常世の彼方

ひろせこ

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黒の章

17.弱点

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 リカを見送った一行は、リョウを先頭にトウコ、ヨシ、マリーの順で死の森を進んでいる。報告書によると、目的地の遺跡は1時間ほど歩いたところにあるという。
死の森は鬱蒼としており、奇妙に捻じれて絡み合ったような木や、毒々しい色をした蔦に巻き付かれた木などで、何とも不気味な雰囲気だ。通常の森であれば鳥や動物、虫の鳴き声が聞こえてきそうなものだが、そういった音は一切存在しない。一行が土を踏みしめて歩く音だけが静かに響いている。
30分ほど歩いたところでリョウが足を止めた。
「・・・何かいるな。」
そう呟きあたりを見渡す。
足を止め警戒を強めること数舜。
トウコが頭上を仰ぎ叫ぶ。
「上だ!」
途端、おそらく木の上にいたであろう3頭の魔物が一行を取り囲むように地響きを立てながら降りてきた。現れたのはクリムゾンエイプという、真っ赤な血のような毛を持つ体長およそ2メートルのゴリラのような魔物だ。

すぐさまリョウが正面の1体に、トウコが左の1体に走り寄り、マリーがヨシを庇うように右の1体に向き直る。
最初に接敵したリョウが、逆手に持った右の短剣をクリムゾンエイプの左脇から切り上げ、左の短剣を横に薙ぐ。しかし、刃が体に当たる直前に淡く輝く青い光の壁が現れ、キンという澄んだ音と共に刃が壁に阻まれる。クリムゾンエイプは組んだ両腕を頭上に振り上げ、そのままリョウの頭に向かって振り下ろした。
それを右に飛んで避けたリョウが叫ぶ。
「こいつら魔法障壁持ちだ!半端な攻撃は弾かれるぞ!」
叫びながらトウコの方を横目で見ると、飛び上がったトウコが蹴りを放ち、クリムゾンエイプの頭を吹き飛ばすところだった。頭と共に砕かれた障壁の青い光がきらきらと舞っている。
「持っている魔力が大したことがないから、障壁も強くないな。こっちは大丈夫だ。マリーの方へ行く。」
そう言いながらマリーの元へ走るトウコの気配を感じながら、
「俺のトウコちゃんは美人で強くてサイコー・・・もう少しか弱いところを見せてくれるともっとサイコー・・・」と疲れたように呟き、ぶうんと振るわれたクリムゾンエイプの左腕を屈んで避ける。
そのまま勢いを付けて後ろに飛び退りながら、魔力を通した短剣を振るうと、障壁と共にクリムゾンエイプの左腕を切り落とす。
切り落とされた左腕の付け根から血を吹き出しながら、クリムゾンエイプが絶叫を上げる。リョウは着地と同時に地を蹴り、クリムゾンエイプの懐に飛び込むと左の短剣を薙いだ。
障壁を張る余裕がなかったクリムゾンエイプの首が胴体と離れ、首から鮮血が吹き出す。
返り血を浴びないよう後ろに飛んで避けたリョウがマリーとトウコの方を見ると、トウコが残りの一体の首を捩じ折ったところだった。

 クリムゾンエイプの襲撃後、特に問題なく進んだ一行は緩やかな傾斜地を進んでいた。
「傾斜地の途中にあるってことだったけど、そろそろかしらね。」
マリーがそう呟き、しばらく進むと前方に大きな岩が見えてきた。
「あれだな。やっとスタート地点に到着かよ。」
目的地が見えたことで少し歩調を速めた一行だったが、そこで新たな敵が現れた。次に現れたのはクラブスパイダーと言う、その名の通り蜘蛛と蟹が一体化したような奇怪な魔物だ。体長は2~3メートルで、見た目は蜘蛛だが前脚の2本が大きな蟹の爪になっている。

「「あ」」
クラブスパイダーを見たリョウとマリーが同時に声を発してトウコを見ると、そこにいるはずだったトウコの姿はなかった。
本来ならばリョウの少し後方にいるはずのトウコは、いつの間にかマリーの後ろ、ヨシの右隣に立っており、「え?えっ!?」とヨシが戸惑いの声を上げ、トウコの顔を二度見する。

そんな3人には頓着せず、トウコは能面のような顔で「リョウ、早くそいつを燃やし尽くせ。」と低い声で言う。
「お前なあ・・・こんな森ん中で火なんか使えるわけねーだろ。」
呆れるように言いながらリョウはクラブスパイダーに駆け寄り、左右の剣を一本の足に向けて振るったが、蟹の爪に弾かれる。

「も、もしかしてトウコさんって蜘蛛がお嫌いですか・・?」
恐る恐るヨシが聞くと、
「蜘蛛というよりも、この子足が沢山あるものが嫌いなのよ。ムカデとかゲジゲジとかもそうね。それ以外だと顔色一つ変えずに叩き潰せるくせに。」
マリーが応え、「マリー。そいつらの名前を出すな。」と相変わらず能面のような顔のトウコが鋭い声で非難する。
トウコの両腕にびっしりと鳥肌が立っているのがヨシの目にとれた。
「意外です・・・。」
「意外でしょう?この子にもちゃあんと苦手なものがあるのよ・・・」
「おいっ!くだらねーこと言ってないでマリー来い!トオコが役立たずなんだ。お前が出ろ!」
見ると、リョウはクラブスパイダーの硬い殻に覆われた爪に攻撃が遮られて、攻めあぐねているようだった。
「はいはい。トウコ、ヨシ君を任せたわよ。」
言いながらマリーは背中のバトルハンマーを構え、クラブスパイダーに駆け出した。

クラブスパイダーが振り下ろした左の爪をリョウが後ろに飛んで避けたところで、駆け寄ってきたマリーがバトルハンマーを爪に向かって叩き下ろす。バキバキという音とともに爪が砕け、緑の液体が飛び散る。
その隙に後ろに回り込んだリョウが、後ろ足2本を走りながら立て続けに切りつけた。切断された最初の1本が空を舞い、2本目の足は切り落とすことこそできなかったが、足の半分ほどまでが切断されて、体液が噴き出す。
キィィィと甲高い悲鳴を上げたクラブスパイダーが倒れこみ、マリーがその頭にバトルハンマーを打ち付けた。
頭を半分以上つぶされたクラブスパイダーは、残った複眼をしばらくギョロギョロと動かしていたが、すぐに動かなくなった。

いつの間にかヨシが背負っていたバックパックからタオルを取り出したトウコが、「拭いて。今すぐ。その気持ち悪い緑色の何かを拭いて。」とリョウとマリーにタオルを手渡しながら真顔で言い、2人は呆れながらもタオルで己の武器と体を拭いたのだった。

その後、クラブスパイダーの死骸の横を行くのを嫌がるトウコをリョウが引きずるようにして、一行は都市を出発して丸1日以上経ってようやく目的地である遺跡の入口へと到着した。
そこは、ぽっかりと口を開けた地面に、鬱蒼とした森の中には不釣り合いな地下へと誘う階段が存在していた。死の森の中は纏わりつくような湿気を帯びた空気だが、地下からはひんやりとした乾いた空気が漏れ出てきている。
「あー嫌だ。分かってはいたけど、実際に目の当たりにすると入る前からうんざりするわ。」
「まだ迷宮化しているとは限らないだろう?階段を下りたらただの旧跡でした、ってこともあり得るさ。」
ぶつぶつ言うマリーにトウコが早く入ろうとばかりに何の根拠もない言葉を口にするが、マリーが横目で睨みつけながらトウコに言い返す。
「トウコ、アンタまたクラブスパイダーが出てくるんじゃないかと思ってびびってるんでしょう?アンタだって迷宮化してると思ってくせに。」
マリーに図星をつかれたトウコは黙って目を逸らした。
トウコの頭に手を乗せてリョウが言う。
「ま、コイツの言う通り入ってみないことには始まんねーよ。入った瞬間罠で全滅、なんてことがないように確認だけしてとっとと入ろうぜ。」
リョウの言葉に周辺に落ちていた大きめに石をいくつか落とし、致死性の罠が仕掛けられていないことを確認した一行は、遺跡に足を踏み入れた。
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