MELODIST!!

すなねこ

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#075 Jusqu’à la fin Ⅳ

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東京都・41歳男性「後戻りできないように、全てを捨てて来ました。地元に残る唯一の家族も、家も、何もかも。寂しさは無く、清々しい気持ちでした。何ででしょう…喪失感はあるのに、それ以上に高揚しています…」



…………………………………………………………………………………



 何度も地面を殴り付ける京哉の手からは血が滲み出ていた。次に振り上げられた腕を掴んだ鬼頭は、静かな口調で諭す。

「…ヤメロ。商売道具だ。これから先使いモンにならなくなっちまったら、コイツら守れねぇしミーア・ウィルソンや麗慈も救い出せねぇ」

力を込めたままの腕は震えていた。頃合いを見て鬼頭が手を離すと、京哉は悲痛の表情を浮かべながら自身の太腿を殴り付けた。



 ヘリコプターの音を聞き付けて屋外に飛び出した鬼頭と道夫は、同じく外に出てきたシェリーと祐介に遭遇する。シェリーはずっと泣いており、祐介の表情も暗い。

「…どうかしたのか?麗慈は……」
「俺達を庇って敵に連れて行かれて……もしかしたらさっき飛び立ったヘリに乗せられたのかもしれない…」
上空を見上げた祐介の視線の先には、既に米粒大程の大きさに見える程遠くを航行するヘリコプターの姿があった。
 何もできなかったんだ、と呟いた祐介の横顔からは悔しさが滲んでいた。

「そうか…京哉とはまだ合流してねぇのか?」
「うん。でも此処を出る前に京ちゃんの声が聞こえた気がしたんだ。もしかしたら、若乃宮さんを連れ去った敵と会って…」

救出してくれてるかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。


 しかし、現実は違う。打ちひしがれる京哉の姿を目の当たりにしてしまい、声を掛けることも憚られてしまった。







 大学の敷地を離れた一行は、まだ破壊の手が及んでいない雑居ビルの中に身を潜めた。
 ポツポツと冷たい雨が降り始め、乾燥して砂が舞っていた穴だらけのアスファルトを潤していく様子を窓から眺めるシェリー。
 一過性のものであると言われたが、もしこのまま声が戻らなければ…と考えた彼女は不安に駆られていた。
 楽団ギルドの監視下、保護下にいる自分に『価値が無くなった』という判断が下されれば、もう皆と共にいられなくなるのではないかと。
 一緒に居てくれると彼は言ったが、あの時とは状況がまるで違う。ただの足手纏いを連れて歩く程皆に余裕がある筈が無い。

 シェリーの中で黒い感情が渦巻いていた。



…………………………………………………………………………………


 床に地図を広げた鬼頭は現在地にピンを一本立てる。主力の京哉が傷心状態であろうと、今後の動きを決めなければならない。

「考えたんやけどな…」

そう切り出した阿須賀がスッと手を挙げる。

「凌壱兄さんの事は…やっぱワシ一人で片付けるわ。京ちゃんは早く助けなアカン人達がおるやろ?」

一人で凌壱の元に向かうと言う阿須賀。それは、あの機械兵器とも生身でやりあわねばならない事を意味している。

「もともとそういうつもりだったやん。手伝ってもらおなんて…ジィちゃんに怒られてまうわな」
ニカッと無理矢理笑って見せた阿須賀であったが、死にに行くようなものである。
 自分の目的を優先させる為にそんな自殺行為を認める程、京哉は子供ではなかった。阿須賀の隣に座っていた彼は、その肩に腕を回す。
「寂しい事言うじゃん。最後まで付き合わせろよ」
京哉の意見に、鬼頭、祐介、道夫も力強く頷く。

「京哉に賛成だ。此処にいるのは今までお前に何度も救われて来た人間ばかりだ。お節介ぐらい焼かせろ」

「……アンタら…」

思わず涙が出そうになるのを頬を叩いて誤魔化す阿須賀に、祐介が小さく手を挙げて発言した。

「はい。半日動いてみての感想なんだけど、多分志麻凌壱は総理近辺から動かないんじゃないのかな?直接仕事を請け負うぐらい気に入られてたって言うし、阿須賀くんを殺したと思ってるなら尚更」
「国交省の人間も凌壱殿については知らないの一点張りでしたな。虱潰しに都内を当たるよりは、可能性の高い場所をドンと先に攻めるのも手ですぞ」
地図上で千代田区た書かれた場所を指差した道夫も意見を述べる。

「つまり…攻め入る場所は同じってこった。政府が肩入れする異端カルトの連中も本拠地はニュー千代田区画のど真ん中にある」
鬼頭はもう一本のピンを異端カルトの人間が集う高層ビルの位置に突き立てた。そして、京哉に視線を移す。
「どうする、大将?」
鬼頭が問い掛けるのと同時に、地図を囲う全員が京哉の方を向いた。
「志麻凌壱を殴ってから、ミーアさんと麗慈を助ける。良いよな、阿須賀」
「おう、頼んだで京ちゃん」

硬い握手を交わす二人を見て、鬼頭達も消沈し掛けていた士気を取り戻す。



 そんな矢先、周囲をキョロキョロと見回した祐介が尋ねた。

「あれ?シェリーちゃんは?」

そう言えば、と彼女の姿をその場で探す面々。
「小便だろ、どうせ。今喋れねーから黙って行ったんだろ?」
「京ちゃん、本当にデリカシー無いね。病気ってレベルだよソレ…」
呆れ顔の祐介に強い口調で言われた京哉は、そうなの!?と驚いた様子を見せる。
「京哉の言い方は問題だが、確かに伝える方法が無いと困る場合もあるな…戻って来たら筆談できるように紙とペンでも持たせるか?」
「でもシェリー殿、日本語の読み書きはできなかったはずでは…?六本木のビルでムフフな小説をどこからか拾ってきた彼女に、内容を読んで聞かせろと言われた時は良心が痛みましたぞ…」
初耳のエピソードに京哉が四つん這いになって道夫の近くに躙り寄る。
「よ、読み聞かせたの?」
「そんな事しませんよ!ただ、コレはムフフな内容なんですぞとお伝えしたらお顔を真っ赤にして走り去ってしまわれました…」
道夫の優しさにホッとした様子の京哉は、この時全く彼女の事を心配していない様子であった。

 それから1時間、2時間と待ち続けたが、一向にシェリーが戻る気配は無かった。



…………………………………………………………………………………




 嗅ぎ慣れた消毒液の匂いで目を覚ました。
 痛む腹を摩りながら上体を起こしてみれば、見覚えのある場所…異端カルト本拠地の薬品が並ぶ部屋である。彼は数日前この場所からオルバスの設計図を盗み出していた。

 



 阿須賀に足止めを任せ、シェリー達と共に体育館に逃げ込んだ麗慈。ボールやマットの収納された倉庫に駆け込み、モップの柄を引き戸に立て掛けて気休め程度の時間稼ぎをする。
「若乃宮さん…シェリーちゃんの脚…」
祐介に体を支えられたシェリーのふくらはぎに見える傷は、サラフィエルの放った弾丸が掠めてできたもの。流血は極少量であり、既に止まっている。痛そうではあるが、消毒さえしっかりすれば問題無さそうだと判断する。
「大丈夫そうだ。痛いだろうが、後で外に出たら綺麗な水で洗っておけよ」
「………」
コクっと頷いたシェリーの肩をポンポンと叩いた麗慈は、傍に立っていた祐介の方を見上げる。

「阿須賀は今、長く戦える体じゃない。それに相手は旋律師メロディストみたいなモンだと考えれば、かなり分が悪いのはわかるだろ?」
上着の内ポケットから取り出したPHS。連絡帳の画面を開き京哉の名前を探す。
「そっか…京ちゃん達なら近くに…!」
麗慈が通話ボタンを押そうとした時、唐突に倉庫内を大きな衝撃が襲う。
 鉄製の引き戸の中央が、向こう側から何者かに殴り付けられたように大きくひしゃげている。

「…っ何だ!?」

出来上がった隙間に手が差し入れられ、ググっと力づくでこじ開けられていく。
 つっかえ棒にしていたモップの柄はいとも簡単に折れてしまっていた。

「どうする…若乃宮さん?袋小路ってこの事だよね…」
「……ヤバいな…」

完全に扉がこじ開けられる直前、バスケットボールの入った大きな鉄製のカートに目を付けた麗慈。

「……扉が開いたら俺がコイツをひっくり返す。隙が生まれる保証も無いが、とにかく真っ直ぐ突っ切れ!」

そして、恐ろしい怪力で遂に扉が完全に開かれてしまった。思い切り力を込めて麗慈がカートを倒す。ゴロゴロと一斉にボールが転がり始め、それに合わせてシェリーと祐介が外に向かって駆け出した。



 逆光に徐々に目が慣れていくうちに、麗慈の表情は強張っていく。そこに立っていたのは、異端カルトの指示役として周知されていた顔写真の男…ミゲルであったからだ。

「初めまして、ドクター・ワカノミヤ。楽団ギルドには死んだ人間も蘇生させる凄腕の医者がいるって聞いてね…興味があってさ、是非ともご挨拶に、とね」
「……死んだ人間は死んでんだよ…」

ニッコリと笑みを浮かべているミゲル。楽団ギルドの情報によれば、彼もかなりの手練れだ。逃げた二人を捕まえようと思えば容易かった筈…。
 狙いは自分だと察した麗慈は、静かに息を吐いて思考を巡らせた。彼にはミゲル程の相手と渡り合うだけの戦う術は無い。最初から逃げるという選択肢しか無いのだ。



…………………………………………………………………………………


 この場から直接逃げ出す事は恐らく不可能。それならば、一度相手の話を聞くふりをして隙を伺うしかない。

「…俺もアンタに興味があるな。何故そんなに楽団ギルドに拘るのか…とかな」

じっと自分の方を見据えながら歩み寄る麗慈の様子に、ミゲルは愉快そうに笑い始めた。

「聡明だな、君は。狙いが自分だけだと気付いたか。どうぞ、隙を見て逃げると良い。できるものなら」

まるで頭の中を直接覗かれているような気味の悪さを感じる。それならばお言葉に甘えて、と走り出した麗慈。PHSを取り出して京哉に連絡しようとした矢先、彼の方から着信が来た。

『あ、もしもしー?志麻凌壱の事なんだけどさぁ?』
「っ…渋谷4丁目、大学敷地内だっ!…早く来いっ!」

要点だけを簡潔に纏めて話す。

「こっちはまともに戦える奴が今いない!阿須賀が無理を押して囮になってる!異端カルトの女だ!」
異端カルト!?…わかった、すぐ向かう』

これで阿須賀は助かる筈。あとは自分が何とかして逃げるだけだ。しかし、麗慈はある違和感に気がつく。
 ミゲルの横をすり抜け、体育館を出るまでの間微動だにしない相手を不審に思っていると、急激に足が重くなり立っていられなくなった。

 カツカツと木の床を鳴らす小気味良い足音が徐々に麗慈に近づく。そして、膝を付いて体の重さに歯を食いしばる麗慈の顔を覗き込んだミゲルは、不気味に笑っていた。

「レイジ・ワカノミヤという名前は君の師匠が付けてくれたそうだね」

そう話しかけてきたミゲルの肩からはバンジョーがストラップにぶら下がっている。

「実の母親に産み捨てられ、乳児院、孤児院を経て児童買春を斡旋する組織に売り飛ばされた。全く…涙が出てきそうだよ」

何故自分の過去を知っているのか。目を見開いた麗慈の耳元に顔を近づけたミゲルは、手を添えて囁いた。

「海外のペドフィリア達の玩具にされそうだったってね。同情するよ」
「っ……黙れ……」

バンジョーの弦は更に振動し、遂に地面に全身を押さえつけられた状態になった麗慈。ミゲルを睨み付け続けるものの、身体は今にも潰れてしまいそうなほど苦しい。
 
「ドクター・ワカノミヤ。一緒に来てくれるだろ?賢い人間ならわかる筈だ。逃げるなんて到底無理だってね」

更に荷重がかかる。全身の骨が悲鳴を上げていた。声を上げる事すらままならない程の重力が麗慈の体全体を地面に押さえ付けている。

「それは…何を…企んでんのか……聞いてからだな…」
「おやおや…時間稼ぎか。自己犠牲が得意なのは子供の時の経験が染み付いてるからかな?」

再度掻き鳴らされた無音のバンジョー。肺が、胃が、腸が…全てにかかる痛みが限界を迎えようとしていた。

「そんなに警戒するな。今よりも高待遇さ。……まぁ、君が大人しく言う事を聞いてくれれば…だけどね」

視界が徐々に狭まるのを感じた。何故この男は自分を向こう側に連れて行こうと言うのか。その理由は結局わからないまま…。
 口から吐血した麗慈は、あまりの息苦しさにそのまま意識を手放してしまったのだ。




…………………………………………………………………………………




 唐突に開かれた扉が、麗慈の意識を現実に呼び戻す。こちらも見覚えのある人間であった。
 シェリーを付け狙っていた医師、椙浦である。

 麗慈を遠目に睨み付けながら、椙浦はデスクの上に薬品の入ったバットを乗せて椅子に腰掛けた。

「ミゲルさんのご意向が無ければ、楽団ギルドの人間に治療なんてしないんですけどね」
「……そのご意向ってのは一体何なんだ?俺は何のためにこの場所に連れてこられた?」

シェリーならば理解できる。零式自鳴琴の起動に何かしら関与するからだ。オルバスの設計図を持っていた彼らであれば、それぐらいの読みは出来ていて然り。事実、シェリーの事を付け狙っていたのだから。

 机の上でボールペンの先をトントンと叩き付けていた椙浦は、麗慈の全身状態を診て徐に立ち上がる。

「目覚めたら連れて来るように言われていました。こちらへどうぞ」



 椙浦に続いて薬品の部屋を出た麗慈。薄暗い廊下を進んでいく中で多くの子供達とすれ違う。
 目の前の医者くずれは、子供達を実験体にしてペネムのような存在を生み出した張本人である。本来ならばこんな人間の指示通りに動きたくはない。
 しかし、敵の本拠地で戦力にならない自分が手負の状態で一人囚われているという今の状況で、逃げ出そうと行動するのはあまりに無謀であった。


 恐らくビルの最上階と思われるフロア、観音開きの木製の扉を押し開けた椙浦に続いて薄暗い空間に入った麗慈の目の前に広がっていたのは、大小様々な燭台の上に乗った蝋燭の炎がぼんやりと灯っている神秘的な光景。
 その中央に鎮座する辮髪の男の背後に歩み寄った椙浦は、何やら小声で話しかけていた。
「あら、ありがと。待ってたわよ」
独特な話し方をする男が立ち上がって踵を返す。一瞬、鬼頭を思わせるような威圧的な風貌。麗慈よりも背が高い。

「ようこそ、異端カルト]へ。私はガブリエル。安心して頂戴、貴方に危害を加えるつもりは無いのよ」
ガブリエルはそう言いながら麗慈の方に歩み寄って行った。
「此処は異端カルトの目……私の力で都内のあらゆる場所の状況をリアルタイムに監視することができる場所という訳」
 異端カルトの動きがやけに早いと感じる場面が多々あったのは、ガブリエルという男の能力によるものなのだろうと納得した様子の麗慈。
 メカニズムは全くもって不明だが、楽団ギルドなんて組織に所属している以上、今更何を言われても驚かない自信があった。

「貴方が心配してると思ってね、ワンちゃんの様子を見てたのよ」
「……ワンちゃん…?」
そうそう、と返したガブリエルは燭台の蝋燭の火を一つずつ消して回っている。
「キョウヤ君…だったかしら?貴方の事は心から信頼して拠り所にしてたみたいだから、目の前で連れ去られたりしたら廃人になっちゃってるかもって…」
全ての蝋燭の火が消え、一瞬暗闇に包まれた後に部屋の照明がつく。薄暗さに慣れた目が眩しさを訴え、麗慈はギュっと目を瞑った。
「でも安心して頂戴。彼は確実にこの場所を目指してやってくる…貴方やそこの女を助けるつもりでね」
そこの女、と言ってガブリエルが指差した方向。そこに立っていたのはミーアであった。
 特に酷い目に合っているようにも見られず、返り血に塗れていた筈の白燕尾服ではなくシンプルなワイシャツとスラックスを纏っている。
 静かに麗慈の方に向き直ったミーア。その手にはフルートが握られていた。その意図が全くわからず麗慈は混乱した。

「毎回毎回っ!私の部屋に入ってくるのやめてくれる!?本当にウザったい女っ!」
「仕方が無いだろ。貴様らが即席でこさえたレッスン室はこの奥だ。私が入る度にわざと電気を消すのは意地悪だぞ」

言い合っているようにも見えるが、お互いに敵意のようなものは感じない。まさか、ミーアは寝返ってしまったのだろうか…。
 そして、彼女が先程口に出した『レッスン室』というものの正体が気になる。今居る部屋の奥…確かに若干色味の異なる木材で取って付けられたような壁が見えた。

「レイジ。こちらへおいで。君も大事な一人だ」
「……支部長…それはどういう…」

要領を得ないミーアの言葉に質問で返そうとした麗慈。しかし、扉の奥から姿を現したその人物を目にした瞬間、全ての疑念が頭の中から吹き飛んでしまった。




…………………………………………………………………………………



 冷たい雨が降り頻る中、京哉達はシェリーを探しに廃ビルを飛び出した。時刻は17時を回っており、もうじき日の入りを迎える。

「こんだけ探しても見つからねぇたぁ…近くにはいねぇかもしれねぇな」

額を流れる雨粒を手の甲で拭いながら呟く鬼頭。皆もう1時間近く外を歩き回っており、服は当然びしょ濡れである。

「あんの馬鹿……どこ行ったんだよ…」
「もう一度手分けして探してみよう。シェリーちゃんは脚に怪我もしてるし、追いかけられない程遠くまでは言ってないと思うんだ」
焦燥する京哉の横で、祐介が再び捜索に向かっていった。彼に続いて道夫と鬼頭も歩き出す。
 阿須賀には廃ビルに留まってもらい、鬼頭のPHSを手渡している。彼の体調と、万が一シェリーが一人で先にビルに戻った場合を考えての策であった。


 全くアテの無いまま探し続けるという絶望的な状況の中、ビルから5キロ程離れた建物の解体が進んでいる場所までやってきた京哉。
 重機がひしめき合って動く巨大な瓦礫群の向こう側、白いヘルメットを被った国交省職員数名が走っていくのが見えた。
 何故か胸騒ぎを感じた京哉は、物影に身を潜めながら彼らの後を追う。そしてたどり着いたのはまだ解体の及んでない建物内に作られた仮設の現場事務所であった。

「先輩、こっちです。見た目では日本人じゃなさそうなんですが、何聞いても黙ったままで…」
「外国人か…極楽町事件の時に避難してきた奴かもしれん。再整備が終わればまた地下に追いやる計画だが、それまでは政府預かりになってたはずだ。警察に引き渡すぞ」

外国人…確かにそう話しているのが聞こえた。息を殺して尾行を続けた京哉は、小さなランプの灯る小部屋に入る。
 床に敷かれたビニールシートの上に横たわる白い身体。両手両足をそれぞれトラロープによって拘束された状態のシェリーであった。
 特に外傷は見られないが、雨に濡れた様子で寒さに震えていた。

「それにしても酷い火傷の痕だな。目的のガキか?」
「そういう…?」

首を傾げた男が聞き返すと、先輩と呼ばれていた方の男が唸りながら答える。

「まず傷モノにして自己肯定感を下げさせるんだ。外に逃げようという気を削いだら、飽きるまで屋敷の中で可愛がる…金持ちの人形遊びだな」

自分の知らない世界の話をされた男は、へぇ…と感嘆の声を漏らす。そして、今度は興味津々といった表情で尋ねた。
「もしかして、飽きられたんじゃないんですか?それならほら……少しぐらい…」
「勝手にしろ。俺は警察に通報してくるからな」

 小部屋の中に残った若い男は、シェリーの顔の近くでしゃがみ込む。覗き込んだ時に金色の大きな瞳と目が合い、ニヤニヤと笑っていた。
「可愛いなぁ…色白っ……」
顔に掛かる絹のような白い髪を指で触りながら、その手で彼女の背中に触れた。ビクリと震えたシェリーに、男は興が乗ってきた様子で鼻の下を伸ばしていた。
「名前…えーっと、ユアネーム!教えて欲しいんだけど…」
男の手がシェリーの腰の辺りを撫でる。彼が何をしようとしているのか気が付いてしまい、ギュッと目を瞑った彼女の目尻からはポロポロと雫が溢れ出した。



「アタシ、シェリー!AAAカップの可愛い大飯食らいよ!」



どこからともなく聞こえた裏声。
驚きの余り尻餅を着いた男が振り返ろうとした時、ヘルメットの両側面を何者かにガッと掴まれて固定される。



…………………………………………………………………………………



 男の背後に見えた京哉の姿に、シェリーは目を見開く。

 皆の足手纏いにしかならないなら、いっその事消えてしまった方が良い。
 そう思って一人で出できた筈なのに、すぐに作業員達に見つかって捕えられてしまった。

 非力な自分はこうなる運命だったのだ。

 彼のものではない大きな手に好き勝手に触られる事の心地悪さ。それは藁科に競り落とされるまでも幾度となく味わってきた感覚であった。

 守ってくれようとしてくれる皆の気持ちを踏み躙ってしまった自分が当然受けるべき罰だと、黙って受け入れるしかないと全てを諦めた時であった。



 恐怖に顔を引き攣らせる男の頭を掴んだまま、京哉はゴキっとその首を捻る。白目を剥いて床に吸い込まれていった男。
 パチパチと瞬きを繰り返すシェリーは、混乱している間に体を担ぎ上げられていた。

 暖かくて心地良い感覚。

 誰一人、自分を咎める者はいなかった。
 戻ってきて良かったと、皆喜んでさえくれていた。
 皆、びしょ濡れで震えていたのに。なのに…








 毛布に包まりながら一人窓際から外の様子を眺めていたシェリーの隣に、静かに歩み寄った京哉。同じように毛布を被っていた。

「お前みたいな馬鹿で単純なメスガキの考える事なんて簡単に想像付くんだよ」

いきなり悪態をつかれバッと彼の顔を見上げるも、京哉はあまり見せた事のない穏やかな表情をしていた。思いがけずドキッとしてしまい、すぐに視線を逸らしてそっと顔を伏せる。

「歌えなくなった自分に価値は無いとか…どうせそんな事考えてたんだろ。足手纏いだとか、役立たずとか、大飯食らいの穀潰しとか」

そこまでは思ってないと京哉の背中を叩けば、彼はケラケラと笑っていた。


 仲間が何人も死んだ。
 ミーアが、麗慈が敵に捉えられた。
 先行きに何の希望も見出せない今の状況でも、彼は笑えるのか。

 不謹慎だとか、デリカシーが無いとか、そんな事は置いておいて、シェリーは単純に疑問であった。

 何故そんなに強く生きられるのか。



「僕、あのクソ親父のクローンなんだって前に言っただろ?あれマジでショックでさ…あの親父だぜ?」
「………」

普通の人間がそんな告白をされれば、生きていける自信すら失うと思われた。お前はレプリカ、予備品、バックデータなのだと言われているようなものなのだから。



…………………………………………………………………………………


「まーでも、聞かされた後驚きはしたけどそんな悲観しなかったな。僕の人生は僕のものだし、あんなのと遺伝子がまるまる一緒だからって、不自由が多い訳じゃない。楽団ギルドの命令に逆らえないって点では旋律師メロディストは皆同じだからな」

それでも、右神託斗のクローンでなければもっと別の、平和な生き方ができたのではないか。そんな事を考えたシェリーであったが、ふと想像してしまった。右神京哉という人間の存在しない世界を。

「…シェリアーナ、お前にも僕にもそれぞれ痛みがある。曝け出す必要は無いし、自分で抱えて生きてくモンだって思ってる。……でも、弱った時にそばにいてくれんのは他人だろ」

窓に張り付いた雨粒が自重で落ちていく様子をじっと見つめていた京哉が、その視線を俯いているシェリーの方に寄越した。

「…少なくとも、僕達はシェリーの味方だから。何があっても助けるし、一人になんて絶対にさせない。見ただろ?皆ずぶ濡れになってまでお前の事探しまくってた」

凍える様な年の瀬の寒さの中、雨に打たれながらずっと屋外を探し回ってくれていた仲間達。彼らの事を思い出し、シェリーの目には涙が滲んでいた。

「あ……別に責めてる訳じゃねーよ。愛されてんだから、卑屈になるなよって事。あと…えーと……」

そこまで言うと、背後を一瞥する京哉。他の男達が物影から二人の様子を盗み見している。全員で息の合ったガッツポーズを見せてくる様子に、ワナワナと苛立ちを覚える。
 そんな彼に、早く続きを話せと腕を突いて催促するシェリー。咳払いをした京哉は、何故か恥ずかしそうに顔を伏せて窓枠に伏せてしまった。

「……全部………色んな事全部片付いたら、二人で暮らそう。場所はどこでも…お前が好きな所で…」

思い切ってプロポーズまがいの台詞を伝えたのに、肝心のシェリーはキョトンとしている。その理由は簡単だ。

「お前、「あれ?ユウスケはー?」とか野暮な事考えてんじゃねーよ。二人でってのは……そういう意味だから……」

の意味を暫く考えていたシェリーの頬が徐々に赤くなる。














…………………………………………………………………………………



 虎ノ門ヒルズの地下、赤色灯の並ぶ薄暗く不気味な空間の奥に設置された巨大水槽の前に5人の男の姿があった。
 日本国首相、都野崎仁一。
 国土交通大臣、今永昌俊。
 元極楽町凪央屋オーナー兼金融会社社長、田所周斗。
 そして、異端カルト指示役、ミゲルとその通訳である。

「そこの操作盤でハッチを解放したら、中からデケェ兵器が出てくる訳か……何だか映画の中の世界にいるみたいですねェ」

腕を組みながら水槽の中を覗き込んだ田所。その隣に立つ今永は、ミゲルの方を振り向いて尋ねた。

「先日聞いた、物理鍵というのはもう入手済みなんですか?」
「ええ、航空機で日本に入った世界政府職員を致しまして…ね」
彼の合図でフロアに入ってきたサラフィエルとユリエル。両脇を抱えられ、グレーチングの床に投げ出されたのは、スーツを纏った中年の男である。顔は血塗れで歯は全て抜き去られており、両手は第二関節から先が切断された状態。既に瀕死状態である。

「全部ゲロったよ。4本の鍵をタイミング良く順番に差し込んでダイヤル式金庫の要領で左右に回すらしい。番号も全部控えた」
手に付着した男の血をズボンで拭いながら告げたサラフィエルは、4本の鍵が束ねられた金属製のリングをミゲルに投げ渡す。
「お行儀が悪いな、サラフィエル。でもありがとう、助かったよ」
礼を言うミゲルに対し、フンッとつっけんどんな態度で背中を向ける彼女。常時不機嫌な様子は見慣れている異端カルトの面々である。大股でフロアを去ろうとするサラフィエルの後を、肩を竦めたユリエルが面倒臭そうに重たい足取りで追って行った。


「と、まあ…コレで起動の準備は着々と。後は彼女の脳の方を呼び起こさせる為に、関係者を用意せねばなりませんが…」
ミゲルの言う“関係者”というものに心当たりの無い他の3人は困惑した様子を見せる。
「もう少し我々にもわかるように説明を」
都野崎が指摘すると、ミゲルは両手を挙げて軽い調子の謝罪をする。
「眠り続けていたせいで記憶が混濁していると思われますから、彼女が生前関わりの深かった人間による呼び掛けが必要だと考えられています。あくまで、予測ですよ。世界政府が所有している筈の起動操作に関する説明書を持っているのはクロークス・ヴァーグという現最高責任者の男ですが、奴からソイツを奪うには時間的余裕がもう無い」

小脇に抱えていたタブレット端末を操作し始めたミゲルは、画面に3名の顔写真を並べて都野崎達に見せる。

「シエナ・シルヴェスターと関係の深い人間…。彼女と愛し合った男、タクト・ウガミ。同期入社で彼女の心の支えになった、ミーア・ウィルソン。そして、彼女が産んだ最愛の子供…キョウヤ・ウガミ」

京哉の顔写真は手配書で何度も目にしている3人。

「恐らく、充分な量の給電だけでも兵器は起動すると思われます。まあ、これもあくまで推測になりますが…」
「それじゃあ、その関係者うんぬんってのは?」
タブレットを脇に戻したミゲルに対して、田所が問う。
「先程も申し上げましたが…脳を起動させる為に必要なんですよ。3つ目の条件とされる“鍵”についてもね。彼女を制御して、こちらの盤から意のままに操る為にも、必要な操作になってきます」
制御という言葉に違和感を覚えた都野崎。それではまるで相対的に、「制御できない」状況が想定されているようではないか…。
「あまりにも強大なチカラというものは、使う側の力量が伴わねば逆に食われるものですよ。原子力にしたってそうだ。オルバスがそんな面倒な条件を『起動方法』として一纏めにしたのも暴走させない為の手順をしっかりと踏ませる為なのでしょうね」

終末兵器と呼ばれるだけの掃討力、破壊力は計り知れない。たった数日で世界を焼き尽くすと言われる超巨大兵器の全貌に触れようとする彼らはまだ知らなかった。


 あの男の真の目的と言うものを。




[75] Jusqu’à la fin Ⅳ 完
 
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