MELODIST!!

すなねこ

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#077 Gavotte Ⅱ

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東京都・46歳男性「葬儀屋をさせていただいている者です。まさか、私のトラックで生きた人間を運ぶ事になるとは思ってもみませんでした。乗り心地は最悪かと思いますが、心を込めて運転して参りますので…」


…………………………………………………………………………………




 日の入りの時間を迎えた都内。
 夜を明かす為の未解体の建物も少なくなり、京哉達は大きな瓦礫の山に囲まれた公園に身を潜める。

 誰一人として言葉を発しない。悲惨すぎる道夫の末路は、皆の心に楔を打つ結果となった。
 特に阿須賀は自身を責め続け、ドーム型遊具の中で一人膝を抱えている。シェリーや祐介にしても、普通の心理状態ではなかった。

「…ちょっと良いか」

ジャングルジムにもたれかかっていた鬼頭が腰を上げ、京哉を指名する。連れ立って一度公園の外に出ると、踵を返した彼が溜め息混じりに告げた。

「正直…かなり厳しい。阿須賀もありゃ、立ち直るのに相当時間がかかるぞ」

阿須賀が戦えないとなると、京哉と鬼頭の二人で異端カルトに喧嘩を売る事になる。しかし、鬼頭も腕っ節は強い方だが旋律師メロディストのような戦い方はできない。
 到底京哉一人で全員を守り切れるようなヤワな相手でも無いことは、彼らは身をもって経験し、理解している。

「……僕一人で行く。都内で安全な場所なんてもう殆ど無いけど、一人だけアテがいる。連絡取れるかわからないけど、こんな所で隠れてるよりは希望持てると思うから」

PHSを取り出した京哉は、通話履歴から電話帳に登録していない番号をタップする。

「一体誰だ?」
「葬儀屋だよ。あの人なら車も持ってるし、管理してる火葬場は解体できる建物のない山の中だ」

通話ボタンに触れようと親指を伸ばした時、唐突に端末の画面が赤と白に点滅し始めた。初めての事に驚き、危うく地面に落としそうになる。

「な、何これ創くんっ!」
ビクビクしながら鬼頭に画面を見せるものの、彼も首を傾げるだけであった。
「さぁ…俺の方には何も…。旋律師メロディストに向けた緊急メッセージとかそんな感じか?」
緊急性は感じるものの、文字や音声での表示は無い。一体どう言う意味なのかと考えながら画面を凝視していたところ、突然画面がブラックアウトしビデオ通話モードになった。こちら側のカメラはオフになっており、録画したものが再生されているようである。

「ん?社長?」

そして、中央に映し出されたのは見慣れた社長室とデスクに鎮座するロジャーであった。

『日々の業務遂行ご苦労。皆の働きには感謝している』

当たり障りの無い挨拶から始まったロジャーからのビデオメッセージ。京哉と鬼頭は顔を見合わせる。

「もしかして社長退任?」
「代わりがいねぇだろ…それに、わざわざこんな手の込んだ事しなくても…」

二人の会話の途中で再びロジャーが口を開いた。


『もうお気付きかとは思うが…これは録画した映像だ。私はもうこの世にはいない』
「はっ…!?」
「なに!?」

衝撃の告白に驚き過ぎた京哉は再び端末を落としそうになる。

『私の死と共に皆に映像が送信されるように事前に設定しておいたものだ。つまり…遺言だ。これから皆には日本に向かってもらう。ニュー千代田区画…異端カルト本拠地ビルだ』

突然のロジャーの死亡報告、そして日本へ向かえという指示。情報を整理する暇も無く次の言葉が述べられる。

『そこで、ある人間の指示通りに動いてくれ。現場に到着してみればわかる。……頼んだぞ』

ブツリと切られた通話に、京哉は暫く唖然と画面を見つめ続けていた。
 ある人間の指示に従え、などという曖昧な指示をロジャーのような男が出してくるなんて思いもよらなかった。しかも、それが遺言だというのだ。

「待て待て…どういう状況だよコレ?楽団ギルド総出で異端カルトに殴り込みしろってこと?それで社長への弔いにしろって?」
混乱している様子の京哉とは対照的に、鬼頭は何か納得したように頷いていた。
「なあ、京哉。俺はお前さんに伝えていなかった事が一つだけある」
そう切り出した鬼頭に、京哉は何事かとドキッとさせられる。

…………………………………………………………………………………


「…一つ頼まれ事をしてたんだよ。誰からかってのも断定はできねぇ。知らねぇ番号からのショートメールだった。世界中の同報無線をジャックして欲しいってな。訳わかんねぇだろ?」
「うん、訳わかんなすぎ…そんで創くんは正直に頼まれてやった訳?」
困惑する京哉の表情を見て、鬼頭はガハハと豪快に笑った。
「ああ。そんな破天荒なお願いする奴、俺は生涯で一人しか出会った事がねぇ。恐らく託斗だ」
予想外の名前が飛び出し、京哉は目を見開く。
「お、親父…!?だって…死んだって速報が……」
「あの託斗が死んでると…本当に思ってんのか?コレはな…綿密に計画された世界再生計画だと俺は睨んでる」
また壮大なワードが出てきた、と口をポッカリ開けて呆然としている京哉に鬼頭は更に言葉を繋げていった。

「行ってみりゃわかるんだよ、多分。そんで、社長の言ってた“ある人間”ってのは恐らく、託斗の事だ。そこで俺の中で話が繋がったってワケだ」
先程から多分や恐らく等と憶測の域を出ない話を続ける鬼頭。しかし、その語り口には何故か根拠があるように思えた。
「…ってことは、親父は今異端カルトに捕まってんのか?」
「状況はわからねぇ。ただ、旋律師メロディストを一箇所に集めてる訳だ。ドンパチの可能性はあるだろうな」
行動してみない事にはわからないという結論に至り、彼らの今後の方針が決まっていった。

 京哉に関しては、ロジャーの遺言通りに単身異端カルトの拠点に向かう。
 シェリー、祐介、阿須賀、鬼頭は連絡のついた葬儀屋の迎えを待って御岳山の麓にある火葬場まで避難をする。
 ここ迄共に行動してきたというのに、安全な場所に逃げろとはどう言うことか。祐介は“半分”納得していない様子であった。ただ、もう半分は二人の意見に賛成であった。
 自分は戦力にならない。特殊な力を持たない戦闘員に対しても立ち向かって打ち勝てるとは到底思っていない。だから、京哉の足手纏いにならないように行動を別にするというのは彼にとっても望ましい事であった。

「…シェリー、わかったか?」

鬼頭が顔を覗き込んで尋ねるが、首を縦に振ろうという気配は無いようだ。頑固な性格がこんな場面でも仇になるなんて。困り果てた様子の鬼頭は頬を指でポリポリと掻きながら京哉の方を見やった。なんとか言ってやれ。そういうつもりで視線を向けたのだが、彼は思わぬ事を口走る。

「……一緒に行くか?」

唐突になんて事を提案するのだ。焦る鬼頭に対して、京哉は至極冷静な様子である。さっきの打ち合わせはどうしたんだと詰め寄る鬼頭に対して苦笑いで返す。
「やっぱさみちくなっちった」
「おいおい…何だそりゃ……」
こんな場面でお茶目を気どる京哉には何か考えがあるのだろう。そう思う事で無理矢理自分を納得させた様子の鬼頭はシェリーの方に振り返って忠告した。

「こっから先、命の保証は無ェ。もちろん今は何処に逃げても状況は大して変わらねぇが……京哉についていくと決めたからには、自分の命はしっかりと守れよ。京哉がお前一人で逃げろと言ったら絶対に逃げろ…いいな?」
それは、いざという時残酷な決断ができるのなら、より危険な方についていっても良いという事。
「京哉にしんどい思いさせたくねぇだろ?」
「………」
彼の為だ、そう言われればシェリーには首を縦に振らない理由は無い。





…………………………………………………………………………………





 瓦礫の山の頂に腰掛け澄んだ真冬の空に浮かぶ満点の星々を眺めている阿須賀の肩を叩いたのは祐介であった。

「寒いかなって思ってさ」

そう言った祐介の手には毛布が2枚。居座る気か…と苦笑いを浮かべながらも、阿須賀は彼の為に少し腰をずらした。


 祐介と阿須賀は実は京哉が日本にやってくる前から面識がある。祐介が参加していたNPO法人が資金難によって解散を余儀なくされた後、日本に帰国した時に最初に流れ着いたのが新宿自警団の管轄であった。


「なんかさ…昔俺が居た所とすごい雰囲気が似てるんだよね、今の日本って。俺、ずっと機雷除去で海外を回ってたんだけどさ」
「おう、ジィちゃんから聞いとるで。のほほんとしとんのに何でまたそんな活動を…」
手渡された毛布を頭から被りながら尋ねた阿須賀に、祐介は苦笑いを浮かべながら答えた。
「……すごい漠然と…誰かの役に立ちたいって思ってたんだよね。自分探しじゃないけどさ、なんというか…ただ生きているだけってのが性に合わなくて」
流石、あれだけ性格に難ありの京哉と気難しいシェリーとひとつ屋根の下でやっていた男である。器のデカさを感じる阿須賀。

「で、見つかったんか?自分っちゅうヤツは」
「いや、もうぜーんぜん。そもそも自分探しの旅に出たいなんて奴はさ、現実逃避したい癖があるんだなって気が付いたよ。夢が無くて路頭に迷ってる状況から目を背けたいというかさ」


 人と物に溢れていた憧れの街、首都東京には人々の夢も詰まっていた。しかし、改正憲法施行によって日本、とりわけ東京は酷く衰退していったのだ。
 ただ日々を生きる為に活動し、死を近くに感じながらただ時間を潰していくだけの日々。夢を失った者、最初から夢など持ったことが無い者が廃墟群に屯する。

「…そのまま腐るのだけは嫌だったんだよね。だから、海外に出たんだけど……色々やってきた中で一番しっくり来たのは、日本に戻ってきてからの暮らしだったりする」

 周平太や阿須賀に出会い、新宿区の仲間となってからの生活。楽団ギルドの協力者となり京哉の活動を支えた非現実的で非日常性に富んだ日々。命の危険を伴う場面も多々あったが、それでも祐介にとっては彩ある日々であったという。


「…もう、あの頃の東京には戻れないけどさ…諸々片付いたらまた近くで暮らせたら良いよね、みんなでさ。阿須賀くんは何か会社でもやってみたら?金融とか」
「反社ちゃうねん!誰が闇金社長じゃド阿呆!」
そういうつもりでフッた会話に期待通り答える阿須賀に、祐介は満足げな笑みで返した。

「明日の朝はさ、明るく送り出してあげようよ京ちゃんの事」

 結局そういう事か、と阿須賀は毒気を抜かれてしまう。

 二人とも十分に理解していた。これからの戦いがこちらにとって大変厳しい状況になるという事を。
 京哉の戦闘力を持ってしても、たった一人で敵地に乗り込むなど無謀にも程がある。それでも彼は連れ去られた仲間達を救い出す為に戦い続けようとする事も分かりきっていたのだ。
 彼の無事を期待しない訳ではない。しかし、それは途方もなく難しい。だからこそ、別れの時は後悔など残らないようにしたい。京哉にとってもそうであって欲しい。そんな祐介のお節介で、傷心中の阿須賀を元気付けに来たという訳だ。


…………………………………………………………………………………


「……参ったな。イジけてられへんやんか。アンタにそんなふうに気ィ遣われたら…」
困り顔を見せながらも、阿須賀は祐介のその気遣いを嬉しく感じていた。
 明るくいてほしい…家族同然の人間や守ってきた多くの存在、そして仲間の死を近々に経験した者に対してソレを強いるのは非常に酷で難しい物のように思えた。
 しかし、あの時自分が凌壱を殺していれば、仲間の内に犠牲者は出なかった…アイツの動きに注意していたら、銃を抜かせる事なんてさせなかった…。いつまでもそんなタラレバを頭の中で繰り返し、彼は前に進む事ができないでいたのだ。
 開き直る事ではなく乗り越えていくという事だと、無理矢理にでも上を向かせてくれる、上を向いて良いのだと言ってくれる仲間が近くにいる。それだけで十分であった。

 反動を付けて勢い良く立ち上がった阿須賀は、足場の悪さによろめきながら体勢を立て直す。そして、ニカッと笑いながら隣に座っていた祐介の方を振り向いた。

「ありがとな、仁道さん」

差し出された右手に応え、固い握手を交わす二人。その様子を意図せず影から目撃してしまった京哉は、珍しく空気を読んで静かにその場を離れていった。












…………………………………………………………………………………



 時刻は午前4時。夜明け前の街に葬儀屋のトラックのタイヤが砂利道を滑走する音が響いている。
 瓦礫の隙間から鬼頭が松明を道路に向けて差し出すと、トラックはそれを目印に徐々に速度を落としていった。


 降車して瓦礫の隙間から姿を現した彼は、病院や火葬場で会った時とは違い黒いスーツではなくカーキ色の作業着を纏っている。
「おはようございます、右神様」
まだ夜も明けぬ暗い時間だというのにやけに潑剌とした声色で登場した葬儀屋に名前を呼ばれ、京哉は目を瞬かせながらペコリと頭を下げた。


 トラックのヘッドライトを前に、行く先に分かれて向かい合って並ぶ面々。

「ケンカばっかすなよ、京ちゃん」
「そうそう。止める人がいないからって、いつまでもシェリーちゃんの事からかったらダメだからね」
「お前の事好きだなんて奇特な奴、シェリーぐらいしかいねぇからな。大事にしてやれよ」

口々に勝手な事ばかり言う彼らに呆れ顔を見せる京哉と、今にも爆発しそうな程顔を真っ赤にして震えているシェリー、そして冗談を言って笑い合う仲間達。とても今生の別れになるかもしれない一幕とは思えない、平常の彼らの姿であった。
 そんな中、一歩前に出た祐介が何かを噛み締めるような表情で声を掛けた。
 
「元気で、京ちゃん、シェリーちゃん」

これが永遠の別れになるかもしれない。全員が心得ていた。しかし、また後でと笑顔で手を振る。









 ズズッと鼻を啜る音が聞こえ、京哉は隣を歩くシェリーをそっと横目で確認した。
「いつまで泣いてんだよ…」
そう声を掛けると、目を真っ赤にして大粒の涙をポロポロと流しているシェリーが顔を上げた。金色の大きな瞳でキッと睨み付けられ、京哉は不満げに唇を尖らせる。
「何だよ。別に揶揄ったわけじゃねーよ」
プイッと顔を背けて進行方向遥か先に聳えるニュー千代田区画の煌々と輝く高層ビル群を眺めた。
 中央の巨大プラントで作られた電気を使い、24時間いつでも昼間の様に明るいかつての東京の名残。しかし、電気を作るためのタービンを回す音エネルギーを供給しているのは、地下に閉じ込められて演奏を強いられ続けている音楽家達である。

「もし…日本が音楽肯定派の国だったら、発電所の地下にオーケストラの奴らっていなかったと思うか?」

答えが帰ってこない事を知りながら、京哉はシェリーにそんな質問を投げ掛けた。

「オーストリアでもさ、発電所お抱えのオーケストラがいるし、[[rb:楽団 > ギルド]]も本当にたまに協力してたりしたんだよ。生の音をどうやって作るのかって…」

 ハンネス機関には生の音、とりわけ正確な音程を優先的にエネルギー転換するという性質がある。その為、どこかで必ず『人の手』が加わらなければならなかった。
 24時間365日、電気は常に消費され続ける。その間常に発電し続けると言うことは、裏で演奏する人間がそれだけ必要だということ。
 しかし、この時代遅れな仕組みに一石を投じる可能性があるのが零式自鳴琴である。オルバスが設計した零式自鳴琴は、曲を奏でる際に出る電気信号を使って仮想的に生音による波を発生させ、ハンネス機関で増幅させる事によって全地球表面を焦土と化す程の強力なエネルギーを作り出す事ができる。
 そして、日本政府と異端カルトが作った弐式自鳴琴は零式を模したもの。仕組みを真似すれば同様な高エネルギー発生装置を量産できるという事は既に証明されているのだ。ただ、人の脳を使うという点において倫理観や道徳観の問題が発生してくる。
 人の脳波を作り出す装置さえ発明出来れば、零式自鳴琴は文明を壊す存在ではなく未来に繋いでいく為の重要なインフラとなり得るのだ。



「…零式自鳴琴お母さんは世界の闇を照らす救世主になりましたとさ、チャンチャン…ってオチなら良いよな」

ふざけた物言いで苦笑いを浮かべる京哉。その悲しげな横顔を滲む視界で捉えたシェリーもまた、自分の父親の造り出したモノがそうあればいいのに…と叶いもしない願いを心に思い浮かべていた。

…………………………………………………………………………………






 ハロルド・ロジャーからのメッセージを受け、異端カルトが拠点としているビルへ一人、また一人と旋律師メロディストが集結していた。
 現場に到着していた旋律師メロディスト達の表情は暗い。突如明かされた社長の死に、敵地への招集命令。全くもってその意図がわからなかった。


『これから皆には日本に向かってもらう。ニュー千代田区画…異端カルト本拠地ビルだ。そこで、ある人間の指示通りに動いてくれ。現場に到着してみればわかる。……頼んだぞ』


 計算高いロジャーらしくない、あまりにも漠然とした内容に誰もが敵組織によるフィエク映像を疑った。しかし、映像全編に渡ってAI生成を否定する電子証明書が貼り付けてあり、正真正銘本人によるものだということがわかる。



「何だよ、社長の遺言だってのに動きが悪ィな。今集まってんのはこれだけか?」

白い燕尾服を纏った旋律師メロディストの一人が周囲を見回しながら呆れ返った表情を見せる。
 今し方到着した者を含めて総勢15名。その中には巳継の姿もあった。

 たった15名。しかし、集まっていたのは皆、超絶技巧を託された猛者達である。どういう訳かとお互いの顔を見合っているうちに、遠目で確認していた拠点ビルから一人の男が姿を現した。

 真っ直ぐに近付いて来るその男の正体に気が付き、集結した全員に緊張が走る。

「……ありゃ異端カルトの…」
「間違いありません。ミゲルと名乗る指示役の男です」


両腕を広げながら笑顔で歩み寄ってきたミゲルに対して、各々が臨戦態勢を取る。身構える面々を前に、威嚇されている当の本人は広げていた両腕を挙げてすぐに降参のポーズを見せた。

「皆さん、落ち着いてくださいよ。私は戦いに来たのではありません。お迎えに上がったのですから」

斜に構えたミゲルは手を添えて拠点ビルの方を指す。中に入れと言うのだ。

「皆様に指示を出される方は最上階におりますので。どうぞ警戒なさらずに着いてきていただければ」

あまりにも胡散臭い誘いに、皆動こうとしない。やれやれ、と溜め息混じりに肩を竦めたミゲルは、対峙する15人の中から面識のある彼を指名した。

「貴方…そう、私から脚を奪ったミスター・ユリヅカ!」

突然の名指しに巳継は目を見開く。そして、自分一人を手招いている彼を睨み付けながら尋ねた。

「信用に足らないな。情報を寄越せ」
「おっと…流石、を師事した男だ。教育の賜物かな?きっと喜んでくれているだろうね」

徐にスーツの懐に手を突っ込んだミゲル。彼の動きを見て全員が攻撃体勢に入った。
 しかし、取り出されたのは携帯端末。画面をスワイプしたミゲルが巳継に向かって表示されている内容を見せ付けた。



『やっほーーー!』



その第一声に、全員が目を見開く。
 画面に映されていたのは死んだという速報が流れていた託斗であった。生きていたのか、という驚きではない。何故異端カルトの人間が持つ端末に彼が映っているのかという困惑であった。

『え?なになに?そんな辛気臭い顔してさぁ……ちょっと、ミゲルさんまた皆に意地悪な事言ったんじゃないの?』
「とんでもない。丁重にお迎えしていた所ですよ。貴方からもお声掛けください。皆さん警戒され過ぎてその場から動かない野良犬の様になってしまっていて」

親しげに会話をする二人の様子に、全員が疑念を抱く。中でも巳継は絶望に似た感情を抱いていた。
 多くの仲間の命を奪った憎き敵と、何故そのように楽しそうに会話ができるのか……。




…………………………………………………………………………………



 異端カルトの拠点最上階に死んだ筈の楽団ギルドの要がいる。罠ではないとも言い切れない状況であったが、真偽はその目で確かめるしかなかった。
 ミゲルに続いてエレベーターに乗り込んだ旋律師メロディスト達。万が一の事態に備えて、15人のうち7人が地上に残る。不測の事態に備えて、全員が常に臨戦体勢であった。

「彼はそんなに信用のおけない人間なのかな?こんなに警戒されるなんて」
上昇するエレベーターの中でミゲルが肩を竦める。
「右神先生ではなくお前を信用していないんだ。軽口を叩くな」
殺意の籠った返しをしたのは巳継であった。凍り付きそうな程冷徹な眼差しを受け、ミゲルはまたもや降参と言わんばかりに両手を小さく挙げた。





 エレベーターホールから出ると、旋律師メロディスト達を出迎えたのは異端カルトの使徒達の敵意剥き出しの視線。
 ミゲルと託斗は親しげに会話をしていたが、全員が同様なスタンスで楽団ギルドを迎え入れている訳ではなさそうである。

 突き当たりに位置するガブリエルの部屋。この日は珍しく扉が開け放たれており、暗幕も全てタッセル付の付の紐で窓の両サイドに括り付けられていた。
 がらんどうの大部屋に大きな窓からたっぷりと日差しが差し込んでいる。眩しさに目を細めた一同の視界に次に入ってきたのは、真冬にしてはあまりにも寒そうな季節外れの甚平姿。
「久しぶりだね、みんな」
ハハハと笑っている託斗は、唖然としている旋律師メロディスト達についてくるようにだけ告げる。踵を返し、部屋の内装と若干色味の異なる最奥の扉を開いた託斗は、全員をその中へと誘導した。



「だ、ダルシャン支部長…!先にいらっしゃってたのですか…!」
巳継が思わず声を上げる。皆の視線の先にはダルシャンを始めとした4人の旋律師メロディスト達が同心円上に並べられたシンフォニーチェアに座っていた。
 ダレシャン、マオ、麗慈、そして……。

「お尋ね者までいるとは思わなかったな、ミーア・ウィルソン」

ロシア支部長の男が静かな口調でその名を呼んだ。ミーアは楽団ギルドの掟を破った逃亡者である。処刑対象となっている彼女を前に、全員の緊張感が一気に最高潮にまで達した。
 血の気の多い彼らを見兼ねて、託斗が間に入り仲裁する。

「こらこら、物騒なのはやめてよね。彼女には僕からお願いして来てもらってるんだし」
「…タクト、何を言ってるんだ?裏切り者を匿うなんて、一体お前は何をしようと企んでいるんだよ?」

全員の視線が託斗に集中する。しかし、答えを寄越そうとはせず並べられた椅子の列の中心に据えられた指揮台の上に立ち、譜面台に乗せられていた指揮棒を手に取った。

「残りのみんなも昇ってくるように伝えてもらって良いかな?どうやらレッスンは間に合いそうだ」

ロジャーの指示通りにこの場所に来たにも関わらず、遂にその目的は語られず仕舞いになってしまった。

 腑に落ちない表情を浮かべながら各々シンフォニーチェアに腰掛ける中で、巳継だけがポツリと立ったまま譜面台を見つめる託斗に不安げな眼差しを向けていた。






[77] Gavotte Ⅱ 完
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