2 / 8
STANDBY
第1話 ……ああ、湊のこと?
しおりを挟む
1月下旬。北風が吹き荒れる金曜日の夜。
駅前の個室居酒屋は、週末を楽しむ女性客たちの笑い声で満ちていた。
「見て!これ!」
霜田 凛は、スマホの画面をテーブルの中央に突き出した。
画面には、白衣を着た知的で爽やかな男性の写真。
『後藤 宗介(31)』
職業:医師(在宅医療)
「マッチング成立!市内で訪問診療のクリニックをやってる先生なの!」
「えっ、開業医!?すごいじゃん凛!」
目を丸くしたのは、間宮 遥。
地元の銀行員と結婚し、今は2歳の娘を育てているママだ。
スマホの待ち受けはもちろん愛娘である。
「でも、訪問診療って大変そう……。夜中も呼ばれるんでしょ?」
中沢 桃香は心配そうに言う。
彼女は公務員の夫を持ち、現在妊娠中。
手元のグラスはノンアルコールだ。
凛は首を振った。
「そこがいいのよ!『最期まで家で過ごしたい』っていう患者さんの想いに寄り添うなんて、生半可な覚悟じゃできないわ。私より賢くて、志が高くて、尊敬できる大人の男性……やっと見つけたって感じ!」
凛はうっとりと語った。
(……これが、私が求めていた「正解」よ)
凛たちは同じ小中の同級生で、ときどき三人で飲みに行く仲だ。
凛は二人の前では、いつも肩身が狭かった。
遥は子育ての話、桃香はベビーグッズの話。
ライフステージが着々と進んでいる二人に対し、凛はまだ「彼氏探し」のスタートライン。
「凛は美人だし医者なのに、なんで?」という悪気のない言葉に傷つくのも、もう終わりだ。
この宗介さんとなら、二人に並べる。
「へぇ、よかったねぇ。凛、ずっと『年下は無理』とか『バカな男は嫌』とか言ってたもんね」
遥がお通しのサラダを取り分けながら笑う。
「そうそう。昔から理想高かったもんね~。……あ、そういえば」
桃香がお腹を優しく撫でながら、ふと思い出したように言った。
「こないだ実家帰った時、昔のアルバム見てたんだけどさ。小学校の卒業式のときの写真が出てきて」
「卒業式?全然覚えてない!」
遥が反応する。
「うちら三人で撮った写真に、凛にべったりの男の子も写っててさー。ほら、凛の隣の家の……」
凛の手が、枝豆に伸びかけたところで止まった。
「……ああ、湊のこと?」
「そう、湊くん!よく『凛ちゃん、待ってぇ』って泣きながらついてきてたよねぇ。可愛かったなぁ」
「あの子、どうしてるんだろうね?凛が中学生の時までは凛に積極的だったじゃない?凛はバッサリだったけど……」
二人の問いに、凛はジョッキを置いて、冷めた口調で答えた。
「東京の国立大学医学部に通ってるわよ」
「えっ、東京の国立医学部!?あの泣き虫だった湊くんが!?」
遥が素っ頓狂な声を上げる。
「すご……国内トップクラスじゃん。あいつも出世したなぁ」
「まあね。一応、頭だけは良かったみたい」
凛は言葉を濁した。
『凛ちゃん、好きだよ』
『大人になったら結婚して』
幼い頃の湊の言葉が脳裏をよぎるが、すぐに振り払う。
私は彼にとって、ただの「近所の頼れるお姉さん」。
世界が狭かった頃の、淡い刷り込みに過ぎない。
それに、5歳下の弟分なんて、ママになった遥やプレママの桃香の話についてこれるわけがない。
私が求めているのは、今の私と同じ景色を見てくれる「大人のパートナー」なのだ。
「ま、あの子も今頃、東京の女子大生と青春してるわよ。……それより今は宗介さん!今度の日曜、初デートなんだから!」
「はいはい、応援してるよ」
「結婚式呼んでねー」
幸せそうな二人を尻目に、凛は高らかに笑った。
*
そして、2月上旬の日曜日。
凛は、駅前の落ち着いたイタリアンレストランにいた。
「実は最近、こっちに戻ってきたばかりなんです。それまではへき地医療の支援に行っていて」
穏やかな口調で語る宗介。
飾らない人柄と、医療への真摯な眼差し。
「患者さんの生活背景まで診るのが、僕の仕事ですから」
その言葉に、凛は完全に心を掴まれた。
(……素敵。なんて誠実な人なんだろう)
「凛さんは皮膚科医なんですよね。皮膚科って確か専門医取得までの期間が長かったような」
「はい。5年間の研修が必要で、私は3年目なのでまだまだです」
「大変ですね。訪問診療やってると、褥瘡の人が多くて。なかなか治療が難しいんですよね。凛先生に今度診てもらおうかな」
「私なんてまだまだですよ」
専門的な会話もスムーズに通じる知性。
決して知識をひけらかさず、こちらの意見を尊重してくれる大人の余裕。
穏やかで、洗練された時間。
(……これよ!これを求めていたの!)
凛の心は震えていた。
訪問診療医で激務でありながら、目の前の彼には疲れた様子もない。
「そろそろ帰りましょうか」
腕時計を見た宗介が言った。
「はい。あ、お金……」
凛は財布を出す。
「先程払っておきました」
「え?あ、ありがとうございます……ごちそうさまです……」
スマートなエスコート。
完璧だ。この人しかいない。
駅前の個室居酒屋は、週末を楽しむ女性客たちの笑い声で満ちていた。
「見て!これ!」
霜田 凛は、スマホの画面をテーブルの中央に突き出した。
画面には、白衣を着た知的で爽やかな男性の写真。
『後藤 宗介(31)』
職業:医師(在宅医療)
「マッチング成立!市内で訪問診療のクリニックをやってる先生なの!」
「えっ、開業医!?すごいじゃん凛!」
目を丸くしたのは、間宮 遥。
地元の銀行員と結婚し、今は2歳の娘を育てているママだ。
スマホの待ち受けはもちろん愛娘である。
「でも、訪問診療って大変そう……。夜中も呼ばれるんでしょ?」
中沢 桃香は心配そうに言う。
彼女は公務員の夫を持ち、現在妊娠中。
手元のグラスはノンアルコールだ。
凛は首を振った。
「そこがいいのよ!『最期まで家で過ごしたい』っていう患者さんの想いに寄り添うなんて、生半可な覚悟じゃできないわ。私より賢くて、志が高くて、尊敬できる大人の男性……やっと見つけたって感じ!」
凛はうっとりと語った。
(……これが、私が求めていた「正解」よ)
凛たちは同じ小中の同級生で、ときどき三人で飲みに行く仲だ。
凛は二人の前では、いつも肩身が狭かった。
遥は子育ての話、桃香はベビーグッズの話。
ライフステージが着々と進んでいる二人に対し、凛はまだ「彼氏探し」のスタートライン。
「凛は美人だし医者なのに、なんで?」という悪気のない言葉に傷つくのも、もう終わりだ。
この宗介さんとなら、二人に並べる。
「へぇ、よかったねぇ。凛、ずっと『年下は無理』とか『バカな男は嫌』とか言ってたもんね」
遥がお通しのサラダを取り分けながら笑う。
「そうそう。昔から理想高かったもんね~。……あ、そういえば」
桃香がお腹を優しく撫でながら、ふと思い出したように言った。
「こないだ実家帰った時、昔のアルバム見てたんだけどさ。小学校の卒業式のときの写真が出てきて」
「卒業式?全然覚えてない!」
遥が反応する。
「うちら三人で撮った写真に、凛にべったりの男の子も写っててさー。ほら、凛の隣の家の……」
凛の手が、枝豆に伸びかけたところで止まった。
「……ああ、湊のこと?」
「そう、湊くん!よく『凛ちゃん、待ってぇ』って泣きながらついてきてたよねぇ。可愛かったなぁ」
「あの子、どうしてるんだろうね?凛が中学生の時までは凛に積極的だったじゃない?凛はバッサリだったけど……」
二人の問いに、凛はジョッキを置いて、冷めた口調で答えた。
「東京の国立大学医学部に通ってるわよ」
「えっ、東京の国立医学部!?あの泣き虫だった湊くんが!?」
遥が素っ頓狂な声を上げる。
「すご……国内トップクラスじゃん。あいつも出世したなぁ」
「まあね。一応、頭だけは良かったみたい」
凛は言葉を濁した。
『凛ちゃん、好きだよ』
『大人になったら結婚して』
幼い頃の湊の言葉が脳裏をよぎるが、すぐに振り払う。
私は彼にとって、ただの「近所の頼れるお姉さん」。
世界が狭かった頃の、淡い刷り込みに過ぎない。
それに、5歳下の弟分なんて、ママになった遥やプレママの桃香の話についてこれるわけがない。
私が求めているのは、今の私と同じ景色を見てくれる「大人のパートナー」なのだ。
「ま、あの子も今頃、東京の女子大生と青春してるわよ。……それより今は宗介さん!今度の日曜、初デートなんだから!」
「はいはい、応援してるよ」
「結婚式呼んでねー」
幸せそうな二人を尻目に、凛は高らかに笑った。
*
そして、2月上旬の日曜日。
凛は、駅前の落ち着いたイタリアンレストランにいた。
「実は最近、こっちに戻ってきたばかりなんです。それまではへき地医療の支援に行っていて」
穏やかな口調で語る宗介。
飾らない人柄と、医療への真摯な眼差し。
「患者さんの生活背景まで診るのが、僕の仕事ですから」
その言葉に、凛は完全に心を掴まれた。
(……素敵。なんて誠実な人なんだろう)
「凛さんは皮膚科医なんですよね。皮膚科って確か専門医取得までの期間が長かったような」
「はい。5年間の研修が必要で、私は3年目なのでまだまだです」
「大変ですね。訪問診療やってると、褥瘡の人が多くて。なかなか治療が難しいんですよね。凛先生に今度診てもらおうかな」
「私なんてまだまだですよ」
専門的な会話もスムーズに通じる知性。
決して知識をひけらかさず、こちらの意見を尊重してくれる大人の余裕。
穏やかで、洗練された時間。
(……これよ!これを求めていたの!)
凛の心は震えていた。
訪問診療医で激務でありながら、目の前の彼には疲れた様子もない。
「そろそろ帰りましょうか」
腕時計を見た宗介が言った。
「はい。あ、お金……」
凛は財布を出す。
「先程払っておきました」
「え?あ、ありがとうございます……ごちそうさまです……」
スマートなエスコート。
完璧だ。この人しかいない。
0
あなたにおすすめの小説
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる