MELODIST!!

すなねこ

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#079 Furioso Ⅱ

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東京都・年齢不詳女性「世界の終わりなんて軽々しく口にするなよ。本当にこの目でアイツを見た日には、流石に震え上がったわ。あんなの、人間がどうこうできるレベルの兵器じゃねーよ。これからどうなるんだ?」


…………………………………………………………………………………





 ハクトウワシからの小包は20人の奏者全員に届いていた。中には彼らの一張羅である純白の燕尾服とトラウザーズ。そして、普段は支給されない襟の部分にフリルがあしらわれたドレスシャツが同梱されていた。

 その燕尾服に着替えた京哉は19人の奏者達の並ぶ列に加わる。コンサートミストレスはミーアであった。


「改めて、ご機嫌よう…奏者の諸君。君達には日没と共に超絶技巧を演奏してもらうよ。この場で、一斉に」

唐突な、そして理解不能な指示に、託斗の目の前に並ぶ奏者達は困惑している様子であった。当然、不満の声が上がる。

「一体何を考えてるんだ?渡された楽譜スコアとの災厄によっては命を削る奴もいる。目的もわからずに演奏なんてできないぞ」
最もな意見に、各々首を縦に振っていた。騒つく面々の前に指揮棒を翳した託斗は其れを顔の正面に立てて、シーと歯に噛んだ。
「ロジャーの遺言は聞いただろ?」
「ああ。それが理由なら時系列がおかしい。社長の死の前にお前がオーストリアを出てるのはわかってんだ。まさか、あの人が死ぬのを知ってて…」
ポンと鼓手を打った託斗は、苦言を呈した奏者の方を指さす。
「そう。正解。僕はロジャーが死ぬ事を知ってた。否、ロジャーの死がなければ皆がこのスピードで一堂に会する事なんて叶わないと思ったからね」
それでは、彼の死に託斗が間接的に関わっている事になる。皆の反応はより怪訝な物に変わっていった。

「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ。リスクを伴うのは僕も同じなんだからさ」

そう言って指揮台から降りると、オーケストラの列に横付けされた黒い布を被った大きな物体の前まで駆けて行った託斗。布の端を掴んで一気に引き剥がせば、そこには黄色いボディに黒と白のインクで大小様々な丸の連なる幾何学模様がペイントされたグランドピアノが姿を現した。

「日本にグランドピアノなんてまだ残ってたんだな…」
「すっごい柄…目がチカチカする…」

響めく面々を前に、託斗はテキパキと屋根を上げて突上棒を差し込む。そして、ハンマーやダンパー、弦の調子を確認してから椅子を引いた。

「コイツは有名なアーティストがデザインしたってことで保管されていた代物でね。恐らく日本で現存する唯一のグランドピアノなんだってさ」

滑らかな指捌きで鍵盤を叩き、調律を確かめる託斗。その様子を遠目で見ながら、ミーアが京哉に小声で話し掛けた。

「…君はどう思う?」
「親父が何をしようとしてるかって事…ですか?」
静かに頷いたミーアに、京哉は渋い表情で答える。
「僕らを此処まで連れてきた異端カルトの連中によると…楽団ギルドは零式自鳴琴の起動に協力する事になったって…」
京哉の回答を聞き、今度はミーアが眉を顰めた。そして、シンフォニーチェアの並ぶフロアの真正面…水の張られていないプールの中に見える複数の集音装置を目にした彼女は納得したように頷いた。
「……では、何もかも知った上で…という訳か」
 妻の脳を目覚めさせる事、それはつまり兵器化された愛する人間を呼び起こすという事であり、彼女を利用しようとという人間たちの目論見通りに動くという事になる。
 しかしそれと同時に、シエナは長年の時を経て成長した息子と再会を果たす事ができるのだ。それは、ミーアがオルバスの提案に乗った理由でもある。

「もうすぐ…シエナに会えるな、キョウヤ」

 母親との再会、それは喜ばしい事の筈なのに京哉は複雑な気分であった。
 日本政府や異端カルトは零式自鳴琴を使って日本を焼き払おうとしている。その協力依頼を自分の所属する組織の長が承諾したとしても、そのような人の道に外れた行為を喜しく思える筈がない。




「…あれ?そういえば親父はさっき、各々超絶技巧を演奏しろって言ってましたけど……ミーアさんは…」
彼女は支部長クラスでは唯一超絶技巧を受け取っていない人間である。その特異体質故に、託斗がそう決めたのだと彼女本人の口から聞き及んでいた。
「ああ…どうやら、私を異端カルトの本拠地に連れ去るよう依頼したのはタクトのようでね……その目的がコレだ」

彼女の手元にあるのは、第1楽章『天照大御神アマテラスオオミカミ』である。それは、前アメリカ支部長ジョセフ・アーロンの元から奪われ、オルバスの設計図奪取作戦の時に託斗が回収…もとい燃やしてしまったものであった。

「この楽譜スコアの災厄は命を削るような危険な物だったが……私には関係ない。20人が一斉に演奏…と言っていたが、20人揃わねばできないことをやろうとしているのなら…私を呼んで補填した事も頷ける」

突如第17楽章を渡されたマオも、元野生児である。正直、京哉はマオの演奏技術についてその実力の程を知らない。しかし、楽器経験の極浅い人間に渡すのなら、楽団ギルド内にはもっと良い人間がいる筈だった。
 持ち主のいなかった楽譜スコアを急拵えで無理矢理割り振る為の人選であると言われれば、それはそれで納得できるのだ。



…………………………………………………………………………………


 西の空に広がっていた橙色が収束していき、鈍色に支配されていく。高い建物が無くなったせいで地平線に太陽が吸い込まれていく最後の時までその目で確認する事ができた。
 日没と共に弧を描いて振り上げられた指揮棒。20人の奏者達はロジャーの遺言通り、託斗に従って演奏を開始する。

 そしてすぐ、彼等は気が付いてしまった。20人がそれぞれ違う章を演奏している筈なのに、まるで最初から意図されていたかのように全ての音やリズムが互いに折り重なっているのだ。

 ハンネス機関の台頭後、音エネルギーの武力化が問題視されて以降多くの国々で禁止されるようになった音楽活動。その最たるものである合奏が今、奏者達の意図しない所で成立しているのだ。

 ピアノの椅子に座りながら指揮棒を振っていた託斗が其れを譜面台の上に置いて小脇から何かを取り出す。そして、取り出した冊子状の物体をオーケストラの面々に見せ付けるように掲げた。
 まだ譜面に必死に食らいついているマオ以外、皆が視線を集中させる。


『第21楽章 別天津神コトアマツカミ


ごく一般的に販売されていたという五線譜ノートの表紙に、託斗の手描きで書かれた文字。漢字のわかる言語圏の人間は皆目を見開いた。

 紛失したと言われていた第21楽章。その楽譜スコアを譜面台に置いた託斗は、表紙を一枚捲ってから両手の指をワキワキさせながら鍵盤の上に持っていった。

 長年楽団ギルドに勤めている人間でも、託斗がピアノを演奏する姿は見たことがない。京哉ですら、超絶技巧指導時の説明的な演奏以外ではお目にかかったことがない。シエナからの話の中で作品として曲を奏でる姿を語られた経験しかなかったのだ。


 全20楽章を同時演奏した伴奏と共に奏でられるピアノ協奏曲。

 別天津神コトアマツカミとは、天地開闢の際に高天原に現れた5柱の神々の総称である。
 この神々は日本神話において最も上位に位置付けられる別格の存在であり、その天地創造の物語をモチーフとした第21楽章の完奏によって齎される祝福と災厄はその他の20楽章の比ではないとされてきた。

 其々がソリストとして十分な技量と音量を誇る最強のオーケストラによる演奏…。ガタガタと震える複数の集音装置の先に繋がっているであろうハンネス機関では、莫大な量の電気が急速に作られていることだろう。

 そして、零式自鳴琴の起動の時は着々と近付いているのであった。







…………………………………………………………………………………




 虎ノ門ヒルズの地下深く、零式自鳴琴の眠る巨大水槽の目の前に集合していたミゲル達。彼らは其々、起動のために必要な鍵を手渡されていた。

 託斗の希望で、森タワー屋上に設置されたステージと集音装置。屋上プールに溜まった雨水を浄化して地下の水槽に流し込み循環させる構造であった為、演奏場所としては申し分なかった。配管の中に通した複数のファイバーケーブル内で増幅された音の波を水槽下部に設置された巨大なハンネス機関で電力に変える仕組みはあまりにも理想的である。
 蓄電量を表すメーターは日没と共にグングン上昇し、ものの数分で約7割の場所を指し示していた。

「さて…そろそろ制御盤を起動させるタイミングですが……プレジデント・トノザキはまだ到着されていないのですか?」

時計を確認しながら尋ねたミゲルの表情には、彼にしては珍しく若干の焦りが見えていた。それに気が付いた今永が携帯端末を取り出してフロアを抜ける。電波の入る場所に出た途端、数十件にも及ぶ着信履歴を受信していた。
 これは何かあったに違いないと、急いで見知らぬ番号に掛け直した今永。


「俺だ。一体どうした?」
『あっ……今永大臣!お忙しい所申し訳ございません……実は…』








 急いでフロアに駆け込んで来た今永は、ミゲルと田所に向けて叫んだ。

「首相が亡くなった……っ!秘書の男が心中したそうだ!!」

あまりにも唐突で衝撃的な内容に、田所と通訳の男は一瞬言葉を失う。そして遅れてミゲルの額には、ジワジワと嫌な汗が滲み始める。

 都野崎は制御盤に必要な鍵を持っていた。つまり、4本必要な鍵のうち1本が無い状況……制御盤を開錠できないのだ。

「まずい……プレジデント・トノザキの遺体は今何処に!?」
通訳の男に早口で尋ねるミゲル。しかし、彼はひしゃげた車体の中で焼かれて救出不可であると返され、その表情は絶望に支配されていた。

 事前に鍵を手渡していたあの日、ミゲルは確かに気が大きくなっていた。起動の時は目の前…もう手に入れたも同然だと…。
 彼が神と崇める終末兵器、零式自鳴琴。異端カルトを創設し、現在に至るまでの邪智暴虐な行いの数々は全て世界政府を誘導し零式を手に入れる為であった。




 神の触りである。

 神に近付き過ぎた故に受けた罰なのだ。

 このまま零式自鳴琴の起動に必要な電力が溜まって仕舞えば人間には制御できなくなる。ハッチを突き破り、目の前の大水槽を破壊して急浮上し、地上に顕現するだろう。そして、跳梁跋扈するのだ。

 回避する方法は1つしか残されていない。

 オーケストラの演奏を今すぐに止める事だ。


 しかし、その希望も目の前で潰える。ミゲルが携帯端末を手に取ろうとした瞬間、足元を突き上げるような巨大な衝撃に襲われる。


 蓄電量を示すメーターの針が丁度振り切れていた。



…………………………………………………………………………………





 第21楽章の完奏の瞬間、地震のような地響きが伝わり始める。その揺れは徐々に近くなり、遂にシンフォニーチェアに座っていられない程大きなものに変わっていく。
 そして、オーケストラの面々が迫り来る危険に身構えた直後、プールの床を突き破って巨大なムカデ様の金属製の構造物が姿を現した。
 頭の先を確認してから数十秒間、超高速で全長200メートルの胴体が上昇し続ける。途轍もない大きさである。

 夜空を八の字に大きく畝りながら飛行するその独特なフォルムは、オルバスの設計図に描かれていた零式自鳴琴そのものであった。
「…ミーアさん、アレが零式自鳴琴です。設計図の通りだ……」
降り掛かる水飛沫を避ける為に構えていた両腕を解き、京哉は破壊されたプールの縁に立って呟いた。
「シエナ…あの中にシエナが眠っていたんだな…」
大空を旋回する終末兵器を見上げながら彼女の名を呟いたミーア。あのような姿になっても、彼女は彼女のままなのだろうか。当時の記憶が沸々と蘇り、ぼんやりと感傷に浸っている中、突如彼女の中に違和感が芽生えた。
 そして、轟音と共に高速で落下してきたムカデの顎が京哉に向かっている事を察したミーアは、迷わず駆け出していた。


 零式は大きな顎を開き、目にも止まらぬ速度でプールサイドにめり込んできた。粉々に砕かれたコンクリートがぶつかった衝撃で巻き上がり、旋律師メロディスト達は思わず目を瞑って顔を背ける。
 その胴体が上空に出てから僅か数秒の事であった。


 パラパラと瓦礫が零れ落ちる音と共に面を上げた零式。その顎は真っ赤に染まっていた。
 突き飛ばされた衝撃でプールサイドに倒れ込んでいた京哉の白いエナメルシューズに赤い液体が纏わりつく。


 パチパチと目を瞬かせる彼の視界が開けると、そこには高速の鉄槌によって全身を押し潰されて絶命していたミーアの亡骸が映っていた。その向こう側に、顎を血で濡らした巨大兵器。

「……ミーアさん…」

目の前に広がる光景で理解した。自分は彼女に助けられたのだと。
 誰か…そうだ、麗慈がいる。大己貴命オオナムチノミコトで助けられる筈だ。


 思い立った京哉が振り向くと、彼が声を掛けようとしていた麗慈は床に倒れ伏していた。先程超絶技巧を演奏したからだろうか?
 しかし、彼だけではない。その場にいた旋律師メロディスト達全員がその場に伏せていたのだ。駆け寄ってしゃがみ込み肩を揺らしてみるが、反応が無い。しかし、呼吸はしている。どうやら寝ているらしいとわかった頃に背後に歩み寄ってきた託斗が、トントンと京哉の肩を叩いた。


「やっぱり影響があったか。お前に渡してた楽譜スコアはオリジナルじゃないから……ノイズが混じったんだろうね」


 この男は何を言ってるのだろうか。額にその手が触れた時、体から力が抜けてバタンと崩れる京哉。そして、遠ざかっていく父親を呼び止めようと必死に震えながら伸ばした手が床に吸い込まれた瞬間に意識を失ってしまった。





…………………………………………………………………………………



 伊調慎への依頼は確実に遂行されていた。


 日本全国の同報無線、そして衛星を介した世界中の同報無線をジャックして垂れ流されたのは、第21楽章『別天津神コトアマツカミ』の演奏であった。

 そして、その演奏を耳にした全ての人間が忽ち昏睡状態に陥ったのだ。
 無線放送の聞こえない僻地にいた人間や、地下空間にいた人間も、死んだように眠る人々の空気に充てられて次々と倒れていった。


 そして、地球上に存在する人間の中で目覚めている者はたったの2人。
 虎ノ門ヒルズ森タワー屋上にいた託斗とシェリーである。


 額を撫でられた京哉がその場に倒れ伏した時、オーケストラの演奏を近くで聞いていたシェリーは託斗を追って駆け出していた。
 このままでは何処かに行ってしまう。声が出ない今、彼を呼び止める事も出来ない。躓きながらも必死に走ったシェリー。
 しかし、彼女の予想に反して託斗は派手な柄のグランドピアノの椅子にゆっくりと腰掛けて再び大空を周回し始めた零式自鳴琴の方を眺めていた。

「…………」

血相変えて追いかけて来たのに何も話し出さない彼女の様子に小首を傾げた託斗。

「どうしたの?シェリーちゃん」

まるで、何事もなかったかのように普段通りの態度で話し掛けてきた託斗に目を見開くシェリー。京哉が、皆が意識を失って倒れているというのに…。

 口をパクパクと動かしながら、身振り手振りでどうにか会話をしようと試みるシェリーであったが、途中からそれは無駄な努力であると気が付いて両手を体側に降ろした。
 託斗は彼女の方を見ているようで見ていないのだ。最初からシェリーに今の状況を説明するつもりは無いらしい。



 星々の瞬く夜空を悠々と周回する零式自鳴琴。地上から見える部分、腹側には13個のユニットそれぞれに丸い開口部が備わっており、時折青白く明滅している。

「兵器のテイを成さなければ、アイツを維持する資金提供を受けられなかった…。まぁそうだろうね。世界政府は慈善団体の皮を被った金の亡者の集まりだからさ」

青白い光を眺めながら呟いた託斗は、譜面台から別天津神コトアマツカミ楽譜スコアを手に取ると、もう一方の手で燕尾服の胸ポケットから取り出したライターを近付ける。
 フリントホイールを擦る音の後に、一辺からパチパチと燃え始めるノート。あっという間に消し炭になってしまい、託斗が手を払うと黒い屑がビル風に吹き飛ばされていった。

「オルバス・シェスカ……君のお父さんについて…僕は少し前から調べてみたんだよ。彼についての情報は改竄が多くてね。なかなか真実に辿り着けなかったさ」

 いきなり父親の話を切り出され、シェリーは困惑する。

「……でも、彼が零式自鳴琴や君を何故造らねばならなかったのか……その理由だけは何となくわかった。聞きたいなら教えてあげるけど…すごくショッキングな内容だから、無理強いはしないよ」

何故父親が自分を造り変えたのか。それは、シェリーが今の体になってからずっと疑問に思っていた事であった。
 墓を暴き、生きた人間をも犠牲にして続けた奇妙なオルゴール製作。そして、人の脳を使って作った終末兵器。何故彼はそれ程までに己の作品にこだわり続けたのだろうか。以前麗慈が考察したように、アーティストとしての性分がそうさせたのだろうか。

 一歩前に踏み出したシェリーは、静かに息を吸い込む。そして、コクリと大きく頷いた。
 大きな金の瞳が、彼と同じ作りをした顔をしっかりと捉えて離さない。彼女の覚悟を感じた託斗は少しだけ残念そうに眉をハの字に下げてから全てを打ち明けたのだった。





[79] Furioso Ⅱ 完
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