀は大丈夫なのだと伝えようとしたシェリー。





しかし、背後で聞こえてきた爆発音が彼女の足を止める。




 続いて、散乱したダンボールの上にバラバラと降り注ぐ赤い何か。ドサッと音を立てて倒れた先に見えたのは、上半身の無い体。





「………ツバキ……?」



 彼女が?そんな訳は無い。でも、だとしたら……今シェリーの目の前に広がっている血溜まりの中に沈んだ下半身は誰のものだというのか。





[72] Jusqu’à la fin 完
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